怨嗟の誓約

シノヤン

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4章:果てなき焔

第132話 ここが正念場

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「いや~、しかし仮にも一国の行政のトップとはいえ、ここまで無駄に豪勢な執務室は必要なのでしょうか。ねえ ? 豪遊好きで有名なビルセイス・ミワカ首相殿。おまけに…財務大臣や経済産業大臣、その他諸々の大臣方はどこへ ? 忙しい身というのは分かりますが、彼らの耳にも入れておきたいというのに…」

 結局、ジョナサン達が案内されたのは首相の執務室であった。応接用のテーブルには同伴した大臣たちが座り、せわしなく部屋を物色するジョナサンへ渋い顔をするが、サラザールが自分達を睨んでいる姿を見て慌てて顔を背ける。

「外務大臣。あれが留学時代のあなたの同期というは本当ですか ?」

 若い男の大臣が彼女へ問いかけた。

「その通りですとも。ホアス・バロジ文部大臣」
「し…知っているのですか。僕の事を」
「ええ。父上の威光の下で生まれ育った、キシャラ・タナトゥ外務大臣に負けず劣らずの七光り息子だと。若くして政界に殴り込む度胸、政治家にしては中々の甘いルックスは高く評されている反面、度々スキャンダルを起こしているそうですな。モテる男というのは、それはそれでさぞかし困りものでしょう」
「うっ…」

 ジョナサンは素早く反応し、若い大臣へ皮肉を伝える。反論の余地がないのか、しまいに彼は黙りこくってしまった。

「随分とよくお調べになってますね、カロルス殿」
「私の苗字を間違えないでくれた事には感謝しますよ。ノミタ・ヤーカム保健大臣殿。貧民にも医療を受けられるようにと、簡易診療所を国の各地に開設しようと提案はしたものの、それによる税金の徴収に反発した国民から総スカンを喰らい、最近はすっかり大人しくなっているとね」

 老齢の女性大臣に呼びかけられても尚、ジョナサンは飄々と自分の下調べによって得た知識をひけらかす。あなた方の事などお見通しだと言わんばかりであり、初対面の人間相手にしようものなら間違いなく今後の交際を断られるだろう。だが、政治家と対峙しているという点もあってか、彼は少々強気だった。どんな理屈かは知らないが、人間というのはたとえ格上であろうと、やり返してこないと分かっている相手にはめっぽう強気になってしまうのである。

「まさか、そんな下らん過去のいざこざを直接我々に言うために来たんじゃないだろうな ?」

 禿げ頭の大臣が彼を睨んだ。

「おおっと、滅相もありません。えーっと…ああ、部下へのパワハラと家庭における恐妻家でお馴染みのノコネル・マロウス防衛大臣。自宅での鬱憤を部下にぶつけるのは感心しませんよ。ところで、最近三人目のお子さんが生まれたそうですね。おめでとうございます。何だかんだ、アツアツなようで」
「…黙れ」

 あまりの剣幕に少し物怖じしたが、それでもジョナサンは減らず口をやめない。挙句の果てに呆れられてしまっていた。無駄話の長さといい、やたら好戦的な性格といい、政治家向きの人間だとその場にいた誰もが思ったに違いない。

「さて、本題はここまで。私は新聞社の人間でして、少なくともこの場にいる誰よりも、鴉とリミグロンの情報についてはそれなりに状況を把握しているつもりです。彼女…サラザールは鴉の相棒であり、ついこの間までは戦場にいました。しかし、こうして私を介してお伝えしたい事があるそうです。聞きかじった情報だけでも、確かに緊急且つ重要なものだと思いまして、この度一緒に現れた次第です。首相殿…改めて、ご無礼をお許しください」

 ジョナサンは深々と首相へ頭を下げる。いけ好かない上に胡散臭い男だが、こうして現れた以上は耳を傾ける価値はあるかもしれない。予断を許さない戦況である以上、情報を聞かずして追い返すというのも後が怖かった。

「何が起きたのかね ? 何にしろ先の戦は、ひとまず勝ったのだろう ?」
「どうだか…ってのも―――」

 首相の質問にサラザールは応じ、これまでのリミグロンの動きとは明らかに違うという事や、ルーファン・ディルクロ…もとい鴉は彼らの動きに不信感を抱いており、罠である可能性を見出しているという事を伝える。

「…以上を踏まえた上で教えて欲しいんだけど、何か今日の議会でおかしいと思った事は ? 軍から臨時の連絡が入った後で」

 サラザールからの問いに、全員が驚愕したように黙り込む。その場にいた者達は皆、ある一点が気になりだしたのだ。よほどの馬鹿でも無ければ分かる議会での異変。それを一斉に思い出し、続けて同じタイミングで互いの顔を見合う。

「…反戦派の議員たちだ」
「どういう事です ?」

 バロジ文部大臣のつぶやきに対し、ジョナサンは鋭い目つきで反応した。 

「戦況の報告を聞いた反戦派の議員たちが、いきなり主張を変え始めたんです。それまで、戦を止めて交渉をすべきだと言っていたのに、いきなり短期決戦で終わらせるためにありったけの戦力を投入すべきだと…」
「こちらの出方によって、奴らが主張をコロコロ変えるのは今に始まった事じゃない。だが、議論の最中にさえ真逆の意見を言い出すというのは…確かに今まで無かったかもしれんな」
「やはり…お二方もそこが不思議でしたか。かくいう私もです」

 バロジ、マロウス、そしてヤーカムの三人が口々に言い合う。確かにおかしい。議会における発言は、結論そのものを政府の見解という形で公式の記録として残す必要があるからか、事前に質問と回答を法や情勢を踏まえて擦り合わせる物である。にも拘らずこの驚きよう。恐らく想定していなかった言動だったに違いない。キシャラ・タナトゥだけは暫く黙っており、やがてジョナサンの方を見た。

「…この話は、他の議員たちには伝えたのかしら ?」
「一応アポを取ってみようとはしたが、この国の新聞社連合の記者達に締め出された。「余所者はすっこんでろ」ってね。馬鹿の一つ覚えみたいに報道の自由を唱える癖に、既存権益を守るためなら平然と他人に不自由を強いるんだぜ。笑っちゃうだろ。まっ、インタビューしたかっただけだし、最初から全部教える気なんてなかったよ。僕もサラザールも、彼らの事が怪しいと思ってたから」
「議員たちが裏切り者だというのですか⁉あり得ない !」

 ジョナサンとタナトゥの会話が行われた直後、いきなりバロジ文部大臣が憤った。だがすぐに我に返ったのか、呆気にとられた周りを見てすぐに詫びを入れてから再び席に着く。

「し、失礼しました。確かに彼らは主義主張は我々とは異なっています。しかし、だからと言って、この国のために働いている気持ちが偽りだと仰るのは…その…あまりにも…」
「酷と、言いたいのですかな ? かーっ、素晴らしい御友人や家族に囲まれ、悪意とは程遠い美しい環境で、さぞかし立派な教育を受けて幸せに満ちた人生を送って来たんでしょうな。羨ましい事です。皆が皆、あなたのような人間ならパージット王国は滅ぶことも無かったでしょうに」
「な、何だと… !」
「社会というのは、人間が作る以上どうやっても腐りやすいものです。ほんの僅かな悪意さえあれば、簡単に基盤そのものを破壊できてしまう。人間の善性など、悪意と欲望の前にすれば吹き飛び、これは善行だから問題ないと偽る事さえ出来てしまう。それを忘れてはいけませんよ。自身が力を持つ人間だというなら猶更です」

 ジョナサンの言葉に対し、バロジ文部大臣は不服そうにするしかなかった。たかがやブン屋風情が何を言っているのかという、どこか見下した様な感情が彼にあった。ジョナサンもそれについては分かり切っており、それでも尚だからどうしたという考えを貫いていた。

 行き過ぎた警戒も考え物だが、権力を持つ者が無防備且つ思慮の足りん者になってしまえば、結局損をするのは国と民なのである。パージットの二の舞になってしまう国が現れ、侵略が正当化されるような事があっては、秩序を信条に築かれた人間社会の敗北を意味するのだ。

「…出方を見る必要があるか」

 首相が重々しく口を開いた。

「何をする御つもりですか…⁉」

 バロジ文部大臣場は驚いたが、首相は険しい顔つきのまま彼を見て頷く。覚悟を決めてしまっていた。

「あくまで準備にとどめる。だが、すぐに進軍及び戦闘が行えるよう全軍に待機命令を出し、同時に国内の拠点や避難施設の備蓄の確認も並行して行う。そして、それらをわざと報道させろ。情報が出回り次第、議員たち…更に後に控えている選挙の立候補者も含めて探りを入れてくれ。諜報については国務大臣に任せる様に私から言っておこう。諸君らも、何か情報が入り次第私に伝えてくれて構わない。昼夜問わずだ。それと、今この場での会話は後に各省庁の最高責任者たちにも知らせるが…内密に頼む。もし反戦派や民間へ漏洩する事があれば、次は君たちが疑われる番だという事を忘れないでくれ。そこについては、私も同じ立場だ」
「はっ!!」

 首相の指示に一同はただちの了解の返事をし、ジョナサンとサラザールもそれを眺めてひとまずは余計な心配はしなくて良さそうだと安堵する。そして、また執務用の机に向かって座っていた首相の前に立った。

「首相殿、折り入って別件で頼みがあります。この国に保管されている<創世録>の壁画と、過去の外交に関する資料を閲覧する許可を頂きたい。リミグロン、そして彼らに通じている者達の動機が…歴史の中に隠されている可能性があるのです」
「それでしたら私とタナトゥ外務大臣の管轄です。すぐ部下に手配させます」
「ええ、私も異論はありません」

 ジョナサンの要求に対し、バロジ文部大臣がすぐに応答した。タナトゥもまた、嫌がる事なく頷いて彼の方を見る。

「よし…諸君。直ちに取り掛かってくれ」

 ここが正念場だ。首相はそう決意を固めるように深呼吸を一度行い、老いていながらも尚、威厳のある声で命じた。
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