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#088 『あしあと』
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平成2年、11月17日。
その過去の日付を耳にするだけで、いまだに「あの頃はひどかったねぇ」「大変だったねぇ」と口々に語り出す人が 私の周囲には数多い。
28年前のこの日。長崎県の雲仙・普賢岳が198年ぶりに噴火。その後、頻繁に発生した火砕流や土石流によって、多くの方が被災され、40人以上の尊い命が犠牲となった。
断続的に活発化する噴火活動は幅広い地域へ火山灰を降らせ、人々の心に言いしれぬ不安と切実な恐怖の影を投げかけ続けていた。
そんな頃のお話。
旧南高来郡の某町で中学校の女性教諭をされていた益﨑さん(前話『わすれ傘』の体験者・花田さんの長年の親友で、同じ学校に勤務したこともある方だ)は、お昼時に少し用事が出来て、学校の外へ出なければならなくなった。
不穏な灰色の煙を上げている御山を眺めながら 学校の駐車場に来てみると、その場の車ほとんどに 粒子の細かい火山灰がうっすらと積もっているのが確認できた。
――あら、知らないうちに また降ったんだ。いやだなぁ・・・
バケツで水を掛けて洗い流さなければならない。ひどければ、ホースで放水だ。
幸い、他の先生方の車を見る限り、今回のは大したこと無さそうである。建物の陰に停めてあった車には、ほぼ灰を被っていないものすらある。
・・・さっさと用事を済ませて帰って来なきゃ、と 益﨑さん。まずは自らの車の状態を確かめるべく、いつも決めている駐車スペースへと小走りで急いだ。
と。
(あら??)
様子がおかしいのに気付く。
卒業記念樹の側に停めていた、自分の愛車。それに、
駐車場の他の車よりも、遙かに大量の灰が積もっているのだ。
(ええっ、うそっ!!)
慌てて駆け寄った。
ぐるりと見回した。
――ひどい。
「ど、どうしたらこんな被り方するのよっ?!!」
まるで、〝最初からこういうカラーリングでした〟と言わんばかりに 車体すべてが、グレイ一色に染まっていた。
どう考えても、あの記録的な大噴火の際に 一日外へ放置していた時と同じような有様だ。
もしかして、誰かが火山灰を大量に集めてきてイタズラをしたのかも・・・と思ったが、果たしてこんなに満遍なくきれいに、灰を車へ塗すことが出来るものだろうか。
車付近のコンクリ地には、僅かにしか灰の形跡は見えないのに。
頭が真っ白になる。
続いて時間差で、心臓がバクバク バクバク、暴走してくる。
・・・落ち着け、私。 益﨑さんは、大きく鼻で深呼吸した。
――落ち着いた。よし、まずは職員室へ戻ろう。
戻った。
教頭先生のお顔が真っ先に目に入ったので、つぶさにさっき見た光景を説明し、「これってどういう事でしょう?」「あまりに気持ち悪いので、誰か一緒に来て 見て貰えませんか?」と訴えた。
怪訝な顔を呈しながらも、教頭先生と用務員のおじさん、そして男の先生がもう一人、様子を見に来てくれることになった。
皆で、もう一度 駐車場に向かう。
現場に到着すると、男性3人も揃って言葉を無くしたという。
「わーっ、益﨑先生。本当ですね。こりゃひどい!」
「これは放水しても時間がかかるなぁ・・・ 外出の用事があるんですって? ヨシ、そんなら早いとこ流しちゃいましょう」
「ホース伸ばしてきますわ。届くかなァ、ここまで・・・」
親切にも、てきぱきと灰を洗い流す手伝いを開始してくれた3人に、益﨑さんは心から感謝した。いい知れない恐怖の念も 薄らいでくるようだったという。
しかし。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・?どうなされたんですか、教頭先生?」
