怨嗟の誓約

シノヤン

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5章:鐘は泣いている

第161話 騙し討ち

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 ほぼ焦げているのではないかと見紛うほどに黒く焼け爛れたトカゲを、気乗りしない者達を尻目にルーファンは口に入れていく。いつも通りではあるのだが、彼はあまり食事を楽しもうとしない。楽しめるような物を口に入れる機会がほとんどないというのもそうだが、大して会話もせずに無言で貪り、終わった後は再び立って周囲の警戒に入る。休憩という言葉について、通常の人間と彼との間にはどうも差があるようだった。

 しかし今日はいつにも増して早く済ませ、剣を鞘ごと掴んで担ぎ直した上で辺りをウロウロと散策し、目の届く範囲にいる仲間の方を時折見て来る。明らかに敵意を警戒していた。若干霧も立ち込め、周辺の景色が薄がかった白濁と化している。

「ルーファン、余計な体力使っても仕方ないぞ」

 このまま離れすぎるのは危険だ。見かねたジョナサンがルーファンに呼びかけるが、返事はおろか顔を向ける事さえしない。その代わりに、彼はゆっくりと剣を抜いて、何かから隠すように自らの体の前面に携えた。腰を少しだけ低くし、目とわずかな首の動き以外は微動だにもしていない。

 何をトンチキにやっているのか。やせ我慢をしているだけで本当は飢えており、とうとう頭がおかしくなったのか。本音を隠しながらもジョナサンが呼び戻そうと立ち上がりかけるが、ルーファンがすぐに彼の方を見つめてきた。言葉こそ無いが、その凝視してくる強い眼差しと、左手人差し指をゆっくり口に当てて見せた事でようやく分かった。彼は何かを狙っている。何事かと思った一同に対しても、ジョナサンは同じ様にポーズを取って「ルーファンがそうしろと指示してきた」と伝え、中腰になったまま彼の方を窺う。ルーファンの方にはまだ動きが無い。

波打てウェタ・ダヒ

 <大地の流派>にある魔法を唱え、足で地面を叩いて周辺を僅かに震えさせる。やがて何かに気付いたのか、小さく呼吸をして心を落ち着かせる。

「…宿れドウェマ・ネト 」

 ルーファンが小さく呟いて、闇を剣に憑依させる。その刹那、霧の中から敵意・・の正体が姿を見せた。蛇である。ルーファンの頭へと飛び掛かり、丸呑みにしようとする巨大な蛇。鳴き声を耳にしたルーファンは間一髪で屈み、続けざまに下顎へ剣を突き刺した。

 悲鳴を上げるその蛇だが、あまりにも奇妙な体色をしている。霧に掛かっている肉体部分と地上に面している肉体部分で色が異なっているのだ。持ち上げた上体部分は霧と同じ様に白く、一方で地面に面している部分は緑と褐色が複雑怪奇に入り乱れた模様であり、気を抜こうものなら見間違えてしまう程に周囲の景色とよく似ている。そして信じられない事に、体が悶えるたびに周辺の環境に合わせて色が変わっていく。

「オーヒニドだ !」

 ジョナサンが叫んだ。オーヒニドと呼ばれる大蛇ではあるが、れっきとした魔物として扱われている生物であり、高い知能を持っているとされている。どういうわけか人間の様な豊かな表情を持つ生物を優先的に襲うとされており、一説にはただの捕食ではなく、娯楽として狩りを楽しんでいるのではないかと推測されるなど、残忍かつ狡猾な気性を持ち合わせていた。

 絶好のおもちゃ及びエサだと思っていた相手からの逆襲に、オーヒニドはパニックになって暴れ出し、その力の凄まじさからルーファンも剣から手を滑らせて吹き飛ばされた。水気のある草のを上を転がりながら態勢を整えた瞬間に、オーヒニドがこちらへ向かって来る。鳴き声からして苛立たっている様だった。だが、その突進はすぐに止められてしまう。我先にとフォルトが飛び出し、オーヒニドの尻尾を掴んで自分の方へと引っ張り寄せていた。

「そのまま抑えてろ !」

 地中から岩で生成された槍を召喚したルーファンが、投擲のために構えて叫んだ。

灼熱よ包めフレム・カークロ

 そして<炎の流派>の力によって槍に炎を纏わせ、全力で放った。顔ではなく胴体に刺さってしまったが、それでも上出来である。そのままルーファンは銃の如く指を構え、オーヒニドを睨みながら一言だけ呪文を唱えた。

爆ぜろボ・ガードン

 その呪文の直後、槍の炎が煌めき、膨張し、やがて爆発した。胴体と頭が衝撃によって千切れ、焼き焦げた断面を見せつけたまま地面に転がっており、辺りには火の粉が散って小さく煙と火が上がっている。しかし間もなく、アトゥーイが<水の流派>の魔法によって消化した。

「…一体いつから気付いていたんです ?」

 アトゥーイが大蛇の死体を見ながら、近寄ってきたルーファンに行った。

「密林に入って一日目の夜だ。ジョナサンが事前に準備してくれた資料のお陰で気付いた。明らかに獲物として獲れる動物が情報よりも少なくなってる上に、見つけたと思っても既に殺されてばかり。誰かが先回りしているのかというくらいに頻繁に、それも見せつけるような形で目立つ場所に死骸が置かれているのがおかしいと感じた」

 ルーファンは虚ろな目をしているオーヒニドの頭を脚で小突く。

「稀に現れるらしいオーヒニドとやらが、獲物を見定めたうえで執拗に嫌がらせをして、衰弱するのを眺める習性があるという話は聞いていたからな。だから誘いに乗ってやった。皆には悪い事をしたが、何日間も粗末な食い物でまともに休息を取れていない風を装い、わざと集団からはぐれた。狩りをする生き物が真っ先に狙うのは、決まって群れから孤立した個体だ」

 だからああしてわざと仲間から離れたのか。アトゥーイを含めた他の者達はそこでようやく納得したが、わざわざ単独で実行に移すルーファンの行動には若干引き気味であった。毎回思うが、どうして一言も相談せずに突っ走ろうとするのだろうか。

「それなら教えてくれても良かったのに」
「すまない。弱ったふりをするという戦法が通用するのかを単純に確かめたかった。次からは気を付ける」
「…そういうとこだよ」

 どうも反省するポイントがズレている事がフォルトは不満であった。そもそも気付いた段階で全員で仕留めればいいだろうに。もしかするとこの男の天職は、兵士というよりも学者なのではないだろうか。

「それよりジョナサン、これは食えるのか ?」

 ルーファンはしゃがみ込んで死体を改めて拝見する。ジョナサンは図鑑を引っ張り出してから、有益な情報が掲載されてないかと探し出したが、それよりも先に物音がした。

「やめておけ。砂の付いた濡れ雑巾みたいな味がして食えたもんじゃないぞ。経験者である俺が言うんだ。間違いない」

 雑木から人影が飛び降りたかと思えば、馴れ馴れしく近づいてくる。片手にはライフルを担いでいた。緑色の薄汚れた軍服を身に纏っており、体格と声からして中年の男であると分かった。肌は褐色で、額や僅かに口元に皺がある。

「誰だお前は ?」

 ルーファンが死骸から剣を引き抜いて相まみえるが、相手の男は首を横に振って戦う意思が無い事を示し、ジョナサンを指さす。

「賄賂をやるから迎えに来いって、どこぞのブン屋にせがまれてな。そしたらまさか…オーヒニドをぶっ殺せるバケモンまで同行してるとは」
「アンタが内通者か。魔法は使わないのか ?」
「ああ。残念だが、ウチの国じゃもう魔法を使える奴なんてほとんどいない。いや…それも明日には消えてもおかしくない。風前の灯火ってやつだよ。魔法使いがわんさかいた頃には、オーヒニドなんかビビる必要も無かったのにな」

 ルーファンに尋ねられた男は物悲し気にオーヒニドの死体を見たが、やがて背を向けて歩き出す。

「来な。粗末な飯で良けりゃもてなしてやる。救世主さんよ」
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