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#034 『断捨離の功徳』
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これは昨年、怪談蒐集ノートの中から「年末の大掃除シーズンにうってつけの話」だと思ってチョイス・執筆し、怪談提供者の方に掲載許可を求めていたものだが、こちらと向こうのやり取りに多少の齟齬があり、残念なことに発表が遅れてしまった一話である。
♯028『T字』とリンクする部分もあって個人的にとても興味深いので、同じくらいのタイミングで投稿しようと考えていたのだが、果たされなかった。
そこのところを、あらかじめご了承頂いた上でお読み下さい。
※ ※ ※ ※
〝断捨離〟という言葉がポピュラーになる数年前の話。
例年より寒い冬のある日。そこかしこに建ち並んでいたクリスマスツリーが、街から姿を消した頃の出来事だったという。
大学の冬休みで帰郷していた須藤さんは、実家生活の大半を、毎日ぬくぬく、こたつの中でエンジョイしていた。自分とこたつは、やどかりと貝殻のような関係だった、と当時を振り返って彼女は笑う。
「そしたらねぇ、へへ。お母さんから怒られたんです」
毎日毎日、本当にこの子は! 御母堂の雷が、遂に落ちてしまったのである。
「ぐーたらしてる暇があるなら、倉庫の中の掃除でもしなさい!いらない物は捨てる!古いものばっか溜め込んでると、幸せが逃げちゃうわよ!!」
倉庫は、家の外にある。「げー」と漏らした須藤さんに、「げー じゃない!」とお母さんは畳みかけたらしい。
一も二も無く、大掃除となった。
女性らしからぬ物持ちの良さを誇る須藤さんは、学生時代の教科書やノートはおろか、当時貰ったプリントの一部まで「懐かしいから捨てられない」と直し込んでいたのである。そのため自室の押し入れは何だかわからないものの魔窟と化しており、そこに入りきれなかった物は全部、屋外の小屋型倉庫の中に押し込んでいた。
なるほど、片付けを要求される理由もわかる。
あーめんどくさ、と上着を4枚も着込んで重装備した彼女は、その上で身体を震わせながら家の裏にある倉庫の鍵を開けた。
密封されていた空間独特の空気が 冬の冷気と共に鼻をくすぐり、思わずくしゃみが出てしまう。
「さぶっ・・・ こりゃ早く片付けないと凍死だわ、凍死」
自分の持ち物は、倉庫内の左片隅にまとめて置いている筈だ。
早速、作業を開始する。
――これは要る。これはいらない。これは、うーん捨てちゃおう。あ、これは捨てるなんて考えられないな・・・――
寒さが背中を押してくれる形となって、わりあい作業は捗っていたという。
ちゃっちゃと済ませて、早くこたつの中に帰りたかったのだ。
溜め込んでいた物の三分の一を「いらない」と判断し、「あら私ってこんなにゴミ溜めてたんだ」と我ながら恥ずかしくなった時だった。
(ん?何だコレ)
心当たりがまったく無い、クリーム色の紙箱を見つける。
もとは菓子箱か何かだったのだろうか。そのくらいの大きさだ。
何を入れたんだっけ? 須藤さんは迷いもなく、カパッと箱の蓋を開けた。
思考がストップした。
こっくりさんの紙が入っていた。
紙の真ん中、鳥居の上には10円玉も乗っている。
それが、まるで鋳造したてのもののように、光り輝くブロンズ色。
あ、この筆跡、私のじゃん・・・と気付く。こっくりさんの紙なんて、生まれて一度も書いたことなどないのに。
すると、
――カタカタカタカタカタカタ――
「??!!!」
10円玉が 震えだした。
続いて、箱自体もカタカタカタカタ、震えだした。
〝脊髄に氷水を流されたかのような〟悪寒が走った。
笛のような絶叫が出た。
いきなり、視界が暗転した。
・・・気付けば、目の前にお母さんがいたという。
須藤さんはガタガタ震えながら、あの こっくりさんの紙が入った箱を両手に持って、それをお母さんに差し出したポーズで固まっている自分自身にビックリしたらしい。
記憶が飛んでいたのだ。
「ん?なぁにこれ。捨てるの?」
お母さんは箱を受け取り、何気なく蓋を開けた。
――直後、顔をしかめて 咎めるような視線で須藤さんを射る。
「あんた・・・こんなもの 倉庫の中に入れてたの?」
お母さんは箱の中を須藤さんに見せた。
こっくりさんの紙も、10円玉も、そこには無かった。カラだった。
しかし。
箱の中は 一面、 あずき色のだんだら模様に染め上げられていた。
ビーフジャーキーのような何かがこびり付いている箇所もあった。
箱の内部からはリンパ液のような不快な臭いが放たれており、須藤さんは 激しい嘔吐感と立ち眩みをおぼえた。
※ ※ ※ ※
むろん、箱は真っ先に処分した。
すると翌年、今まで悩まされていた花粉症が、嘘のように治ってしまった。
