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#013 『ブショネ』
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横山さんは、私とワインの話をよくする仲であったのだが、残念ながら4年ほど前、仕事の都合で関東の方へ転勤して行かれた。彼のワイン好きは筋金入りであり、独身貴族を気取ってラグジュアリーなワインを週末に楽しむのがいつもの習慣だった。
そんな彼が、7年くらい前に体験した話。
週末の夜、恒例のワインタイムを楽しもうと、彼はとっておきのディナーを(むろん自分ひとりぶんだけ)用意して、本日の主役である赤ワインを開けた。
ゆっくりグラスに注ぎ、まず その香りを楽しむ為に鼻孔へと近づける。 が。
「・・・・・・わっ、これは・・・」
カビのような、いやぁな臭いが、鼻を刺す。
還元臭かな、とまず思った。ワインの種類によっては、空気と馴染んで素晴らしい芳香を放つ前、硫黄じみた厭な臭いを発することがある。これが還元臭である。
今夜開けたタイプのワインに還元臭が発生するとは聞いたことがないが、しばらく置いておけば消えるだろう。そう思って30分ほど放置しておいたという。
――30分後。再び香りを確かめる。
臭い!さっきと同じ、もしくはもっとひどいカビ臭が醸し出されてしまっている。
還元臭ではないらしい。それではいったいこれは・・・
「ブショネ?いや、ありえない!」
心当たりからすれば、劣化したコルクの臭いがワインに移ってしまう『ブショネ』という状態しか考えられなかったが、実はそもそも、今回開けたワインはコルク式ではないのである。5000円近い値段はするものの、スクリューキャップを使用したニュージーランド産の赤ワイン。だからブショネも候補から消える。
空気が漏れ込んでいた?いやいや、キャップはしっかり閉まっていた。
ワイン自体の出来損ない?でも、信頼できる世界的に有名なワイナリーのものだぞ。
経年劣化?そんなわけない!ヴィンテージはむしろ新しい!
いろんな原因を推理してみたが、どれも決定打に欠け、降参状態となった。
別に文句を言うわけではないが、何が問題だったのかを知りたくて、ワインを買った酒屋の顔見知りのマスターに電話を入れてみることにした。
夜分突然の連絡に、マスターは直ぐ 出てくれた。経緯を説明する。
『ああ、なるほど!災難でしたね横山さん。グラスはもう一つありますか?』
それにワインを適量注いで、チーズもあったら一かけ、小さなお皿に乗せて自分に差し向かいになる形でテーブルの上に乗せて下さい。そして、そのグラスの方へ乾杯の所作をしながらワインを口に含んでみて下さい、 と、マスターは言われる。
何じゃそれはと思ったが、横山さんは言われた通りにした。
ままごとのような儀式をやって、問題のワインを口にした。
「ええっ、うそっ!!」
美味い。
ラズベリーやブラックチェリーの果実味に、円い渋み。青草のニュアンスがスゥッと風の如く抜けるような、素晴らしいテイストが口の中いっぱいに満ちた。
直ぐさまマスターにお礼の電話を入れ直し、「これはどういうことですか?」と問いただしたところ、「昔付き合いのあったソムリエから聞いたんです」という。
『その方も最初 理由はわからなかったみたいですが、スクリューキャップのワインにブショネ臭を感じたのでおかしいと思い、もしかしてワイン好きなお化けの悪戯かも知れないと思って、冗談半分に こんな儀式を行ってみたそうです。すると嘘みたいに、ワインが健全な状態に戻ったそうで』
ワインは本当に奥深いな、と横山さんは感心した。
ちなみに、『お化け』に振る舞ったグラスワインを後で飲んでみたところ、まったく酢のようなひどい味に変わっており、チーズは黒カビが生えはじめていたという。
そんな彼が、7年くらい前に体験した話。
週末の夜、恒例のワインタイムを楽しもうと、彼はとっておきのディナーを(むろん自分ひとりぶんだけ)用意して、本日の主役である赤ワインを開けた。
ゆっくりグラスに注ぎ、まず その香りを楽しむ為に鼻孔へと近づける。 が。
「・・・・・・わっ、これは・・・」
カビのような、いやぁな臭いが、鼻を刺す。
還元臭かな、とまず思った。ワインの種類によっては、空気と馴染んで素晴らしい芳香を放つ前、硫黄じみた厭な臭いを発することがある。これが還元臭である。
今夜開けたタイプのワインに還元臭が発生するとは聞いたことがないが、しばらく置いておけば消えるだろう。そう思って30分ほど放置しておいたという。
――30分後。再び香りを確かめる。
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還元臭ではないらしい。それではいったいこれは・・・
「ブショネ?いや、ありえない!」
心当たりからすれば、劣化したコルクの臭いがワインに移ってしまう『ブショネ』という状態しか考えられなかったが、実はそもそも、今回開けたワインはコルク式ではないのである。5000円近い値段はするものの、スクリューキャップを使用したニュージーランド産の赤ワイン。だからブショネも候補から消える。
空気が漏れ込んでいた?いやいや、キャップはしっかり閉まっていた。
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経年劣化?そんなわけない!ヴィンテージはむしろ新しい!
いろんな原因を推理してみたが、どれも決定打に欠け、降参状態となった。
別に文句を言うわけではないが、何が問題だったのかを知りたくて、ワインを買った酒屋の顔見知りのマスターに電話を入れてみることにした。
夜分突然の連絡に、マスターは直ぐ 出てくれた。経緯を説明する。
『ああ、なるほど!災難でしたね横山さん。グラスはもう一つありますか?』
それにワインを適量注いで、チーズもあったら一かけ、小さなお皿に乗せて自分に差し向かいになる形でテーブルの上に乗せて下さい。そして、そのグラスの方へ乾杯の所作をしながらワインを口に含んでみて下さい、 と、マスターは言われる。
何じゃそれはと思ったが、横山さんは言われた通りにした。
ままごとのような儀式をやって、問題のワインを口にした。
「ええっ、うそっ!!」
美味い。
ラズベリーやブラックチェリーの果実味に、円い渋み。青草のニュアンスがスゥッと風の如く抜けるような、素晴らしいテイストが口の中いっぱいに満ちた。
直ぐさまマスターにお礼の電話を入れ直し、「これはどういうことですか?」と問いただしたところ、「昔付き合いのあったソムリエから聞いたんです」という。
『その方も最初 理由はわからなかったみたいですが、スクリューキャップのワインにブショネ臭を感じたのでおかしいと思い、もしかしてワイン好きなお化けの悪戯かも知れないと思って、冗談半分に こんな儀式を行ってみたそうです。すると嘘みたいに、ワインが健全な状態に戻ったそうで』
ワインは本当に奥深いな、と横山さんは感心した。
ちなみに、『お化け』に振る舞ったグラスワインを後で飲んでみたところ、まったく酢のようなひどい味に変わっており、チーズは黒カビが生えはじめていたという。
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