9 / 19
※ 第七段 『ダンシング・ブッダ』
しおりを挟む
昨日、もうあまり連絡をとる機会もないだろうと思っていた元拝み屋(現実業家)の馬場氏から夜間に電話がかかってきた。
拝み屋現役時代にこういう出来事があったんだが、これはいま松岡クンが書いてる『笑う』怪談に向いた話なんじゃないかな? と。不意に思い出したらしい昔の話をしてくれたのである。
とても興味深く、またひどく嬉しい出来事だったので、超特急で文章化して発表することにする。
※ ※ ※ ※
12、3年ほど昔の話だという。
馬場氏のもとに、一人のクライアントが訪れた。
四十絡みの物静かな雰囲気のご夫婦で、
「高校生になる息子が修学旅行から帰ってしばらくしてからおかしくなった。病院に連れて行っても首を傾げられるばかり。おそらく旅行先で何かに取り憑かれたのだろうと思って、こちらを訪ねました」
とのこと。
繊細な年頃なのだから、言動や挙動がおかしくても直ぐに病院や拝み屋を頼るのはどうだろう・・・と思った馬場氏だったが、ご夫婦は見た目にも憔悴し弱り切った様子だったので、とにかく霊視を試みることにした。
「息子さんはご一緒でない?外へ出られないのですか?」
「は、はい」
「だいぶ悪いのですね」
「だいぶ悪いです」
事務所を出て、出張仕事である。
車で20分あまりのご夫婦の自宅を訪ねると、直ぐさま2階にある息子さんの部屋のドアを開けた。
どろっ、と空気が澱んでいる。
室内には何の変哲も無い。何処にでもある男子高校生の部屋だ。
その片隅に、まだあどけなさの残る少年が一人、暗く胡乱な表情で正座している。
ぶつぶつもごもご、何か独り言を呟いては少し黙り、また喋りだし――というようなことを繰り返している。
(・・・あっ、昔の人が入ってらっしゃる)
馬場氏は、少年から発せられる異様な空気感と、現代っ子には絶対に出来ないような真っ直ぐに背骨の通った正座の姿勢から、そう直感した。
通俗的に『霊障』と呼ばれるものであることは確かなようだ。
「一日中、こんな感じですか」
「こんな感じです」
「お風呂やトイレ、食事は?」
「ふつうにします。食事の時間になれば下に降りてきます。でも、ものを食べながらもぶつぶつと何かを呟き続けるので、咀嚼した食べ物がぼろぼろ落ちて・・・」
「心中お察しします」
「・・・お助け下さい、お願い致します」
修学旅行の最終目的地は東京。しかし、途中で京都を経由したという。順当に考えるなら、この古都で何らかの霊に縋られた末にこうなった、というパターンだろう。
とりあえず、何を呟いているのか。近くに寄ってよく聞いてみる。
現代とはまったく違うイントネーションの、所謂『御武家口調』で、
「やられた。無念じゃ。滅法、無念・・・」
「踊仏だ・・・見事であった・・・」
「しかし・・・情けなや・・・情けなや・・・」
そんなことを口走っているようである。
おどりぼとけ?はて??
