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3章:忘れられし犠牲
第96話 帰投
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「調べるというのはまさか…」
「ああ。化け物の体を解剖する」
「あまりにも危険です。こやつの体から溢れる体液で肉体を溶かされた死体を見ました。恐らく強力な酸でしょう…下手な真似をすれば肢体を失う事になる」
化け物の死体を調べたかったルーファンだが、長は彼を止めようと必死だった。得体が知れない物へ迂闊に触れ、取り返しがつかない事態に陥ってしまえばいよいよ自分にとっての希望を失う事に繋がる。それだけは何としても避けたかったのだ。
「大地の鎧、顕現せよ」
だがルーファンには諦めるつもりが一切無い。すぐに<大地の流派>の呪文を唱え、岩の鎧を形成して身に纏って見せた。重すぎて機動力を大幅に削がれるとは言っても、全く動けないというわけでは無い。戦う必要が無い局面で、身を守る物が必要という現在の状況なら好都合だろう。
「酸をどこまで防げるかは分からないが、暫くはこれで耐えられる筈だ…使わなくなった武器を集めてくれないか。それを使って体を切開してみる」
一応不安自体は感じている事を口から漏らし、ルーファンは死体に近づいて頸椎らしき箇所を指でなぞる。そして剣を突き立てて、縦に捌き始めた。
「ッ… !」
音を立てながら酸性の体液が肉体から湧き水の如く零れ出す。ガスが漏れているかのようなシュウシュウという音が死体から聞こえ、鼻が曲がりそうな強烈な酸っぱい刺激臭がした。顔をしかめつつ何とか肉と皮膚を切り裂き、鎧を纏った腕を突っ込んでみる。
やがて赤黒い内臓や、その内臓の中に取り残された半魚人の死体に吐き気を催しながらも次に怪物の頭部を切断した。だがその頭部の皮を剣で剥いでいる内に、ルーファンはなぜか一度距離を置く。
「いや、そんなバカな…」
何か予想外の結果を見て面食らった皮のように独り言を呟くが、やがて切断してかを剥いだ頭部を再び観察した。触手があちこちに生え、それらで完全に覆われて分からなかったが化け物の頭部には確かに眼窩や鼻骨と思わしき箇所、更には歯が一本も無くなっている顎などが確認できる。嫌な予感がし始めた。
「誰か火を持ってきてくれ !」
ルーファンが叫ぶと、間もなく半魚人の民の一人が火種を使って焚火を起こす。ルーファンはその中に化け物の頭部を放り込み、暫くしてから取り出した。
「こ、これは…」
「どういう事 ?」
「ルーファン、まさかとは思いますが…」
長やサラザール、アトゥーイが口々に混乱し、慄いた。かなり奇妙な形に変形こそしているが、そこに見える面影は確かに人間の物と思われる頭蓋骨だったのだ。
「こいつらは…いや、彼らは…人間だったんだ」
ルーファンはそっと頭蓋骨を置き、やがて岩の鎧を解除してから近くの地面に腰を下ろした。気分を害しそうなものを立て続けに見てしまったせいで若干参っていたのだ。
「もしリミグロンが差し向けたとするなら、この悍ましい生物を生み出したのもリミグロンという事になりますね」
「証拠は無いけどね…でも確かにあいつらならするかも。水中からの襲撃が行える兵器なんて欲しがらないわけがない」
アトゥーイとサラザールがリミグロンへの関与を前提に仮説を立てる。ミノタウロスや巨人といった生物を利用した兵力を持っている事は確認済みである。ならば他の局面を想定した力を欲する可能性は大いにあるだろう。
「…長、俺は今からリガウェール王国に戻る」
ルーファンは唐突に言い出した。
「い、今からですか ?」
「ああ。俺の知り合いに人脈が妙に豊富な新聞屋がいてな。彼の情報網ならこの化け物たちの事をもっと詳しく調べられる筈だ。そこで提案だが、君たちも王国に避難すべきじゃないか ? 地上なら物資も人手もある。海中でさえ襲撃される状況なら、逃げ場がある分地上の方が安全だろう」
「しかし…我々は…」
ルーファンの提案に長は迷いを見せた。確かに安全なのかもしれないが、いきなり自分達が押しかければ間違いなく国の人々はいい顔をしないだろう。未知の敵による襲撃とは別の不安が彼らにはあったのだ。
「大丈夫だ。俺が先に地上へ向かって人々に事情を話す。何より俺の仲間もいるんだ。アトゥーイとも顔見知りになっている以上、邪険には扱わないだろう。何より俺がさせない。あなた方は余所者である俺を危険を冒してまで受け入れてくれた。ちゃんと恩返しはする」
「…分かりました。生き残っている者達を把握した後に、我らも後を追いかけます。化け物たちの死体もその際にお運びしましょう。調べるならば実物が必要でしょう」
「感謝する」
手をこまねいていた長の躊躇いを無くそうとルーファンが説得した末に、長もようやく決心してからルーファンへ答える。ルーファンも礼を言ってから長の肩を叩き、すぐにタナがいる方へと走って行った。
「タナ、すぐに地上へ戻る。もう一度合体が出来るか ?」
「は、はい……」
ルーファンは急かすように彼女に詰め寄り、彼女もこれといって拒否する事は無かったがルーファンが自分の顔を見た時に表情を引きつらせていた事を覚えていたのか、あまり乗り気では無さそうだった。彼女の態度からルーファンもそれを察し、申し訳なさを漂わせながら今度は慣れたから大丈夫だと心の中で言い聞かせつつベールをめくった。
