ドラゴンズ・ヴァイス

シノヤン

文字の大きさ
上 下
8 / 69
壱ノ章:災いを継ぐ者

第8話 見返り

しおりを挟む
「なあ、君――」
「言っとくけど引き受けるつもり無いぜオッサン。老師が帰るまで待ってくれ」
「返事早っ…そう言わないでくれよ~。そこまで気長にしていられるような事情でもないんだ」

 男の幽霊が擦り寄ってくるが、すぐさま龍人にあしらわれてしまう。しかし一刻の猶予も無いのか、ブロイラーの鶏肉を手に取って賞味期限を確認している龍人の隣で必死に食い下がっていた。

「どうにかできないかい ? このままだといたいけで何の罪も無い女の子が――」
「あのなオッサン、アンタも苦労してるんだろうけどこっちもこっちで複雑な立場なんだ。余計な面倒事起こしてこの町にすら住めなくなったら、もう行き場所が無いんだよ」

 嫌だと言っているのに引き返そうとしない幽霊に龍人は苛立ち、切り身のパックを置いて彼に向き直ってから身の上話ついでにキッパリと拒否を示す。流石に嫌悪感を露にされたのが堪えたらしく、幽霊は暫し黙りこくってしまった。

「うぅ…でも…わ、分かった ! じゃあ少しだけだ ! 少し調べてくれるだけで良い ! その後は老師様に頼むから、最初の調査だけ頼めないかな ?」
「しつこいなアンタ…大体調査ってなんだよ」
「探偵みたいな感じでちょっと調べてくれるだけでいいんだ。ウチの従業員なんだけどさ」
「従業員 ?」
「うん。私、こう見えて風俗経営してるんだ」
「…マジか」

 こうなれば龍人の事情にある程度譲歩していくしかない。幽霊はどうにかして引き受けて欲しいのか、少しだけ引き受けてもらう仕事を変えた上で再度頼む。そして自分が経営している店の業種を打ち明けた瞬間、龍人が目を丸くしたのを見て流れが変わって来たのではないかと期待をする。

 短髪の黒髪、決して大柄ではないがそこそこある身長、そして見栄えとしては中々悪くない引き締まった体…この手の輩は大体欲求不満である。自分が風俗を経営しているとチラつかせれば、恩返しにサービスを融通してくれるなどと考えてそうな単細胞の体育会系。見た目の印象で幽霊は勝手に決めつけていた。

「ごめん、パスで」

 だが龍人の警戒心の強さを完全に侮っていた。想定していなかった回答が飛び出たせいで思考が僅かに停止するが、やがて再び龍人に縋り出した。

「な、なぜだい ?」
「その手の仕事で起きる問題って大体ヤバいのが絡んでいるから相手したくないんだよ。大人しく老師が帰ってくるまで――」
「頼む一刻を争うんだ ! ウチの新入りの子がそういうヤバい連中に目を付けられてるかもしれないんだよ !」
「…それってどういう事だ ?…あ、こっからは買い物しながらでいい ?」
「ああ、うん。どうぞどうぞ」

 そろそろ無視してやろうかとも思ったが、あまりの必死さに龍人も反抗する事に疲れを感じていた。しかしだからと言って家で土産を待っているムジナを待たせ続けるわけにもいかない。渋々買い物を続けながら耳を傾けだした。少し態度が軟化したことが嬉しかったのか、風俗店の店長だという幽霊も龍人に気を遣いながら隣に居続ける。

「うちに最近来た夏菜って子なんだけど、その子に彼氏さんがいるらしいんだ。彼氏さんの生活がヤバいから、自分も頑張んなきゃって事でうちで働きたいらしいんだけど、彼氏さんの写真見せてもらった時にちょっと怪しくてね」
「見た目からしてもう堅気じゃなさそうって感じか ?」