釈然としないながらも、『落とし』に入った。
ひらたくいって除霊である。
――が、この霊、
「無念・・・無念・・・」
「手練であったのだなぁ・・・」
「口惜しや・・・この様じゃ・・・」
何だかウジウジクヨクヨ、同じような言葉を繰り返しているばかりで、馬場氏の唱える呪禁の文句や素早く切られる印にもまったく動じない。
相当根深い業を背負っている上、こちらをまったく眼中に入れていないようである。
馬場氏は困った。
30分あまりも何の進展も無く、結局こちらが汗だくになって喉を涸らし、消耗しただけだった。
ちょっと失礼・・・ご夫婦に断って、彼は家の外へ出た。
そしてやおら携帯を取り出し、何と自分の師匠にあたる人物にアドバイスを乞うため電話をかけたのだという。
「もしもし、先生。実は・・・」
関西在住の師匠は、しばらく「ふむふむ」「なるほど」と馬場氏の説明を素直に聞いていたという。
そして全てが語り終えられた後、おもむろに「オマエ、踊仏いうんは何かわかるか?」と尋ねてこられたのである。
「いえ、わかりません。一遍上人がはじめた踊り念仏と何か関係があるんですか?」
『あほ。踊仏ちゅうのはな、昔々の侍の世界の隠語や』
「隠語??」
『袈裟切りちゅうのは聞いたことあるやろ』
「斜め上からズバッと斬りかかるアレですか?」
『せや。そのことや。肩から袈裟をかけた仏陀が踊れば、袈裟はポテンとズレ落ちてまうやろ。それに見立てて、一太刀で人体をポテンと截断してまうような見事な袈裟切りを、踊仏と呼んだんやな』
「ということは――」
『その学生さんの中に入っとるの、おそらく江戸初期から中期くらいの、武に携わる者やな。果たし合いか何かで、よほどの使い手に袈裟懸けでやられたんやろ。そん時、あまりにも相手の技が見事なんで、無念に思うと同時に心底感心しながら死んだんやな。だから迷うたんや。侍は高潔やさかい。明鏡止水であるべき死の間際に相手の技に見惚れた自分が許せず、ずっと自身を責めて現世を彷徨うてはるんやろ』
「えーっ、面倒くさい」
『あほたれ。昔の人はプライドが高いのや。ええか、呪禁の句を上げた後、鈴を鳴らしてこっちにチョイとでも意識を向けさせい。そして言うんや、「そんなに自分を責めてはあきまへん。あんたを殺しはったんは、さしずめ相当のお人。その熟練の技に心奪われるのは、同じ道を歩む者であれば当然の心です。何の恥もあらしまへん。すっきり成仏なすってはどないでっか、私が道案内をして差し上げます』・・・てな具合にな!」
果たして、その通りにしたら嘘のように呆気なく侍は落ちた。
馬場氏がほとんど師匠の言葉をテンプレで喋ると、少年(に憑いた侍の霊)は顔をくしゃくしゃにして涙を流し、「かたじけない」「案内無用。自ら逝き申す」と言い残し、ブルッと一震えしたと同時、それから意識は少年のものに戻っていたという。
おそらく何百年も彷徨っていた古い霊が、これほど速やかに、すっきり成仏するのは馬場氏自身も信じられないことであった。
ご夫婦からは、何度も何度もお礼を言われた。謝礼も多めに包まれていた。
しかし何より、侍の霊からかけられた「かたじけない」の言葉の方が嬉しかったという。
※ ※ ※ ※
それから一年ほど後。
不意に、兄弟子にあたる人物から電話がかかってきた。
『もしもし。俺だ。厄介な案件に当たった』
『オマエ、踊仏って知ってるか?』
『クライアントの女の交際相手の男が、おそらく侍か何かの亡魂に憑かれた。それ以来、無念だとか踊仏が見事だとかいう言葉ばかり呟くようになっている』
『落としにかかっても、まったく動じない。自分ばかり省みて、他者に意識を向けることをやめているらしい』
『踊仏。その言葉の意味さえわかれば、対処の方法もあるかも知れんのだが』
『え?こっち?香川だ。四国の』
どうやら、成仏の間際に何かのスイッチが入って再び迷ってしまったらしい。
それにしても、どうやってここ福岡から四国まで・・・?
