35 / 102
#034 『断捨離の功徳』
しおりを挟む
これは昨年、怪談蒐集ノートの中から「年末の大掃除シーズンにうってつけの話」だと思ってチョイス・執筆し、怪談提供者の方に掲載許可を求めていたものだが、こちらと向こうのやり取りに多少の齟齬があり、残念なことに発表が遅れてしまった一話である。
♯028『T字』とリンクする部分もあって個人的にとても興味深いので、同じくらいのタイミングで投稿しようと考えていたのだが、果たされなかった。
そこのところを、あらかじめご了承頂いた上でお読み下さい。
※ ※ ※ ※
〝断捨離〟という言葉がポピュラーになる数年前の話。
例年より寒い冬のある日。そこかしこに建ち並んでいたクリスマスツリーが、街から姿を消した頃の出来事だったという。
大学の冬休みで帰郷していた須藤さんは、実家生活の大半を、毎日ぬくぬく、こたつの中でエンジョイしていた。自分とこたつは、やどかりと貝殻のような関係だった、と当時を振り返って彼女は笑う。
「そしたらねぇ、へへ。お母さんから怒られたんです」
毎日毎日、本当にこの子は! 御母堂の雷が、遂に落ちてしまったのである。
「ぐーたらしてる暇があるなら、倉庫の中の掃除でもしなさい!いらない物は捨てる!古いものばっか溜め込んでると、幸せが逃げちゃうわよ!!」
倉庫は、家の外にある。「げー」と漏らした須藤さんに、「げー じゃない!」とお母さんは畳みかけたらしい。
一も二も無く、大掃除となった。
女性らしからぬ物持ちの良さを誇る須藤さんは、学生時代の教科書やノートはおろか、当時貰ったプリントの一部まで「懐かしいから捨てられない」と直し込んでいたのである。そのため自室の押し入れは何だかわからないものの魔窟と化しており、そこに入りきれなかった物は全部、屋外の小屋型倉庫の中に押し込んでいた。
なるほど、片付けを要求される理由もわかる。
あーめんどくさ、と上着を4枚も着込んで重装備した彼女は、その上で身体を震わせながら家の裏にある倉庫の鍵を開けた。
密封されていた空間独特の空気が 冬の冷気と共に鼻をくすぐり、思わずくしゃみが出てしまう。
「さぶっ・・・ こりゃ早く片付けないと凍死だわ、凍死」
自分の持ち物は、倉庫内の左片隅にまとめて置いている筈だ。
早速、作業を開始する。
――これは要る。これはいらない。これは、うーん捨てちゃおう。あ、これは捨てるなんて考えられないな・・・――
寒さが背中を押してくれる形となって、わりあい作業は捗っていたという。
ちゃっちゃと済ませて、早くこたつの中に帰りたかったのだ。
溜め込んでいた物の三分の一を「いらない」と判断し、「あら私ってこんなにゴミ溜めてたんだ」と我ながら恥ずかしくなった時だった。
(ん?何だコレ)
心当たりがまったく無い、クリーム色の紙箱を見つける。
もとは菓子箱か何かだったのだろうか。そのくらいの大きさだ。
何を入れたんだっけ? 須藤さんは迷いもなく、カパッと箱の蓋を開けた。
思考がストップした。
こっくりさんの紙が入っていた。
紙の真ん中、鳥居の上には10円玉も乗っている。
それが、まるで鋳造したてのもののように、光り輝くブロンズ色。
あ、この筆跡、私のじゃん・・・と気付く。こっくりさんの紙なんて、生まれて一度も書いたことなどないのに。
すると、
――カタカタカタカタカタカタ――
「??!!!」
10円玉が 震えだした。
続いて、箱自体もカタカタカタカタ、震えだした。
〝脊髄に氷水を流されたかのような〟悪寒が走った。
笛のような絶叫が出た。
いきなり、視界が暗転した。
・・・気付けば、目の前にお母さんがいたという。
須藤さんはガタガタ震えながら、あの こっくりさんの紙が入った箱を両手に持って、それをお母さんに差し出したポーズで固まっている自分自身にビックリしたらしい。
記憶が飛んでいたのだ。
「ん?なぁにこれ。捨てるの?」
お母さんは箱を受け取り、何気なく蓋を開けた。
――直後、顔をしかめて 咎めるような視線で須藤さんを射る。
「あんた・・・こんなもの 倉庫の中に入れてたの?」
お母さんは箱の中を須藤さんに見せた。
こっくりさんの紙も、10円玉も、そこには無かった。カラだった。
しかし。
箱の中は 一面、 あずき色のだんだら模様に染め上げられていた。
ビーフジャーキーのような何かがこびり付いている箇所もあった。
箱の内部からはリンパ液のような不快な臭いが放たれており、須藤さんは 激しい嘔吐感と立ち眩みをおぼえた。
※ ※ ※ ※
むろん、箱は真っ先に処分した。
すると翌年、今まで悩まされていた花粉症が、嘘のように治ってしまった。
「マメにお片付けすれば、幸運すら舞い込むって・・・あると思いますよ。取りあえず、何だかわからない不吉なものは、どんどん捨てなきゃ」
以来、須藤さんは整理整頓の鬼となり、自宅のお部屋も大学の寮室の中も、それはそれは綺麗なものであったという。
♯028『T字』とリンクする部分もあって個人的にとても興味深いので、同じくらいのタイミングで投稿しようと考えていたのだが、果たされなかった。
そこのところを、あらかじめご了承頂いた上でお読み下さい。
※ ※ ※ ※
〝断捨離〟という言葉がポピュラーになる数年前の話。
例年より寒い冬のある日。そこかしこに建ち並んでいたクリスマスツリーが、街から姿を消した頃の出来事だったという。
大学の冬休みで帰郷していた須藤さんは、実家生活の大半を、毎日ぬくぬく、こたつの中でエンジョイしていた。自分とこたつは、やどかりと貝殻のような関係だった、と当時を振り返って彼女は笑う。
「そしたらねぇ、へへ。お母さんから怒られたんです」
毎日毎日、本当にこの子は! 御母堂の雷が、遂に落ちてしまったのである。
「ぐーたらしてる暇があるなら、倉庫の中の掃除でもしなさい!いらない物は捨てる!古いものばっか溜め込んでると、幸せが逃げちゃうわよ!!」
倉庫は、家の外にある。「げー」と漏らした須藤さんに、「げー じゃない!」とお母さんは畳みかけたらしい。
一も二も無く、大掃除となった。
女性らしからぬ物持ちの良さを誇る須藤さんは、学生時代の教科書やノートはおろか、当時貰ったプリントの一部まで「懐かしいから捨てられない」と直し込んでいたのである。そのため自室の押し入れは何だかわからないものの魔窟と化しており、そこに入りきれなかった物は全部、屋外の小屋型倉庫の中に押し込んでいた。
なるほど、片付けを要求される理由もわかる。
あーめんどくさ、と上着を4枚も着込んで重装備した彼女は、その上で身体を震わせながら家の裏にある倉庫の鍵を開けた。
密封されていた空間独特の空気が 冬の冷気と共に鼻をくすぐり、思わずくしゃみが出てしまう。
「さぶっ・・・ こりゃ早く片付けないと凍死だわ、凍死」
自分の持ち物は、倉庫内の左片隅にまとめて置いている筈だ。
早速、作業を開始する。
――これは要る。これはいらない。これは、うーん捨てちゃおう。あ、これは捨てるなんて考えられないな・・・――
寒さが背中を押してくれる形となって、わりあい作業は捗っていたという。
ちゃっちゃと済ませて、早くこたつの中に帰りたかったのだ。
溜め込んでいた物の三分の一を「いらない」と判断し、「あら私ってこんなにゴミ溜めてたんだ」と我ながら恥ずかしくなった時だった。
(ん?何だコレ)
心当たりがまったく無い、クリーム色の紙箱を見つける。
もとは菓子箱か何かだったのだろうか。そのくらいの大きさだ。
何を入れたんだっけ? 須藤さんは迷いもなく、カパッと箱の蓋を開けた。
思考がストップした。
こっくりさんの紙が入っていた。
紙の真ん中、鳥居の上には10円玉も乗っている。
それが、まるで鋳造したてのもののように、光り輝くブロンズ色。
あ、この筆跡、私のじゃん・・・と気付く。こっくりさんの紙なんて、生まれて一度も書いたことなどないのに。
すると、
――カタカタカタカタカタカタ――
「??!!!」
10円玉が 震えだした。
続いて、箱自体もカタカタカタカタ、震えだした。
〝脊髄に氷水を流されたかのような〟悪寒が走った。
笛のような絶叫が出た。
いきなり、視界が暗転した。
・・・気付けば、目の前にお母さんがいたという。
須藤さんはガタガタ震えながら、あの こっくりさんの紙が入った箱を両手に持って、それをお母さんに差し出したポーズで固まっている自分自身にビックリしたらしい。
記憶が飛んでいたのだ。
「ん?なぁにこれ。捨てるの?」
お母さんは箱を受け取り、何気なく蓋を開けた。
――直後、顔をしかめて 咎めるような視線で須藤さんを射る。
「あんた・・・こんなもの 倉庫の中に入れてたの?」
お母さんは箱の中を須藤さんに見せた。
こっくりさんの紙も、10円玉も、そこには無かった。カラだった。
しかし。
箱の中は 一面、 あずき色のだんだら模様に染め上げられていた。
ビーフジャーキーのような何かがこびり付いている箇所もあった。
箱の内部からはリンパ液のような不快な臭いが放たれており、須藤さんは 激しい嘔吐感と立ち眩みをおぼえた。
※ ※ ※ ※
むろん、箱は真っ先に処分した。
すると翌年、今まで悩まされていた花粉症が、嘘のように治ってしまった。
「マメにお片付けすれば、幸運すら舞い込むって・・・あると思いますよ。取りあえず、何だかわからない不吉なものは、どんどん捨てなきゃ」
以来、須藤さんは整理整頓の鬼となり、自宅のお部屋も大学の寮室の中も、それはそれは綺麗なものであったという。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
神隠しの子
ミドリ
ホラー
【奨励賞受賞作品です】
双子の弟、宗二が失踪して七年。兄の山根 太一は、宗二の失踪宣告を機に、これまで忘れていた自分の記憶を少しずつ思い出していく。
これまで妹的ポジションだと思っていた花への恋心を思い出し、二人は一気に接近していく。無事結ばれた二人の周りにちらつく子供の影。それは子供の頃に失踪した彼の姿なのか、それとも幻なのか。
自身の精神面に不安を覚えながらも育まれる愛に、再び魔の手が忍び寄る。
※なろう・カクヨムでも連載中です
真事の怪談~寸志小品七連~
松岡真事
ホラー
どうも、松岡真事が失礼致します。
皆様のおかげで完結しました百物語『妖魅砂時計』―― その背景には、SNSで知り合いました多くのフォロワーの方々のご支援も強い基盤となっておりました。
そんなSNS上において、『おまけ怪談』と称して画像ファイルのかたちで一般公開した〝超短編の〟怪談群がございます。決して数も多くはありませんが、このたび一つにまとめ、アルファポリス様にて公開させて頂くことを決意しました。
多少細部に手を入れておりますが、話の骨子は変わりません。 ・・・アルファポリスという媒体のみで私の作品に触れられた方には初見となることでしょう。百物語終了以降、嬉しいご意見を頂いたり、熱心に何度も閲覧されている読者様の存在を知ったりして、どうにか早いご恩返しをしたいと考えた次第です。
また、SNS上で既にお話をご覧になった方々の為にも、新しい話を4話、書き下ろさせて頂きました。第1話、第3話、第5話、第7話がそれに当たります。他の話と釣り合いを取らせる為、800文字以下の超短編の形式をとっています。これを放出してしまうと貯金がほとんどスッカラカン(2018年11月初頭現在)になってしまいますが、また頑張って怖いお話を蒐集してカムバック致しますので、お楽しみにを。
それではサクッとお読み下さい。ゾクッときますので――
皆さんは呪われました
禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか?
お勧めの呪いがありますよ。
効果は絶大です。
ぜひ、試してみてください……
その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。
最後に残るのは誰だ……
真事の怪談 ~冥法 最多角百念珠~
松岡真事
ホラー
前々作、『妖魅砂時計』から約5ヶ月の歳月を経て――再び松岡真事による百物語が帰ってきた!!
今回は、「10話」を一区切りとして『壱念珠』、それが『拾念珠』集まって百物語となる仕様。魔石を繋げて数珠とする、神仏をも恐れぬ大事業でござい!!
「皆様、お久しぶりです。怪談蒐集はそこそこ順調に行っておりますが、100の話を全て聞き取った上で発表するには流石に時間がかかりすぎると判断いたしました。ゆえに、まず10話集まったら『第壱念珠』として章立て形式で発表。また10話集まれば『第弐念珠』として発表・・・というかたちで怪談を連ねてゆき、『第拾念珠』完成の暁には晴れて百物語も完結となるやり方を取らせて頂こうと思います。 時間はかかると思われますが、ご愛読頂ければ幸い・・・いえ、呪(まじな)いです」 ――松岡
・・・信じるも信じないも関係なし。異界は既に、あなたのあずかり知らぬところで人心を惑乱し、その領域を拡大させている!連なり合った魔石の念珠はジャラジャラと怪音を発し、あなたの心もここに乱される!!
容赦無き実話の世界、『冥法 最多角百念珠』。
すべての閲覧は自己責任で――
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
『笑う』怪談 ~真事の怪談シリーズ・番外編~
松岡真事
ホラー
「笑」をテーマに据えた怪談というのは 果たして成立するのであろうか?!
今を去ること十余年前――この難解な問いに答えるべく、松岡真事は奮闘した。メディアファクトリー刊『幽』誌の怪談文学賞に、『笑う』怪談を投稿したのである!
結果は撃沈!!松岡は意気消沈し精根尽き果て、以後、長く実話怪談の筆を折ることになってしまう・・・
そして、今・・・松岡は苦い過去を乗り越える為、笑いを携えた怪談のリライト&新作執筆に乗り出す!
名付けて『笑う』怪談!!
腹を抱えるような「笑い」、プッと吹き出すような「笑い」、ほんわか滲み出るような「笑い」、下衆すぎて思わず漏れるような「笑い」、 そして何より、「笑う」しかない 恐怖――
さまざまな『笑』が満ちた実話怪談の新世界!
煽り文句も高らかに、恐怖の世界への出囃子が鳴る――!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる