75 / 115
十章:不尽
第75話 なめんなよ
しおりを挟む
今度はこちらからと殴りかかっていったクリスだったが、パンチや蹴りさえもいなされてしまい、その都度殴り返される。ギャッツがただ馬鹿力だけに頼っている男では無い事は、その慣れているらしい体捌きによって分からされた。
「…抵抗できるだけの意地が残っていたんですね」
てっきり最初のダウンでクリスが諦めるものかと思っていたアンディは、張り合おうとしてくる彼の姿に関心を示した。ここから先、何度殺された段階で音を上げるのかを想像していると、二人の殴り合いに早くも動きがあった。
打撃の応酬の最中、隙をついたクリスがようやく腹に拳を撃ち込んだ。しかしギャッツは微動だにせず、一瞬だけ困惑を見せたクリスの顔面へフックを打ち込んでテーブルへ叩きつける。クリスがぶつかった衝撃でテーブルが引っくり返され、クロスやら蝋燭台やらが滅茶苦茶に舞い上がった後に床へ散らばった。
「パンチの打ち方が分かったかな ?ガーランド君」
小馬鹿にした様子でギャッツは、散乱した物の中に埋もれているクリスへ近づいていく。ただのフックでさえこの威力なのかと、クリスは人生で数えるほどしか味わった事のないであろう久々の絶望感に苛まれた。直後、追撃が来たことに気づき、間一髪の所で瞬間移動を発動した。
「ほう、それが噂に聞く"闇"か」
床に入ったヒビから拳を引き上げながらギャッツは言う。たかがパンチで大理石の床さえも砕きそうになるなど、自分以外にそんな芸当が出来る者がいた事にも驚きだが、こちらの情報があらかた筒抜けになっている事も厄介であった。
「科学や魔術師達の知識を以てしても、未だ解明のされていない力…気になる物ではあるが、俺にとっては何の問題も無い」
ギャッツがそう言ったが、クリスは特に言い返したりはしなかった。というより、そんな余裕は無かった。距離を取りながら様子を窺い、瞬間移動で背後へ回り込むことを決めたクリスはすぐさま実行へ移す。この一夜における乱用によって、体力的にもキツイものがあったが悠長なことを言っている場合ではない。一呼吸だけ置いてから、クリスは遂に瞬間移動を発動して回り込んだ。
「間抜けめ」
刹那、そんな声が聞こえたかと思った直後にギャッツが振り向いた。恐ろしいすばやさであり、飛び蹴りを食らわそうとしていたクリスの腹めがけて拳が入る。一言で例えるならそれはまさしく砲弾であった。再び体の中で強烈な鈍痛が走り、気が付けば部屋の奥の壁に叩きつけられていた。息も出来なくなっており、横隔膜を破壊され、内蔵の数か所が潰されたのが分かった。
「スピードに頼る奴は決まって背後を取ろうとする。不意打ちをしたいがためにワンパターンな方法しか取らない…何故だか分かるか ?心の奥底、本人さえ自覚が無いであろう潜在的な意識の中で油断しているからだ。自分の動きに追い付ける筈はない…そうした自負や前提によって今の貴様のように無様を晒す。最も、どの方向からかかって来ようと負ける気はせんがね」
ギャッツは未熟者めと説教をかましながら再び迫って来る。その頃、吹き飛ばされて床で這いつくばっているクリスを、アンディは膝を組みながら椅子に座って見ていた。一瞬、こちらを恨めしそうに見てきたクリスにウインクを送る。彼なりの応援であったが、やはり考える事はギャッツの持つ化け物じみた身体能力だった。有象無象が相手であれば一騎当千とも言える力量を持つクリスでさえ、完膚なきまでにぶちのめされるしかない。規格外な力であった。
滅茶苦茶になったダイニングルームを歩いている時、ギャッツがアンディを見てから笑ってみせる。マスクに隠れて口元は分からなかったが、その目つきや仕草ですぐに分かった。これほどまでに強い者が自分を求め、傍らに置いてくれているという事実がアンディに更なる興奮と優越感を与える。強い者には従わなければならないという五体へ徹底的に植え付けられた思想と、それに反発して束縛されたくないという本心がせめぎ合う事で彼の性根は形成されていた。ギャッツはまさしく、そんな自分を満たしてくれる数少ない存在だったのである。
こちらへ手を振り返してくれたアンディに頷いてから、ギャッツは今まさに立ち上がろうとするクリスの頭を掴んで無理やり引き上げた。
「降るか、続けるか…選べ」
ギャッツが静かに尋ねてきた。返答次第でこれから自分の顔がどうなってしまうのか、わし掴みにしている指の力と締め付けられるような頭痛によってクリスは理解する。しかし、その程度で騎士団の仲間達を裏切れる程の薄情さは流石に無かった。
「…くたばれ脳筋ゲイ野郎」
発言から間髪入れることなく、クリスは頭部を何度も壁に叩きつけられた。顔面が壁にめり込むたび、亀裂の大きさと壁に作られた陥没の深さは増していく。そのまま動かなくなったクリスの体を放り、背を向けたギャッツだったが不意に先程とは比べ物にならない殺気を感じ取った。
「へえ…」
アンディが感嘆の声を漏らす。視線の先には懲りずに立ち上がってギャッツを睨むクリスの姿があった。
「追撃はどうした ?それとも怖いのか ?」
そう言ってクリスは邪悪な笑みを浮かべる。それが挑発である事は誰の目にも明らかだった。ギャッツは青筋を立てながら駆け出し、全力で勢いをつけた拳を彼の顔面に放った。凄まじい破裂音のようなものが響き、クリスが衝撃で後ろへ後退してしまったのか、靴の摩擦による焦げが床についていた。
