上 下
86 / 102

#085 『蝋人形』

しおりを挟む

 ゴールデンウィーク明け、はじめての休日のことである。

「本人が体験した覚えのない記憶のある人、って居るものですか?」

 ――私にとっては日常生活の一部となったファミレスでの怪談取材でのこと。

 証券会社に勤めて4年目という青年・真木まぎさんは、開口一番そう仰られた。

「・・・はい、意外と居られますよ。でも、そういうのは怪談というより、ふつうに見られる記憶の混乱みたいなものがほとんどじゃないでしょうかねぇ」

 実際、私にも辻褄の合わない昔の記憶がある。
 幼稚園くらいの頃、テレビアニメを特集した子供向けの本を貪るように読んでいる・・・という些細な思い出なのだが、今思い起こして見れば、その本に出てきたアニメ番組は もっと後の時代に放送されたものばかりだったのだ。
 つまり、少なくとも小学生以上の年齢になって見た夢か何かを 幼稚園時代の記憶と誤って思い出にしてしまっていたのである。
 記憶違い、というものであろう。意外とこういう『虚偽の記憶』を持っていて、それに気付かないまま日々を暮らしている人はたくさん居るのではないかと思う。

「そうですか。怪談としては弱いでしょうか」
「弱いというか・・・そのテーマでは一つ、既に作品を投稿しておりますね。被ってしまったら、ちょっと困るかなぁ」

 そうですか・・・ と。申し訳なさそうに、真木さんは少し俯いて苦笑された。
 ――が、直ぐに私の目を真っ直ぐに見て、

「いや、こういう話はあまり無いと思うんですけど、話していいですか?」

 その熱心さに、尋常で無いものを感じた。
 私は笑顔で「どうぞ」とお話を促した。

  ※   ※   ※   ※

 真木さんには、そのような『体験した覚えの無い記憶』があった。

 いつの頃から頭の中にわだかまっているのかは本人にも定かで無いが、少なくとも社会人になった頃には そのイメージが脳内に固まっていたらしい。

 こんな記憶だ。


「私は、古い西洋風の建物の中を歩いているんです」

「そこには、たくさんの蝋人形が壁際に並んで こちらを見ています」

「おそろしくリアルな人形なんです」

「その視線がとても不気味で・・・私は顔をしかめながら、そこを通り過ぎようとします」

「すると、人が現れます」

「黒い洋服に片眼鏡モノクル姿の老紳士です」

「彼は私に恭しく一礼しますが、私は嫌悪感を露わにして『お爺さん、僕 この蝋人形が怖くて仕方ないんだけど』と苦言を呈します」

「老紳士は、にっこり笑いながら『蝋人形ですから』と答えます」

「答えになっていない答えに、私は心底、呆れた気分になってしまいます――」


 ・・・・・・と、いったような内容だ。

 夢ではないのか?いや夢でしょう。何度も何度も、真木さんは自問自答した。

 だが、あまりにも細かいところまでヴィジュアルを覚えているのだという。凡百な夢とはリアリティが段違いなので、「到底 夢だとは思えない」という結論に落ち着く。
 その上、いつも何か仕事が一段落した時や お風呂に入ってリラックスしている時などに フッと思い出してしまう。
 まるで、忘れてはいけない・・・と 脳が言っているかのように。
 一方、「呆れた気分になった――」 あとの記憶は尻切れトンボ。

 西洋館、もしくは蝋人形を展示したイベント会場などには 過去に一回も行った覚えはない。
 両親にも何気なく確認した。ひどく小さい頃の思い出でもない。
 よく聞く既視感デジャヴュとも何か違うような気がする。

(やっぱ夢、か・・・?)

