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#098 『トーッピ! ~その後~』

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 本年、8月の20日頃のことである。
 ♯094『トーッピ!』の体験者である富岡さんから、お昼時に 一本のお電話を頂いた。

「もしもし松岡さん。お元気でした? ・・・あのー。俺、行って来ました。ソノ・・・ お祓いに」

 前回の取材の際、霊的な存在(?)から掛けられた『トーッピ!』という台詞が何を意味しているのかわからない――と語った彼に、
「それはもしかして『取~っぴ!』ではないでしょうか。『これ取った!』『いっただき~!』といった意味の、90年代初頭の若者言葉ですよ・・・」
 と、私は自分の考えを述べたのだった。

 ある意味で、よけいな一言だったかも知れない。
 富岡さんは以後、それを少しばかり、気にしてらっしゃったのである。
 確かに。「ちょっぴり怖いから、お盆に時間を作って神社でお祓いをして貰う」と仰っていたことを思い出した。

「ああ、行かれたのですか。スイマセン・・・私が変なことを言って怖がらせたばっかりに、貴重なお休みを――」
「いえ・・・感謝してます。松岡さん。俺、あのとき松岡さんにあの話をしてなかったら、どうなってたかわからない」
「――?? どういうことです?」

 やばかったみたい、と富岡さんは小さく答えられた。
 、熊本のアパートから付いて来てたらしい、と。

 後日、また会いたい。その時に詳しく話します――との事だった。


 本当はもっと早くお会い出来れば良かったのだが、予想以上にお盆の後も仕事が忙しく、休日には他の怪談体験者様の取材や友人との先約なども重なってしまい、やっとこさファミレスでお会いして詳細を伺ったのは、お電話から20日ほども経ったつい先日の夕暮れ時であった。


「いやー、お久しぶりです、富岡さん」
「どうも松岡さん!そろそろ連載怪談も100話ですね。すげぇな。松岡さんは、何か変な事が起きないように 神社やお寺でお祓いとかしてないんですか?」
「これといってそういうのは・・・ああ、そういえばこないだ、ワインの味を教えてくれた師匠と一緒に竹島神社って所にお参りしましたよ。成り行きで」
「ははは!もし何か起こっても、貴重なネタですからね・・・ さて、じゃあ俺がお祓いに行った時のエピソード、聞いて貰えますか。ガチでしたよ何か・・・」

 次の通りである。


  ※   ※   ※   ※

 今年、2018年の8月13日。
 その日の早朝。富岡さんは、会社に申請していたお盆休みを使って、実家から3時間ほど離れた所にある有名な神社へと車を走らせた。

 正直、「何かが自分に取り憑いているのかも・・・」という恐怖はきわめて薄く、「思い込みとかじゃないのかな」「でも、しっかりした神社で御祈祷でも受けておけば、少なくとも安心は出来るな」と楽天的な気持ちであったという。

 何しろ、今年のはじめ頃におかしな言葉を聞いたくらいで、大学時代に経験したような恐怖体験とは縁遠い毎日を送っているのである。五体満足。有り余るほど元気だ。
 胸のモヤモヤを晴らすことを兼ねた、ちょっと遠出のドライブ――そんな感覚だった。

 そういうつもりだったので、無論、事前に御祈祷の予約など取ってはいない。

 何でも、富岡さんは「お盆というのは仏教の行事だから、神道の領分である神社はお盆シーズン中、暇なんだろう」と思い込んでいたようである。お祓いだって、当日行って社務所とかに申し込めば直ぐやってくれる筈・・・と気軽に考えていた。

 神社に着いてみて、驚いた。


「え、うっそ!!」


 その某有名神社は、参拝客で大盛況であった。
 そもそも、お盆というのは仏教神道に関係なく、日本の一大宗教行事ともいえるものだから当然なのであるが。そんなこと、まだ若い上にあまり信心深くもない富岡さんが、知るよしも無い事実だったわけで。

(大丈夫かな。お祓いだけで数時間待ち、とか言われるんじゃ・・・)

 とにかく、駐車場に車を駐め、降りた。
 ごった返し、とまでは行かなかったそうだが。炎天の下にワイワイ賑やかな人波の中を行き、大きな鳥居を潜ろうとした。

 潜ろうとして、出来なかった。



(・・・・・・は??)