 写真を見て怪しんだというから、第一印象からして柄が悪いのだろうと龍人は思っていたが風俗店の店長は首を横に振る。

「いや、そういうわけでもない。なんだけど…その彼氏さん鴉天狗なんだよ。聞いたことは ?」
「デカい鳥人間みたいな奴だろ。見た事ある」
「ああ。その彼氏さんが写ってる友達との集合写真ってのを見せてもらったんだ。だけど、その中の何人かをニュースで見た事があってね…この辺りで活動している”風巡組”って連中を知ってるかい ?」
「いや、知らない。別の地区にいる”苦羅雲”みたいな感じの集団か ?」
「まあ似たようなものだよ。といってもこっちの方がタチが悪い。本人たちは自警団や義賊を気取っているが、実態は色んな連中に言いがかり付けて金を毟り取ったり暴力沙汰で問題ばかり起こしてる…ニュースに出始めた頃はそうでも無かったんだが、今や見る影も無いただの半グレだ。僕の知り合いも連中の美人局に捕まって破産させられたそうだ」

 そう語る風俗店の店長は同情して欲しそうに俯き、龍人から顔を背けていた。正義の味方を自ら名乗る者に碌な奴はいないと分かってはいたが、彼らは想像以上に好き放題している様だ。

「それで、夏菜ちゃんって子がその風巡組って奴らと関わってるのかどうか知りたいって事か」
「ああ。もし彼女が連中の差し金で送り込まれたんだとしたら、間違いなく碌な事にならないし…それに、もし悪い男に引っかかって貢ぐ金のためにウチの店で働く羽目になったとかだったら猶更どうにかしてあげなきゃ。あの手の連中には一度でも関わると一生カモにされる」

 風俗店の店長は自分が抱えている不安が現実になる事を危惧していたが、龍人は黙ったまま魚と肉を買い物カゴに詰めていた。途中グミを買おうと菓子コーナーの陳列棚に寄ったがお目当ての商品がなく、後で受付で聞いてみるしかないと項垂れる。勿論その間に話を無視していたわけじゃなく、自分なりにどう動くべきかを悩んではいた。

 やむを得ない場合は自己責任と佐那は言っていたが、そもそもやむを得ないというのはどの段階の事を指すのか。拒否が出来ずに厄介事へ首を突っ込む以外に選択肢がない場合というなら、この件に関しては「やむを得ない」には該当しないだろう。さっさと断って家に帰ってしまえばいいのだから。

 だが用事を頼まれた場合というなら少々事情が変わって来る。寧ろここで拒否をしてしまえば、間違いなく後で佐那に「なぜ助けてやらなかったのか」とドヤされるだろう。

「う~ん…」
「ど、どうかな… ?」
「念のためにもう一回聞くけど、俺はちょっと調べるだけでいいんだな ? 後は全部アンタと老師に任せていいんだな ?」

 その果てに行きついた結論は、「引き受けるだけ引き受けるが肝心な部分と責任は老師に丸投げする」という何とも言い難い厚かましい物であった。だが自分は悪くない。そもそも明確な線引きも定義も決めず、勝手に一人きりした佐那に責任があるのだから責められる筋合いも無い筈である。

「ああ…ああ ! 全然かまわない ! とにかく夏樹ちゃんが風巡組と関りがあるのかどうかを調べてくれるだけでいい ! 後は事実次第で老師様にどうするべきか相談するから。それにお礼は弾むよ。金一封、終わったら君に十万円あげちゃう !」
「ほ~成程、十万円…へぇ~、そんなもんかね」

 風俗店の店長はここぞとばかりに畳みかけ、報酬も出すと言って龍人へ熱いまなざしを向けるが、龍人は不服そうな態度で金額を復唱した。もしかすれば一筋縄じゃ行かない事態も待っているかもしれない事案へ体を張って赴くというのに、十万円は少なすぎるのではないだろうか。

「まあ待ってよ。実はその子明日出勤なんだけど…情報収集も兼ねて君にも会ってもらうべきだと思ってるんだ。客として会って、色々聞いてみると良いよ。怪しまれない程度に」
「客として ? まさかそんなもんで手打ちにするつもりじゃ――」
「三時間」
「え ?」
「本番あり、費用は全部こっち持ち…どうだい ?」

