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第十四段 『小咄三題』
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今泉さんは5年ほど前、寝起きの体調不良を感じた時期があった。
朝起きて。いきなり頭が痛い。身体が重い。胸がムカムカする。
ちょうど二日酔いに似た感覚であるが、前日には一滴たりとも酒など飲んでいない。
昼過ぎには嘘のように回復するが、翌日起きたら同じような症状。
一週間ほど続いたので病院に行ってみた。しかし、何の異状もないと診断される。
親しい友人に相談してみたら、「やだぁ、呑ン兵衛さんの幽霊でも取り憑いてるんじゃない?」と冗談めかして言われた。
なるほど霊か、と思った。
試しに、枕元にコップ酒を置いて寝ることにしてみた。
すると翌日、久しぶりに爽快な気分で目が覚めたのである。
コップを検めてみると、何とすっかり酒が無くなっているではないか。
「なるほど、こうすれば良かったのね」
さっそく友人に報告し、「あとはこれを成仏するまで続けるだけね」と自信満々に言ったが、「成仏するまでって、どれくらい?」しかめっ面でそう返された。
「呑ン兵衛は意地汚いわよ。あんたにずっと取り憑いたままだったらどうする?」
フーム、それは面白くないな と思った。
だからその日の夜、クエン酸を濃ゆ目に溶かした水をコップに入れて枕元に置いて寝た。
翌朝は普通に目が覚めた。
クエン酸水はコップの五分の一くらい減っており、少し周囲に飛び散った形跡が認められた。
それからは何も無いという。
※ ※ ※ ※
望月くんは一見するとシャイな好青年であるが、その正体は筋金入りのモデラーである。
改造やオリジナルカラーリング、ジオラマ作成などもお手の物。その部屋の中は数多の『作品群』が跳梁跋扈する、男の子にとって非常に魅惑的な空間と化していた。
ある日のこと。彼がそんな自室で、いつものように趣味のロボットプラモ作成に勤しんでいると、
「・・・あれ?おかしいな??」
妙なことに気付いた、という。
手には、いま現在素組みを終えたばかりの新発売の機体。
完成品の写真と見比べてみてもまったく変わったところは見当たらないのだが、
「どうしてこんなに、パーツが余ってるんだ?」
そう。まだニッパーで切り離してすらいない組み立てパーツが、かなり残っているのだ。
マニュアルを見なかったのがいけなかったか、と反省した。彼ほどの人間になると、組み立て図面など見なくても ほとんど勘と手癖でプラモ一体くらい組み上げてしまうのだ。
――その慣れが仇となったか。完成品を立体的に把握する為の簡単な素組みだったので、油断していたに違いない・・・ 望月くんは冷静に努め、どのパーツが余っているかを確認してみることにした。
しかし。
(・・・これ、どう見ても頭部パーツだよな・・・)
(当たり前だけど、頭、出来てるし)
(このクリアパーツも絶対使ってるし)
(ていうか、二つしかないクリアパーツが余るなんてあり得ないし??)
おかしい。
余り方が、どうにも解せないレベルだ。
何かの手違いで、同じランナーが二つ入っていたのかな?と思って何度も確認し直してはみたものの、その形跡はまったく見当たらないのである。
混乱してきた。
・・・落ち着け、落ち着け。
とにかくいったん、バラそう。マニュアルをよく読んで、組み立て直そう――
今までにないくらい慎重に、ゆっくりゆっくり、それこそ初心者に戻った気持ちで、機体を組み直してみた。
すると、今度は完璧に出来た。
部品も、多めに用意されているポリキャップ以外 まったく余っていない。
「よし!これでいい」
安心した望月くんは再びそれをバラし、時間をかけてパーツ毎に入念な細工を施した。
(この地味~な作業が一番楽しいんだもんね~♫)
数時間後。
やっと納得出来る仕上がりになってウットリ全周囲から作品を眺めた直後、「素組みの時のアレは何だったんだろう・・・」と思い出して初めて怖くなったという。
※ ※ ※ ※
20年前のこと。
一家の大黒柱・修さんは、ビールを飲みながら家族とテレビを観ていた。
と。いきなり、テレビの映像がジリジリと乱れ始めた。
「ちぇっ、ポンコツ」
修さんは、ブツブツ呟きながらテレビの前まで這い寄り、
「ポンコツは、こうすりゃ直るモンなんだよねぇ・・・ッ!」
バンッ!!とスナップを効かせた平手打ちを叩き込んだ。
「ぬごっ――」
その瞬間、後頭部に何か固いものが直撃したような激痛に見舞われ、彼は失神した。
三針、縫った。
一週間、入院した。
その場に居た家族の証言によれば、修さんがテレビを叩いた瞬間、テーブルの上に置いてあったリモコンがいきなり弾丸のような勢いで飛び上がり、彼の後ろ頭に向かって一直線に突撃していった・・・ということらしかった。
(※)今回収録の3話のうち、1話めは新規取材の上で執筆した最新話、2話めは取材ノートの中で眠っていた塩漬け話、そして3話めが15年前に書いた『笑う』怪談に収録されていたオリジナル話となります。
朝起きて。いきなり頭が痛い。身体が重い。胸がムカムカする。
ちょうど二日酔いに似た感覚であるが、前日には一滴たりとも酒など飲んでいない。
昼過ぎには嘘のように回復するが、翌日起きたら同じような症状。
一週間ほど続いたので病院に行ってみた。しかし、何の異状もないと診断される。
親しい友人に相談してみたら、「やだぁ、呑ン兵衛さんの幽霊でも取り憑いてるんじゃない?」と冗談めかして言われた。
なるほど霊か、と思った。
試しに、枕元にコップ酒を置いて寝ることにしてみた。
すると翌日、久しぶりに爽快な気分で目が覚めたのである。
コップを検めてみると、何とすっかり酒が無くなっているではないか。
「なるほど、こうすれば良かったのね」
さっそく友人に報告し、「あとはこれを成仏するまで続けるだけね」と自信満々に言ったが、「成仏するまでって、どれくらい?」しかめっ面でそう返された。
「呑ン兵衛は意地汚いわよ。あんたにずっと取り憑いたままだったらどうする?」
フーム、それは面白くないな と思った。
だからその日の夜、クエン酸を濃ゆ目に溶かした水をコップに入れて枕元に置いて寝た。
翌朝は普通に目が覚めた。
クエン酸水はコップの五分の一くらい減っており、少し周囲に飛び散った形跡が認められた。
それからは何も無いという。
※ ※ ※ ※
望月くんは一見するとシャイな好青年であるが、その正体は筋金入りのモデラーである。
改造やオリジナルカラーリング、ジオラマ作成などもお手の物。その部屋の中は数多の『作品群』が跳梁跋扈する、男の子にとって非常に魅惑的な空間と化していた。
ある日のこと。彼がそんな自室で、いつものように趣味のロボットプラモ作成に勤しんでいると、
「・・・あれ?おかしいな??」
妙なことに気付いた、という。
手には、いま現在素組みを終えたばかりの新発売の機体。
完成品の写真と見比べてみてもまったく変わったところは見当たらないのだが、
「どうしてこんなに、パーツが余ってるんだ?」
そう。まだニッパーで切り離してすらいない組み立てパーツが、かなり残っているのだ。
マニュアルを見なかったのがいけなかったか、と反省した。彼ほどの人間になると、組み立て図面など見なくても ほとんど勘と手癖でプラモ一体くらい組み上げてしまうのだ。
――その慣れが仇となったか。完成品を立体的に把握する為の簡単な素組みだったので、油断していたに違いない・・・ 望月くんは冷静に努め、どのパーツが余っているかを確認してみることにした。
しかし。
(・・・これ、どう見ても頭部パーツだよな・・・)
(当たり前だけど、頭、出来てるし)
(このクリアパーツも絶対使ってるし)
(ていうか、二つしかないクリアパーツが余るなんてあり得ないし??)
おかしい。
余り方が、どうにも解せないレベルだ。
何かの手違いで、同じランナーが二つ入っていたのかな?と思って何度も確認し直してはみたものの、その形跡はまったく見当たらないのである。
混乱してきた。
・・・落ち着け、落ち着け。
とにかくいったん、バラそう。マニュアルをよく読んで、組み立て直そう――
今までにないくらい慎重に、ゆっくりゆっくり、それこそ初心者に戻った気持ちで、機体を組み直してみた。
すると、今度は完璧に出来た。
部品も、多めに用意されているポリキャップ以外 まったく余っていない。
「よし!これでいい」
安心した望月くんは再びそれをバラし、時間をかけてパーツ毎に入念な細工を施した。
(この地味~な作業が一番楽しいんだもんね~♫)
数時間後。
やっと納得出来る仕上がりになってウットリ全周囲から作品を眺めた直後、「素組みの時のアレは何だったんだろう・・・」と思い出して初めて怖くなったという。
※ ※ ※ ※
20年前のこと。
一家の大黒柱・修さんは、ビールを飲みながら家族とテレビを観ていた。
と。いきなり、テレビの映像がジリジリと乱れ始めた。
「ちぇっ、ポンコツ」
修さんは、ブツブツ呟きながらテレビの前まで這い寄り、
「ポンコツは、こうすりゃ直るモンなんだよねぇ・・・ッ!」
バンッ!!とスナップを効かせた平手打ちを叩き込んだ。
「ぬごっ――」
その瞬間、後頭部に何か固いものが直撃したような激痛に見舞われ、彼は失神した。
三針、縫った。
一週間、入院した。
その場に居た家族の証言によれば、修さんがテレビを叩いた瞬間、テーブルの上に置いてあったリモコンがいきなり弾丸のような勢いで飛び上がり、彼の後ろ頭に向かって一直線に突撃していった・・・ということらしかった。
(※)今回収録の3話のうち、1話めは新規取材の上で執筆した最新話、2話めは取材ノートの中で眠っていた塩漬け話、そして3話めが15年前に書いた『笑う』怪談に収録されていたオリジナル話となります。
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