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十章:不尽

第69話 机上の空論

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 レングートの町において一番の規模を持つ宿泊施設であったルアゴスホテルの所有者は、他ならぬガトゥーシ・クロードであった。その最上階から雨に濡れた金融街の街並みをクロードは見下ろしており、部下達も武装した状態ではあるが部屋で寛いでいる。

「しかしクロード様、本当に行かなくても良かったんですか ?」

 だだっ広いテーブルを使ってやりにくそうにポーカーを遊んでいた部下の一人が、ゲンサイやリュドミーラと共に銀行へ向かわなかったのは何故なのかを尋ねて来る。

「なぜ行く必要がある ?世の中ってのは適材適所を意識するのが大事なんだ。彼らは腕っぷしに自信があるようだから恐喝や実力行使を任され、一方でそれなりに権力と人脈、金を持つ俺が机仕事を任されている…あの単細胞二人の立場はともかく、俺に関して言えば代わりが務まらないだろう ?」

 クロードは悠々自適そうに窓から離れ、部屋の中を歩き回りながら得意気に語る。

「暴れるための金の用意、役人や商人、貴族連中を利用した事件のもみ消し…俺だからできる事さ」
「成程~。でも、それじゃあ組織のボスになるつもりは無いって事ですか ?手柄を横取りされちゃいますよ ?」

 シャドウ・スローンの人間が街で活動できるのは、自分の暗躍あってこそだとクロードが語っていた時、部下の一人がとぼけた様な顔でさらに聞いて来る。クロードは怒ったり呆れるわけでも無く、面白い冗談だと高笑いしながら首を振った。

「これからの時代、頭を使える奴が残っていくのさ。その点に関しては、ボスもまだまだ分かっちゃいない !ブラザーフッドの使いがボスと例の賞金首に関する情報について話していたんだが…あれが全て事実なら、少なくともゲンサイとリュドミーラは勝てない。二人がかりだろうとな」

 近くに盛られていた皿の上のフルーツから洋梨を拝借して、それを齧りながらクロードは彼らが返り討ちに遭うのは確実だと自身の考えを述べた。それが何を意味するのかピンと来ていない様子で周りの者達はクロードを見ていたが、やがて一人が気づいたように話しかける。

「じゃあ、銀行を襲撃して騎士団を誘きよせるって作戦を提案したのも…二人に死んで欲しいからですか ?」
「ほう、中々鋭いじゃないか。あいつらが死んでくれれば必然的に俺の地位は上がるだろう。奴らの代わりが見つかるまでの間は、今以上に使える権限も金も増える。その間に影響力を強めていくんだ。お前達にだって悪い話じゃあない…俺が一言『彼らが暴動の最中、ガーランドから必死に護衛をしてくれていた』と報告すれば、間違いなく報酬がもらえる…上手く行けば昇格もあり得る」

 意図に気づいたらしい部下をクロードは褒めると、自身のささやかな野望を悪そうな笑顔で説明する。自分達もお零れにあやかれると知った彼らは、期待に胸を膨らませるように感嘆の声を漏らした。

「でも、もしガーランドの野郎が銀行にいる連中から情報を手に入れてここに来たら…」
「問題ない。だから指揮を執らせる時に二人へ伝えておいた…『手柄を横取りしようとしている裏切り者たちだ。金は別途で用意してやるから始末して欲しい』ってな。特にリュドミーラの奴は妙に気合が入ってた…邪魔をされたくないと言って殺すさ。おまけに二人は、俺が今この場所に居る事を知らない。送り込んだ部下の中にはホテルの見張りを任せていた者もいたが、遅かれ早かれ銀行で殺されてしまう…」
「二人は死んで、あなたの居場所を知っている他の同胞も死ぬ。それで、ガーランドはあなたの行方を追えないで終わる…さっきの話と合わせて、最終的には得をするって事ですか !流石だあ !」

 クロードが懸念に関してもとっくに対策済みである事を伝えると、ようやく全貌が掴めてきた部下達は称賛の声を上げた。

「分かって来たじゃないか。裏社会と言えど力だけじゃない、頭の使い方次第でいくらでも成り上がれるんだ。無理にナンバーワンを目指す必要は無い。よし、せっかくだ…祝杯代わりに何か飲むか ?ワインならあるぞ。仕入れたばかりのヴィンテージ物、俺の故郷のブドウで作っている。そしてある程度したら、街から離れてほとぼりが冷めるのを待つんだ。騒動が終われば…安全な形での出世が待っている」
「ヒャッホオオオウ!!」

 クロードはすっかり上機嫌になったのか、酒をご馳走してやるとワインセラーへ向かう。部下達は思わず歓喜していた。赤黒い酒が詰まった瓶を二本ほど手に取り、揚々と部下達のもとへ戻って来たクロードはグラスを用意させてからワインを注いでいく。

 その場にいた全員分が用意され、いざ手に取ろうとした時だった。強烈な音と共に壁が吹き飛ばされ、煙の中から一人の男が部屋に侵入してくる。体当たりで壁を突き破ったその男の顔を見た瞬間、誰もが絶望を露にした。