以後、馬場氏は「侍って面倒くさいから要注意」なる認識を持つようになったという。
拝み屋現役時代にこういう出来事があったんだが、これはいま松岡クンが書いてる『笑う』怪談に向いた話なんじゃないかな? と。不意に思い出したらしい昔の話をしてくれたのである。
とても興味深く、またひどく嬉しい出来事だったので、超特急で文章化して発表することにする。
※ ※ ※ ※
12、3年ほど昔の話だという。
馬場氏のもとに、一人のクライアントが訪れた。
四十絡みの物静かな雰囲気のご夫婦で、
「高校生になる息子が修学旅行から帰ってしばらくしてからおかしくなった。病院に連れて行っても首を傾げられるばかり。おそらく旅行先で何かに取り憑かれたのだろうと思って、こちらを訪ねました」
とのこと。
繊細な年頃なのだから、言動や挙動がおかしくても直ぐに病院や拝み屋を頼るのはどうだろう・・・と思った馬場氏だったが、ご夫婦は見た目にも憔悴し弱り切った様子だったので、とにかく霊視を試みることにした。
「息子さんはご一緒でない?外へ出られないのですか?」
「は、はい」
「だいぶ悪いのですね」
「だいぶ悪いです」
事務所を出て、出張仕事である。
車で20分あまりのご夫婦の自宅を訪ねると、直ぐさま2階にある息子さんの部屋のドアを開けた。
どろっ、と空気が澱んでいる。
室内には何の変哲も無い。何処にでもある男子高校生の部屋だ。
その片隅に、まだあどけなさの残る少年が一人、暗く胡乱な表情で正座している。
ぶつぶつもごもご、何か独り言を呟いては少し黙り、また喋りだし――というようなことを繰り返している。
(・・・あっ、昔の人が入ってらっしゃる)
馬場氏は、少年から発せられる異様な空気感と、現代っ子には絶対に出来ないような真っ直ぐに背骨の通った正座の姿勢から、そう直感した。
通俗的に『霊障』と呼ばれるものであることは確かなようだ。
「一日中、こんな感じですか」
「こんな感じです」
「お風呂やトイレ、食事は?」
「ふつうにします。食事の時間になれば下に降りてきます。でも、ものを食べながらもぶつぶつと何かを呟き続けるので、咀嚼した食べ物がぼろぼろ落ちて・・・」
「心中お察しします」
「・・・お助け下さい、お願い致します」
修学旅行の最終目的地は東京。しかし、途中で京都を経由したという。順当に考えるなら、この古都で何らかの霊に縋られた末にこうなった、というパターンだろう。
とりあえず、何を呟いているのか。近くに寄ってよく聞いてみる。
現代とはまったく違うイントネーションの、所謂『御武家口調』で、
「やられた。無念じゃ。滅法、無念・・・」
「踊仏だ・・・見事であった・・・」
「しかし・・・情けなや・・・情けなや・・・」
そんなことを口走っているようである。
おどりぼとけ?はて??
釈然としないながらも、『落とし』に入った。
ひらたくいって除霊である。
――が、この霊、
「無念・・・無念・・・」
「手練であったのだなぁ・・・」
「口惜しや・・・この様じゃ・・・」
何だかウジウジクヨクヨ、同じような言葉を繰り返しているばかりで、馬場氏の唱える呪禁の文句や素早く切られる印にもまったく動じない。
相当根深い業を背負っている上、こちらをまったく眼中に入れていないようである。
馬場氏は困った。
30分あまりも何の進展も無く、結局こちらが汗だくになって喉を涸らし、消耗しただけだった。
ちょっと失礼・・・ご夫婦に断って、彼は家の外へ出た。
そしてやおら携帯を取り出し、何と自分の師匠にあたる人物にアドバイスを乞うため電話をかけたのだという。
「もしもし、先生。実は・・・」
関西在住の師匠は、しばらく「ふむふむ」「なるほど」と馬場氏の説明を素直に聞いていたという。
そして全てが語り終えられた後、おもむろに「オマエ、踊仏いうんは何かわかるか?」と尋ねてこられたのである。
「いえ、わかりません。一遍上人がはじめた踊り念仏と何か関係があるんですか?」
『あほ。踊仏ちゅうのはな、昔々の侍の世界の隠語や』
「隠語??」
『袈裟切りちゅうのは聞いたことあるやろ』
「斜め上からズバッと斬りかかるアレですか?」
『せや。そのことや。肩から袈裟をかけた仏陀が踊れば、袈裟はポテンとズレ落ちてまうやろ。それに見立てて、一太刀で人体をポテンと截断してまうような見事な袈裟切りを、踊仏と呼んだんやな』
「ということは――」
『その学生さんの中に入っとるの、おそらく江戸初期から中期くらいの、武に携わる者やな。果たし合いか何かで、よほどの使い手に袈裟懸けでやられたんやろ。そん時、あまりにも相手の技が見事なんで、無念に思うと同時に心底感心しながら死んだんやな。だから迷うたんや。侍は高潔やさかい。明鏡止水であるべき死の間際に相手の技に見惚れた自分が許せず、ずっと自身を責めて現世を彷徨うてはるんやろ』