 いや、違う、と再び思う。
 よくわからないが、「これは現実の記憶だ」という確信が頭から退かない。
 忘れた頃に、思い出す――

 何で、自分自身が こんな気持ちの悪い記憶に囚われているのか。真木さん自身にもわからず、ほとほと困り果てていた。
 仕事を覚えようと一生懸命でヘトヘトに疲れていたのは事実だったので、「ストレスのせい、心の迷いのせい」と割り切り、本を読んで禅や瞑想などを勉強し、 邪念を振り切るような努力はしていたという。

  ※   ※   ※   ※

 そんな真木さんにも、彼女が出来た。

 年下の、ちょっと勝ち気な さばさばした性格の子だった。

 仕事は相変わらず忙しかったが、何とか時間を工面して 彼女の休みの日には丸一日、デートを楽しむくらいの関係になっていた。

 そんな、出会って3回目くらいのデートの時である。


(ん・・・?どうしたんだろう今日。具合でも悪いのかな・・・)


 その日、彼女は明らかに沈んだ様子で待ち合わせ場所に現れたという。
 どうしたの、今日は予定を変えて ゆっくりする?と尋ねる真木さんに、彼女は憔悴したような笑みを見せ、「ありがとう。わたし、ちょっと疲れてるみたいなの」と言う。

「もしかして 何か悩み事?」
「うん、実は――」
「聞くよ、言ってみ?」
「・・・誰も信じてくれないよ、こんな話」
「何で?僕は信じる。聞かせてくれって」

 長く沈黙した後、「話しやすいとこに行こ」と彼女が切り出した為、近くの喫茶店に入った。
 そこで、ぽつり ぽつりと 彼女は自分の身の上に起こったことを語り始めた。

  ※   ※   ※   ※

「あのね、この頃、ノイローゼみたいなの。わたし」

「そう。 何か悪夢みたいな・・・妄想みたいな・・・何て言えばいいんだろう」

「体験したこともないような、おかしな記憶が心の中に浮かんじゃって、それが最近・・・フラッシュバックっていうの?やけに頻繁に思い起こされて、もう困っちゃってるんだ・・・」

「・・・どんな記憶かって?」

「わたしね、ベルばらに出てくるみたいな建物の中に居るの」

「そこには、たくさんの人形が壁際に並んで こっちを見てるの」

「生きてるみたいにリアルな人形でさ・・・わたし、怖くなっちゃって。足早に、そこを逃げだそうとするんだけど、どっちに行っても人形、人形なの」

「途方に暮れていると、人が出てくるの」

「タキシードみたいな服を着た、お爺さん」

「わたし、『あーっ、人が居たぁ!』って思って。『出口は何処ですか。ここ、怖いんですけど!』って詰め寄るわけ」

「そしたら、気付いちゃうんだ」

「そのお爺さん―― テーブルの上に乗ってるんだよ」

「ていうか、の」

まま、会釈したりニッコリ笑ったりしてる」

「・・・わたしが怖くてガタガタ震え出すと、そのお爺さんは言うの」


『蝋人形ですから』


「――って!」

「・・・意味わかんなくて、すごいキモくて、わたし、泣き出しちゃう・・・」

「でも、その後が思い出せない」

「ていうか、そこに至るまでの記憶もない」

「絶対コレ、妄想に違いないって思うんだけど・・・お風呂に入ってる時とか、一息ついた時とかに絶対思い出しちゃう・・・ 心の病気なんだ、マジ・・・ どうしよう・・・」

  ※   ※   ※   ※

 彼女の話を聞き終わると同時に、「それだ!!」と真木さんは叫んだ。

 老紳士は、上半身しか無かった!
 テーブルの上に乗っていた!!
 聞けばストンと腑に落ちる!!!

「思い出したよ!君のおかげだ。あの紳士はお化けだったんだ。そうか、あんなに鮮烈な記憶なのに、何でそんな大事なコト忘れてたんだろう!わっはっは、なぁんだ。ウケるなぁ!!」

 キョトンとする彼女に、経緯を説明した。

 自分も、似たような奇妙な記憶に悩まされていたこと。
 彼女から話を聞いて、自分でも忘れていた記憶のディティールのひとつを思い出して とても今、興奮していること。
 おそらく〝自分の謎の記憶が彼女に伝染した〟のだと思うけど、それを自分自身 とても不思議に感じている、ということ・・・

「ねぇ、他に思い出すことはないかい?もしかすると、いろいろと忘れていることがあるかも知れない。それを思い出せば、『蝋人形ですから』っていう老紳士のおかしな言葉の意味もわかるかも知れないよ?!」

