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十一章:戦火の飛び火
第81話 知らぬが吉
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クリスが寝台列車の指定された部屋へ向かうと、アンディが一足先に寝床で寛いでいた。外套を壁に掛けて荷物類は部屋の隅の方にこじんまりと置かれている。シャツをはだけさせて横になっていた彼だったが、入って来たクリスに気づくと指先を動かしながら手を振った。
「…何でお前となんだ」
「私が勝手に予約させていただきました。顔見知りの方がご一緒だと過ごしやすいですから」
艶めかしい雰囲気を放ち、舐めるような視線で彼を見ながらアンディは質問に答える。そしてクリスが部屋に入ると、ベッドから起き上がって足を組みながら座り込んだ。
「大体なぜ騎士団に来たんだ」
「ネロ、彼の死にざまを見たかったからです。騎士団ならばそれが出来そうだと思った。実力があるという理由だけで、あなたが入れるなら或いは私もと考えまして…それに」
「それに ?」
「恩返しがしたかったのと、気に入ったからです…あなたの事が」
「…気持ち悪いからやめろ。死んだ恋人が泣くぞ」
荷物の中からルートビアを取り出しながらクリスが一連の行動に関する動機を尋ねた所、顎に手を当てながらアンディは嬉しそうに話す。しかし、クリスは気色悪いと思いながらそっぽを向いてベッドへ横になった。
「ご心配なく、どう足掻いても彼がナンバーワンである事に揺るぎはありませんから。それはそれとして、です」
「じゃあ他の相手を見つけてくれ。男と関係を持つ気はない」
あくまで本命ではないと注釈を入れるアンディだったが、クリスにとってはそれ以前の問題であった。待遇の良さや成り行きに任せて騎士団へ入った自分の事は棚に上げ、そんな軽い気持ちで来て良いような場所では無いだろうと思いながら腕を枕にして目を閉じる。心を無にして昼寝に打ち込もうとするものの、やはり考えてしまうのはマーシェの言っていた自分の体の持つ謎についてだった。
幼少期の記憶が無い以上、それだけが自分の過去へ迫れる唯一の手掛かりであるというのに、調べれば調べる程分からなくなっていく。誰の手によって、どうして自分が生まれ、一人で生きていく羽目になったのかをとにかく彼は知りたかった。生きる目標として、或いは反面教師となってくれる筈の親がいないことで孤独な生活を強いられてきたが故に、彼は常に自分の存在意義に悩み続けていたのである。ブラザーフッドでも騎士団でも、他人が自分を必要としてくれればそれで良かったのかもしれない。
また余計な事を考えてしまったと思っていた時、ドアがノックされた後にジョージが顔を出して来た。
「お二人とも、食事にしませんか ?」
にこやかに話しかけてくれた彼へ適当に返事をしたクリスはベッドから起き上がり、ブーツをはき直してから食堂車へ向かおうとする。「命を助けてくれた事に対する恩返しがしたかった」という点について、もっと深く言及しておくべきだったかとアンディは項垂れてから彼の後を追った。
――――呑気に出かけられるような状況じゃ無い事もあってか、車内は酷く寂しいものであった。メニューを渡された一同だったが、食料の入荷に影響があるせいで大した料理が出せないとウェイターに釘を刺されてしまう。仕方なく全員でスクランブルエッグとトーストを頼み、車窓の外へ目をやりながら談笑を始めた。
「吸血鬼は日光に当たると死んでしまうと聞いていたが、君は平気なようだな」
水を飲みながらレグルは話を切り出した。
「死にはしませんが活動に支障が出るんです。吸血鬼達は体に流れる血液を、自らの肉体の一部として操作する…「操血闘術」と呼ばれる戦う術を身に付ける者が多くいました。血液中にある自らの意思に呼応する細胞たちを操作するのですが、強い紫外線に弱く、操作している血液が日光に当たるとその細胞たちが死滅してしまう。ですから日の光がある場所では使えないのです」
