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パート6:嵐
第110話 暴走する衝動
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自分でもここまでしていいのだろうかと、ムラセには悩んでいる節があった。こんな土壇場でありながら、なぜ自分が会ったばかりの他人のために囮となり、手痛い屈辱を味わう原因になった相手と再び相まみえているのかと疑問を抱く。やはり手段を間違えたのだろうか。逃げながら妊婦達を護衛し、ホテルで待機している仲間と合流する手もあった筈である。
後悔混じりの疑問が頭の中を駆け巡るが、悪癖によるものかもしれないと自分に嫌気が差す。怒ったりなどして感情が昂ると後先を考えずに行動をしてしまう。そのせいで養父一家とも散々な事になっていた。
もしかすると失望されたくなかったのかもしれない。幾度となく足を引っ張り、ベクター達の後ろに隠れているだけの状態で過ごす自分に対する情けなさ。それが彼女を苦しめつつあった。
母とは違って唯一生きている可能性のある父親を捜すため、こうして自分にとっては未知とも言える世界へ踏み出したにも拘らず、いつまでも他人の助けに縋り続けるとは何故だろうか。運よく助けてもらいながら辛うじて生きては来たが、今後もそうあり続ける保証など無い。現に今でさえ、ベクターが自分に協力をしてくれるのか信じ切れずにいる。
自分自身が決断を必要としていると、ムラセは不意に考えた。このまま周囲に流されて過ごすのでは、一生かかっても納得のいく結果が得られない。自らの意思で進む事をそろそろ覚えなければならないだろう。自分から事態を悪化させておきながら身勝手な事この上ないとは承知である。しかしこの機会から逃げ、仲間に縋ってしまえば一生ベクター達から離れる事が出来なくなってしまう気がした。
ハヤトの外道じみた行為と開き直った態度に対して激情に駆られる傍ら、そういった劣等感に等しい不安に後押しされ、ムラセは武者震いを堪えて相手の攻撃を待つ。
「分かったよ」
応える反面、少なくとも自分より頭一つは小さい目の前の小娘の行動が、ハヤトを心の内で慄かせた。真正面から殴り合って勝てると本気で思ってるのだろうか。以前戦った際に一瞬見せたあの人型のオーラについても思い出したが、彼女が何か秘密を隠している事も考えられる。いずれにせよ、妙な事をする前に殺してしまえば良い。
嘗めてかかっていたその時、ムラセが先に仕掛けて来た。何の混じりけも無く、小細工すら弄しない馬鹿正直な腹へのボディブロー。しかもゲーデ・ブリングによる強化もされている。その衝撃に耐えたハヤトは鎧を纏わせた拳を、躊躇なく彼女の顔面に向けた。所詮は子供、痛みを知ればすぐに自分が甘かったことを理解するだろう。
そんな自分の認識こそが甘すぎた事を直後に分からせられた。倒れてない。拳を引いて血まみれになっているムラセの顔面を見たハヤトだが、口や頭から止めどなく血を流している中で、彼女の明確な殺意の籠った視線は自分を捉えていた。再び彼女の攻撃が、今度は自分の顎に直撃した。脳が揺れ、目の前に火花が飛び散る。威力は衰えるどころか強くなっていた。今度はお返しに彼女の腹をパンチするが、血を吐いたままムラセはハヤトの方を見据えて反撃して来る。
それは端的に言えば根性比べであった。まだ怪我をしていない箇所はどこか、逆にどこに追い打ちを掛ければ苦痛に喘ぐかを、苛烈な殴り合いの中で両者は即座に判断する。そして目に入った血によって真っ赤に染まる視界の中で必死に痛めつけ合っていた。
度重なる攻撃の余波によって周囲の建造物や設置物にも被害が及び始めた頃、既に二人は満身創痍に仕上がっていた。歯は折れ、顔や腕を覆う皮膚が裂かれ、いくらか体内の骨も砕けている。
「標的を確認 ! 総員、直ちに援護に回れ !」
どこぞの誰かがチクったんだろうか。ハヤト側の援軍らしい兵士も現れていた。そろそろ戦意も無くなる頃だろうとハヤトが安堵しかけた矢先、再び彼の頬へムラセの攻撃が入った。ボサッとしてる場合じゃないだろと言わんばかりのタイミングだったが、やはり彼女の体も限界らしい。息が上がり、殴り終わった後の腕をだらりと下げていた。どんな鍛え方をしたのか知らんが、呆れたタフネスだとハヤトは自分の体の心配をしつつ驚く。
一方、言う事を聞かない体へムラセは必死に動いてくれないかと念じていた。仮にハヤトをどうにかしても、すぐに自分は始末されるだろう。だが何の爪痕も残せないのでは只の犬死である。誰か悲しんでくれるだろうか。いや、「勝手な事してくれた上に敵の一人も殺せない役立たず」とでも罵倒されるかもしれない。自己承認欲求とはつくづく恐ろしい。こんな状態でありながら自分が他人にどう思われているのかを気にしてしまう。ムラセはそんな事にばかりに思考を巡らせる主体性の無さを自嘲した。大事なのは自分にとってどうなのかである。
再び攻撃をしようとするが、今度はハヤトに拳を受け止められてしまう。
「もう良いだろ…」
拳を握力で破壊しようとしながらハヤトは言った。抵抗はおろか痛みに悶えて叫ぶ体力も無い。音を立てて砕ける骨の感触をムラセは味わいつつも、このまま終わるのだけは嫌だと必死に睨む。闘争心だけはまだ残っている事にハヤトは感服するが、空いている腕で最後の攻撃を放った。格下として見下すわけでもなく、ましてや強敵として恐れるわけでも無い。妙に晴れやかな気分さえあった。戦いであるにも拘らず彼は満ち足りていたのである。
そしてハヤトのパンチがムラセの頭蓋骨を破壊しようとしたその時、彼女の体に稲妻が走った。直後に人型のオーラが出たかと思えば、ハヤトによるトドメの一撃をあっさりと受け止める。一瞬の出来事だった。
「…あ ?」
自分の拳に纏わりついている実体のない何かによって、動きが封じられたハヤトは困惑した様に声を漏らす。だが人型のオーラがもう片方の手で何かをしようと動いた事で全身に鳥肌が走った。再び自分の身に、それも今までとは比べ物にならない程に強烈な危険が迫っている。
何かしなければと思った頃には、オーラによる攻撃が自身の頭部へ直撃していた。動きからしてパンチなのかもしれないが、頭に衝撃が走るとそのまま吹き飛ばされる。自分がとんでもない何かを目覚めさせてしまった事を、必死に起き上ろうと叩きつけられた地面で藻掻きながらハヤトは理解し、恐れ始めていた。
後悔混じりの疑問が頭の中を駆け巡るが、悪癖によるものかもしれないと自分に嫌気が差す。怒ったりなどして感情が昂ると後先を考えずに行動をしてしまう。そのせいで養父一家とも散々な事になっていた。
もしかすると失望されたくなかったのかもしれない。幾度となく足を引っ張り、ベクター達の後ろに隠れているだけの状態で過ごす自分に対する情けなさ。それが彼女を苦しめつつあった。
母とは違って唯一生きている可能性のある父親を捜すため、こうして自分にとっては未知とも言える世界へ踏み出したにも拘らず、いつまでも他人の助けに縋り続けるとは何故だろうか。運よく助けてもらいながら辛うじて生きては来たが、今後もそうあり続ける保証など無い。現に今でさえ、ベクターが自分に協力をしてくれるのか信じ切れずにいる。
自分自身が決断を必要としていると、ムラセは不意に考えた。このまま周囲に流されて過ごすのでは、一生かかっても納得のいく結果が得られない。自らの意思で進む事をそろそろ覚えなければならないだろう。自分から事態を悪化させておきながら身勝手な事この上ないとは承知である。しかしこの機会から逃げ、仲間に縋ってしまえば一生ベクター達から離れる事が出来なくなってしまう気がした。
ハヤトの外道じみた行為と開き直った態度に対して激情に駆られる傍ら、そういった劣等感に等しい不安に後押しされ、ムラセは武者震いを堪えて相手の攻撃を待つ。
「分かったよ」
応える反面、少なくとも自分より頭一つは小さい目の前の小娘の行動が、ハヤトを心の内で慄かせた。真正面から殴り合って勝てると本気で思ってるのだろうか。以前戦った際に一瞬見せたあの人型のオーラについても思い出したが、彼女が何か秘密を隠している事も考えられる。いずれにせよ、妙な事をする前に殺してしまえば良い。
嘗めてかかっていたその時、ムラセが先に仕掛けて来た。何の混じりけも無く、小細工すら弄しない馬鹿正直な腹へのボディブロー。しかもゲーデ・ブリングによる強化もされている。その衝撃に耐えたハヤトは鎧を纏わせた拳を、躊躇なく彼女の顔面に向けた。所詮は子供、痛みを知ればすぐに自分が甘かったことを理解するだろう。
そんな自分の認識こそが甘すぎた事を直後に分からせられた。倒れてない。拳を引いて血まみれになっているムラセの顔面を見たハヤトだが、口や頭から止めどなく血を流している中で、彼女の明確な殺意の籠った視線は自分を捉えていた。再び彼女の攻撃が、今度は自分の顎に直撃した。脳が揺れ、目の前に火花が飛び散る。威力は衰えるどころか強くなっていた。今度はお返しに彼女の腹をパンチするが、血を吐いたままムラセはハヤトの方を見据えて反撃して来る。
それは端的に言えば根性比べであった。まだ怪我をしていない箇所はどこか、逆にどこに追い打ちを掛ければ苦痛に喘ぐかを、苛烈な殴り合いの中で両者は即座に判断する。そして目に入った血によって真っ赤に染まる視界の中で必死に痛めつけ合っていた。
度重なる攻撃の余波によって周囲の建造物や設置物にも被害が及び始めた頃、既に二人は満身創痍に仕上がっていた。歯は折れ、顔や腕を覆う皮膚が裂かれ、いくらか体内の骨も砕けている。
「標的を確認 ! 総員、直ちに援護に回れ !」
どこぞの誰かがチクったんだろうか。ハヤト側の援軍らしい兵士も現れていた。そろそろ戦意も無くなる頃だろうとハヤトが安堵しかけた矢先、再び彼の頬へムラセの攻撃が入った。ボサッとしてる場合じゃないだろと言わんばかりのタイミングだったが、やはり彼女の体も限界らしい。息が上がり、殴り終わった後の腕をだらりと下げていた。どんな鍛え方をしたのか知らんが、呆れたタフネスだとハヤトは自分の体の心配をしつつ驚く。
一方、言う事を聞かない体へムラセは必死に動いてくれないかと念じていた。仮にハヤトをどうにかしても、すぐに自分は始末されるだろう。だが何の爪痕も残せないのでは只の犬死である。誰か悲しんでくれるだろうか。いや、「勝手な事してくれた上に敵の一人も殺せない役立たず」とでも罵倒されるかもしれない。自己承認欲求とはつくづく恐ろしい。こんな状態でありながら自分が他人にどう思われているのかを気にしてしまう。ムラセはそんな事にばかりに思考を巡らせる主体性の無さを自嘲した。大事なのは自分にとってどうなのかである。
再び攻撃をしようとするが、今度はハヤトに拳を受け止められてしまう。
「もう良いだろ…」
拳を握力で破壊しようとしながらハヤトは言った。抵抗はおろか痛みに悶えて叫ぶ体力も無い。音を立てて砕ける骨の感触をムラセは味わいつつも、このまま終わるのだけは嫌だと必死に睨む。闘争心だけはまだ残っている事にハヤトは感服するが、空いている腕で最後の攻撃を放った。格下として見下すわけでもなく、ましてや強敵として恐れるわけでも無い。妙に晴れやかな気分さえあった。戦いであるにも拘らず彼は満ち足りていたのである。
そしてハヤトのパンチがムラセの頭蓋骨を破壊しようとしたその時、彼女の体に稲妻が走った。直後に人型のオーラが出たかと思えば、ハヤトによるトドメの一撃をあっさりと受け止める。一瞬の出来事だった。
「…あ ?」
自分の拳に纏わりついている実体のない何かによって、動きが封じられたハヤトは困惑した様に声を漏らす。だが人型のオーラがもう片方の手で何かをしようと動いた事で全身に鳥肌が走った。再び自分の身に、それも今までとは比べ物にならない程に強烈な危険が迫っている。
何かしなければと思った頃には、オーラによる攻撃が自身の頭部へ直撃していた。動きからしてパンチなのかもしれないが、頭に衝撃が走るとそのまま吹き飛ばされる。自分がとんでもない何かを目覚めさせてしまった事を、必死に起き上ろうと叩きつけられた地面で藻掻きながらハヤトは理解し、恐れ始めていた。
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