「ああ。化け物の体を解剖する」
「あまりにも危険です。こやつの体から溢れる体液で肉体を溶かされた死体を見ました。恐らく強力な酸でしょう…下手な真似をすれば肢体を失う事になる」
化け物の死体を調べたかったルーファンだが、長は彼を止めようと必死だった。得体が知れない物へ迂闊に触れ、取り返しがつかない事態に陥ってしまえばいよいよ自分にとっての希望を失う事に繋がる。それだけは何としても避けたかったのだ。
「大地の鎧、顕現せよ」
だがルーファンには諦めるつもりが一切無い。すぐに<大地の流派>の呪文を唱え、岩の鎧を形成して身に纏って見せた。重すぎて機動力を大幅に削がれるとは言っても、全く動けないというわけでは無い。戦う必要が無い局面で、身を守る物が必要という現在の状況なら好都合だろう。
「酸をどこまで防げるかは分からないが、暫くはこれで耐えられる筈だ…使わなくなった武器を集めてくれないか。それを使って体を切開してみる」
一応不安自体は感じている事を口から漏らし、ルーファンは死体に近づいて頸椎らしき箇所を指でなぞる。そして剣を突き立てて、縦に捌き始めた。
「ッ… !」
音を立てながら酸性の体液が肉体から湧き水の如く零れ出す。ガスが漏れているかのようなシュウシュウという音が死体から聞こえ、鼻が曲がりそうな強烈な酸っぱい刺激臭がした。顔をしかめつつ何とか肉と皮膚を切り裂き、鎧を纏った腕を突っ込んでみる。
やがて赤黒い内臓や、その内臓の中に取り残された半魚人の死体に吐き気を催しながらも次に怪物の頭部を切断した。だがその頭部の皮を剣で剥いでいる内に、ルーファンはなぜか一度距離を置く。
「いや、そんなバカな…」
何か予想外の結果を見て面食らった皮のように独り言を呟くが、やがて切断してかを剥いだ頭部を再び観察した。触手があちこちに生え、それらで完全に覆われて分からなかったが化け物の頭部には確かに眼窩や鼻骨と思わしき箇所、更には歯が一本も無くなっている顎などが確認できる。嫌な予感がし始めた。
「誰か火を持ってきてくれ !」
ルーファンが叫ぶと、間もなく半魚人の民の一人が火種を使って焚火を起こす。ルーファンはその中に化け物の頭部を放り込み、暫くしてから取り出した。
「こ、これは…」
「どういう事 ?」
「ルーファン、まさかとは思いますが…」
長やサラザール、アトゥーイが口々に混乱し、慄いた。かなり奇妙な形に変形こそしているが、そこに見える面影は確かに人間の物と思われる頭蓋骨だったのだ。
「こいつらは…いや、彼らは…人間だったんだ」
ルーファンはそっと頭蓋骨を置き、やがて岩の鎧を解除してから近くの地面に腰を下ろした。気分を害しそうなものを立て続けに見てしまったせいで若干参っていたのだ。
「もしリミグロンが差し向けたとするなら、この悍ましい生物を生み出したのもリミグロンという事になりますね」
「証拠は無いけどね…でも確かにあいつらならするかも。水中からの襲撃が行える兵器なんて欲しがらないわけがない」
アトゥーイとサラザールがリミグロンへの関与を前提に仮説を立てる。ミノタウロスや巨人といった生物を利用した兵力を持っている事は確認済みである。ならば他の局面を想定した力を欲する可能性は大いにあるだろう。
「…長、俺は今からリガウェール王国に戻る」
ルーファンは唐突に言い出した。
「い、今からですか ?」
「ああ。俺の知り合いに人脈が妙に豊富な新聞屋がいてな。彼の情報網ならこの化け物たちの事をもっと詳しく調べられる筈だ。そこで提案だが、君たちも王国に避難すべきじゃないか ? 地上なら物資も人手もある。海中でさえ襲撃される状況なら、逃げ場がある分地上の方が安全だろう」
「しかし…我々は…」
ルーファンの提案に長は迷いを見せた。確かに安全なのかもしれないが、いきなり自分達が押しかければ間違いなく国の人々はいい顔をしないだろう。未知の敵による襲撃とは別の不安が彼らにはあったのだ。
「大丈夫だ。俺が先に地上へ向かって人々に事情を話す。何より俺の仲間もいるんだ。アトゥーイとも顔見知りになっている以上、邪険には扱わないだろう。何より俺がさせない。あなた方は余所者である俺を危険を冒してまで受け入れてくれた。ちゃんと恩返しはする」
「…分かりました。生き残っている者達を把握した後に、我らも後を追いかけます。化け物たちの死体もその際にお運びしましょう。調べるならば実物が必要でしょう」
「感謝する」
手をこまねいていた長の躊躇いを無くそうとルーファンが説得した末に、長もようやく決心してからルーファンへ答える。ルーファンも礼を言ってから長の肩を叩き、すぐにタナがいる方へと走って行った。
「タナ、すぐに地上へ戻る。もう一度合体が出来るか ?」
「は、はい……」
ルーファンは急かすように彼女に詰め寄り、彼女もこれといって拒否する事は無かったがルーファンが自分の顔を見た時に表情を引きつらせていた事を覚えていたのか、あまり乗り気では無さそうだった。彼女の態度からルーファンもそれを察し、申し訳なさを漂わせながら今度は慣れたから大丈夫だと心の中で言い聞かせつつベールをめくった。
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