 我を忘れて、彼女に詰め寄っていた。
 彼女は、泣きそうな顔をピクピクと引きつらせていた。


 その日を境に、二度と彼女とは会わなくなった。


  ※   ※   ※   ※

「今から思えば、あの時の私は普通じゃなかったと理解出来ます。でも――」

 結局、アレはどういうカテゴリに分類してよい記憶だったのでしょうか?と真木さんは真剣な顔で私に質問を投げかけられた。


 あまり深入りしてはいけない領域の話だと思います、と即答した。


 既に♯33『霞んだ記憶』を文章化していたこともあって。真木さんが例の記憶をすべて思い出した時―― とても禍々しいことが起きそうな発想しか、私には浮かばなかったのだ。

 これはたぶん。あの話と同じ類のだ。



 今では思い出す頻度もだいぶ低くなってきたので 新しい彼女を探してみようと思います、と。
 最後に真木さんは はにかみながら仰った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

意味がわかるとえろい話

山本みんみ
ホラー
意味が分かれば下ネタに感じるかもしれない話です(意味深)

意味がわかると怖い話

邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き 基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。 ※完結としますが、追加次第随時更新※ YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*) お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕 https://youtube.com/@yuachanRio

真事の怪談 ~冥法 最多角百念珠~

松岡真事
ホラー
 前々作、『妖魅砂時計』から約5ヶ月の歳月を経て――再び松岡真事による百物語が帰ってきた!!  今回は、「10話」を一区切りとして『壱念珠』、それが『拾念珠』集まって百物語となる仕様。魔石を繋げて数珠とする、神仏をも恐れぬ大事業でござい!! 「皆様、お久しぶりです。怪談蒐集はそこそこ順調に行っておりますが、100の話を全て聞き取った上で発表するには流石に時間がかかりすぎると判断いたしました。ゆえに、まず10話集まったら『第壱念珠』として章立て形式で発表。また10話集まれば『第弐念珠』として発表・・・というかたちで怪談を連ねてゆき、『第拾念珠』完成の暁には晴れて百物語も完結となるやり方を取らせて頂こうと思います。 時間はかかると思われますが、ご愛読頂ければ幸い・・・いえ、呪(まじな)いです」 ――松岡  ・・・信じるも信じないも関係なし。異界は既に、あなたのあずかり知らぬところで人心を惑乱し、その領域を拡大させている!連なり合った魔石の念珠はジャラジャラと怪音を発し、あなたの心もここに乱される!!  容赦無き実話の世界、『冥法 最多角百念珠』。  すべての閲覧は自己責任で――

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

真事の怪談~寸志小品七連~

松岡真事
ホラー
 どうも、松岡真事が失礼致します。  皆様のおかげで完結しました百物語『妖魅砂時計』―― その背景には、SNSで知り合いました多くのフォロワーの方々のご支援も強い基盤となっておりました。  そんなSNS上において、『おまけ怪談』と称して画像ファイルのかたちで一般公開した〝超短編の〟怪談群がございます。決して数も多くはありませんが、このたび一つにまとめ、アルファポリス様にて公開させて頂くことを決意しました。  多少細部に手を入れておりますが、話の骨子は変わりません。 ・・・アルファポリスという媒体のみで私の作品に触れられた方には初見となることでしょう。百物語終了以降、嬉しいご意見を頂いたり、熱心に何度も閲覧されている読者様の存在を知ったりして、どうにか早いご恩返しをしたいと考えた次第です。  また、SNS上で既にお話をご覧になった方々の為にも、新しい話を4話、書き下ろさせて頂きました。第1話、第3話、第5話、第7話がそれに当たります。他の話と釣り合いを取らせる為、800文字以下の超短編の形式をとっています。これを放出してしまうと貯金がほとんどスッカラカン(2018年11月初頭現在)になってしまいますが、また頑張って怖いお話を蒐集してカムバック致しますので、お楽しみにを。  それではサクッとお読み下さい。ゾクッときますので――

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理なギャグが香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

意味が分かると怖い話(自作)

雅内
ホラー
2ch大好きの根暗なわたくしが、下手の横好きで書き連ねていくだけの”意味が分かると怖い話”でございます。 コピペではなくオリジナルとなりますので、あまり難しくなく且つ、不快な内容になるかもしれませんが、何卒ご了承くださいませ。 追記:感想ありがとうございます。 追加で順次解説を記述していきたいと思います。解釈の一つとしてお読みいただけますと幸いです。

処理中です...