「あんたを過少評価しすぎていた…すまなかったな。こっちもようやく…気持ちが追い付いて来た」
両手でギャッツの拳を掴む事で攻撃を受け止めたクリスは、そう言いながら彼を見る。ここからが本番だと悟ったギャッツは、やはり自分の目に狂いは無かった事を心の中で歓喜した。
「…抵抗できるだけの意地が残っていたんですね」
てっきり最初のダウンでクリスが諦めるものかと思っていたアンディは、張り合おうとしてくる彼の姿に関心を示した。ここから先、何度殺された段階で音を上げるのかを想像していると、二人の殴り合いに早くも動きがあった。
打撃の応酬の最中、隙をついたクリスがようやく腹に拳を撃ち込んだ。しかしギャッツは微動だにせず、一瞬だけ困惑を見せたクリスの顔面へフックを打ち込んでテーブルへ叩きつける。クリスがぶつかった衝撃でテーブルが引っくり返され、クロスやら蝋燭台やらが滅茶苦茶に舞い上がった後に床へ散らばった。
「パンチの打ち方が分かったかな ?ガーランド君」
小馬鹿にした様子でギャッツは、散乱した物の中に埋もれているクリスへ近づいていく。ただのフックでさえこの威力なのかと、クリスは人生で数えるほどしか味わった事のないであろう久々の絶望感に苛まれた。直後、追撃が来たことに気づき、間一髪の所で瞬間移動を発動した。
「ほう、それが噂に聞く"闇"か」
床に入ったヒビから拳を引き上げながらギャッツは言う。たかがパンチで大理石の床さえも砕きそうになるなど、自分以外にそんな芸当が出来る者がいた事にも驚きだが、こちらの情報があらかた筒抜けになっている事も厄介であった。
「科学や魔術師達の知識を以てしても、未だ解明のされていない力…気になる物ではあるが、俺にとっては何の問題も無い」
ギャッツがそう言ったが、クリスは特に言い返したりはしなかった。というより、そんな余裕は無かった。距離を取りながら様子を窺い、瞬間移動で背後へ回り込むことを決めたクリスはすぐさま実行へ移す。この一夜における乱用によって、体力的にもキツイものがあったが悠長なことを言っている場合ではない。一呼吸だけ置いてから、クリスは遂に瞬間移動を発動して回り込んだ。
「間抜けめ」
刹那、そんな声が聞こえたかと思った直後にギャッツが振り向いた。恐ろしいすばやさであり、飛び蹴りを食らわそうとしていたクリスの腹めがけて拳が入る。一言で例えるならそれはまさしく砲弾であった。再び体の中で強烈な鈍痛が走り、気が付けば部屋の奥の壁に叩きつけられていた。息も出来なくなっており、横隔膜を破壊され、内蔵の数か所が潰されたのが分かった。
「スピードに頼る奴は決まって背後を取ろうとする。不意打ちをしたいがためにワンパターンな方法しか取らない…何故だか分かるか ?心の奥底、本人さえ自覚が無いであろう潜在的な意識の中で油断しているからだ。自分の動きに追い付ける筈はない…そうした自負や前提によって今の貴様のように無様を晒す。最も、どの方向からかかって来ようと負ける気はせんがね」
ギャッツは未熟者めと説教をかましながら再び迫って来る。その頃、吹き飛ばされて床で這いつくばっているクリスを、アンディは膝を組みながら椅子に座って見ていた。一瞬、こちらを恨めしそうに見てきたクリスにウインクを送る。彼なりの応援であったが、やはり考える事はギャッツの持つ化け物じみた身体能力だった。有象無象が相手であれば一騎当千とも言える力量を持つクリスでさえ、完膚なきまでにぶちのめされるしかない。規格外な力であった。
滅茶苦茶になったダイニングルームを歩いている時、ギャッツがアンディを見てから笑ってみせる。マスクに隠れて口元は分からなかったが、その目つきや仕草ですぐに分かった。これほどまでに強い者が自分を求め、傍らに置いてくれているという事実がアンディに更なる興奮と優越感を与える。強い者には従わなければならないという五体へ徹底的に植え付けられた思想と、それに反発して束縛されたくないという本心がせめぎ合う事で彼の性根は形成されていた。ギャッツはまさしく、そんな自分を満たしてくれる数少ない存在だったのである。
こちらへ手を振り返してくれたアンディに頷いてから、ギャッツは今まさに立ち上がろうとするクリスの頭を掴んで無理やり引き上げた。
「降るか、続けるか…選べ」
ギャッツが静かに尋ねてきた。返答次第でこれから自分の顔がどうなってしまうのか、わし掴みにしている指の力と締め付けられるような頭痛によってクリスは理解する。しかし、その程度で騎士団の仲間達を裏切れる程の薄情さは流石に無かった。
「…くたばれ脳筋ゲイ野郎」
発言から間髪入れることなく、クリスは頭部を何度も壁に叩きつけられた。顔面が壁にめり込むたび、亀裂の大きさと壁に作られた陥没の深さは増していく。そのまま動かなくなったクリスの体を放り、背を向けたギャッツだったが不意に先程とは比べ物にならない殺気を感じ取った。
「へえ…」
アンディが感嘆の声を漏らす。視線の先には懲りずに立ち上がってギャッツを睨むクリスの姿があった。
「追撃はどうした ?それとも怖いのか ?」
そう言ってクリスは邪悪な笑みを浮かべる。それが挑発である事は誰の目にも明らかだった。ギャッツは青筋を立てながら駆け出し、全力で勢いをつけた拳を彼の顔面に放った。凄まじい破裂音のようなものが響き、クリスが衝撃で後ろへ後退してしまったのか、靴の摩擦による焦げが床についていた。
「あんたを過少評価しすぎていた…すまなかったな。こっちもようやく…気持ちが追い付いて来た」
両手でギャッツの拳を掴む事で攻撃を受け止めたクリスは、そう言いながら彼を見る。ここからが本番だと悟ったギャッツは、やはり自分の目に狂いは無かった事を心の中で歓喜した。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
追い出された万能職に新しい人生が始まりました
東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」
その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。
『万能職』は冒険者の最底辺職だ。
冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。
『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。
口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。
要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。
その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。
転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~
ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。
異世界転生しちゃいました。
そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど
チート無いみたいだけど?
おばあちゃんよく分かんないわぁ。
頭は老人 体は子供
乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。
当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。
訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。
おばあちゃん奮闘記です。
果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか?
[第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。
第二章 学園編 始まりました。
いよいよゲームスタートです!
[1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。
話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。
おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので)
初投稿です
不慣れですが宜しくお願いします。
最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。
申し訳ございません。
少しづつ修正して纏めていこうと思います。
プライベート・スペクタル
点一
ファンタジー
【星】(スターズ)。それは山河を変えるほどの膂力、千里を駆ける脚力、そして異形の術や能力を有する超人・怪人達。
この物語はそんな連中のひどく…ひどく個人的な物語群。
その中の一部、『龍王』と呼ばれた一人の男に焦点を当てたお話。
(※基本 隔週土曜日に更新予定)
転生先の異世界で温泉ブームを巻き起こせ!
カエデネコ
ファンタジー
日本のとある旅館の跡継ぎ娘として育てられた前世を活かして転生先でも作りたい最高の温泉地!
恋に仕事に事件に忙しい!
カクヨムの方でも「カエデネコ」でメイン活動してます。カクヨムの方が更新が早いです。よろしければそちらもお願いしますm(_ _)m
勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。
八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。
パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。
攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。
ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。
一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。
これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。
※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。
※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。
※表紙はAIイラストを使用。
のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる