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十四章:運命

第113話 孤独の再来

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 二人一斉に攻撃を仕掛けようと互いに相手へ手をかざす。間もなく同じタイミングで二人の体は業火に包まれた。その燃え盛る肉体と共にクリスはネロを近づき、再び殴り飛ばそうとするが咄嗟に大地を隆起させて壁を創り出した事で、ネロは間一髪防いだ。

 しかし、そうなる事を予測していたクリスは直前に瞬間移動で回り込むと背後から蹴りを入れてネロを壁に叩きつける。、自らが作った壁を逆に利用されてしまった事に苛立ちを覚えたネロは、叩きつけられた直後に瞬間移動で逃げた。

 そのまま距離を置いたネロは、魔法による操作で上空に太陽と見紛うほどの巨大な火球を即座に作り出す。そして、一気に地面へ向かって発射した。迫りくる灼熱によって身を焦がしつつ、クリスは地表に触れて水脈を探し当てる。そのまま一気に水を湧き出させてから付近一帯の大気を操作して気温を下げ、それによって凍らせた水で巨大な氷柱を幾つも作り出してみせた。

「なにっ」

 ネロが動揺した頃には、氷柱が地上から火球へ撃たれていた。無数の氷柱によって火球の威力と大きさは次第に衰え、防ぐまでもない程に縮小したそれをクリスは片手で受け止める。爆発は起きたものの深手にすらならなかった。

 その後も魔法による応酬が続き、気が付けばそこは草木すら生えない荒れ地と化していた。体が元に戻り、息切れ一つ見せないクリスとは対照的に、ネロは自分が想定以上に消耗し、傷ついている事に気づく。悪魔としての力に自負を持ち、尋常ではない生命力もあってか追い込まれる事などただの一度もありはしなかった。しかし、どういうわけか最も警戒していたクリスは自らの仇と契約を結び、自身を遥かに上回るほどの魔力を有している。

 肉弾戦では手に余る上、魔法というアドバンテージが無くなった事でネロの中には絶望感が生まれ始めていた。この男に勝つ自分の姿が思い浮かばなくなっていたのである。

「となれば…」

 ネロは聞こえない程度に呟いてから考えた。そして一つの結論に辿り着く。再びクリスに向かって構え直すと、クリスもそれに反応して動き出した。そしてこちらへ攻撃を仕掛けたその時、闇を出現させて眷属達を呼び出してくる。そしてそれをけしかけて視界を遮らせた後に、一目散に魔法によって飛行を行って逃走した。大事なのは始祖の悪魔達を弱らせる事で合って、クリスを倒す事ではない。次の機会を窺うか、別の方法を思いつくまでは生き延びなければならないと判断した結果である。

 そのまま闇を生み出し、一目散に飛び込んだ。見渡す限りに広がる漆黒の空間でようやく一息つけると、魔法を解除して歩き出そうとする。まずはどこかへ向かって休む必要がある。そう感じたネロは記憶に残っているどこかの漁村を思い浮かべた。そして闇に向かって歩きすと、しばらくした後に光が差し込んでくる。そのまま歩き続ける事で闇が晴れ、あっという間に田舎の廃れた漁村へと到着していた。

 自分が呼び寄せた眷属達によって壊滅させられていた漁村は、当然ではあるが恐ろしい程に静かだった。近くにあった空っぽの樽に腰を下ろし、肩で息をしながら今後どうするべきかと考え始めたその時だった。特に何かしたわけでも無いのに、目の前に闇によるものと思われる黒い靄が出現したのである。

「…は ?」

 ネロは思わず言ってしまった。少なくとも始祖の悪魔達の仕業ではない。自分達から動き出すほど彼らは勤勉な性格をしていない事は良く知っていた。そうなれば残るはあと一人しかいない。

 悪寒が体を突き抜けた直後、黒い靄の中から血走った眼でこちらを睨みながらクリスが現れた。

「なぜお前が…!?」
「始祖の悪魔…奴らと視界や知覚を共有している。世界を創造できるだけあって、全知全能なんだとさ…この世で起きた事象、知りたいと感じた情報を今の俺はすぐに手に入れられる」

 その言葉と共に近づいたクリスは、彼の顔面に蹴りを入れる。地面を転げまわりながらも、体勢を立て直すネロだったが反撃をする気にすらならなかった。

「ま、待て…」

 クリスに対してネロは突如語り掛ける。

「このまま俺を殺した所でもう無駄だ。他の悪魔達もこの世界の存在に気づいている…確実に攻め込んでくるだろう」
「…だったら ?」
「ひ、人手は多い方が良いだろ… ?見逃してくれたら何でも協力しよう…俺を眷属にしてくれ。最早お前には勝てないと良く分かった。昔から強い者には巻かれる主義でね…どうだ ?」

 あまりにも露骨な媚の売り方であった。クリスは一度だけ始祖の悪魔達を感覚を共有し、世界で何が起きているのかを調べようとする。世界各地で同じように悪魔達が眷属としている怪物が出現し、被害を撒き散らしている光景が雪崩れ込むように脳へと入り込む。最早、この国だけの問題では無くなっていた。

「…もう何も、俺にはいらねえ」

 クリスは一言だけネロに告げると、地中にある岩を隆起させて彼の体へ突き刺す。そして動けなくなった彼の首を、腕に纏わせた岩の刃で切断した。



 ――――突如現れた街全体を囲う無数の巨岩、あちこちで響き渡っていた爆発音、そして頻繁に発生する地鳴り。次々と起こる異変に騎士団は戸惑うばかりであった。デルシンが率いる一団が巨岩の調査をしようと出動し、隙間なく立ち塞がっている岩達の前に辿り着いた時だった。

「うぉっ!!」

 再び起きた地鳴りに対して、思わずデルシンは声を漏らしてしまう。突如岩達が音を立て、土煙を舞い上がらせながら浮遊を始める。やがて空の遥か彼方へ岩が飛び去った後に一人の兵士が何かを見つけたらしかった。

「…あれは !」

 その兵士に呼び止められたメリッサが、指の差す方向を見つめて声を上げる。クリスがこちらへ向かって歩いて来ていた。彼の片手には血に濡れたネロの首が掴まれている。全てが終わったのだと彼を目撃した全員が理解した。一方でクリスは足を止めて、一歩も動かずに騎士団の方を悲しそうに眺め始める。

 デルシンを始めとした騎士達も、彼の変貌した姿に戸惑いを隠せなかった。クリスは彼らの反応を察していたのである。そして、騎士団に居続けだけで済む状況ではなくなっている事が、彼にある決断をするように急かしていた。

 一度だけ静かに目を閉じ、ゆっくりと開けた後にクリスはネロの首を地面にそっと置いた。そして彼らの方へ再び視線を向けた後、何を言う事も無く背を向けて歩き出す。

「ねえ、ちょっと !」

 思わず駆け出したメリッサだったが、クリスは呼びかけに応答はしなかった。彼女が追い付く前にクリスは闇を出現させて中へ入り、そして完全に姿を消す。残された者達は声を上げることなく立ち尽くし、彼がもう戻って来ないという事を静かに悟った。
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