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十一章:戦火の飛び火
第91話 閃光
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「何という事だ…!!」
辺り一帯が火の海となっている密林を崖から一望したヴァインは言った。拠点に戻った頃には、辺りがてんやわんやとしており、戦えそうな者達も集って準備をしている。
「ファティマ、あの眼鏡を掛けた男はどこへ行った ?」
「父上、それが…」
グレッグの姿が見当たらない事に不信感を抱いていたヴァインだったが、すぐさま自分の娘から信号弾による合図を見つけ、誰よりも先に門をくぐって行ったことを知らされる。あれほどの広範囲に魔法を使えるとなれば尋常ではない大所帯、もしくはかなりの手練れが混じっている事は明らかである。あまりにも無謀であった。
「やむを得まい…二班に分けて防衛する者と出陣する者とで分けろ !すぐに発つぞ!!…全く、若造め…なぜそんな無茶を」
ヴァインはファティマに命じてからグレッグの身を案じるように愚痴を垂れる。一方で言われたとおりに行動するファティマは、事が起きる直前に談笑していたグレッグとジョージの事を思い出していた。
――――滑り降りるようにして岩の間や、砂利を駆けていくグレッグは最悪の事態になって無い事をひたすらに祈っていた。大事な教え子の身を案じているのは何よりも当然の感情だったが、守り人達の身に何かあった際に自分が負う事になる責任を恐れているのもまた事実であった。
段々と空気の温度が上がり、呼吸が辛くなってくるのを感じながらも邪魔な木々や蔓を鎌で切り裂いて密林へ出てみれば、そこに広がっているのは火の粉と炎の波に包まれている変わり果てた自然の姿であった。直後、奥の木々が横から入った火の波によって薙ぎ倒される。
「…やっぱり、何かを燃やすってのはたまらなく気持ち良いもんだ。物を投げ入れた時に舞い上がる火の粉や、木の中の水分が音を立てて破裂した時に出るっていうパチパチって音だっけか…癖になるんだよ、なあ ?」
逆立った髪の男が現れながら喋りかけて来る。妙に馴れ馴れしい話し声だったが、背後に無数の魔術師達が控えている事から、すぐさまグレッグは敵である事が判別で来ていた。
「一人か…まあいいや。礼儀として名乗っておこう。ブレイズ…”炎王”って呼ばれてるらしい。知らないけど……ああ~そうだ !これ、お前の仲間だろ ?」
自己紹介をした男は、突然思い出した様に叫びながら部下に何かを持ってこさせる。彼らが命じられて引き摺って来たソレは、黒焦げになった死体であった。そしてその体には、グレッグが着用しているものと良く似た外套の残骸が纏わりついている。それはジョージであった。
「可哀そうに。変な正義感に駆られて俺達とやり合おうとしたみたいでな…」
「…」
ブレイズがヘラヘラとしながら言っている間、グレッグは何一つ喚く事も無かった。彼の足元で転がっている自分の教え子だった何かを、延々と真っ白になった頭を必死に整理しながら見つめていた。
「ボコボコにした後で捕まえてさ。今どれくらいの戦力がいるかなんて事を聞こうとしたら、生意気に俺の部下に頭突きかましやがってよ。頭に来たんで足元からじ~っくり焦がしていったんだ」
ブレイズはグレッグがこちらに視線を合わせてくれない理由に気づいたのか、ジョージを一度だけ見てから経緯を語った。
「最後に何言ってたか知りたいか ?『騎士団バンザーイ』なんてものじゃなかった。『母さーん!』ってひたすら泣きながら真っ黒になっていったんだよ…憐れだ。”中立”なんて曖昧なもんを信じているカルト集団に入ったばっかりに…こんなボロ雑巾になったわけだ」
最後のトドメに末路まで言い切ると、ブレイズは馬鹿にしたような顔をして足で死体を小突いた。それが引き金になったのか、グレッグは心の中に抱いていた殺意が一気に義務感へと変貌したのを握りしめていた片手の拳によって気づいた。「殺したい」という怒りではない。「こいつは殺さなければダメなやつなんだ」という揺るぎようのない確信が出来上がっていたのである。
もうどうなっても良いという諦めたような心持で、グレッグはポーチから全ての肉体強化薬を取り出した。六本。それはこれまで試した事が無い領域であり、自分の身の保証も出来ない。だが、それで良かった。今の彼にあるのはドス黒い意志と混ぜ合わされた怨恨と懺悔であった。全てをその場で投与し、雄たけびと共に変貌していく彼の姿を見たブレイズは、少々驚いている様子だった。
