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十一章:戦火の飛び火

第85話 異文化交流

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 その後、ひとまずグレッグとジョージ、アンディ、レグルの四名が警備に協力する事となった。彼らに別れを告げたクリスは、現場への案内を買って出てくれた若い魔術師と共に再び山を下る事となり、最後の被害者が目撃された地点に足を運んでいた。

「他の方々は連れてこなくても良かったんですか  ?」

 若い魔術師が不意に質問してくる。

「敵の正体が見えない状態じゃ、迂闊に動かしても良い事は無い。それに守り人達と交友を深める良い機会だろう。仲良くなれれば連携も取りやすい…それよりここで合ってるのか ?」
「ええ。いつものようにこの辺りで薬や食料に使う野草とキノコを採っていたそうです。しかし、もっと奥深くへ捜して来ると言ったきり、帰って来なくなったそうで…」
「そのまま行方不明、か。目撃者は ?」
「いいえ…同伴していた者達の誰もが見ていないと。大急ぎで気配を探ったものの、手遅れだったそうです」

 交流も兼ねて残ってくれていた方が好都合だとクリスが説明している内に、最後の失踪事件が起きたとされる場所へ着いていた。あれから誰も女性や子供は外出させていないらしく、戦士たちがその役を担っていると若い魔術師は付け加えた。

「今までの失踪事件…無事に帰って来れた奴の中に共通点は ?」
「大概が成人した男性か年寄りでした」
「狙われるのは子供や若い女性だけ、おまけにいなくなるまで誰も気づかない…いくら何でも不自然だな。もしかしたら、無事だった奴らの中に事件の手引きをした裏切り者がいる可能性も…」
「何を仰るのです !我々の中にそのような者がいる筈なんて…大体、そうだとしても理由が分からない」

 断片的な手掛かりを整理し、クリスが冗談交じりに裏切り者の可能性を示唆すると若い魔術師は憤った。俗にいう所の近代社会から隔絶された地域に住んでいる故、彼らの結束は固いものであると信じているらしく、それは確かに間違っている物では無かった。第三者による介入さえなければの話だが。

「どうだか。言い方は悪くなるが、子供や女ならいくらでも使い道がある…」
「じゃあ、まさか…」
「言いたい事は分かるが、そうだと決まったわけじゃないさ。もう少し辺りを調べよう」

 クリスは結論を急がずに捜査を続けようと話を切り上げて、再び周囲の探索を開始する。その一方で、他の者達は上手くやれているだろうかと空を見上げながら少々不安に思っていた。



 ――――昼下がりになり、のどかな冷風が辺りに吹き抜け始めていた頃であった。子供たちの憩いの場となっている広場の中央、焚火の近くに座っていたアンディの周りには、小柄な人影によって賑わいを見せていた。

「こらお前達、そんなに群がっては客人も休めないだろ。少しは遠慮しなさい」

 巡回している見張りは異変に気付き、近寄ってから困り顔で子供たちに注意をした。何か無礼があって関係に響いてはマズいという配慮である。

「フフ、大丈夫です。退屈しのぎにちょうどいいですから」
「ほら、お兄さんも言ってるじゃん !」
「凄いんだよ !このお兄ちゃん、口の中に長い牙があって…ベロに刺青が入ってる !」

 全然平気だとアンディが快く返答するや否や、子供達もそれにあやかって面白い物が見れたと口々に言った。あまり出過ぎた真似はしないようにと釘を刺す見張りだったが、子供たちの言葉に少し気になっているのか妙にぎこちない。

「…良ければ見ます ?」
「いや、しかし――」
「今更気にする事なんで無いですよ。見られて困る物でもありませんから」
「で、では…お言葉に甘えて……ほお…確かにまるで獣のような…それにしても、なぜこんな場所に刺青を ?」

 唆された見張りが近づくとアンディは遠慮なく口を開いて、異様に発達した牙と自らの長い舌に彫りこまれている向日葵の刺青を披露していた。そういったお洒落が下界では流行しているのかなど質問攻めにあっていたが、アンディは楽し気に会話を繰り広げている。そんな彼の近くでは、老人達から見た事も無い果実やら食材を振舞われるジョージの姿があった。

「マンドレイクの眼球ですか…これは、どのようにして食べれば ?」
「なあに。皮が焦げた辺りで取り出して…外側が剥けやすくなってるから…ほれ、塩を付けて口の中へ入れてみろ」

 老人たちはジョージに説明しながら、火の中に放り込んでいた眼球を棒で弄って取り出す。外側を包む焼け爛れた粘膜を破って中身を取り出してから、岩塩を砕いて作ったという塩を一つまみ掛けてジョージへ差し出した。薄緑色をしており、癖が強い臭いを放っているそれを口へ運んでみると、芋類や空豆を彷彿とさせる様なホクホクとした食感が特徴的な珍味に仕上がっていた。

「美味しいですね… !」
「そうだろう ?そしてこれはアケビといってな、食べれる上に蔓や茎は痛み止めにも使える。何より育てやすく…」

 あまり慣れ親しんでない珍味に感激をしながら、守り人達の食生活についてジョージは食べながら解説に耳を傾ける。家業が食材を取り扱う大手の輸入業者だったらしく、自然と調べてみたくなったらしい。

 そこからさらに離れた書物庫では、グレッグが伝承や民俗の文化に詳しいという長老から話を聞き出していた。

「古の魔術師達によって書かれたとされる壁画…それによれば、かつてこの世界は四体の悪魔によって作られた。それぞれが火、水、空気、大地を司り、生命を生み出し、そして気まぐれからか…一部の者達に自らの力の断片や技術を渡した…それが魔術師の起源とされています。ホープ因子と呼ばれる特殊な環境でのみ育つ物質も、悪魔による入れ知恵だと語り継がれています」
「って事は、悪魔は実在して…今も魔術師達はホープ因子を通して彼らから力を貰っていると ?」
「左様。そして悪魔達が住処にしているというのが、この山脈を越えた先にある”運命さだめの手”と呼ばれる場所だと言われています。山脈越えを諦めて逃げ帰った連中曰く、生物には余りに過酷すぎる環境が待っているそうで…故に辿り着いた者はいない。あるのは伝承のみです」

 話の内容は、大昔の魔術師によって作り上げられたという文化英雄としての悪魔という存在の成り立ちなどが主であったが、長老はそれが単なる作り話ではないと豪語する。

「クリスならもしかしたら行けるかもしれませんね…なんて言ったら、やってくれますかね」
「ずっと前にですが…一度、ガーランド殿にも話しましたよ」
「そ、そしたら ?」
「『無駄な危険は犯したくないし、興味もない』と…」
「…昔の彼ってどんな人だったんですか ?」
厚顔無恥こうがんむちという言葉が服を着て歩いている様な男だったのを覚えています…もっとも、ある時を境に大人しくなりましたがね」

 普段の無愛想な顔からでも、案外想像がつきそうなクリスの経歴を端的に知りながら、グレッグは魔術師達がどのような信仰を続けているのかを引き続き調べ続けた。

 騎士達がそれぞれのやり方で守り人達と交流をし続ける中、少し離れた崖で拠点を見下ろしながら微笑ましそうにするレグルと、対照的に沈黙して厳しく睨むヴァインがいた。

「気は変わりそうか ?案外悪い奴らじゃ無さそうだろ」
「…油断は出来ん」

 レグルは悪くないだろと同盟を結ぶことを遠回しに勧めていたが、ヴァインは頑なに結論を出すことを避けていた。

「それにしても…ガーランドまでいるんだ。変な形とはいえ、久々の再会だな」
「ああ、まさか奴があんな姿になっていようとは。なぜ奴は魔術師に戻ろうとしないのだ ?」

 話しかけて来るレグルに対して、ヴァインが疑問を呈する。同窓会気分でにやけていたレグルから浮かれた気分が消え、しばらく何かを考えこんだ後に憂鬱そうな顔で打ち明け始めた。

「ここに来る道中で奴と話したよ…これまで何度かホープ因子の投与を試みたらしいが、体が成熟しきっているせいで免疫を持つ細胞によって食い殺されてしまうんだと。そうなると、何で生まれつき持っていたのかってのが謎だが」
「…もうあの頃には戻れんのだな」
「ああ、そうらしい…懐かしいねえ。魔術師界のお尋ね者三人組で、好き放題バカやってた頃が」

 クリスがもう魔術師として復帰できないという事を悟った二人は、昔を懐かしみながら寂しげな表情で風に吹かれていた。拠点から聞こえる声や、どこかの木々からこだましている鳥のさえずりだけが僅かに虚無感を埋め合わせてくれる。特に何を言うわけでも無くヴァインが引き返し始めると、レグルもそれに続いて拠点へと戻って行った。
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