アンディの話を食い入るようにグレッグは聞いていた。国の各地に伝わる伝承や文化について調べるのが好きだという彼からすれば、この件は大変興味深い話なのだろう。
「故に吸血鬼が活動を行うのは夜か日の差さない悪天候時のみ…そこから『太陽に弱い』というイメージに繋がったんでしょうね。私の場合は人間の血が混ざっているせいか、出来る事が限られていますが白昼でも問題なく使用できるようになっているみたいです…威力や発動できるスピードに若干劣化がありますがね。私も自分で調べて初めて分かった事です」
「成程…そうやって現在の童話に出て来る吸血鬼のイメージが出来上がったのか…」
アンディの解説が終わると、グレッグは感心した様に呟いてから頷く。これまで遭遇したことが無い吸血鬼の生態について少し知る事が出来たという事もあってか、他の者達も同様に驚いていた。
「おや ?見てください、凄い大きさのクレーターがありますよ。しかもあんなに沢山 !」
列車がトンネルを抜けた先には、名所の一つとなっているクレーター群が広がる荒野が待ち構えていた。話を切り上げて無邪気にはしゃぐアンディが見ているそれは、百年以上前に出来上がったものであると推測されていた。付近に散らばっていた岩石や土の成分が別の土地の物であるという点から、今も研究が進められているという場所だった。
「最近、魔術師達が保管していた大昔の伝承に関する記録に、山が空を飛んでいたという記述が見つかったらしい。まさかとは思うが、それと関係があるのかもしれないな…山が空から降って来たとか」
「まさかあ !」
物珍しそうに見物するグレッグ達にレグルは笑いながら研究の進捗を伝え、そんな事があるわけ無いだろうと全員が楽し気に否定していたが、クリスだけは騒ぐことなく黙ってその光景を見ていた。彼は懐かしさを感じていたのである。
「ん ?クリスさん、どうかしましたか ?」
「え…ああ、いや何も…」
ジョージは不思議がっていたが、クリスは言い淀みながら問題無いと答える。謎はそのままにしておいた方が神秘性があって良いというどこかのオカルトマニアが言っていた事を思い出しつつ、彼は他の者達が墓場へ行くまで真相を黙っていようと決意していた。
百年前かそれ以上かは定かでないが、まだ若かった彼が風来坊として各地を回っていた頃に巨大な魔物の生息地に迷い込んでしまった時の事であった。際限なく自分に襲い掛かって来る魔物達に嫌気が差した結果、近くの山脈を彼は魔法による操作で砕き、それによって出来た無数の残骸を空の遥か彼方から隕石に見立てて叩きつけてやったのである。さながら流星群のようだったそれは、今にして思えば若気の至りであった。想定外の破壊力によって生態系が死滅しかけた事に対して、深く反省と後悔をした事をクリスは覚えている。
そんな事実を話した所で信じてくれるかは分からない上に、信じたところで白けるか、自分に対してある種の嫌悪感を抱かれる事は間違いないとクリスは思った。沈黙は嫌われたくないという彼なりの答えだったのである。
「と、ところでレグルさん。我々がこれから向かう場所についてですが…」
ようやく運ばれて来た食事を取りながら、グレッグはレグルに対して今後の予定を切り出して来た。
「ああ。”守り人”と呼ばれる魔術師連中の縄張りだ。危険地帯へ途中で何度か入り込むから気を付けないといけない。おまけに奴らと来たら、中々の曲者でな…まあ、何とかしてくれるよな ?クリス」
「他人事だと思いやがって…」
グレッグに対してレグルは情報を伝えていると、執務室で見せた時と同じように意地の悪い笑みをクリスに見せた。悪態をついてコーヒーを飲むクリスだったが、決して険悪な感情を持っているわけではない。レグルとクリスはブラザーフッドに属していた頃からこのような交友関係であり、闇雲に褒めちぎって自分に擦り寄って来る連中とは違う彼の態度をクリス自身もまた楽しんでいた。
「守り人たちと…過去に何かあったのですか ?」
「ハハハ、行けば分かるさ。あんた達も何でコイツに敵が多いのか、少し理解できると思うぜ」
クリスの気まずそうな顔を見たアンディは疑問を呈したが、レグルは行ってからのお楽しみだとして茶を濁す。一方でクリスは、何か不測の事態でも起きて任務が中止になってくれないものかと祈っていた。
「…何でお前となんだ」
「私が勝手に予約させていただきました。顔見知りの方がご一緒だと過ごしやすいですから」
艶めかしい雰囲気を放ち、舐めるような視線で彼を見ながらアンディは質問に答える。そしてクリスが部屋に入ると、ベッドから起き上がって足を組みながら座り込んだ。
「大体なぜ騎士団に来たんだ」
「ネロ、彼の死にざまを見たかったからです。騎士団ならばそれが出来そうだと思った。実力があるという理由だけで、あなたが入れるなら或いは私もと考えまして…それに」
「それに ?」
「恩返しがしたかったのと、気に入ったからです…あなたの事が」
「…気持ち悪いからやめろ。死んだ恋人が泣くぞ」
荷物の中からルートビアを取り出しながらクリスが一連の行動に関する動機を尋ねた所、顎に手を当てながらアンディは嬉しそうに話す。しかし、クリスは気色悪いと思いながらそっぽを向いてベッドへ横になった。
「ご心配なく、どう足掻いても彼がナンバーワンである事に揺るぎはありませんから。それはそれとして、です」
「じゃあ他の相手を見つけてくれ。男と関係を持つ気はない」
あくまで本命ではないと注釈を入れるアンディだったが、クリスにとってはそれ以前の問題であった。待遇の良さや成り行きに任せて騎士団へ入った自分の事は棚に上げ、そんな軽い気持ちで来て良いような場所では無いだろうと思いながら腕を枕にして目を閉じる。心を無にして昼寝に打ち込もうとするものの、やはり考えてしまうのはマーシェの言っていた自分の体の持つ謎についてだった。
幼少期の記憶が無い以上、それだけが自分の過去へ迫れる唯一の手掛かりであるというのに、調べれば調べる程分からなくなっていく。誰の手によって、どうして自分が生まれ、一人で生きていく羽目になったのかをとにかく彼は知りたかった。生きる目標として、或いは反面教師となってくれる筈の親がいないことで孤独な生活を強いられてきたが故に、彼は常に自分の存在意義に悩み続けていたのである。ブラザーフッドでも騎士団でも、他人が自分を必要としてくれればそれで良かったのかもしれない。
また余計な事を考えてしまったと思っていた時、ドアがノックされた後にジョージが顔を出して来た。
「お二人とも、食事にしませんか ?」
にこやかに話しかけてくれた彼へ適当に返事をしたクリスはベッドから起き上がり、ブーツをはき直してから食堂車へ向かおうとする。「命を助けてくれた事に対する恩返しがしたかった」という点について、もっと深く言及しておくべきだったかとアンディは項垂れてから彼の後を追った。
――――呑気に出かけられるような状況じゃ無い事もあってか、車内は酷く寂しいものであった。メニューを渡された一同だったが、食料の入荷に影響があるせいで大した料理が出せないとウェイターに釘を刺されてしまう。仕方なく全員でスクランブルエッグとトーストを頼み、車窓の外へ目をやりながら談笑を始めた。
「吸血鬼は日光に当たると死んでしまうと聞いていたが、君は平気なようだな」
水を飲みながらレグルは話を切り出した。
「死にはしませんが活動に支障が出るんです。吸血鬼達は体に流れる血液を、自らの肉体の一部として操作する…「操血闘術」と呼ばれる戦う術を身に付ける者が多くいました。血液中にある自らの意思に呼応する細胞たちを操作するのですが、強い紫外線に弱く、操作している血液が日光に当たるとその細胞たちが死滅してしまう。ですから日の光がある場所では使えないのです」
アンディの話を食い入るようにグレッグは聞いていた。国の各地に伝わる伝承や文化について調べるのが好きだという彼からすれば、この件は大変興味深い話なのだろう。
「故に吸血鬼が活動を行うのは夜か日の差さない悪天候時のみ…そこから『太陽に弱い』というイメージに繋がったんでしょうね。私の場合は人間の血が混ざっているせいか、出来る事が限られていますが白昼でも問題なく使用できるようになっているみたいです…威力や発動できるスピードに若干劣化がありますがね。私も自分で調べて初めて分かった事です」
「成程…そうやって現在の童話に出て来る吸血鬼のイメージが出来上がったのか…」
アンディの解説が終わると、グレッグは感心した様に呟いてから頷く。これまで遭遇したことが無い吸血鬼の生態について少し知る事が出来たという事もあってか、他の者達も同様に驚いていた。
「おや ?見てください、凄い大きさのクレーターがありますよ。しかもあんなに沢山 !」
列車がトンネルを抜けた先には、名所の一つとなっているクレーター群が広がる荒野が待ち構えていた。話を切り上げて無邪気にはしゃぐアンディが見ているそれは、百年以上前に出来上がったものであると推測されていた。付近に散らばっていた岩石や土の成分が別の土地の物であるという点から、今も研究が進められているという場所だった。
「最近、魔術師達が保管していた大昔の伝承に関する記録に、山が空を飛んでいたという記述が見つかったらしい。まさかとは思うが、それと関係があるのかもしれないな…山が空から降って来たとか」
「まさかあ !」
物珍しそうに見物するグレッグ達にレグルは笑いながら研究の進捗を伝え、そんな事があるわけ無いだろうと全員が楽し気に否定していたが、クリスだけは騒ぐことなく黙ってその光景を見ていた。彼は懐かしさを感じていたのである。
「ん ?クリスさん、どうかしましたか ?」
「え…ああ、いや何も…」
ジョージは不思議がっていたが、クリスは言い淀みながら問題無いと答える。謎はそのままにしておいた方が神秘性があって良いというどこかのオカルトマニアが言っていた事を思い出しつつ、彼は他の者達が墓場へ行くまで真相を黙っていようと決意していた。
百年前かそれ以上かは定かでないが、まだ若かった彼が風来坊として各地を回っていた頃に巨大な魔物の生息地に迷い込んでしまった時の事であった。際限なく自分に襲い掛かって来る魔物達に嫌気が差した結果、近くの山脈を彼は魔法による操作で砕き、それによって出来た無数の残骸を空の遥か彼方から隕石に見立てて叩きつけてやったのである。さながら流星群のようだったそれは、今にして思えば若気の至りであった。想定外の破壊力によって生態系が死滅しかけた事に対して、深く反省と後悔をした事をクリスは覚えている。
そんな事実を話した所で信じてくれるかは分からない上に、信じたところで白けるか、自分に対してある種の嫌悪感を抱かれる事は間違いないとクリスは思った。沈黙は嫌われたくないという彼なりの答えだったのである。
「と、ところでレグルさん。我々がこれから向かう場所についてですが…」
ようやく運ばれて来た食事を取りながら、グレッグはレグルに対して今後の予定を切り出して来た。
「ああ。”守り人”と呼ばれる魔術師連中の縄張りだ。危険地帯へ途中で何度か入り込むから気を付けないといけない。おまけに奴らと来たら、中々の曲者でな…まあ、何とかしてくれるよな ?クリス」
「他人事だと思いやがって…」
グレッグに対してレグルは情報を伝えていると、執務室で見せた時と同じように意地の悪い笑みをクリスに見せた。悪態をついてコーヒーを飲むクリスだったが、決して険悪な感情を持っているわけではない。レグルとクリスはブラザーフッドに属していた頃からこのような交友関係であり、闇雲に褒めちぎって自分に擦り寄って来る連中とは違う彼の態度をクリス自身もまた楽しんでいた。
「守り人たちと…過去に何かあったのですか ?」
「ハハハ、行けば分かるさ。あんた達も何でコイツに敵が多いのか、少し理解できると思うぜ」
クリスの気まずそうな顔を見たアンディは疑問を呈したが、レグルは行ってからのお楽しみだとして茶を濁す。一方でクリスは、何か不測の事態でも起きて任務が中止になってくれないものかと祈っていた。
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