 何故だか、身体が前に進むことに拒絶反応を示しているような感覚。
 この先には絶対に行かないぞ、と身体が駄々をこねているような感覚。

 富岡さんは、この時の心境をこう語られる。

「誰だって、目の前に有刺鉄線があったり、直ぐ下が崖みたいなところに行き当たったら、進むことをやめちゃうでしょう、常識的に。いわゆる、ああいう・・・」

 そういう感覚、だったという。
 鳥居がダメなら・・・と、その脇を通って行こうともしたが、これもダメ。
 わけがわからないが、とにかく前に進めなくなった。

 どうしよう。
 こんな気持ちになったのは初めてだ・・・行かない方がいいのか?

 途方に暮れ、他の参拝者の迷惑も顧みずに鳥居の前でマゴついていると、ややあって二人の若い女性が本殿側の参道から小走りで駆け寄って来るのが見えた。

 巫女さんだ。
 「どうしよう!本当に居る」「やばくない?やばくない?」と、こちらにも聞こえるくらいの大声で狼狽えながら、二人はじゅうぶんな距離を取って鳥居越しに富岡さんと対峙した。

「あ、あのぅー、私ども、神主様から言伝ことづてを承っているのですがぁ、」
「そちら様がは、どうもこの神社に祀られておられる神様と相性がお悪いらしいのでぇ、」
「・・・・・・どうかこのまま、お帰りになって下さいませんか?」

 血の気が引いた。
 鳥居越しに聞き質してみると、彼女らは社務所で参拝者の方々に御守りなどの縁起物をお渡しするアルバイトをしていたらしいのであるが、いきなりこの神社の神主さんが血相を変えてそこへ来られ、「鳥居の中に入って来られず、困っておられる方が居られる筈だ。誰か行って来て、かくかくしかじか、こういう理由だから帰って下さいと伝えてくれ!」と、怒鳴るように言われたそうだ。

 儂が行くとを「見て」しまう。「見て」しまったら取り返しが付かなくなる――そうも言われたらしい。

「そ、そういうことですのでっ!!」

 二人は素早くペコリと一礼し、また元来た方向へと走って行った。
 「何でわかるの?!」と一人が嘆くように漏らしたのが聞こえた。おそらく、「何で神主さんは遠く離れた鳥居の前のことがわかったの?!」と怖がっているのだろう。

 富岡さんも、はじめて怖くなった。

 何だかこの神社ではどうにも出来ないような気がしてきたので、車内に取って返してカーナビを起動させた。
 近くに、もっと有名な神社はないか。格の高い神社は。

(・・・・・・近くじゃないけど、一時間くらい走ればあるな・・・)

 そこへ向かうことにした。
 直ぐに車を出した。

 ――走行をはじめて3分も経たずして、急に天候が崩れた。
 小雨がパラつきだす。
 大学生時代、アパートの中で聞いた大粒の雨の音が不意に蘇った。

(お、落ち着け!落ち着け、落ち着け、落ち着け・・・!)

 恐怖を紛らわす為にカーラジオの音量を最大にし、運転に集中した。


  ※   ※   ※   ※

 やや遅れて約80分後、次の神社へと到着した。

 その頃には既に雨は上がっていたが、富岡さんの不安は膨れあがる一方だ。

 とにかく入って一番手前の駐車スペースに車を駐め、神社の本殿の方へと走った。車という密閉空間すら怖くなっていたそうだ。

 特徴的な中華風の佇まいを見せる、こちらも由緒ある有名な神社であり、当然ながらお盆シーズンの参拝者も数多い。

 早くお祓いを受けなくては。息を切らせて走る、走る、走る・・・!



 だが富岡さん、ここでも鳥居を潜ることがどうしても出来ない!



(う、ああああ?!どうして、どうして、どうして・・・ッ!!)

 本当に恐慌を来たしかけていたという。
 やるせなさをぶつけるように頭をバリバリと掻いた後、「これではイカン」と深呼吸し、また進もうとし、
 ――やはりダメだったので、もう一度深呼吸して素直に引き返した。


 ここでまた巫女さんが走ってきて、「神主様から言伝を・・・」と同じ展開になったら、それこそ自分はパニック状態に陥ってしまうだろう。 切に思ったそうだ。


 駐車場に戻り、また直ぐ、車を出した。

(神社ではダメってことか・・・?お寺か?お寺ってお祓いしてくれるのか??)

 迷いに迷い、しばらく闇雲に車を走らせること十数分。富岡さんは、「この際 寺でも神社でも何処でもいいや!」という結論に達する。
 近くに有名な寺院は――と、運転をしながらカーナビを操作しはじめた時だった。

 車が、住宅地の中にポツンと存在する小さな赤い鳥居の横を通る。
 おそらく、そこを潜れば、地元に根ざしたささやかな神社があるのであろう。
 ――大御所が2回もダメだったんだ。あんな小さな所じゃなぁ・・・と思った瞬間、

 その鳥居の前で大きくこちらへ向かって手を振る、神職姿の男性と目が合った。


 んっ??!


 慌てて、路肩に車をとめた。
 車外へ出ると、間違いない。さっきの神職姿のおじさんが、息せき切らせてこちらへ駆け寄って来ている。

「はぁ、はぁ、はぁ・・・ おおお、疲れた。久しぶりに走った」

 おじさんは肩で息をしながら、困ったような笑顔を富岡さんに向けて、

「詳しいことはウチがお祀りしている偉い方から聞いておるよ。大変だったでしょ、を背負ってたんだから。ハハハ、まぁお茶でも出しますわ。お祓いはそれから、ね?」

 あ、オレ、神主ね。

 おじさんは、ほっぺを真っ赤にしてそう言い、笑った。


  ※   ※   ※   ※

 お茶より早くお祓いして下さい、と訴えた富岡さんの意を酌み、御祈祷は直ぐ、挙行されることとなった。

 神社の近くにあるおじさん・・・もとい神主さんのお宅に車をとめさせて貰い、鳥居を潜る。
 ――潜った後に気づいた。「あ、ここは行けるんだ?」と。

 物置のような社務所から急いで玉串や大幣など祭具一式を用意した神主さんに連れられて行った小さな本殿の中で、お祓いは行われた。

 祝詞が詠まれ、大幣がシャランシャランと振りかざされ、一部始終の儀式的な所作が終了するまで、僅か10分あまり。

「はい、これでもう、宜しい・・・ はぁ、骨が折れた・・・」

 神主さんは、その僅かな間に大量の玉の汗をかいておられたという。
 お祓いの前に全力疾走したせい・・・とも思えないほど消耗した様子で、「〇〇社さんや〇〇〇神社さんでも、こればっかりは手に余ったようですな」「こういうものには、御方同士の相性というものがあるんですわ」と、今までの全てをずっと見ていたような事を言われた。

「でも、これで大丈夫ですよ。ウチは小さい神社だけど、お祀りしてるのは京都の由緒ある所から分かれていらっしゃった神様だから。それがアンタ、いきなりオレを急き立てて、『困っている若者が今から程なく鳥居の前を通る。助けてやれ。厄介なモノを背負っているから、我が預かって進ぜる』なんて仰るんだもの。慌てた、慌てた」

 神様は気まぐれだが、素直に言うことを聞くのが神職の務めらしい。
 厳しい一方、霊験はあらたかなので、もう心配は無用だという。

「それにしても、よこしまで頑固なモノだった・・・何処でたか心当たりはお有りか?」

 たぶん、熊本のアパートです・・・ と答えると、「え、アパート?!」 あからさまにビックリされた。

「古戦場か何かかと思った」


 人を心理的に嬲ったり、ずっと黙って観察したりして楽しんで、ある日いきなり襲いかかって、あっさり命を奪ってくようなヤツだと言われた。
 正気でない神の一種、だとも。

「最近の言い方をすれば、妖怪。昔風に言えばマガカミ、ですか」

 あらためて血の気が引いたという。


  ※   ※   ※   ※

 ドリンクバーで4杯も飲み物をおかわりし、かなり興奮した様子で富岡さんは一連の話を終えられた。

 霊の世界は本当にあるんですね、俺は今回のことでそれを再度痛感しました―― と。ずっとそれを私に力説したくて、うずうずしていたらしかった。

 富岡さんの気迫に負けないように、私もその貴重な体験談を一字一句漏らすまいと(・・・そう言ったら少し言い過ぎであるが)必死に電子メモ帳へ打ち込ませて頂いた。


 取材の終わりに、私は一言「良かったですね」と祝福の言葉を贈った。
 禍々しいものとお別れすることが出来て、と。

 いやぁ、それが―― 
 ちょっと俯きがちになって、富岡さんは続ける。

「イマイチすっきりしないんですよ。御祈祷の前も、別に身体が重いとか変なものが見えてたとか無かったし・・・ホントにあのお祓い、成功したんだろうかなァ、と」

 ははぁ、なるほど。私はしばし考え、「そしたらまた今度、〇〇社の鳥居の前に立ってみたらどうでしょうか?無事に潜れるか潜れないか、実験してみては」と冗談半分に提案してみた。



 富岡さんから表情が消えた。



 今度の休日 言われた通りにしてみる という。
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