「マメにお片付けすれば、幸運すら舞い込むって・・・あると思いますよ。取りあえず、何だかわからない不吉なものは、どんどん捨てなきゃ」
以来、須藤さんは整理整頓の鬼となり、自宅のお部屋も大学の寮室の中も、それはそれは綺麗なものであったという。
♯028『T字』とリンクする部分もあって個人的にとても興味深いので、同じくらいのタイミングで投稿しようと考えていたのだが、果たされなかった。
そこのところを、あらかじめご了承頂いた上でお読み下さい。
※ ※ ※ ※
〝断捨離〟という言葉がポピュラーになる数年前の話。
例年より寒い冬のある日。そこかしこに建ち並んでいたクリスマスツリーが、街から姿を消した頃の出来事だったという。
大学の冬休みで帰郷していた須藤さんは、実家生活の大半を、毎日ぬくぬく、こたつの中でエンジョイしていた。自分とこたつは、やどかりと貝殻のような関係だった、と当時を振り返って彼女は笑う。
「そしたらねぇ、へへ。お母さんから怒られたんです」
毎日毎日、本当にこの子は! 御母堂の雷が、遂に落ちてしまったのである。
「ぐーたらしてる暇があるなら、倉庫の中の掃除でもしなさい!いらない物は捨てる!古いものばっか溜め込んでると、幸せが逃げちゃうわよ!!」
倉庫は、家の外にある。「げー」と漏らした須藤さんに、「げー じゃない!」とお母さんは畳みかけたらしい。
一も二も無く、大掃除となった。
女性らしからぬ物持ちの良さを誇る須藤さんは、学生時代の教科書やノートはおろか、当時貰ったプリントの一部まで「懐かしいから捨てられない」と直し込んでいたのである。そのため自室の押し入れは何だかわからないものの魔窟と化しており、そこに入りきれなかった物は全部、屋外の小屋型倉庫の中に押し込んでいた。
なるほど、片付けを要求される理由もわかる。
あーめんどくさ、と上着を4枚も着込んで重装備した彼女は、その上で身体を震わせながら家の裏にある倉庫の鍵を開けた。
密封されていた空間独特の空気が 冬の冷気と共に鼻をくすぐり、思わずくしゃみが出てしまう。
「さぶっ・・・ こりゃ早く片付けないと凍死だわ、凍死」
自分の持ち物は、倉庫内の左片隅にまとめて置いている筈だ。
早速、作業を開始する。
――これは要る。これはいらない。これは、うーん捨てちゃおう。あ、これは捨てるなんて考えられないな・・・――
寒さが背中を押してくれる形となって、わりあい作業は捗っていたという。
ちゃっちゃと済ませて、早くこたつの中に帰りたかったのだ。
溜め込んでいた物の三分の一を「いらない」と判断し、「あら私ってこんなにゴミ溜めてたんだ」と我ながら恥ずかしくなった時だった。
(ん?何だコレ)
心当たりがまったく無い、クリーム色の紙箱を見つける。
もとは菓子箱か何かだったのだろうか。そのくらいの大きさだ。
何を入れたんだっけ? 須藤さんは迷いもなく、カパッと箱の蓋を開けた。
思考がストップした。
こっくりさんの紙が入っていた。
紙の真ん中、鳥居の上には10円玉も乗っている。
それが、まるで鋳造したてのもののように、光り輝くブロンズ色。
あ、この筆跡、私のじゃん・・・と気付く。こっくりさんの紙なんて、生まれて一度も書いたことなどないのに。
すると、
――カタカタカタカタカタカタ――
「??!!!」
10円玉が 震えだした。
続いて、箱自体もカタカタカタカタ、震えだした。
〝脊髄に氷水を流されたかのような〟悪寒が走った。
笛のような絶叫が出た。
いきなり、視界が暗転した。
・・・気付けば、目の前にお母さんがいたという。
須藤さんはガタガタ震えながら、あの こっくりさんの紙が入った箱を両手に持って、それをお母さんに差し出したポーズで固まっている自分自身にビックリしたらしい。
記憶が飛んでいたのだ。
「ん?なぁにこれ。捨てるの?」
お母さんは箱を受け取り、何気なく蓋を開けた。
――直後、顔をしかめて 咎めるような視線で須藤さんを射る。
「あんた・・・こんなもの 倉庫の中に入れてたの?」
お母さんは箱の中を須藤さんに見せた。
こっくりさんの紙も、10円玉も、そこには無かった。カラだった。
しかし。
箱の中は 一面、 あずき色のだんだら模様に染め上げられていた。
ビーフジャーキーのような何かがこびり付いている箇所もあった。
箱の内部からはリンパ液のような不快な臭いが放たれており、須藤さんは 激しい嘔吐感と立ち眩みをおぼえた。
※ ※ ※ ※
むろん、箱は真っ先に処分した。
すると翌年、今まで悩まされていた花粉症が、嘘のように治ってしまった。
「マメにお片付けすれば、幸運すら舞い込むって・・・あると思いますよ。取りあえず、何だかわからない不吉なものは、どんどん捨てなきゃ」
以来、須藤さんは整理整頓の鬼となり、自宅のお部屋も大学の寮室の中も、それはそれは綺麗なものであったという。
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