 ――――その五分後、龍人と連絡先を交換した風俗店の店長は上機嫌で店を去り、彼を見送ってから龍人はレジに買い物かごを置いた。

「フフ…男の子って、本当に下半身で物事を決めるのね」

 商品のバーコードをスキャンしながら女将が笑う。

「女の人は違うの ?」
「ええ。金貰えるか承認欲求満たせるかで物事を決めるの」
「どっちもクソだな」
「世の中そんな物よ」

 女将からそう言われながら商品を詰められたレジ袋を渡され、龍人は自宅であるマンションへと帰宅する。

「ふうん。鳥のもも肉に合い挽きのひき肉、トマト缶、キャラメル二箱とおまけに豆の缶詰…老師様って意外と金無いのかな。マンションなんか住んでんのに」

 龍人の立ち去る姿を店の上にある貯水タンクに座ったまま見物していた若い鴉天狗の男がぼやいた。ズーム機能が付いているゴーグルでうっすらと透けているレジ袋を観察し、随一で手帳に情報を書き連ねる。龍人が町に現れて以降、一通り情報集めていたその鴉天狗は再び白銀の翼をはためかせてどこかへと飛び去って行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~

りーさん
ファンタジー
 ある日、異世界に転生したルイ。  前世では、両親が共働きの鍵っ子だったため、寂しい思いをしていたが、今世は優しい家族に囲まれた。  そんな家族と異世界でも楽しく過ごすために、ユニークスキルをいろいろと便利に使っていたら、様々なトラブルに巻き込まれていく。 「家族といたいからほっといてよ!」 ※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。

落ちこぼれ一兵卒が転生してから大活躍

きこうダきこう
ファンタジー
 王国騎士団の一兵卒だった主人公が魔王軍との戦闘中味方の誰かに殺され命を落とした後、神の使いより死ぬべき運命ではなかったと言い渡され、魂は死んだ時のままで再び同じ人生を歩んでいく事となった。  そのため幼少時代トロルによって家族を殺され、村を滅ぼされた出来事を阻止しようと思い、兄貴分的存在の人と父親に話し賢者と呼ばれる人やエルフ族らの助けを借りて襲撃を阻止した。  その後前世と同じく王国騎士団へ入団するための養成学校に入学するも、入学前に賢者の下で修行していた際に知った兄貴分的存在の人と幼馴染みに起こる死の運命を回避させようとしたり、前世で自分を殺したと思われる人物と遭遇したり、自身の運命の人と出会ったりして学校生活を堪能したのだった。  そして無事学校を卒業して騎士団に入団したが、その後も自身の運命を左右させる出来事に遭遇するもそれらを無事に乗り越え、再び魔王軍との決戦の場に赴いたのだった······。

SIX RULES

黒陽 光
キャラ文芸
 六つのルールを信条に裏の拳銃稼業を為す男・五条晴彦ことハリー・ムラサメに舞い込んだ新たな依頼は、とある一人の少女をあらゆる外敵から護り抜けというモノだった。  行方不明になった防衛事務次官の一人娘にして、己のルールに従い校則違反を犯しバーテンのアルバイトを続ける自由奔放な少女・園崎和葉。彼と彼女がその道を交えてしまった時、二人は否応なしに巨大な陰謀と謀略の渦に巻き込まれていくことになる……。  交錯する銃火と、躍動する鋼の肉体。少女が見るのは、戦い疲れた男の生き様だった。  怒りのデストロイ・ハード・アクション小説、此処に点火《イグニッション》。 ※小説家になろう、カクヨムと重複掲載中。

王妃ですけど、側妃しか愛せない貴方を愛しませんよ!?

天災
恋愛
 私の夫、つまり、国王は側妃しか愛さない。

最前線

TF
ファンタジー
人類の存亡を尊厳を守るために、各国から精鋭が集いし 最前線の街で繰り広げられる、ヒューマンドラマ この街が陥落した時、世界は混沌と混乱の時代に突入するのだが、 それを理解しているのは、現場に居る人達だけである。 使命に燃えた一癖も二癖もある、人物達の人生を描いた物語。

養子の妹が、私の許嫁を横取りしようとしてきます

ヘロディア
恋愛
養子である妹と折り合いが悪い貴族の娘。 彼女には許嫁がいた。彼とは何度かデートし、次第に、でも確実に惹かれていった彼女だったが、妹の野心はそれを許さない。 着実に彼に近づいていく妹に、圧倒される彼女はとうとう行き過ぎた二人の関係を見てしまう。 そこで、自分の全てをかけた挑戦をするのだった。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

処理中です...