「い、いえ。益﨑先生。この・・・コレは、さっき先生がご覧になった時から付いていたのですか?」
車の真っ正面に立った教頭先生が、ボンネットのあたりを指差しながら尋ねられた。
あしあと。
「えっっ」
――正しく言えば、ナンバープレートのあたりから、であった。
大人の男の、裸足のあしあとが、
ボンネットからフロントガラス、ルーフ、そしてリア部分を伝ってバンパーまで、
ハッキリと。一続きになって。その痕跡を見せつけている。
なに、これ。 灰色に染まった車を初めて目の当たりにした先ほどの時と同じく、益﨑さんはすっかり、茫然自失の状態になってしまった。
こんなの、さっきは 絶対になかった筈――
「・・・・・・ぜんぶ、右足ですな・・・・・・」
教頭先生がポツリと呟いた後、全身に鳥肌が立ったという。
※ ※ ※ ※
同じような話は、実は他にも4件、耳にしていた。
短い話が多く、まったく同じ内容のものもあったので、もう少し同様のものが集まったら一話にまとめてオムニバス形式で発表したいと思っていた矢先。益﨑さんのお話を聞いて、「これはインパクトあるなぁ」と感じ、こちらをメインに据えて執筆した次第である。
「噴火の頃の話ですが・・・」という語り出しからはじまった〝灰の上の痕跡の話〟は、こびとの様な小さなあしあとが車のボンネットいっぱいに付いていたとか、灰まみれになったガラス窓に〝55〟という謎の数字がひとりでに浮き出るのを見た、などといった 不可思議な幾つかのパターンがあるようだった。
そのうち、車に関するものが3件を占めていたのは興味深い。
噴火被害に悩まされる他の地域でも、絶対に同類の出来事は起きている筈だ。私は確信を持って推測している。
――蛇足ながら付け加えさせて頂くと、
灰は思ったより頑固に車体へ付着していた為、洗い流すのに予想以上の時間がかかり・・・ 結局 益﨑さんは同僚の先生から車を借り、それでもって外出の用事を済ませられたそうだ。
そしてその後、周囲の反対を押しのけて 直ぐに車を買い換えたそうである。
その過去の日付を耳にするだけで、いまだに「あの頃はひどかったねぇ」「大変だったねぇ」と口々に語り出す人が 私の周囲には数多い。
28年前のこの日。長崎県の雲仙・普賢岳が198年ぶりに噴火。その後、頻繁に発生した火砕流や土石流によって、多くの方が被災され、40人以上の尊い命が犠牲となった。
断続的に活発化する噴火活動は幅広い地域へ火山灰を降らせ、人々の心に言いしれぬ不安と切実な恐怖の影を投げかけ続けていた。
そんな頃のお話。
旧南高来郡の某町で中学校の女性教諭をされていた益﨑さん(前話『わすれ傘』の体験者・花田さんの長年の親友で、同じ学校に勤務したこともある方だ)は、お昼時に少し用事が出来て、学校の外へ出なければならなくなった。
不穏な灰色の煙を上げている御山を眺めながら 学校の駐車場に来てみると、その場の車ほとんどに 粒子の細かい火山灰がうっすらと積もっているのが確認できた。
――あら、知らないうちに また降ったんだ。いやだなぁ・・・
バケツで水を掛けて洗い流さなければならない。ひどければ、ホースで放水だ。
幸い、他の先生方の車を見る限り、今回のは大したこと無さそうである。建物の陰に停めてあった車には、ほぼ灰を被っていないものすらある。
・・・さっさと用事を済ませて帰って来なきゃ、と 益﨑さん。まずは自らの車の状態を確かめるべく、いつも決めている駐車スペースへと小走りで急いだ。
と。
(あら??)
様子がおかしいのに気付く。
卒業記念樹の側に停めていた、自分の愛車。それに、
駐車場の他の車よりも、遙かに大量の灰が積もっているのだ。
(ええっ、うそっ!!)