「えーっ、面倒くさい」
『あほたれ。昔の人はプライドが高いのや。ええか、呪禁の句を上げた後、鈴を鳴らしてこっちにチョイとでも意識を向けさせい。そして言うんや、「そんなに自分を責めてはあきまへん。あんたを殺しはったんは、さしずめ相当のお人。その熟練の技に心奪われるのは、同じ道を歩む者であれば当然の心です。何の恥もあらしまへん。すっきり成仏なすってはどないでっか、私が道案内をして差し上げます』・・・てな具合にな!」
果たして、その通りにしたら嘘のように呆気なく侍は落ちた。
馬場氏がほとんど師匠の言葉をテンプレで喋ると、少年(に憑いた侍の霊)は顔をくしゃくしゃにして涙を流し、「かたじけない」「案内無用。自ら逝き申す」と言い残し、ブルッと一震えしたと同時、それから意識は少年のものに戻っていたという。
おそらく何百年も彷徨っていた古い霊が、これほど速やかに、すっきり成仏するのは馬場氏自身も信じられないことであった。
ご夫婦からは、何度も何度もお礼を言われた。謝礼も多めに包まれていた。
しかし何より、侍の霊からかけられた「かたじけない」の言葉の方が嬉しかったという。
※ ※ ※ ※
それから一年ほど後。
不意に、兄弟子にあたる人物から電話がかかってきた。
『もしもし。俺だ。厄介な案件に当たった』
『オマエ、踊仏って知ってるか?』
『クライアントの女の交際相手の男が、おそらく侍か何かの亡魂に憑かれた。それ以来、無念だとか踊仏が見事だとかいう言葉ばかり呟くようになっている』
『落としにかかっても、まったく動じない。自分ばかり省みて、他者に意識を向けることをやめているらしい』
『踊仏。その言葉の意味さえわかれば、対処の方法もあるかも知れんのだが』
『え?こっち?香川だ。四国の』
どうやら、成仏の間際に何かのスイッチが入って再び迷ってしまったらしい。
それにしても、どうやってここ福岡から四国まで・・・?
以後、馬場氏は「侍って面倒くさいから要注意」なる認識を持つようになったという。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
真事の怪談~魔性黒電話 通話25件~
松岡真事
ホラー
世を席巻する病魔の恐怖―― それは、長崎県の片田舎で怪談を蒐集する市井の素人作家・松岡真事にも猛威の一端を投げかけていた。
取材が出来ない!!!
人として三密を犯すことは出来ず、かといって誰かと繋がらねば実話の怪異譚を蒐めることなど不可能。苦悩し、低容量の脳味噌から打開策を捻り出した結果 松岡は、今まで「相手の顔の見えない取材はしたくない」と曰い極力タブーとしていた『電話取材』に踏み切った!
そんな中、折良くも僥倖として舞い降りた自作・最多角百念珠『Ⅲの話』のYouTube配信。この宣伝効果(そして、怪談提供者様への説明効果)は凄まじく。短期間で20話あまりものショートショートが編めるほどに、怪異な話は集結した!!
そして今、それは満を持して放たれる。SNSにアップした5話に、電話取材によって聞き取った20話をプラスしてお送りする小品連続形式、奇っ怪至極の怪談劇場!
さぁ、あなたの知らない世界へのダイヤルを回してみましょう。電話交換手は、わたくし 松岡がおつとめ致します――
真事の怪談~寸志小品七連~
松岡真事
ホラー
どうも、松岡真事が失礼致します。
皆様のおかげで完結しました百物語『妖魅砂時計』―― その背景には、SNSで知り合いました多くのフォロワーの方々のご支援も強い基盤となっておりました。
そんなSNS上において、『おまけ怪談』と称して画像ファイルのかたちで一般公開した〝超短編の〟怪談群がございます。決して数も多くはありませんが、このたび一つにまとめ、アルファポリス様にて公開させて頂くことを決意しました。
多少細部に手を入れておりますが、話の骨子は変わりません。 ・・・アルファポリスという媒体のみで私の作品に触れられた方には初見となることでしょう。百物語終了以降、嬉しいご意見を頂いたり、熱心に何度も閲覧されている読者様の存在を知ったりして、どうにか早いご恩返しをしたいと考えた次第です。
また、SNS上で既にお話をご覧になった方々の為にも、新しい話を4話、書き下ろさせて頂きました。第1話、第3話、第5話、第7話がそれに当たります。他の話と釣り合いを取らせる為、800文字以下の超短編の形式をとっています。これを放出してしまうと貯金がほとんどスッカラカン(2018年11月初頭現在)になってしまいますが、また頑張って怖いお話を蒐集してカムバック致しますので、お楽しみにを。
それではサクッとお読み下さい。ゾクッときますので――
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる