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※ 第七段 『ダンシング・ブッダ』

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 昨日、もうあまり連絡をとる機会もないだろうと思っていた元拝み屋(現実業家)の馬場氏から夜間に電話がかかってきた。
 拝み屋現役時代にこういう出来事があったんだが、これはいま松岡クンが書いてる『笑う』怪談に向いた話なんじゃないかな? と。不意に思い出したらしい昔の話をしてくれたのである。

 とても興味深く、またひどく嬉しい出来事だったので、超特急で文章化して発表することにする。

  ※   ※   ※   ※

 12、3年ほど昔の話だという。

 馬場氏のもとに、一人のクライアントが訪れた。

 四十絡みの物静かな雰囲気のご夫婦で、

「高校生になる息子が修学旅行から帰ってしばらくしてからおかしくなった。病院に連れて行っても首を傾げられるばかり。おそらく旅行先で何かに取り憑かれたのだろうと思って、こちらを訪ねました」

 とのこと。

 繊細な年頃なのだから、言動や挙動がおかしくても直ぐに病院や拝み屋を頼るのはどうだろう・・・と思った馬場氏だったが、ご夫婦は見た目にも憔悴し弱り切った様子だったので、とにかく霊視を試みることにした。

「息子さんはご一緒でない?外へ出られないのですか?」
「は、はい」
「だいぶ悪いのですね」
「だいぶ悪いです」

 事務所を出て、出張仕事である。

 車で20分あまりのご夫婦の自宅を訪ねると、直ぐさま2階にある息子さんの部屋のドアを開けた。


 どろっ、と空気が澱んでいる。


 室内には何の変哲も無い。何処にでもある男子高校生の部屋だ。
 その片隅に、まだあどけなさの残る少年が一人、暗く胡乱な表情で正座している。
 ぶつぶつもごもご、何か独り言を呟いては少し黙り、また喋りだし――というようなことを繰り返している。

(・・・あっ、昔の人が入ってらっしゃる)

 馬場氏は、少年から発せられる異様な空気感と、現代っ子には絶対に出来ないような真っ直ぐに背骨の通った正座の姿勢から、そう直感した。

 通俗的に『霊障』と呼ばれるものであることは確かなようだ。

「一日中、こんな感じですか」
「こんな感じです」
「お風呂やトイレ、食事は?」
「ふつうにします。食事の時間になれば下に降りてきます。でも、ものを食べながらもぶつぶつと何かを呟き続けるので、咀嚼した食べ物がぼろぼろ落ちて・・・」
「心中お察しします」
「・・・お助け下さい、お願い致します」

 修学旅行の最終目的地は東京。しかし、途中で京都を経由したという。順当に考えるなら、この古都で何らかの霊に縋られた末にこうなった、というパターンだろう。

 とりあえず、何を呟いているのか。近くに寄ってよく聞いてみる。
 現代とはまったく違うイントネーションの、所謂『御武家口調』で、

「やられた。無念じゃ。滅法、無念・・・」
踊仏おどりぼとけだ・・・見事であった・・・」
「しかし・・・情けなや・・・情けなや・・・」

 そんなことを口走っているようである。
 おどりぼとけ?はて??

 釈然としないながらも、『落とし』に入った。
 ひらたくいって除霊である。
 ――が、この霊、

「無念・・・無念・・・」
手練てだれであったのだなぁ・・・」
「口惜しや・・・この様じゃ・・・」

 何だかウジウジクヨクヨ、同じような言葉を繰り返しているばかりで、馬場氏の唱える呪禁の文句や素早く切られる印にもまったく動じない。
 相当根深い業を背負っている上、こちらをまったく眼中に入れていないようである。

 馬場氏は困った。
 30分あまりも何の進展も無く、結局こちらが汗だくになって喉を涸らし、消耗しただけだった。
 ちょっと失礼・・・ご夫婦に断って、彼は家の外へ出た。
 そしてやおら携帯を取り出し、何と自分の師匠にあたる人物にアドバイスを乞うため電話をかけたのだという。

「もしもし、先生。実は・・・」

 関西在住の師匠は、しばらく「ふむふむ」「なるほど」と馬場氏の説明を素直に聞いていたという。
 そして全てが語り終えられた後、おもむろに「オマエ、踊仏いうんは何かわかるか?」と尋ねてこられたのである。

「いえ、わかりません。一遍上人がはじめた踊り念仏と何か関係があるんですか?」

『あほ。踊仏ちゅうのはな、昔々の侍の世界の隠語や』

「隠語??」

『袈裟切りちゅうのは聞いたことあるやろ』

「斜め上からズバッと斬りかかるアレですか?」

『せや。そのことや。肩から袈裟をかけた仏陀が踊れば、袈裟はポテンとズレ落ちてまうやろ。それに見立てて、一太刀で人体をポテンと截断してまうような見事な袈裟切りを、踊仏と呼んだんやな』

「ということは――」

『その学生さんの中に入っとるの、おそらく江戸初期から中期くらいの、武に携わる者やな。果たし合いか何かで、よほどの使い手に袈裟懸けでやられたんやろ。そん時、あまりにも相手の技が見事なんで、無念に思うと同時に心底感心しながら死んだんやな。だから迷うたんや。侍は高潔やさかい。明鏡止水であるべき死の間際に相手の技に見惚れた自分が許せず、ずっと自身を責めて現世を彷徨うてはるんやろ』

「えーっ、面倒くさい」

『あほたれ。昔の人はプライドが高いのや。ええか、呪禁の句を上げた後、鈴を鳴らしてこっちにチョイとでも意識を向けさせい。そして言うんや、「そんなに自分を責めてはあきまへん。あんたを殺しはったんは、さしずめ相当のお人。その熟練の技に心奪われるのは、同じ道を歩む者であれば当然の心です。何の恥もあらしまへん。すっきり成仏なすってはどないでっか、私が道案内をして差し上げます』・・・てな具合にな!」



 果たして、その通りにしたら嘘のように呆気なく侍は落ちた。

 馬場氏がほとんど師匠の言葉をテンプレで喋ると、少年(に憑いた侍の霊)は顔をくしゃくしゃにして涙を流し、「かたじけない」「案内あない無用。自ら逝き申す」と言い残し、ブルッと一震えしたと同時、それから意識は少年のものに戻っていたという。
 おそらく何百年も彷徨っていた古い霊が、これほど速やかに、すっきり成仏するのは馬場氏自身も信じられないことであった。

 ご夫婦からは、何度も何度もお礼を言われた。謝礼も多めに包まれていた。

 しかし何より、侍の霊からかけられた「かたじけない」の言葉の方が嬉しかったという。


  ※   ※   ※   ※

 それから一年ほど後。

 不意に、兄弟子にあたる人物から電話がかかってきた。

『もしもし。俺だ。厄介な案件に当たった』
『オマエ、踊仏って知ってるか?』
『クライアントの女の交際相手の男が、おそらく侍か何かの亡魂ぼうこんに憑かれた。それ以来、無念だとか踊仏が見事だとかいう言葉ばかり呟くようになっている』
『落としにかかっても、まったく動じない。自分ばかり省みて、他者に意識を向けることをやめているらしい』
『踊仏。その言葉の意味さえわかれば、対処の方法もあるかも知れんのだが』
『え?こっち?香川だ。四国の』


 どうやら、成仏の間際に何かのスイッチが入って再び迷ってしまったらしい。

 それにしても、どうやってここ福岡から四国まで・・・?


 以後、馬場氏は「侍って面倒くさいから要注意」なる認識を持つようになったという。
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