78 / 102
#077 『怒りの仏間』
しおりを挟む
80年代も中期の話。
稲葉さんは、かなり破天荒な少年時代を過ごしていた。
髪は金色に染め、眉にはソリを入れ、服も見事なツッパリルックでバリバリに、いろいろとトバしまくっていたという。
※ ※ ※ ※
ある日、仲のいい友人・岸本くんの家に遊びに行った。
岸本くんもツッパリだったが、稲葉さんは彼と比べるとレベルが二桁ほど違う。
当然、彼の家族は露骨に厭な顔をして稲葉さんを迎えるわけだが、
「ウィーッス、お邪魔様ァーッス」
わざとガンつけて小馬鹿にしたような挨拶をし、粋がっていたそうだ。
岸本くんの家には、当時発売されて間もない8ビットのテレビゲーム機があった。
稲葉さんの目当てはそれである。今からすれば他愛もない、テニスやら野球やらの素朴なゲームを、ピコピコと飽きもせずに何時間もプレイしていた。
彼はド級のヤンキーだから、門限など無いのである。
そんなこんなで、夜の10時になった。
泡の入った苦いジュースの飲み過ぎで、尿意を催したという。
「ひゅーっ、ちょっとションベン、ションベン」
トイレは廊下の突き当たりだと聞き、小走りで向かった。
と、一室の障子が全開になっており、そこから光が洩れているのに気付く。
何だろう?通りがてら、横目で部屋の中を確認してみると、
(うわ、何じゃこりゃ)
脚が止まってしまった。
そこは仏間だった。
部屋の真ん中、奥の方に仏壇が設えてあるのは当たり前だが、それがあまりにも大きく、荘厳・立派に過ぎるのだ。「でっけぇぇぇ」「キンキラキンじゃねぇか」「金閣寺みてぇだ」と、よくわからない感想を当時の稲葉さんは抱いたという。
更に、仏間の天井近くの壁には、ずらりとご先祖様の遺影が掛けられている。
こういうスゲー仏間ってマジであるんだ?岸本ン家って本家か何かなのか?一瞬、呆気に取られてしまった稲葉さんだが、初めて見る光景に俄然、興味が湧いてしまったという。
他人の家の仏間に、ずかずかと上がり込んだ。
そして「金閣寺みたいな」仏壇をまじまじと眺め回した後、「へっ、そこそこイカしてんじゃん」と飾りを一つ二つ、指で弾き、
「うー、そうだった。ションベン、ションベン」 ゲフッと大きなゲップを残し、トイレへ向かった。
※ ※ ※ ※
「はー、スッキリしたぁ! ・・・ところで岸本ォ、あれスゲーなぁ仏壇よォ」
出すものを出して気分爽快の稲葉さんは、部屋に戻るなり岸本くんにそう切り出したという。
が、岸本くんは「仏壇?」と首を傾げる。
「確かにウチには仏間があるけど、そんな大した仏壇はねーよ・・・」
「いやいや、謙遜すんなよ。ありゃ立派だよ。俺みてーなヤツでも思ったよ」
「??? えっ、お前、もしかして仏間に入ったの?!!」
「だって、障子が全開で明かりもついてたし――」
岸本くんの顔色が変わった。
お前、今日はもう 帰った方がいいよ、と言う。
「あ?どーしてよ」
「あ、あのな・・・ウチの先祖、何てゆーかな。仏間の中で粗相したら、スゲー怒るんだ・・・そしたら、その、何だ。いろいろとヤバいことが起こるんだよ・・・」
「はっ?何それ、ユーレイの祟りってこと?バッカじゃねぇか、テレビでゲームが出来る時代なんだぞ、今は!」
とにかく帰ってくれ、家族に話して、もしかしたら坊さんを呼ばなくちゃならないかも知れない・・・ 岸本くんは、ほとんど泣きそうな声で懇願した。俺だって多少はツッパッてるけど、仏間の中に入る時には背筋を正して真面目にやってるくらいなんだ、と強く主張した。
「まさかお前が仏間に入るなんて思わなかったんだ!やばいよやばいよ、何てことしてくれたんだよ・・・」
しかし、それは稲葉さんの反骨精神に油を注ぐような結果になってしまったのである。
「ケッッ!!祟りが何だ、それでも男か!上等じゃんかヨォ。先祖が怒ってるってんなら、俺が も一度行って、黙らせて来てやるぜ!!」
足音も高く、再び仏間へと向かった。
何故か障子は閉まっていたそうだが、明かりはついていたので 容赦なく侵入した。
ここには書けないような言葉で岸本くんのご先祖様を罵倒し、高い位置に並んだ遺影群に向かって、キッと睨みつけるようにガンを飛ばした。
と。
そのまま、固まってしまった。
遺影が。遺影に映った人物らが、
全員、後ろを向いている。
――何故――
あんぐりと口を開けつつ、あの荘厳華美な仏壇へと視線を向けてみると、
「・・・・・・・・・!!!」
そこに、仏壇は無かった。
代わりに、金色の大きな人間の後ろ姿があった。
男か女か、どんな服を着ていたか、不思議と思い出せないという。
ただ、ぷるぷると、全身を小刻みに震わせていた。
その頭は、もうほとんど、天井にくっつく。
あ、これは2m以上はあるな。
そう思った瞬間、脱兎の如く逃げ出していた。
※ ※ ※ ※
お邪魔しました、を言ったおぼえは無いという。
ただし、気付いた時には家の外をほうほうの体で走っており、息も切れ切れ。靴すら履き忘れていた。
生まれて初めて、心の底から「怖い、怖い」と泣いていた。
「・・・・・・あの頃はバカだった。ほんとうにバカだった」
岸本にはどんなにお詫びを言っても言い足りない―― 年齢を重ね、自分の家庭を持ち、落ち着いた中年男性となった稲葉さんは言う。
「あの後、直ぐに岸本の家、不審火で焼けちまった・・・!」
俺が 先祖を本気で怒らせちゃったせいでしょうかねぇ――
顔をテーブルに伏せるようにして、稲葉さんは絞り出した。
「・・・いや。あれ、先祖とかじゃなかったかも知れない。怒ったら自分を供養する仏間まで一緒に燃やしちまうなんて、そんな先祖、居ないと思う」
もし 居るとしたら。
本当に、恐ろしい――
岸本さん自身はご存命だというが、あの時 彼の家を飛び出してから、一度も顔を合わせてはいないという。
稲葉さんは、かなり破天荒な少年時代を過ごしていた。
髪は金色に染め、眉にはソリを入れ、服も見事なツッパリルックでバリバリに、いろいろとトバしまくっていたという。
※ ※ ※ ※
ある日、仲のいい友人・岸本くんの家に遊びに行った。
岸本くんもツッパリだったが、稲葉さんは彼と比べるとレベルが二桁ほど違う。
当然、彼の家族は露骨に厭な顔をして稲葉さんを迎えるわけだが、
「ウィーッス、お邪魔様ァーッス」
わざとガンつけて小馬鹿にしたような挨拶をし、粋がっていたそうだ。
岸本くんの家には、当時発売されて間もない8ビットのテレビゲーム機があった。
稲葉さんの目当てはそれである。今からすれば他愛もない、テニスやら野球やらの素朴なゲームを、ピコピコと飽きもせずに何時間もプレイしていた。
彼はド級のヤンキーだから、門限など無いのである。
そんなこんなで、夜の10時になった。
泡の入った苦いジュースの飲み過ぎで、尿意を催したという。
「ひゅーっ、ちょっとションベン、ションベン」
トイレは廊下の突き当たりだと聞き、小走りで向かった。
と、一室の障子が全開になっており、そこから光が洩れているのに気付く。
何だろう?通りがてら、横目で部屋の中を確認してみると、
(うわ、何じゃこりゃ)
脚が止まってしまった。
そこは仏間だった。
部屋の真ん中、奥の方に仏壇が設えてあるのは当たり前だが、それがあまりにも大きく、荘厳・立派に過ぎるのだ。「でっけぇぇぇ」「キンキラキンじゃねぇか」「金閣寺みてぇだ」と、よくわからない感想を当時の稲葉さんは抱いたという。
更に、仏間の天井近くの壁には、ずらりとご先祖様の遺影が掛けられている。
こういうスゲー仏間ってマジであるんだ?岸本ン家って本家か何かなのか?一瞬、呆気に取られてしまった稲葉さんだが、初めて見る光景に俄然、興味が湧いてしまったという。
他人の家の仏間に、ずかずかと上がり込んだ。
そして「金閣寺みたいな」仏壇をまじまじと眺め回した後、「へっ、そこそこイカしてんじゃん」と飾りを一つ二つ、指で弾き、
「うー、そうだった。ションベン、ションベン」 ゲフッと大きなゲップを残し、トイレへ向かった。
※ ※ ※ ※
「はー、スッキリしたぁ! ・・・ところで岸本ォ、あれスゲーなぁ仏壇よォ」
出すものを出して気分爽快の稲葉さんは、部屋に戻るなり岸本くんにそう切り出したという。
が、岸本くんは「仏壇?」と首を傾げる。
「確かにウチには仏間があるけど、そんな大した仏壇はねーよ・・・」
「いやいや、謙遜すんなよ。ありゃ立派だよ。俺みてーなヤツでも思ったよ」