慌てて駆け寄った。
ぐるりと見回した。
――ひどい。
「ど、どうしたらこんな被り方するのよっ?!!」
まるで、〝最初からこういうカラーリングでした〟と言わんばかりに 車体すべてが、グレイ一色に染まっていた。
どう考えても、あの記録的な大噴火の際に 一日外へ放置していた時と同じような有様だ。
もしかして、誰かが火山灰を大量に集めてきてイタズラをしたのかも・・・と思ったが、果たしてこんなに満遍なくきれいに、灰を車へ塗すことが出来るものだろうか。
車付近のコンクリ地には、僅かにしか灰の形跡は見えないのに。
頭が真っ白になる。
続いて時間差で、心臓がバクバク バクバク、暴走してくる。
・・・落ち着け、私。 益﨑さんは、大きく鼻で深呼吸した。
――落ち着いた。よし、まずは職員室へ戻ろう。
戻った。
教頭先生のお顔が真っ先に目に入ったので、つぶさにさっき見た光景を説明し、「これってどういう事でしょう?」「あまりに気持ち悪いので、誰か一緒に来て 見て貰えませんか?」と訴えた。
怪訝な顔を呈しながらも、教頭先生と用務員のおじさん、そして男の先生がもう一人、様子を見に来てくれることになった。
皆で、もう一度 駐車場に向かう。
現場に到着すると、男性3人も揃って言葉を無くしたという。
「わーっ、益﨑先生。本当ですね。こりゃひどい!」
「これは放水しても時間がかかるなぁ・・・ 外出の用事があるんですって? ヨシ、そんなら早いとこ流しちゃいましょう」
「ホース伸ばしてきますわ。届くかなァ、ここまで・・・」
親切にも、てきぱきと灰を洗い流す手伝いを開始してくれた3人に、益﨑さんは心から感謝した。いい知れない恐怖の念も 薄らいでくるようだったという。
しかし。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・?どうなされたんですか、教頭先生?」
「い、いえ。益﨑先生。この・・・コレは、さっき先生がご覧になった時から付いていたのですか?」
車の真っ正面に立った教頭先生が、ボンネットのあたりを指差しながら尋ねられた。
あしあと。
「えっっ」
――正しく言えば、ナンバープレートのあたりから、であった。
大人の男の、裸足のあしあとが、
ボンネットからフロントガラス、ルーフ、そしてリア部分を伝ってバンパーまで、
ハッキリと。一続きになって。その痕跡を見せつけている。
なに、これ。 灰色に染まった車を初めて目の当たりにした先ほどの時と同じく、益﨑さんはすっかり、茫然自失の状態になってしまった。
こんなの、さっきは 絶対になかった筈――
「・・・・・・ぜんぶ、右足ですな・・・・・・」
教頭先生がポツリと呟いた後、全身に鳥肌が立ったという。
※ ※ ※ ※
同じような話は、実は他にも4件、耳にしていた。
短い話が多く、まったく同じ内容のものもあったので、もう少し同様のものが集まったら一話にまとめてオムニバス形式で発表したいと思っていた矢先。益﨑さんのお話を聞いて、「これはインパクトあるなぁ」と感じ、こちらをメインに据えて執筆した次第である。
「噴火の頃の話ですが・・・」という語り出しからはじまった〝灰の上の痕跡の話〟は、こびとの様な小さなあしあとが車のボンネットいっぱいに付いていたとか、灰まみれになったガラス窓に〝55〟という謎の数字がひとりでに浮き出るのを見た、などといった 不可思議な幾つかのパターンがあるようだった。
そのうち、車に関するものが3件を占めていたのは興味深い。
噴火被害に悩まされる他の地域でも、絶対に同類の出来事は起きている筈だ。私は確信を持って推測している。
――蛇足ながら付け加えさせて頂くと、
灰は思ったより頑固に車体へ付着していた為、洗い流すのに予想以上の時間がかかり・・・ 結局 益﨑さんは同僚の先生から車を借り、それでもって外出の用事を済ませられたそうだ。
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