「怒るくらいなら連れてくんなよ…お前ら、やれ」
完全な四足歩行の獣のような姿と化したグレッグの咆哮を聞いたブレイズは呟き、耳を痛めた様な素振りを見せながら部下達に命じる。二つ返事と共に彼らは立ち向かっていくが、爪の一振りや顎による噛み砕きによって次々と絶命していった。魔法を使って攻撃をしてみるも大した致命傷になっていないらしく、お返しと言わんばかりに嬲り殺されていく。
「やっぱり、頼れるのは自分自身か」
次々と死んでいく部下達の情けなさに呆れつつも、ブレイズはグレッグの元へ連続して巨大な火の槍を無数に生み出し、グレッグへ向けて発射した。ところがすさまじい脚力で付近一帯を駆け回られてしまい、思うように当たらない。ひとまず自分の周りを火によって作られた壁で囲い、どうしたものかと対策を考えようとした時であった。
「ウオオオオオオオオ!!」
グレッグは自分の身が焼かれることなど恐れもせずに飛び込み、燃え盛る体で体当たりをしてくる。想定外の攻撃にブレイズは吹き飛ばされるものの、すぐに受け身を取ってから反撃に移る。狙いを付けるのが難しいとあれば、そんな事しなくても済む攻撃をすれば良いのだと、自分の周囲にある火をすべて集めてから巨大な炎の波を形成し、それを一気にぶつけてみせた。一帯の草木ごと消し炭にしていくその範囲と威力であれば、流石に無事では済まないだろうと判断したのである。
ところがグレッグは、木の間を飛び蹴りで上へと躱してみせる。そして丈夫そうな木にしがみ付けたところで、そこを足場にして一気に上から飛び掛かった。
「そう来ると思ってたぞ」
ブレイズもまた想定済みだと断言して、地中へと潜りこませていた火の槍を数本ほど同時に放つ。この不意打ちによって片目と胸部を貫かれたグレッグだったが、そのまま爪をブレイズ目掛けて振り下ろして来た。
「懲りねえなあ !」
すかさず近くで燃えている火を拝借し、火を刃物に見立ててからブレイズは彼の腕を切断する。攻撃が決まらずに地面へ墜落したグレッグだったが、悲鳴を上げることは無かった。もう大丈夫かとブレイズが近づこうとした瞬間、後ろ足をバネに跳躍したグレッグはそのまま彼の肩へと全力で噛みついた。
「ぐおおおおあっ!!」
想定外の奇襲にブレイズは変な叫び声を上げ、肉が引き裂かれるのを承知で爆発を引き起こして彼を吹き飛ばす。
「クソッたれ…くたばり損ないの癖によお…!!」
噴き出る血を何とか抑えようと、炎を纏わせた手を使って止血を行ったブレイズは悪態をつく。ヒューヒューと荒い呼吸をするグレッグを無視して生き残っている部下がいないかを確認しようとした時、背後から何かを感じ取る。先程グレッグが自分に向けたのと同じ感情、すなわち殺意であったが問題はそれが二つもあるという点だった。
「やってくれたな」
声が聞こえた。自分もよく知っているだらしなさと威圧感が共存する声であった。振り返ってみれば、仲間の酷い有様にご立腹らしいクリスと、体から血を流しながらゴミを見るような目でこちらを見ているアンディが向かって来ていた。
すぐに動き出そうとした直後、アンディが両側の脇腹に付けていた傷口から血が一気に溢れ、無数の触手の形になった。初めて見る吸血鬼の力に慄いた直後、目の前に瞬間移動してきたクリスによって顔面を殴られてしまう。
近くの木にぶつかり、地面に這いつくばっていたブレイズが立ち上がろうとした時、足首を血によって作られた触手に掴まれている事に気づく。そのまま空中へ持ち上げられ、両腕も触手によって縛られた。徐々に圧力が加えられていくのを感じ、このままでは触手によって手足を潰されてしまうという危機感をブレイズは覚える。
「今からお前の腕と足を潰すが、質問の答え次第では情けをかけてやる。目的は何だ ?」
クリスが尋ねて来た。
「くたばれよ裏切り者」
せめてもの意地か、ブレイズはせせら笑いながらそう返す。クリスは舌打ちをしてからアンディに目配せをすると、彼はそれに頷いてから凄まじい力で触手を締め上げて骨を完全に粉砕した。
「ぎゃあああああああああ!!」
激痛に悲鳴を上げて地面で藻掻こうとするブレイズだったが、間もなくクリスが顔面に全力で拳を一発打ち込むと大人しくなった。顔の骨まで破壊されたブレイズの体を拘束してから、クリスは黒焦げになっている騎士団関係者と思わしき遺体と、気が付けば欠損した部位以外は元の姿に戻っているグレッグの方へと目をやる。もう少し早く来ていればと悔いている彼らの元にヴァイン達が到着したのは、それから間もなくの事であった。