「??? えっ、お前、もしかして仏間に入ったの?!!」
「だって、障子が全開で明かりもついてたし――」
岸本くんの顔色が変わった。
お前、今日はもう 帰った方がいいよ、と言う。
「あ?どーしてよ」
「あ、あのな・・・ウチの先祖、何てゆーかな。仏間の中で粗相したら、スゲー怒るんだ・・・そしたら、その、何だ。いろいろとヤバいことが起こるんだよ・・・」
「はっ?何それ、ユーレイの祟りってこと?バッカじゃねぇか、テレビでゲームが出来る時代なんだぞ、今は!」
とにかく帰ってくれ、家族に話して、もしかしたら坊さんを呼ばなくちゃならないかも知れない・・・ 岸本くんは、ほとんど泣きそうな声で懇願した。俺だって多少はツッパッてるけど、仏間の中に入る時には背筋を正して真面目にやってるくらいなんだ、と強く主張した。
「まさかお前が仏間に入るなんて思わなかったんだ!やばいよやばいよ、何てことしてくれたんだよ・・・」
しかし、それは稲葉さんの反骨精神に油を注ぐような結果になってしまったのである。
「ケッッ!!祟りが何だ、それでも男か!上等じゃんかヨォ。先祖が怒ってるってんなら、俺が も一度行って、黙らせて来てやるぜ!!」
足音も高く、再び仏間へと向かった。
何故か障子は閉まっていたそうだが、明かりはついていたので 容赦なく侵入した。
ここには書けないような言葉で岸本くんのご先祖様を罵倒し、高い位置に並んだ遺影群に向かって、キッと睨みつけるようにガンを飛ばした。
と。
そのまま、固まってしまった。
遺影が。遺影に映った人物らが、
全員、後ろを向いている。
――何故――
あんぐりと口を開けつつ、あの荘厳華美な仏壇へと視線を向けてみると、
「・・・・・・・・・!!!」
そこに、仏壇は無かった。
代わりに、金色の大きな人間の後ろ姿があった。
男か女か、どんな服を着ていたか、不思議と思い出せないという。
ただ、ぷるぷると、全身を小刻みに震わせていた。
その頭は、もうほとんど、天井にくっつく。
あ、これは2m以上はあるな。
そう思った瞬間、脱兎の如く逃げ出していた。
※ ※ ※ ※
お邪魔しました、を言ったおぼえは無いという。
ただし、気付いた時には家の外をほうほうの体で走っており、息も切れ切れ。靴すら履き忘れていた。
生まれて初めて、心の底から「怖い、怖い」と泣いていた。
「・・・・・・あの頃はバカだった。ほんとうにバカだった」
岸本にはどんなにお詫びを言っても言い足りない―― 年齢を重ね、自分の家庭を持ち、落ち着いた中年男性となった稲葉さんは言う。
「あの後、直ぐに岸本の家、不審火で焼けちまった・・・!」
俺が 先祖を本気で怒らせちゃったせいでしょうかねぇ――
顔をテーブルに伏せるようにして、稲葉さんは絞り出した。
「・・・いや。あれ、先祖とかじゃなかったかも知れない。怒ったら自分を供養する仏間まで一緒に燃やしちまうなんて、そんな先祖、居ないと思う」
もし 居るとしたら。
本当に、恐ろしい――
岸本さん自身はご存命だというが、あの時 彼の家を飛び出してから、一度も顔を合わせてはいないという。
0
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
神隠しの子
ミドリ
ホラー
【奨励賞受賞作品です】
双子の弟、宗二が失踪して七年。兄の山根 太一は、宗二の失踪宣告を機に、これまで忘れていた自分の記憶を少しずつ思い出していく。
これまで妹的ポジションだと思っていた花への恋心を思い出し、二人は一気に接近していく。無事結ばれた二人の周りにちらつく子供の影。それは子供の頃に失踪した彼の姿なのか、それとも幻なのか。
自身の精神面に不安を覚えながらも育まれる愛に、再び魔の手が忍び寄る。
※なろう・カクヨムでも連載中です
真事の怪談~寸志小品七連~
松岡真事
ホラー
どうも、松岡真事が失礼致します。
皆様のおかげで完結しました百物語『妖魅砂時計』―― その背景には、SNSで知り合いました多くのフォロワーの方々のご支援も強い基盤となっておりました。
