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十一章:戦火の飛び火
第86話 未知との邂逅
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現場付近の捜索を始めてから数時間は経過し、そろそろ日が暮れようとしている頃だった。事件の発生地点以外も調べたいと、拠点への通路から大きく外れた沼の周辺をクリスは探っていた。
「ん ?」
沼の泥臭さとは違った奇妙な異臭が付近に漂っている事で異変に気付いたクリスは、草をを踏み分けて大木の根本に跪く。彼が動いたのを見て不思議に思った魔術師もそれに続き、跪いているクリスの背後から覗き込んだ。二人が見つけたそれは、男性の死体であった。死臭だけでなく、何か魚と腐った苔のような臭いが鼻に入り、思わず胃からよろしくない物が込みあがってきそうになる。
「心当たりは ?」
クリスが尋ねると、魔術師は顔を背けて静かに項垂れる。
「今日の…見回りを担当していたんです…一体なぜ… ?」
それなりに親しい間柄だったのだろうか、声は震え、気が動転している様だった。クリスが死体に顔を近づけると間違いなく外傷による死体だと判別できたが、その姿は異常であった。
「…一体何があった ?」
死体の腹には穴が開いていた。それだけではなく、体の所々が抉り取られたように窪んでいるか無くなっており、恐ろしいほどにキレイな断面からは血が流れ出続けている。クリスには、犯人がどのような凶器を使ったのか、そしてどのように殺したのかてんで見当がつかなかった。唯一分かるのは、その傷の具合からして時間がそれほど経っていないという点だけである。
「… !今日の見回りの中に女性はいたか ?」
「二人…いました。人手がどうしても足りなかったので、敵討ちがしたいという…志願者を…」
ハッとした様に顔を上げてからクリスが聞くと、完全に怖気づいていた魔術師が答える。
「今まで犯人に関する目撃情報も無かった事を考えると、恐らくはバレないように攫われたか…こうして始末したんだろう。問題はなぜこんな場所に放置しているかだ。わざわざ足跡が残る様なマネをするとはな…」
手掛かりが無かった事件の真相を推測したクリスだったが、腑に落ちない点が残っている事に首を傾げるような心持でいた。何はともあれ、ひとまず立ち上がってから他の場所を見に行くべきだと動き出す。そして木々の間を通ろうとしたその時、辺りに漂っていた死臭とは違う例の悪臭が、一気に濃い物となったのにクリスは気づいた。
「あっ…!!」
若い魔術師の声が耳に入った直後、危険を察知したクリスは瞬間移動を行って後方へ動く。先程まで自分がいた場所には、異様に長い手を地面に叩きつけている人型の怪物がいた。痙攣と機械的なぎこちなさを組み合わせた動きで立ち上がったそれは、そのまま二人へ顔と思われる部分を向けて来る。口や鼻といったおおよそ人間ならば備えている大半の器官は存在せず、あるのはギョロリとした巨大な二つの目、それだけだった。白目もなく、仄かに青みがかかった眼球はどこを見ているのかさえ分からない。
瞬きすらもしないその目を見た二人は体中の毛が逆立ち、自分達が漠然とした恐怖に襲われたのを一瞬の身震いと共に味わった。底知れない不安と、原始的本能や反射衝動に近い嫌悪感が一気に脳と心を蝕んでいく。クリスは躊躇う事無く拳銃を引き抜いて撃った。そうしなければ何かがマズいという恐怖に近い危機感によるものである。それは彼の長い人生において、味わったことの無い感情だった。
撃った弾丸の全てが命中したものの、人型の怪物は倒れることなく恐ろしい速さでこちらへ向かってきた。拳銃を投げ捨てて拳を握りしめたクリスは、腕による振りかぶりを躱した直後に横腹へ一発叩きこんだ。怪物は大きく吹き飛ばされるが、大して効果があった様には見えない。その後も戦いは続くが、手応えの無い感触と何の反応も見せないその姿にクリスは僅かだが戦慄した。
すぐに立て直した怪物は幾度となくクリスへ仕掛けて来る。時折、掠った腕による攻撃が木の幹などに当たると、音も無く触れた箇所が抉り取られていた。奇襲の際に攻撃が掠った地面や、発見した死体に出来ている傷と同様に綺麗な断面を見せて抉れている。あのまま奇襲に気づかなければ頭を潰されていたのだろうと、クリスは少しゾッとした。そして怪物が攻撃の間際に、黒い靄の様な物を体へ纏わせているのを目撃していた。
暫し格闘戦が続いて、クリスに蹴飛ばされて怯んだ怪物が再び襲い掛かって行こうとした直後だった。大量の草や蔓、木の枝が怪物へ巻き付いて身体を拘束する。必死に恐怖を抑えつけ、隙を見た魔術師が行ったらしい。暴れ足りないように体を震わせている怪物は鳴き声すら発さずに痙攣と見まがう様な小刻みな動きで藻掻いていた。
「こいつは…何だ ?」
近づいたクリスは困惑を隠さずに言った。初めて見るその奇怪な生物への不安は尽きる事などあるわけもない。
「分かりません。今までこんな奴…見たことがない」
魔術師も同じ意見を持っていたらしく、少し億劫そうな足取りでクリスの隣へ来てから呟いた。
「……呼吸音が聞こえない。まさか、呼吸をしてないのか… ?だから気配を探れなかった」
「それで奇襲に気づけなかった…ってとこか。ひとまず応援を呼ぼう…」
”サイネージ”を使って目の前の怪物を調べた魔術師が、そこから分かった不可思議な生態について述べた。クリスも結論をまとめてから他の連中に知らせようと信号弾を打ち上げ、出来る限り目を合わせないように怪物を睨み続けた。動けなくなっているとはいえ、なぜか胸騒ぎと一抹の不安が心の中で残っている。今はただ、顔を知っている者を近くにおいて、安心感を得たかったのかもしれなかった。
「ん ?」
沼の泥臭さとは違った奇妙な異臭が付近に漂っている事で異変に気付いたクリスは、草をを踏み分けて大木の根本に跪く。彼が動いたのを見て不思議に思った魔術師もそれに続き、跪いているクリスの背後から覗き込んだ。二人が見つけたそれは、男性の死体であった。死臭だけでなく、何か魚と腐った苔のような臭いが鼻に入り、思わず胃からよろしくない物が込みあがってきそうになる。
「心当たりは ?」
クリスが尋ねると、魔術師は顔を背けて静かに項垂れる。
「今日の…見回りを担当していたんです…一体なぜ… ?」
それなりに親しい間柄だったのだろうか、声は震え、気が動転している様だった。クリスが死体に顔を近づけると間違いなく外傷による死体だと判別できたが、その姿は異常であった。
「…一体何があった ?」
死体の腹には穴が開いていた。それだけではなく、体の所々が抉り取られたように窪んでいるか無くなっており、恐ろしいほどにキレイな断面からは血が流れ出続けている。クリスには、犯人がどのような凶器を使ったのか、そしてどのように殺したのかてんで見当がつかなかった。唯一分かるのは、その傷の具合からして時間がそれほど経っていないという点だけである。
「… !今日の見回りの中に女性はいたか ?」
「二人…いました。人手がどうしても足りなかったので、敵討ちがしたいという…志願者を…」
ハッとした様に顔を上げてからクリスが聞くと、完全に怖気づいていた魔術師が答える。
「今まで犯人に関する目撃情報も無かった事を考えると、恐らくはバレないように攫われたか…こうして始末したんだろう。問題はなぜこんな場所に放置しているかだ。わざわざ足跡が残る様なマネをするとはな…」
手掛かりが無かった事件の真相を推測したクリスだったが、腑に落ちない点が残っている事に首を傾げるような心持でいた。何はともあれ、ひとまず立ち上がってから他の場所を見に行くべきだと動き出す。そして木々の間を通ろうとしたその時、辺りに漂っていた死臭とは違う例の悪臭が、一気に濃い物となったのにクリスは気づいた。
「あっ…!!」
若い魔術師の声が耳に入った直後、危険を察知したクリスは瞬間移動を行って後方へ動く。先程まで自分がいた場所には、異様に長い手を地面に叩きつけている人型の怪物がいた。痙攣と機械的なぎこちなさを組み合わせた動きで立ち上がったそれは、そのまま二人へ顔と思われる部分を向けて来る。口や鼻といったおおよそ人間ならば備えている大半の器官は存在せず、あるのはギョロリとした巨大な二つの目、それだけだった。白目もなく、仄かに青みがかかった眼球はどこを見ているのかさえ分からない。
瞬きすらもしないその目を見た二人は体中の毛が逆立ち、自分達が漠然とした恐怖に襲われたのを一瞬の身震いと共に味わった。底知れない不安と、原始的本能や反射衝動に近い嫌悪感が一気に脳と心を蝕んでいく。クリスは躊躇う事無く拳銃を引き抜いて撃った。そうしなければ何かがマズいという恐怖に近い危機感によるものである。それは彼の長い人生において、味わったことの無い感情だった。
撃った弾丸の全てが命中したものの、人型の怪物は倒れることなく恐ろしい速さでこちらへ向かってきた。拳銃を投げ捨てて拳を握りしめたクリスは、腕による振りかぶりを躱した直後に横腹へ一発叩きこんだ。怪物は大きく吹き飛ばされるが、大して効果があった様には見えない。その後も戦いは続くが、手応えの無い感触と何の反応も見せないその姿にクリスは僅かだが戦慄した。
すぐに立て直した怪物は幾度となくクリスへ仕掛けて来る。時折、掠った腕による攻撃が木の幹などに当たると、音も無く触れた箇所が抉り取られていた。奇襲の際に攻撃が掠った地面や、発見した死体に出来ている傷と同様に綺麗な断面を見せて抉れている。あのまま奇襲に気づかなければ頭を潰されていたのだろうと、クリスは少しゾッとした。そして怪物が攻撃の間際に、黒い靄の様な物を体へ纏わせているのを目撃していた。
暫し格闘戦が続いて、クリスに蹴飛ばされて怯んだ怪物が再び襲い掛かって行こうとした直後だった。大量の草や蔓、木の枝が怪物へ巻き付いて身体を拘束する。必死に恐怖を抑えつけ、隙を見た魔術師が行ったらしい。暴れ足りないように体を震わせている怪物は鳴き声すら発さずに痙攣と見まがう様な小刻みな動きで藻掻いていた。
「こいつは…何だ ?」
近づいたクリスは困惑を隠さずに言った。初めて見るその奇怪な生物への不安は尽きる事などあるわけもない。
「分かりません。今までこんな奴…見たことがない」
魔術師も同じ意見を持っていたらしく、少し億劫そうな足取りでクリスの隣へ来てから呟いた。
「……呼吸音が聞こえない。まさか、呼吸をしてないのか… ?だから気配を探れなかった」
「それで奇襲に気づけなかった…ってとこか。ひとまず応援を呼ぼう…」
”サイネージ”を使って目の前の怪物を調べた魔術師が、そこから分かった不可思議な生態について述べた。クリスも結論をまとめてから他の連中に知らせようと信号弾を打ち上げ、出来る限り目を合わせないように怪物を睨み続けた。動けなくなっているとはいえ、なぜか胸騒ぎと一抹の不安が心の中で残っている。今はただ、顔を知っている者を近くにおいて、安心感を得たかったのかもしれなかった。
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