辺り一帯が火の海となっている密林を崖から一望したヴァインは言った。拠点に戻った頃には、辺りがてんやわんやとしており、戦えそうな者達も集って準備をしている。
「ファティマ、あの眼鏡を掛けた男はどこへ行った ?」
「父上、それが…」
グレッグの姿が見当たらない事に不信感を抱いていたヴァインだったが、すぐさま自分の娘から信号弾による合図を見つけ、誰よりも先に門をくぐって行ったことを知らされる。あれほどの広範囲に魔法を使えるとなれば尋常ではない大所帯、もしくはかなりの手練れが混じっている事は明らかである。あまりにも無謀であった。
「やむを得まい…二班に分けて防衛する者と出陣する者とで分けろ !すぐに発つぞ!!…全く、若造め…なぜそんな無茶を」
ヴァインはファティマに命じてからグレッグの身を案じるように愚痴を垂れる。一方で言われたとおりに行動するファティマは、事が起きる直前に談笑していたグレッグとジョージの事を思い出していた。
――――滑り降りるようにして岩の間や、砂利を駆けていくグレッグは最悪の事態になって無い事をひたすらに祈っていた。大事な教え子の身を案じているのは何よりも当然の感情だったが、守り人達の身に何かあった際に自分が負う事になる責任を恐れているのもまた事実であった。
段々と空気の温度が上がり、呼吸が辛くなってくるのを感じながらも邪魔な木々や蔓を鎌で切り裂いて密林へ出てみれば、そこに広がっているのは火の粉と炎の波に包まれている変わり果てた自然の姿であった。直後、奥の木々が横から入った火の波によって薙ぎ倒される。
「…やっぱり、何かを燃やすってのはたまらなく気持ち良いもんだ。物を投げ入れた時に舞い上がる火の粉や、木の中の水分が音を立てて破裂した時に出るっていうパチパチって音だっけか…癖になるんだよ、なあ ?」
逆立った髪の男が現れながら喋りかけて来る。妙に馴れ馴れしい話し声だったが、背後に無数の魔術師達が控えている事から、すぐさまグレッグは敵である事が判別で来ていた。
「一人か…まあいいや。礼儀として名乗っておこう。ブレイズ…”炎王”って呼ばれてるらしい。知らないけど……ああ~そうだ !これ、お前の仲間だろ ?」
自己紹介をした男は、突然思い出した様に叫びながら部下に何かを持ってこさせる。彼らが命じられて引き摺って来たソレは、黒焦げになった死体であった。そしてその体には、グレッグが着用しているものと良く似た外套の残骸が纏わりついている。それはジョージであった。
「可哀そうに。変な正義感に駆られて俺達とやり合おうとしたみたいでな…」
「…」
ブレイズがヘラヘラとしながら言っている間、グレッグは何一つ喚く事も無かった。彼の足元で転がっている自分の教え子だった何かを、延々と真っ白になった頭を必死に整理しながら見つめていた。
「ボコボコにした後で捕まえてさ。今どれくらいの戦力がいるかなんて事を聞こうとしたら、生意気に俺の部下に頭突きかましやがってよ。頭に来たんで足元からじ~っくり焦がしていったんだ」
ブレイズはグレッグがこちらに視線を合わせてくれない理由に気づいたのか、ジョージを一度だけ見てから経緯を語った。
「最後に何言ってたか知りたいか ?『騎士団バンザーイ』なんてものじゃなかった。『母さーん!』ってひたすら泣きながら真っ黒になっていったんだよ…憐れだ。”中立”なんて曖昧なもんを信じているカルト集団に入ったばっかりに…こんなボロ雑巾になったわけだ」
最後のトドメに末路まで言い切ると、ブレイズは馬鹿にしたような顔をして足で死体を小突いた。それが引き金になったのか、グレッグは心の中に抱いていた殺意が一気に義務感へと変貌したのを握りしめていた片手の拳によって気づいた。「殺したい」という怒りではない。「こいつは殺さなければダメなやつなんだ」という揺るぎようのない確信が出来上がっていたのである。
もうどうなっても良いという諦めたような心持で、グレッグはポーチから全ての肉体強化薬を取り出した。六本。それはこれまで試した事が無い領域であり、自分の身の保証も出来ない。だが、それで良かった。今の彼にあるのはドス黒い意志と混ぜ合わされた怨恨と懺悔であった。全てをその場で投与し、雄たけびと共に変貌していく彼の姿を見たブレイズは、少々驚いている様子だった。
「怒るくらいなら連れてくんなよ…お前ら、やれ」
完全な四足歩行の獣のような姿と化したグレッグの咆哮を聞いたブレイズは呟き、耳を痛めた様な素振りを見せながら部下達に命じる。二つ返事と共に彼らは立ち向かっていくが、爪の一振りや顎による噛み砕きによって次々と絶命していった。魔法を使って攻撃をしてみるも大した致命傷になっていないらしく、お返しと言わんばかりに嬲り殺されていく。
「やっぱり、頼れるのは自分自身か」
次々と死んでいく部下達の情けなさに呆れつつも、ブレイズはグレッグの元へ連続して巨大な火の槍を無数に生み出し、グレッグへ向けて発射した。ところがすさまじい脚力で付近一帯を駆け回られてしまい、思うように当たらない。ひとまず自分の周りを火によって作られた壁で囲い、どうしたものかと対策を考えようとした時であった。
「ウオオオオオオオオ!!」
グレッグは自分の身が焼かれることなど恐れもせずに飛び込み、燃え盛る体で体当たりをしてくる。想定外の攻撃にブレイズは吹き飛ばされるものの、すぐに受け身を取ってから反撃に移る。狙いを付けるのが難しいとあれば、そんな事しなくても済む攻撃をすれば良いのだと、自分の周囲にある火をすべて集めてから巨大な炎の波を形成し、それを一気にぶつけてみせた。一帯の草木ごと消し炭にしていくその範囲と威力であれば、流石に無事では済まないだろうと判断したのである。
ところがグレッグは、木の間を飛び蹴りで上へと躱してみせる。そして丈夫そうな木にしがみ付けたところで、そこを足場にして一気に上から飛び掛かった。
「そう来ると思ってたぞ」
ブレイズもまた想定済みだと断言して、地中へと潜りこませていた火の槍を数本ほど同時に放つ。この不意打ちによって片目と胸部を貫かれたグレッグだったが、そのまま爪をブレイズ目掛けて振り下ろして来た。
「懲りねえなあ !」
すかさず近くで燃えている火を拝借し、火を刃物に見立ててからブレイズは彼の腕を切断する。攻撃が決まらずに地面へ墜落したグレッグだったが、悲鳴を上げることは無かった。もう大丈夫かとブレイズが近づこうとした瞬間、後ろ足をバネに跳躍したグレッグはそのまま彼の肩へと全力で噛みついた。
「ぐおおおおあっ!!」
想定外の奇襲にブレイズは変な叫び声を上げ、肉が引き裂かれるのを承知で爆発を引き起こして彼を吹き飛ばす。
「クソッたれ…くたばり損ないの癖によお…!!」
噴き出る血を何とか抑えようと、炎を纏わせた手を使って止血を行ったブレイズは悪態をつく。ヒューヒューと荒い呼吸をするグレッグを無視して生き残っている部下がいないかを確認しようとした時、背後から何かを感じ取る。先程グレッグが自分に向けたのと同じ感情、すなわち殺意であったが問題はそれが二つもあるという点だった。
「やってくれたな」
声が聞こえた。自分もよく知っているだらしなさと威圧感が共存する声であった。振り返ってみれば、仲間の酷い有様にご立腹らしいクリスと、体から血を流しながらゴミを見るような目でこちらを見ているアンディが向かって来ていた。
すぐに動き出そうとした直後、アンディが両側の脇腹に付けていた傷口から血が一気に溢れ、無数の触手の形になった。初めて見る吸血鬼の力に慄いた直後、目の前に瞬間移動してきたクリスによって顔面を殴られてしまう。
近くの木にぶつかり、地面に這いつくばっていたブレイズが立ち上がろうとした時、足首を血によって作られた触手に掴まれている事に気づく。そのまま空中へ持ち上げられ、両腕も触手によって縛られた。徐々に圧力が加えられていくのを感じ、このままでは触手によって手足を潰されてしまうという危機感をブレイズは覚える。
「今からお前の腕と足を潰すが、質問の答え次第では情けをかけてやる。目的は何だ ?」
クリスが尋ねて来た。
「くたばれよ裏切り者」
せめてもの意地か、ブレイズはせせら笑いながらそう返す。クリスは舌打ちをしてからアンディに目配せをすると、彼はそれに頷いてから凄まじい力で触手を締め上げて骨を完全に粉砕した。
「ぎゃあああああああああ!!」
激痛に悲鳴を上げて地面で藻掻こうとするブレイズだったが、間もなくクリスが顔面に全力で拳を一発打ち込むと大人しくなった。顔の骨まで破壊されたブレイズの体を拘束してから、クリスは黒焦げになっている騎士団関係者と思わしき遺体と、気が付けば欠損した部位以外は元の姿に戻っているグレッグの方へと目をやる。もう少し早く来ていればと悔いている彼らの元にヴァイン達が到着したのは、それから間もなくの事であった。
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