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パート3:争奪

第59話 悩みの種

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「ギャハハハハ‼あんた負けたの⁉ガキ二人相手に⁉」

 少し外の空気を吸いたくなったムラセがトレーラーを降りようとしていた頃、その荷台でリリスが腹を抱えてはしゃいでいた。握りしめていた薬用アルコールの瓶は案の定だが空になっている。

「…黙れ」

 バツが悪そうにイフリートは言い返すが、論点になっている「ベクターとムラセに負けた」という点については何も言わなかった。その態度が尚更リリスの嗜虐心に火をつける。

「あー、否定はしないんだ ! ヤバい、腹痛い ! 魔界だとあんなにイキってた癖に」

 転げるようにして寝っ転がり、彼女は笑い疲れた様子で言った。随分と上機嫌な彼女の傍らには、食事を済ませて少し引いたような不安を表情に浮かべるジョージと、彼女に同調するかのように笑みを浮かべて眺め続けるベクターもいる。

「ガキって言うけど、アンタ歳は ? 」
「ふふ~ん。当てて御覧なさ~い」

 ジョージが訝しそうに尋ねるが、荷台に寝っ転がっていたリリスは膝枕でもして欲しいかのように胡坐をかいているジョージの足へ頭を近づけた。無気力さを感じるだらけ切った態度だが、どこか挑発的な目で彼を見ている。気が付けば彼の足を枕にして下から顔を覗き込むような態勢になっていた。ベクターはニヤニヤしながら「ほら予想しろよ」とおだてている。彼女の事はともかく、イフリートの見た目からして自分やベクター達と同年代はあり得ない。そしてそんなイフリートよりも年上だというなら相当な年齢だろう。

「えっと…」
「お、何か分かった ? 」
「五十八…とか…」
「ん~、残念。数字も桁も違う」

 面倒くさそうにジョージは答えるが、彼女は軽く唸りながら不正解を告げる。

「じゃあヒント上げちゃおうかな~…ほらっ」

 そう言うとリリスは突然、彼の手を掴むとそのまま自分の頬を触らせた。

「ちょっ…⁉」
「大丈夫、恥ずかしがらずに。意外と触った時の張りとか、たるみ具合で分かる物でしょ。遠慮しなくていいから。たとえばさ、こんな所でも…」

 戸惑うジョージを余所に、リリスは掴んだ手をそのまま自分の体の上で滑らせる。やがて凄まじい力で掴まれている手が彼女の胸の辺りに差し掛かろうとした時、砂利を踏みしめる足音が聞こえたかと思えば、唐突にムラセが顔を出した。

「皆で何を話してるんですか ? 」
「おお、ムラセ」
「怪我はもう良いのか ?」
「さっきよりはだいぶマシになりました」

 全く事情を知らない彼女がベクターやイフリートと話している隙に、顔が熱くなるの感じていたジョージはサッとリリスから手を引っ込める。「意気地なし」と小声で揶揄い、リリスは起き上がってからムラセに手を振った。

「やっほ。一緒に話す ? 」
「あ、何か気を遣わせてすいません…って全部飲んじゃってるじゃないですか」
「ああ、ごめん」

 誘いを受けてよじ登るムラセにリリスは手を貸すが、アルコールの瓶が空っぽになっている事を突っ込まれてしまう。あまり誠意を感じられない軽い謝罪をしている彼女を見ていたベクターは、当初の警戒心がすっかり無くなってしまっていた事をここに来て自覚した。

「しかし、たまげたぜ。てっきりアンタの弟みたいに俺の左腕を盗りに来たものかと」
「え ? 」

 こちら側も随分誤解していたとベクターは話を切り出すが、リリスは困った様な顔をして反応した。ベクターはイフリートから聞いたいきさつを話し、自分の左腕に寄生しているレクイエム欲しさにこちらの世界を訪れたのではないかと、当初していた憶測を一通り話す。全て聞き終えた後に、リリスは少し困った様な顔をして頭を掻いた。

「ああ~…それはあながち間違いじゃないんだけど…雑に言うなら別にレクイエムが欲しいわけじゃないんだよね。私の場合」

 ベクターに説明しながらリリスは荷台の柵に寄りかかった。

「どうして ? 」
「まず現状分かっている点として、レクイエムの製作者はオルディウス自身って部分がある。作った目的やそれを現世に保管していた理由は分からないけど、倒して吸収したデーモンの力を手に入れられるなんて間違いなく悪用される。うっかり奴の手に渡ったら止めようがなくなるし、破壊してしまった方が都合が良いの」
「あんたもイフリートと同じように、そのオルディウスとやらに陰ながら抵抗しようとしてる訳か」
「まあね。だけど抵抗しようとしてる奴らも一枚岩じゃなくてさ。私がいる派閥みたいに『レクイエムを始めとしたオルディウスが開発した魔具をまず破壊しておくべきだ』って所もあれば、『むしろこちら側が利用してやるべきだ』って言い出してる集団もいる訳。もう滅茶苦茶、統率が取れない」

  彼女はそこまで言い切ってからイフリートの方を見る。相変わらず不愛想な態度でリリスに背を向けていた。

「…全て破壊し終える前にオルディウスの奴が支配しちまうだろうな」

 イフリートもようやく口を開き、皮肉めいた事を言い出した。

「どうせ魔具を使って今度は自分達が奴に取って代わろうって魂胆でしょ ? それじゃ何も変わらないの。誰かが出し抜くなんて事が無いようフェアに行かなきゃ。それに、自分が作った魔具を利用されるのを見越して、何か仕込んでる可能性だってある」

 リリスも少し不機嫌そうに言い返し始めた。先程の穏やか且つ気さくな雰囲気が少しづつだが消え始めている。

「ふん、だが現に何の副作用も無く使いこなしている奴がいるだろう。おまけに人間と来たもんだ」

 イフリートが勝ち誇ったようにベクターについて指摘しながら反論する。

「まあ、副作用については心当たりが無いってわけでも無いが…それより予定が狂ったって言ってたろ。詳しく話してくれ」

 正直お前等の事情は知った事ではないと、ベクターは話題を切り替えるためにリリスが言っていた言葉の真意を聞き出そうとする。リリスも溜息をついて話を始めた。

「本当の予定だったら、レクイエムをあなたから引き離した後で処分するつもりだった。ただ…言いにくいけど、思ってる以上にあなたの体に馴染んでるみたいでね。あなたの持つ生命力まで共有している状態になってる。一心同体って言うのかな ? 」
「それってつまり… ? 」
「ほぼ間違いなく、レクイエムを破壊したらあなたが衰弱して死ぬ」
「オイ嘘だろ…」

 リリスがあっさりと告げた自分の現状に、ベクターは思わず動揺しながら空を仰いだ。

「まあ、他にも色々事情はあるけど…とりあえずもう少し様子を見たくなった。ただ問題があってさ~」

 言葉を濁しつつ彼女は背伸びをしてからベクターへ視線を向ける。嫌な予感がした。

「滞在したいのは良いけど、住む場所無いんだよね」
「…また食い扶持を増やせってか ? 」
「ええ~。頼まれればちゃんと働くよ ? それに色々知りたい事あるんじゃない ? 他の魔具についてとか。出来る限りなら何でも答えてあげるし」

 ベクターは意見を聞きたくなったのか、ムラセとジョージの方を見るが揃いも揃って何も言わずに肩を竦めるばかりだった。イフリートにも呆れながら「勝手にしてくれ」と言い切られ、尚更自分に責任が圧し掛かるのを強く感じる。

「…検討はする」
「うわ逃げた」
「いきなり言われても困るに決まってんだろアル中女」

 やらなければならない事が多すぎてすぐには結論を出せないと、ベクターは一考はしておくとして誤魔化そうとする。そんな彼へリリスは不服そうに文句を言ったが、当たり前だろとベクターは煽り返した。そして再び権力を使うしかないとフォード支部長への釈明を頭の中で必死に考えつつ運転席の方へ向かっていく。
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