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禁書庫
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「おい蒼柊。おまえ、これからは私を手伝え」
「…は?」
突然のことに、蒼柊の頭はまた思考を急加速させ、そして急停止した。
「…いや、いやいやいや…。急すぎやしませんか!? 僕、ここまで会話しましたけど、知ったことなんてあんたの名前とあんたが祖父と知り合いってことと目上に対してすげぇ失礼な変な人ってことですよ!?」
「お前からしたら、何歳であれ私だって目上だろうが。棚に上げるでないぞ」
「それはそれ! これはこれ! とにかく! 手伝う意味もわかりませんしそれなら詳しい説明してくださいよ! まずこの本棚は何なんですか!」
勢いよく捲し立てる蒼柊を見て、蒼月はまた、ため息をひとつ。
「そう焦るな。その本棚は仕掛け本棚だ。特定の3冊を同時に押して、特定の4冊を順番通りに少し引く。そうすれば開く仕掛けになっている」
「…それでたまたま僕がやったって言うんですか」
「そうだ。本当に偶然だな」
「そうですね」
蒼柊は棒読みで返す。もう思考は止まっていた。蒼月は次に、扉について話し始める。
「この扉は禁書庫の扉だ。私が集めてきた古本の中で、特別な物が保管されている。これは非売品だ」
「特別?本に特別とかあるんですか?」
「お前は疑問の多い小僧だな。柊平とは大違いだ」
「なんですか人の祖父を単純みたいに」
「単純だ。というか馬鹿だ」
「はあぁぁ????」
また軽々と祖父を馬鹿にされ、今度こそ堪忍袋の緒が切れる音がした。今すぐここで電話をかけたいところだが、生憎祖父からは「今日この時間は病院だから、掛けてくんなよ!」と家を出る前に釘を刺されている。
「で、話の続きだが…。この奥には、俗に言う魔導書と言われる類の他に、特殊な本が置いてある。お前もよく知っている言葉で言うのならば記憶だ。なに、入ってみればわかる。着いてこい」
蒼柊に拒否権は与えず、蒼月はその質素な扉を開く。
蒼柊が渋々立ち上がると、入るまでもなく、蒼月の体越しに見えたのは本ではなく何かの装置だった。
機械と言うのも迷うが、そうでなければコレがなんのためにある台か説明ができない。
上に何か物が置ける様な平らな場所がある訳ではない。中央に大きな水晶が嵌め込んである円形の台だ。
「なんですか、それ…」
「まぁとにかく入れ。話はそれからだ」
促されるまま中に入ると、そこには、古く寂れた表紙の本が壁一面にずらりと埋め込まれていた。そして、厳重に鎖で繋がれている。
店の外から見た時には、こんなに高い天井があったようには思えない。
中央の台のすぐ後ろから、螺旋状に、金の手すりで、白の大理石のような材質の階段が伸びている。これを登りながら本が取れるようだ。
部屋の横幅は広くなく、本当に本のためだけに用意されている円柱状の部屋だった。
「う、わぁ…なんだこれ…」
「下の数段は魔導書。そして、よく見えないだろうが上の方に伸びている段が記憶だ。稀に、この本棚から一冊の本が落ちてくる。誰かが落としている訳では無い。勝手に意志を持って落ちてくるんだ」
「なんすかそのファンタジー…?」
「お前、さっきから本当に人の話を信じないな。全て本当の事だ」
「現実逃避してる暇があったら勉強するか本読んでたいんですよ」
「柊平に聞かせてやれ」
「…確かに祖父は読書も勉強も嫌いですけど…」
にわかには信じ難いその話も、今この現状を見れば、まぁ40%くらいは信じてやっても良いかなと思わざるを得ない。
「お前の祖父も、ここで私を手伝っていた。…それも、息子が生まれて、仕事が忙しくなってもずっとな。アイツがそこまでここの作業に打ち込む理由が、私には未だに理解できないがな」
「…その、作業って…なんなんです?手伝う、とか」
「ここの本は記憶と言っただろう。数え切れないほどの物語の記憶が、ここに貯蔵されている。その中で意志を持って落ちてくる本は、全てが物語の中で活躍する登場人物の記憶だ。…時々、著作者の後悔が紛れていることもあるがな」
蒼月は言い終わると、中央へ向けて歩き出す。そして、円形の台の前で立ち止まり振り返る。長身ゆえ、蒼柊が見上げなければよく見えなかったその顔は、とても端正で、人とは思えない造形美だった。
「この台から、物語に入ることが出来る。…そして、その登場人物の様々な感情が何なのかを突き止めて、再度鎮める」
「…鎮める?」
「ここは何故、禁書庫だと思う?柊平より頭は回るだろ」
「……。魔導書は確かに、下手をすれば呪いなど危惧することが多く禁書庫に保管されるべきですが、ただの物語は…害は有りませんよね?」
「あぁ。…害がないなら、店頭に置けるだろう?」
「有るから、ここに入れられてるんですね…?」
「その通りだ。柊平の回答きくか?」
「…少し、気になります」
昔の祖父をアレだけバカにするのだ、納得のいく事例が知りたい。
自分の中の祖父…紅柊平は、格好良くて、不思議な話を沢山知ってる人だった。それを世間では信じるのも恥ずかしい武勇伝と呼ぶのだろうが、蒼柊にとってそれは、どんな物語を読むよりも楽しくなれる「物語」だった。
ふと、蒼月の顔を見る。なかなか回答が来ないからだ。
端正な、人とは思えない造形美を誇るその顔面。それが、思い出し笑いで歪む。
そして、プルプルと堪えている笑いで歪んだ口から、耐えきれないというように短く息を吐き、こう言った。
「…えっちだから、だと」
「……。…あぁ…」
蒼柊は、自分の喉から蚊の鳴くような音がしたのを聞いた。尊敬していた祖父がどんな回答をしたのか。もしかしたら馬鹿じゃない回答かもしれないと思っていた。
馬鹿だった。
確かに、DVD等の店に行けばR18作品はブースが完全に隠されていて、条件(年齢)を満たしていない人間は立ち入り禁止になっている。ある意味禁書だ。
だが、ここは古本屋。どう考えたってR18作品をこんな仰々しい仕掛けの中に隠すわけが無い。100歩譲ってえっちだったとしてもこんな隠し方をするわけが無い。
「…今まで、祖父を馬鹿と言う事で生意気な反応してたこと…謝りますね」
「流石のお前もコレは馬鹿だと思うだろう」
「本当に申し訳ありませんでした」
蒼柊が蒼月に頭を下げると、蒼月は「まぁよい」と短く告げる。そして、また話を戻した。
「ここの禁書は、見ての通り全て鎖で封印されている。この鎖は、呪いや本の中の強い感情を鎮めるための鎖であり、万が一暴れ出したとしても抑えておくための鎖だ。それが破られ、下に落ちてくる。そうなった本はどうなっていると思う?」
蒼月は、冷静だが芯のある、重みを感じる声で蒼柊へ問う。
蒼柊もまた、少し間を要したあと、ゆっくりと口の緊張を解いてゆく。
「…物語…本の中に存在する、その呪いや強い感情が尋常ではない程に増幅している…という事ですか?だから、再度鎖で縛ってもすぐに破られて、それが外の世界に出てしまえば…どうなるか、分からない…と」
何も声の返答はなかった。だが、目を伏せ口の端を綻ばせた蒼月を見て、蒼柊は正解と認識した。
「だから、物語の中で、その増幅したものたちを鎮めるんだ。…その手伝いを、柊平はずっとやってくれていた。孫のお前がここを開いたのも何かの縁。今日は帰ってくれていい。明日また、ここに来て手を貸してほしい」
「…。分かりました。帰って祖父に聞いてみましょう。それともう1つ」
「なんだ。何かまだ疑問でも?」
蒼柊は、最初は聞くか悩んでいた。聞いても答えてくれるかどうか確証はなかったし、聞いてもどうにもならないだろうと思っていた。
だが、蒼柊は昔から気になることは探求したくなる質で、どうにもならないだろうと分かっていても気になって眠れないよりはマシと考えた。
少しの逡巡の後、ゆっくりと声を出す。
「…蒼月さんは、なんなんですか?」
「それは、どういう意味の質問だ?」
「人間…なんですよね?」
蒼月は、そう問われると、口の端を再び歪ませた。
「無駄な質問だとわかって質問したんだろう?」
「よく分かりましたね。その通りです。…早く答えてくださいよ」
そして、数秒の後、不敵な笑みと共にこう答える。
「私は…」
「吸血鬼だ」
「…は?」
突然のことに、蒼柊の頭はまた思考を急加速させ、そして急停止した。
「…いや、いやいやいや…。急すぎやしませんか!? 僕、ここまで会話しましたけど、知ったことなんてあんたの名前とあんたが祖父と知り合いってことと目上に対してすげぇ失礼な変な人ってことですよ!?」
「お前からしたら、何歳であれ私だって目上だろうが。棚に上げるでないぞ」
「それはそれ! これはこれ! とにかく! 手伝う意味もわかりませんしそれなら詳しい説明してくださいよ! まずこの本棚は何なんですか!」
勢いよく捲し立てる蒼柊を見て、蒼月はまた、ため息をひとつ。
「そう焦るな。その本棚は仕掛け本棚だ。特定の3冊を同時に押して、特定の4冊を順番通りに少し引く。そうすれば開く仕掛けになっている」
「…それでたまたま僕がやったって言うんですか」
「そうだ。本当に偶然だな」
「そうですね」
蒼柊は棒読みで返す。もう思考は止まっていた。蒼月は次に、扉について話し始める。
「この扉は禁書庫の扉だ。私が集めてきた古本の中で、特別な物が保管されている。これは非売品だ」
「特別?本に特別とかあるんですか?」
「お前は疑問の多い小僧だな。柊平とは大違いだ」
「なんですか人の祖父を単純みたいに」
「単純だ。というか馬鹿だ」
「はあぁぁ????」
また軽々と祖父を馬鹿にされ、今度こそ堪忍袋の緒が切れる音がした。今すぐここで電話をかけたいところだが、生憎祖父からは「今日この時間は病院だから、掛けてくんなよ!」と家を出る前に釘を刺されている。
「で、話の続きだが…。この奥には、俗に言う魔導書と言われる類の他に、特殊な本が置いてある。お前もよく知っている言葉で言うのならば記憶だ。なに、入ってみればわかる。着いてこい」
蒼柊に拒否権は与えず、蒼月はその質素な扉を開く。
蒼柊が渋々立ち上がると、入るまでもなく、蒼月の体越しに見えたのは本ではなく何かの装置だった。
機械と言うのも迷うが、そうでなければコレがなんのためにある台か説明ができない。
上に何か物が置ける様な平らな場所がある訳ではない。中央に大きな水晶が嵌め込んである円形の台だ。
「なんですか、それ…」
「まぁとにかく入れ。話はそれからだ」
促されるまま中に入ると、そこには、古く寂れた表紙の本が壁一面にずらりと埋め込まれていた。そして、厳重に鎖で繋がれている。
店の外から見た時には、こんなに高い天井があったようには思えない。
中央の台のすぐ後ろから、螺旋状に、金の手すりで、白の大理石のような材質の階段が伸びている。これを登りながら本が取れるようだ。
部屋の横幅は広くなく、本当に本のためだけに用意されている円柱状の部屋だった。
「う、わぁ…なんだこれ…」
「下の数段は魔導書。そして、よく見えないだろうが上の方に伸びている段が記憶だ。稀に、この本棚から一冊の本が落ちてくる。誰かが落としている訳では無い。勝手に意志を持って落ちてくるんだ」
「なんすかそのファンタジー…?」
「お前、さっきから本当に人の話を信じないな。全て本当の事だ」
「現実逃避してる暇があったら勉強するか本読んでたいんですよ」
「柊平に聞かせてやれ」
「…確かに祖父は読書も勉強も嫌いですけど…」
にわかには信じ難いその話も、今この現状を見れば、まぁ40%くらいは信じてやっても良いかなと思わざるを得ない。
「お前の祖父も、ここで私を手伝っていた。…それも、息子が生まれて、仕事が忙しくなってもずっとな。アイツがそこまでここの作業に打ち込む理由が、私には未だに理解できないがな」
「…その、作業って…なんなんです?手伝う、とか」
「ここの本は記憶と言っただろう。数え切れないほどの物語の記憶が、ここに貯蔵されている。その中で意志を持って落ちてくる本は、全てが物語の中で活躍する登場人物の記憶だ。…時々、著作者の後悔が紛れていることもあるがな」
蒼月は言い終わると、中央へ向けて歩き出す。そして、円形の台の前で立ち止まり振り返る。長身ゆえ、蒼柊が見上げなければよく見えなかったその顔は、とても端正で、人とは思えない造形美だった。
「この台から、物語に入ることが出来る。…そして、その登場人物の様々な感情が何なのかを突き止めて、再度鎮める」
「…鎮める?」
「ここは何故、禁書庫だと思う?柊平より頭は回るだろ」
「……。魔導書は確かに、下手をすれば呪いなど危惧することが多く禁書庫に保管されるべきですが、ただの物語は…害は有りませんよね?」
「あぁ。…害がないなら、店頭に置けるだろう?」
「有るから、ここに入れられてるんですね…?」
「その通りだ。柊平の回答きくか?」
「…少し、気になります」
昔の祖父をアレだけバカにするのだ、納得のいく事例が知りたい。
自分の中の祖父…紅柊平は、格好良くて、不思議な話を沢山知ってる人だった。それを世間では信じるのも恥ずかしい武勇伝と呼ぶのだろうが、蒼柊にとってそれは、どんな物語を読むよりも楽しくなれる「物語」だった。
ふと、蒼月の顔を見る。なかなか回答が来ないからだ。
端正な、人とは思えない造形美を誇るその顔面。それが、思い出し笑いで歪む。
そして、プルプルと堪えている笑いで歪んだ口から、耐えきれないというように短く息を吐き、こう言った。
「…えっちだから、だと」
「……。…あぁ…」
蒼柊は、自分の喉から蚊の鳴くような音がしたのを聞いた。尊敬していた祖父がどんな回答をしたのか。もしかしたら馬鹿じゃない回答かもしれないと思っていた。
馬鹿だった。
確かに、DVD等の店に行けばR18作品はブースが完全に隠されていて、条件(年齢)を満たしていない人間は立ち入り禁止になっている。ある意味禁書だ。
だが、ここは古本屋。どう考えたってR18作品をこんな仰々しい仕掛けの中に隠すわけが無い。100歩譲ってえっちだったとしてもこんな隠し方をするわけが無い。
「…今まで、祖父を馬鹿と言う事で生意気な反応してたこと…謝りますね」
「流石のお前もコレは馬鹿だと思うだろう」
「本当に申し訳ありませんでした」
蒼柊が蒼月に頭を下げると、蒼月は「まぁよい」と短く告げる。そして、また話を戻した。
「ここの禁書は、見ての通り全て鎖で封印されている。この鎖は、呪いや本の中の強い感情を鎮めるための鎖であり、万が一暴れ出したとしても抑えておくための鎖だ。それが破られ、下に落ちてくる。そうなった本はどうなっていると思う?」
蒼月は、冷静だが芯のある、重みを感じる声で蒼柊へ問う。
蒼柊もまた、少し間を要したあと、ゆっくりと口の緊張を解いてゆく。
「…物語…本の中に存在する、その呪いや強い感情が尋常ではない程に増幅している…という事ですか?だから、再度鎖で縛ってもすぐに破られて、それが外の世界に出てしまえば…どうなるか、分からない…と」
何も声の返答はなかった。だが、目を伏せ口の端を綻ばせた蒼月を見て、蒼柊は正解と認識した。
「だから、物語の中で、その増幅したものたちを鎮めるんだ。…その手伝いを、柊平はずっとやってくれていた。孫のお前がここを開いたのも何かの縁。今日は帰ってくれていい。明日また、ここに来て手を貸してほしい」
「…。分かりました。帰って祖父に聞いてみましょう。それともう1つ」
「なんだ。何かまだ疑問でも?」
蒼柊は、最初は聞くか悩んでいた。聞いても答えてくれるかどうか確証はなかったし、聞いてもどうにもならないだろうと思っていた。
だが、蒼柊は昔から気になることは探求したくなる質で、どうにもならないだろうと分かっていても気になって眠れないよりはマシと考えた。
少しの逡巡の後、ゆっくりと声を出す。
「…蒼月さんは、なんなんですか?」
「それは、どういう意味の質問だ?」
「人間…なんですよね?」
蒼月は、そう問われると、口の端を再び歪ませた。
「無駄な質問だとわかって質問したんだろう?」
「よく分かりましたね。その通りです。…早く答えてくださいよ」
そして、数秒の後、不敵な笑みと共にこう答える。
「私は…」
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