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パート6:嵐

第129話 クソッタレな気分

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「話は終わりだ」

 ザガンは言った。そのまま人間の姿へと変わり、一度だけ二人の方を見てから背を向けて立ち去る。

「おい待てよ !」

 リリスは叫ぶが、ザガンは無視して歩き続ける。やがて瓦礫まみれになった夜の闇の中へと消えていった。追いかけようとしたリリスは、自分の体力にも限界を迎えている事を知り、なけなしの魔力を節約するために人間の姿へ戻る。服も肉体もボロボロであった。

「あ~…いったいなも~…」

 血が垂れている片腕を抑え、大きく呼吸をしながらぼやく。もっとのたうち回るか悲鳴を上げて倒れこむ姿を想像していたムラセは少し意外そうにしていた。冷静過ぎる。

「あの腐れオメゲが。次に顔見たらぶっ殺してやるホント…」
「リリスさん、口悪くなってますよ」
「そりゃ悪くもなるでしょ。参ったな…どっか死体無い ?」

 あまり普段使わない様な罵倒を口走るリリスにムラセが注意をしてみるが言い訳の後に流されてしまう。そのまま辺りをキョロキョロと見回しながらリリスは探し物を始めたが、すぐに瓦礫の下敷きになっている若い男の死体を見つける。

「お、あったあった」

 そのまま数トンはある筈の瓦礫を片手でどかし、ちょうど彼女の体格に近かった男の死体から片腕をもぎ取る。そのまま栄養補給代わりに血を飲み干してから、入手した腕を切断された箇所に引っ付けてみた。あっさりとくっついたらしく、拳を握るなどして指先の動き具合を確かめるがやはり腕のバランスなどが少し違う。

「ん~。まあ、ほっとけば馴染むか」

 思っていた感触と違うという期待外れさもあってか、残念そうにするリリスを見ていたムラセは自分の知らないデーモンの特性がまだまだ存在する事に驚き、呆然と彼女を眺めていた。

「どしたの ?」

 背伸びをしてからリリスはムラセに聞いた。

「いや、腕…」
「コア破壊されない限りは時間かかるけど再生も移植も出来るよ。今度やり方教えたげる。それより早く―――」

 自分が見た物が信じられないとでも言たげなムラセへ、デーモンの特性についてのレクチャーを提案していたリリスだが突然強烈な魔力を感じ取った。どこか間の抜けた穏やかな様子が一変し、殺意を纏った気迫のある表情をしながら振り向くが当然誰もいない。

「今のは… ?」

 ムラセも何かを感じ取ったのか恐る恐る尋ねる。

「ごめん、私もよく分からない」

 感じ取った事の無い強い気配にリリスは少し困惑していた。厳密に言えば似た気配を持っているデーモンは知っているのだが、それとは少し違う。だが関りが無いとも言い切れない。そもそもそんな奴がいては困る。魔界を蹂躙し、覇王として君臨しているオルディウスと同等の力を持っていなければ出せない。それ程までに強力な魔力の気配であった。



 ――――地下にあるというベルゼブブの遺言通り、ベクターとイフリートは地下へと降り立っていた。ルートを見つけるなどと言うまどろっこしい事はせず、単に地面を片っ端から破壊している内に空洞を見つけただけである。相当な電力によって賄われているらしく、支柱のように並べられた見上げる程に巨大な発電機達の中央に”グレイル”を保管しているポッドが見えた。相当な魔力を放出し続けているのか、赤い稲妻が迸っている。

「ほらあったぞ」

 ベクターは嬉しそうに言った。そして近づいてからポッドを触ると、固さを確かめるようにガラスを叩いてみる。思っていたより強固なものではない。

「どうするつもりなんだ ?」

 イフリートは彼に尋ねた。

「売るか壊すか…ああ、お前は利用したいんだっけ ? 使いこなせるか知らんが。まあ、まずは取り出さんとな」

 そう話した直後、ベクターはガラスを拳で叩き割る。培養液と思われる液体が流れ出るが、濡れるのもお構いなしにベクターはレクイエムを使って”グレイル”を取り出した。

「これが魔具ってマジか…何か感触が、うぇー気持ち悪い。内臓触ってる気分だ」

 気色の悪い感触にふざけながら文句を言いつつ、イフリートの方をベクターは見る。その時、突然”グレイル”が稲妻を迸らせた。それも先程まで保管されていたポッドの中で放出していたものよりも遥かに強烈な勢いで。

「何だ⁉」

 思わず投げ捨てようとした直後、”グレイル”から垂れていた触手がピクリとだけ反応する。そして次の瞬間にはベクターの胸を貫いていた。動揺したベクターの事などお構いなしに次々と触手が伸びては刺さり、やがて丁度心臓がある箇所をかたどる様に全ての触手が突き刺さる。そのまま触手は縮んで行き、やがて”グレイル”の本体がベクターと密着した。

「おい、大丈夫か⁉」

 駆け寄ったイフリートがすぐに引き剥がそうと掴むが、激しい稲妻によってそれを遮られる。手に負った火傷を見たイフリートは、まるで”グレイル”がベクターから離れるのを拒否している様に思えて仕方がなかった。当のベクターは驚く一方で、なぜか苦痛も不快感も無い事を不思議に思ってしまう。平たく言えば「しっくり来る」という感覚であった。まるで手に馴染んでいる財布を持ったり、使い込んだ衣服を身に着けた時に似た心地の良さである。

 ”グレイル”の本体が裂け、牙の生えた口が現れる。そのまま服を食い破りながらベクターの肉体に噛みつき、皮膚や肉を貪りながら体内へと侵入し始める。中で何が起こっているのかは分からないが、胸に出来た穴や口から血が噴き出てくる。痛みはないというのに、体の力が抜けていくのをベクターは感じながら跪いてしまう。やがてベクターはうつ伏せに倒れてピクリとも動かなくなった。

 慎重な様子でイフリートが近づこうとするや否や、ベクターの肉体が痙攣し始める。そして赤い稲妻を迸らせた。思わず目を隠してしまう程の眩い光が発せられた後、凄まじい衝撃波がベクターの体から発せられる。イフリートも吹き飛ばされかける程であった。

「…………ごほっ…ぶはぁっ…おぇっ… !」

 咳き込み、体に残っている物を全て出す勢いで血や嘔吐物をぶちまけ、ベクターは朦朧としながら起き上がる。そして周囲の見回してからへたり込んだ。

「おい、お前…」

 イフリートは慄いた。彼の目が変貌しており、自分と同じ紅い瞳を光らせていた。当の本人はまだ気付いて無いらしく、不思議そうにしながらよろよろと立ち上がる。

「おんなじだ…前と全く」

 膝に突いていたレクイエムを見つめながらベクターは呟く。過去に一度、同じような目に遭った事が彼にはあった。

「おーい !」

 誰かの呼ぶ声が聞こえた後、上から勢いよく何かが落ちてくる。よく見れば飛び降りたらしいリリスが着地をしていた。

「もしかして魔具見つけた…ってあらら」

 何かを察したらしいリリスは、変化しているベクターの目と既に塞がりそうになっている胸に空いた穴の跡を見て言った。

「色々話す事があるのは事実だ。だがまずは祝勝会と行こう。腹が減ったぜ」

 そのまま歩き出すベクターを尻目に、イフリートとリリスは共に複雑な心境を抱えていた。ひとまずは丸く収まったのかもしれないが、それと引き換えに重大な問題を発生させる引き金を引いてしまった。このシェルターにおける一連の騒動が落ち着き始めた今になって、そのような気がしてならなかったのである。
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