「ガ、ガーランド…」

 クロードは震える声で呟く。武器を手に取ろうとした者にいち早くクリスは反応し、拳銃で射殺すると牽制するように周りを睨んだ。

「ガトゥーシ・クロードはどいつだ ?」

 クリスの声に部下達は即座に反応し、一斉にクロードを指差した。下手なマネをすれば殺される事を理解した結果である。あっさり捨てられてしまったという事実に呆然としていたクロードだったが、厳つい長身の男がこちらへ接近している事に気づいて思わず駆け出そうとする。が、瞬間移動で回り込まれてしまった。一発だけ顔面を殴られて気を失ったクロードをクリスは担ぎ上げる。

「少し借りるぞ」

 クリスは一言だけ言い残してから、クロードを破壊された壁からどこかへと連れ去って行った。



 ――――意識がおぼろげに戻っていく中で、クロードは妙な違和感を感じた。目を開けてみると、視界に飛び込んできたのは遥か先にある地面である。血が上って頭が重くなってきた事で、ようやく宙づりにされている事に気づいた。

「え… ?うわあああああ !」
「おはよう。ついでに言っておくが、ここはホテルの屋根の上だ」

 揺られながら叫び声を上げるクロードに対して、クリスは挨拶がてら状況を伝えた。

「何が目的だ!?」
「言わなくても分かるだろ。ギャッツとかいう男の居場所を教えろ」

 クロードの片足を掴んだままクリスは用件を伝えた。

「は、話したら助けてくれるんだな…」
「答え次第だ。納得いかなかったら地面とキスしてもらうぜ」
「そ、そんな…」

 命の保証をして欲しかったのだが、クリスは答えをぼかしながら彼を急かす。途中、ポケットに入れていたコインが吸い込まれるように落下していくのを目撃した
クロードは、調子に乗ってこんな物を建てるんじゃなかったと悔やんだ。

「せめて…命だけは保証してくれないか…知っている事は全部話す――」
「おっと手が滑った」
「うわあああああ… !ああ…ひい…」

 中々煮え切らない彼に嫌気が差したのか、クリスはわざと足を掴んでいる手を一瞬だけ緩めた。自身の体が重力に引っ張られるのを感じたクロードは思わず悲鳴を上げ、雨とは違う何かによってズボンが濡れていくのを感じる。

「古城だ…レングートからずっと外れた岬に立っている…知っているだろう ?そこにいるよ !会合に何度か行った事があるから間違いない !あんたに興味を持っていた…逃げては無い筈だ…」
「そうか…」

 クロードからの情報に対して、クリスは腑に落ちない様子で返事をした。自分を引き上げてくれた事で助かったと思っていたクロードだったが、彼が縄を持ち出しているのを見て再び体が震え始めた。

「何を――」
「迎えを寄越す前に逃亡されると困るんでな」

 縄を彼の足に縛り付けながらクリスは言った。抵抗するクロードを一度殴って黙らせ、屋根に設置されているガーゴイルに縄の端を括りつけてから抵抗する彼を屋根から蹴落とす。必死に何かを叫び続けながら吊るされている彼を確認した後、クリスは本部に連絡を入れた。

「俺だ。後で金融街にあるルアゴスホテルに応援を寄越してやってくれ。男が一人、縄で吊るされている。それと団長はいるか ?話がしたい」

 状況の報告をすると同時に、提案を聞いて欲しいとアルフレッドを呼ぶようにクリスは頼んだ。間もなく通話先の声が代わり、老紳士と思われる渋く凛々しい声が装置から聞こえて来る。

「私だガーランド。何があった ?」
「騒ぎの元凶がどこにいるか突き止めたかもしれん。確認に向かう」
「でかしたぞ !場所を教えてくれ。兵士達を送り込もう」
「それについてだが…行くのは俺一人で良い」

 アルフレッドは見事だとクリスを讃え、すぐにでも動こうと息巻いていた。しかしクリスはそれを差し止めて援護は必要ないと言い切ってしまう。

「何だと ?だが――」
「ブラザーフッドがレングート以外の土地を襲撃していると聞いた。兵士達はそちらの対処に当たらせてくれ…俺は一人でも問題ない」
「ううむ…」
「物資やそれに使う素材の多くは地方で生産されているんだ。奴らに占領されれば騎士団だけじゃない、国全体にも影響が出て来る」

 クリスだけで犯人をどうにか出来るのかと、アルフレッドはいささか疑問に思っているらしく決断を躊躇っていた。クリスは自信を持って大丈夫だと言い張り、ブラザーフッドを野放しにしておく危険性を彼に伝える。

「…よし、兵士や君以外の動ける騎士達はそちらに向かわせよう。ガーランド…殺しても構わない。しくじるんじゃないぞ」
「勿論だ」

 ようやく腰を上げたアルフレッドが彼に意向を伝える。クリスも返事をしてから通信を切ると、ようやく見つけた黒幕に対して並々ならぬ殺意を抱きながらその場を後にした。
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