そんなSNS上において、『おまけ怪談』と称して画像ファイルのかたちで一般公開した〝超短編の〟怪談群がございます。決して数も多くはありませんが、このたび一つにまとめ、アルファポリス様にて公開させて頂くことを決意しました。
多少細部に手を入れておりますが、話の骨子は変わりません。 ・・・アルファポリスという媒体のみで私の作品に触れられた方には初見となることでしょう。百物語終了以降、嬉しいご意見を頂いたり、熱心に何度も閲覧されている読者様の存在を知ったりして、どうにか早いご恩返しをしたいと考えた次第です。
また、SNS上で既にお話をご覧になった方々の為にも、新しい話を4話、書き下ろさせて頂きました。第1話、第3話、第5話、第7話がそれに当たります。他の話と釣り合いを取らせる為、800文字以下の超短編の形式をとっています。これを放出してしまうと貯金がほとんどスッカラカン(2018年11月初頭現在)になってしまいますが、また頑張って怖いお話を蒐集してカムバック致しますので、お楽しみにを。
それではサクッとお読み下さい。ゾクッときますので――
皆さんは呪われました
禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか?
お勧めの呪いがありますよ。
効果は絶大です。
ぜひ、試してみてください……
その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。
最後に残るのは誰だ……
真事の怪談 ~冥法 最多角百念珠~
松岡真事
ホラー
前々作、『妖魅砂時計』から約5ヶ月の歳月を経て――再び松岡真事による百物語が帰ってきた!!
今回は、「10話」を一区切りとして『壱念珠』、それが『拾念珠』集まって百物語となる仕様。魔石を繋げて数珠とする、神仏をも恐れぬ大事業でござい!!
「皆様、お久しぶりです。怪談蒐集はそこそこ順調に行っておりますが、100の話を全て聞き取った上で発表するには流石に時間がかかりすぎると判断いたしました。ゆえに、まず10話集まったら『第壱念珠』として章立て形式で発表。また10話集まれば『第弐念珠』として発表・・・というかたちで怪談を連ねてゆき、『第拾念珠』完成の暁には晴れて百物語も完結となるやり方を取らせて頂こうと思います。 時間はかかると思われますが、ご愛読頂ければ幸い・・・いえ、呪(まじな)いです」 ――松岡
・・・信じるも信じないも関係なし。異界は既に、あなたのあずかり知らぬところで人心を惑乱し、その領域を拡大させている!連なり合った魔石の念珠はジャラジャラと怪音を発し、あなたの心もここに乱される!!
容赦無き実話の世界、『冥法 最多角百念珠』。
すべての閲覧は自己責任で――
意味がわかると怖い話
邪神 白猫
ホラー
【意味がわかると怖い話】解説付き
基本的には読めば誰でも分かるお話になっていますが、たまに激ムズが混ざっています。
※完結としますが、追加次第随時更新※
YouTubeにて、朗読始めました(*'ω'*)
お休み前や何かの作業のお供に、耳から読書はいかがですか?📕
https://youtube.com/@yuachanRio
『笑う』怪談 ~真事の怪談シリーズ・番外編~
松岡真事
ホラー
「笑」をテーマに据えた怪談というのは 果たして成立するのであろうか?!
今を去ること十余年前――この難解な問いに答えるべく、松岡真事は奮闘した。メディアファクトリー刊『幽』誌の怪談文学賞に、『笑う』怪談を投稿したのである!
結果は撃沈!!松岡は意気消沈し精根尽き果て、以後、長く実話怪談の筆を折ることになってしまう・・・
そして、今・・・松岡は苦い過去を乗り越える為、笑いを携えた怪談のリライト&新作執筆に乗り出す!
名付けて『笑う』怪談!!
腹を抱えるような「笑い」、プッと吹き出すような「笑い」、ほんわか滲み出るような「笑い」、下衆すぎて思わず漏れるような「笑い」、 そして何より、「笑う」しかない 恐怖――
さまざまな『笑』が満ちた実話怪談の新世界!
煽り文句も高らかに、恐怖の世界への出囃子が鳴る――!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる