終末世界と天使の扉

春夏冬 ネモ

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春の国

天使様の扉

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 花々が瑞々しく咲き乱れている。
 噴水が天高く吹き上げている。

 その横に敷かれた、レンガの道を外れ木々の中に入る。

 すると、目の前には白く古びた扉が出る。
 彼、もしくは彼女は、その扉をおもむろに開いた。


 その先には、暗いものの淡く光が差している。

 その暗い空間の中に、また白い扉。
 物質界のものでは無い、古びることの無い白い扉。桃、水色、赤、深い青のダイヤルを桃色に合わせ、また、躊躇なく開くのであった。


*.......


「どうせ、変わらないだろ」


 小言を口にして、後ろの髪を太く1本三つ編みにした黒髪の天使は、いつもと変わらない様子で扉を開いた。

 目の前に広がる桃色の景色が、天使の緑色の瞳を際立たせる。
 キョロキョロと周りを見渡し、誰もいないことを確認する。

 道に絨毯のように落ちている桜の花びらを踏みしめ、ヒールの足音を鳴らしながら、けもの道を歩く。

 暖かい陽光を受けながら、桜の雨の中を歩く。



「……静かだな」



 天使は異様な静けさに少しだけ不気味さを覚えた。
 山を下り、麓に出る。
 いつもなら、住宅街の話し声が聞こえてもおかしくないはずだ。
 ランドセルを揺らしながら走り抜けていく小学生達も、道端で寄り集まって噂話に花を咲かせる主婦も、遅刻しそうな顔で走る大学生も見かけない。



「どうした……?休日……という概念は有るが……。そうでも無いようだな……」




 手持ちの手帳に、この異様さを書き記していく。見渡しても、やはり何も居ない。気配もしない。
 しばらく歩いていくと、どうやら建物が荒れている。
 蔦が這い、人が手入れしていない建物の様だ。



「道の花びらも掃除されていないな……おかしい……」



 どんどん、どんどんと建物は荒れていき、大きな通りに出る。
 すると、目の前に広がったのは。



「な、なんだ……これ?」



 部分的に割れ、ひっくり返ったコンクリート。そこらに広がる白骨死体。その上から咲く桜の木の芽。蔦まみれの建物に剥き出しの鉄骨……。



「何だこの惨状は……?なぜ白骨……?前に来た時は人が……」



 呆然と立ち尽くす天使。車にも緑の草が生えて廃車になっている。

 冷や汗を垂らしながら状況を整理していると、ジャリッと音がした。
 スニーカーがコンクリートを踏んだ音。思わず振り返る。



「·····え!?もしかして、生きてる!?」

「…! なんだ貴様。生きているが?」

「え?悪魔に乗っ取られた死骸じゃないんですか?」

「悪魔はとうの昔に滅びているだろう。お前は何を言っている?私は天使だ」

「いやいや、あなたこそ!悪魔はそこら辺にいるじゃないですか~。天使って……それこそ空想じゃ……」

「私はあの森の中の扉から来た。お前が悪魔と言ってるものはなんだ」

「えぇ!?あの扉からぁ!?」



 薄桃色の髪の毛で片目を隠した、鮮やかなピンク色の瞳の青年。頬には菱形の模様が連なり、個性的なパーカーを着ている。
 彼は驚き、目を見開いた。



「貴様こそ誰だ。人間だろう、固有名を教えろ」

「あは!固有名なんて変な言い方するんですね~!僕の名前は三海みうみ波瑠はるです!もちろん、人間ですよ」

「そうか、では波瑠……」



 天使が彼……波瑠に向けて発言しようとすると、少し食い気味に言葉を被せてきた。



「すとーっぷ!その前に、礼儀としてあなたのお名前も教えてください!本当はそちらが先ですよ?」

「私には名など無い。下級の天使には固有名など与えられない」

「え、ほんとに天使なんですか?信じられないけどまぁ……。名前ないんだ、じゃあ僕が付けても?」

「は?」



 天使は素っ頓狂な声を出す。自身からそんな声が出るのも初めてなのだろう、手で口を咄嗟に抑える。
 波瑠はニコニコと笑顔を天使に向け、返答を待っている。
 咳払いをし、ひと呼吸おいてから答える。



「……好きにしろ、お前がつけた名をこれから使うようにしよう……とはいえ、この現状が他の国でもそうであれば、人が居るかどうかは分からんがな」

「おー!じゃーあー、うーんそうだなあ……天使さんでしょ~?あの、男性?女性?声は低めだけど……」

「姿のベースは男だと思う。が、別にどちらでもない」

「ふぅーん、ちょっと堀も深くて色も白いし、夏の国寄りの顔だね!うぅーんじゃあそっち系の名前がいいですよねえ」


 しかし、そう簡単に案が浮かんでくるわけもない。


「うーーーん、思い付かないなぁ。どうしよ?もうちょい後ででいいですか?」

「別に付けずともいい。それよりもだ波留。この現状は何だ?一体何が起こった」

「うんとぉ…説明するの下手なんですけど…なんか、悪魔って僕らが呼び始めたんですけど、黒いもやもやみたいなのがうろつき始めたんですよね。そしたらなんか、数か月でこうなりました!以上!」

「端的すぎるだろうが。もっと順を追って話せ」



 呆れながら詳しい説明を要求したところによると、どうやら数か月前に地球外生命体とでも言うべきものが、あちこちでうろつき始めた。最初こそ穏便だったが、急速に被害は拡大。襲われた命はたちまち白骨と化した。
 建物や景観たちも、その地球外生命体に覆われるとたちまち老朽化。それと反するように、植物たちだけが繁栄し始めたらしい。
 最近は、その黒いもやのような生命体は、襲った動物の姿を模してそこら辺から襲ってくるようだ。



「ではなぜ貴様は生きている?運が良かっただけか?」

「そういわれれば運は良かったんでしょうねぇ。僕、変な力が使えるようになったみたいで。おかげで生きてます!」

「はぁ。貴様は楽観的なのだな。その力とは何だ?その頬の模様と関係あるのか?それは入れ墨ではなさそうだ」

「はい!なんかこのパーカー着たら、この模様が浮かんできたんです。それで、気づいたら桜が操れるようになってました!だからそれで悪魔を倒して、とりあえず何とか生きてます。親兄弟親戚は見事全員死んじゃったんですけどまぁ、僕が生きてるので」

「ふぅん…。原因はパーカーとみるのが自然そうだな。まぁそんなの生きていればなんでもいい。ひとまず、私はこれからエデンに一度戻る。こんな予定聞いていないから確認してくる。説明感謝する。せいぜい生き延びろ」

「えっ、ちょ、天使さん!善良な人間ちゃんを置いてくんですか!?」

「当たり前だ、エデンに人間は入れない。ついてくるんじゃないぞ。じゃあな」



 面倒な波留をいなし、黒く長い髪の毛から作り出された翼を広げて天使は空を飛ぶ。波留は今まで疑っていた天使を、飛んだ光景を見たところで少しだけ信じるのだった。



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