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パート7:罪

第148話 始動

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「オルディウス…お前の母親が直接出向いて来た」

 胸倉を掴んでいたベクターの腕を払いのけてからザガンは言った。

「オルディウスか。名前は知ってたが…マジでお袋か ? 俺の ?」
「奴の部下から伝言を渡されてる。今後の身の振り方を考えておけとな、つまり選択肢は二つ。奴の下に降るか…歯向かって死ぬかだ」
「もう一つあんだろ。そのアバズレをぶっ殺せば丸く収まる」

 オルディウスが提示してきたという選択肢を教えるザガンだが、ベクターはそんなもの知るかと勇み足で進みながら告げた。

「馬鹿、それが誰も出来ないから魔界が支配されたんだ。お前ひとりが突っ込んだ所で何になる ?」

 そんな彼の肩を無理やり掴んでからザガンは窘める。

「じゃあこのままのさばらせとくか ? それとも今から頭下げて仲間にしてくれって頼み込むか ? クソ喰らえだ」
「まずは情報を集めてからでも遅くないだろう。残っていた仲間の安否が気になるのは分かるが、この状況で戻るのは無謀だ。ノースナイツの近辺には避難が出来る様なシェルターはあるか ? そこにいるかもしれんだろ」

 ベクターはとにかくノースナイツへ急ぎたくて仕方が無かった。残していた仲間にもしもの事があった時にはただでは済まさないと決意を抱いていたのだが、ザガンは他人事の様に落ち着かせようとして来る。

「…ハイドリートだ。あそこにならもしかすれば何か情報が行ってるかもしれない。だけど分かるだろ、今は顔も見たくねえ奴らがいるんだ。そいつらと鉢合いたくない」

 気楽でいいよなお前は。ベクターはそんな思いを含ませながら彼女に答えた。

「この際だ、腹を決めて話し合え。あそこの若造も言ってただろ。話し合う事も大事だと」
「”やあファウスト、それに皆 ! 罵声を浴びせたり、両脚切断したり、変な虫共を差し向けたり、飛行艇で体を潰そうとしたり、瀕死になるまで殴り続けたりしてごめんな ! とりあえず水に流そうぜ ! ”…お前、俺の立場でこんな風に言えるか ?」
「そんな事したのか…… ?」

 今はいがみ合う場合じゃないと思っているらしいザガンだったが、ベクターは仲直りなど出来る筈がないという見解を伝える。彼の考えはさておき、羅列された所業に対してザガンは少し引いていた。

「もういい。こんな所で油売ってる場合じゃねえ。ひとまずノースナイツ方面の様子を出来る限り近づいてから確認、そしてハイドリートへ向かう…お前はどうするんだ ?」
「…ここにいても出来る事はないしな。良いだろう、私も共に向かおう」

 迷いながらではあるが、じっとしていてもどうにもならなないと感じたベクターは今後の予定を簡潔に言って歩き出す。ザガンもそれに同調し、二人揃ってシェルターの外へと向かう。

「おーい、まさか走って行く気か⁉入り口の近くに車両の停め場がある ! そこにあるバイク使え ! 」

 そそくさと立ち去るベクター達を見かねたのか、サヴィーノが声をかけた。彼の言いつけ通りにベクター達が向かってみると、確かに仕事に使っているのであろう古ぼけた車やバイクが並んでいた。

「ベクター、サヴィーノから連絡あったよ…これが鍵だ。気を付けてな」

 待っていてくれたらしいアルが鍵を投げ渡してから無事を祈ってくれた。

「おう。礼代わりに後で知り合いがやってるブラックマーケットにお前らの事紹介しておくよ。物資やら格安で売ってやるように口利いとく」

 お礼を言ってからベクターはバイクにまたがり、開かれたゲートの前までバイクを動かした。ザガンは自分の事を待ってくれていたのか、腕を組んで突っ立っている。

「ほら、さっさと乗れ」

 ベクターがシートを叩くが、ザガンはそれを無視して別の方角に向けてに手をかざす。暫くすると、どこからかバイクが飛来して来た。

「自分のがある」

 ハンドル部分を片手で掴んでから地面に置くと、そのまま跨ってエンジンをかけながら彼女は言った。無表情でありながらどこか得意気な口調だったが、自慢したかったのかとベクターはツッコミそうになった。



  ――――既に放棄されたシアルド・インダストリーズの本社へとオルディウスは侵入していた。黙々とエントランスを闊歩する彼女の背後には大量の死体が転がっており、腕や服に付いている返り血の具合を確かめながら本社の最上階…社長室へと向かっていく。既にエレベーターも止まっていたため、背中に六枚の黒い翼を生やしてから一気に飛び上がった。

 案の定、社長室はおろか全ての部屋はもぬけの殻となっている。おおよそ重役たちはとっくに避難済みであり、自分達の部下を危険に晒してのうのうと被害報告を待っているのだろうか。そんな事を思いつつ、社長用のデスクにオルディウスは近づき、そして椅子に腰を掛けてみる。

「…悪くない」
 
 足を組みながらぼやくが、そうしている内にこちらへ向かって来る足音が聞こえた。アモンと、彼に続いて二つの人影が部屋に入って来る。

「連れて参りました」

 アモンが一礼をしながら言った。

「ガミジンに…ベリアル。遅かったな」

 オルディウスは不満げに呟く。

「相変わらずゴミを見るような冷めた目をしてますな。呼び出される側の身にもなって欲しいね」

 ぶくぶくと太っている男が皮肉っぽく言った。それを見た隣の中世的な見た目をしている男がそんな彼を見て渋い顔をする。

「ベリアル…オルディウス様の前だぞ。口を慎め」
「構わん。呼び出したのは他でもない私だ。迷惑をかけたな」

 太っている男にアモンが注意を入れるが、オルディウスは特に機嫌を悪くすることも無く許した。

「まあ呼び出されて大変だったというのは同意ですね。せっかくの旅行兼実験を切り上げる羽目になってしまった」

 中世的な容姿の男がベリアルに同意をする。その言葉に反応したオルディウスが彼の方に顔を向けた。

「ほう…ガミジン、実験とは何をしたんだ ?」
「何てことはありません。ただ私自身の能力について、応用が出来ないかどうかを確かめに行っただけです。少々面白い結果を得られましたがね」
「ならば楽しみにしておこう…すぐに使う事になるだろうからな」

 ガミジンという呼びかけに反応して、彼は自分が何をしていたのかをかいつまんで話す。それに対してオルディウスは少し期待をしつつ、何やら不穏な事を口走った。

「すぐに使う ? 何か始まるのか ?」

 ベリアルが尋ねた。

「ああ。現世に隠れていた穏健派の主力の抹殺…それを行った上で現世への侵攻を本格的に開始する」

 オルディウスは口角を少し上げ、現世に住まう者達への宣戦布告とも取れる発言をする。その一方でかつての愛人や、自身の血を継ぐ者との再会を心待ちにしつつあった。
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