上 下
64 / 115
九章:瓦解

第64話 それが出来れば苦労はしない

しおりを挟む
「シャドウ・スローンのボスへの手がかりを持っているのは、金融街にいるらしいガトゥーシ・クロードという野郎みたいだ。強盗を抑えたら、俺はそこから別行動を取らせてもらう」
「ガトゥーシ・クロード?嘘でしょ ?」

 屋根も無い馬車の荷台で兵士達と共にうずくまりながら、クリスは語り始める。石の上を通る車輪のがたつきが振動として臀部に届き、ハッキリ言って痛かった。金融街での目的をクリスが話しながら髪に伝う雨水を拭っていると、メリッサは何かを知っている風に驚く。

「どうした ?」
「確か若手の資産家よ 。いくつも不動産を持っていて、影響力もあってか最近じゃ政界に進出するって噂もある。女好きって事でニュースもよく騒がせてるじゃない…聞いたこと無いの ?」
「いや、知らんな」

 メリッサが公にされている彼のプロフィールを語るが、クリスは興味無さそうに言った。もっと視野を広くして情報を吸収すべきだと説教を始めるメリッサに適当に相槌を返しながら、クリスは周りの兵士達の様子を見る。通信で送られてくる情報から犯罪者たちの始末が行われている事で、暴動の勢いにも陰りが見えている事は知らされていた。しかし、悪天候によって冷え込む中で働かされるのはやはり堪えるらしく、疲弊しきっているのが彼らの表情で良く分かる。

「おい」

 近くに座り込んでいる年少らしい兵士にクリスは語り掛けてみる。顔付きからしてこの手の仕事には慣れていないというのが見て取れた。

「は、はい… !」
「名前は ?」
「カルロスです…」

 カルロスと名乗る新兵はこちらに目を合わせることなく答えた。畏れ多さ故なのか、話をする気分じゃないのか…いずれにせよ何か違う事で頭がいっぱいになっているらしい。

「緊張か ?随分と気が沈んでいるみたいだが」
「…殺してしまったんです。一人」

 クリスが様子が変だという事を指摘すると、カルロスは一言だけ述べた。

「ほう」
「…逃げ遅れた民間人がいないかと周囲の警戒をしていたんです。そしたら近くの店で物音がして…到着してみると、男がいました。泣き叫んでいる女性の上に覆いかぶさって…自分はウブな子供なんかじゃありません。彼が何をしているのか、すぐに悟りました」

 カルロスの声は震えていた。

「すぐに引き離してから拘束しようとしたんです…そしたらナイフを振り回されてもみくちゃになって…蹴飛ばしてから思わず拳銃で撃ってしまいました。ただ…様子を確認するため近づいた時に、怖くなったんです…もしかしたら息があって…反撃しに来るんじゃないかと。だから…死んでいる筈の相手に何発も。死体の目が見開いていて…どれだけ苦しんで死んだのかは容易に想像できました。それが、忘れられなくて…」

 落ち着かなくなってきたのか、経緯を語る口調は次第に弱々しくなっていった。大きく一呼吸を入れるカルロスをクリスは見ていたが、やがて彼に対して穏やかに言い聞かせる。

「すぐに慣れる」
「慣れる… ?」
「最初の一人だけだ。そこから先、奪った命の数が積み重なれば罪悪感は消し飛ぶ。嫌でも分からされる。命の尊さなんていう物がまやかしなんだと。人間も所詮、他の生物と何ら変わらないんだって感じるようになる」

 慰めというには大変雑な一言を皮切りに、クリスが話し始めた。周りに者達も次第に興味ありげに彼の方を見ている。メリッサも同様であった。

「それに、殺らなきゃお前自身が死んでたんだ。襲われていた女性がどうなっていたかも分からない…だろ ?正しい事をした。自分を肯定して割り切るんだ。でなきゃ、いつか心が押し潰されるぞ」

 お前の行為は間違っていないとクリスは語り続けた。正直なぜこんな話をしようと思ったのかは自分でも分かっていない。戦闘続きで滅入っていた気を単純に紛らわせたかったのはそうだが、放っておけば死んでしまうんじゃないかと思える程に生気の抜けた彼を、無意識に憐れんだのかもしれない。自分を強者だと思ってるからこその余裕が含まれていたのも事実であった。

 そうこうしている内に馬車が銀行へ到着する。兵士達がそれぞれ配置に就くために飛び降りるのを見送ってから、クリス達も後に続いた。

「今のは年長者としての助言ってやつ ?」

 メリッサが笑いながら尋ねてきた。やけに口数の多かったクリスを面白がっていたらしい。

「人殺しを気に病んで、精神が壊れれば取り返しがつかない。メンタルケアってやつだ、気休めぐらいにはなるさ…勿論、多少の本心も入ってる」

 そう言いながら銀行の前に向かったクリスは、その敷地の広さに関心してしまう。国内最大級というだけあって、博物館かと見紛う大きさの建物がそびえ立っていた。なにより神殿を模したと思われる彫刻的な装飾や外壁が特徴であり、暗くて見えない正面玄関はさぞかし壮観である事が想像できる。出来れば白昼に全貌を視察してみたかった所だが、今はそれどころではなかった。入り口の施錠が開いているのを確認してからクリスとメリッサ、そして包囲を行っている者達以外の一部の兵士は中へと突入した。

 灯りは一切ない。自分達の足音や、装備同士が服とベルトによって擦れる音しか聞こえない程に静かであった。

「…強盗がいたんじゃないのか ?」
「場所は間違って無いのに…もう逃げられたのかしら」

 ひそひそとした声でクリスとメリッサは様子がおかしいと相談をする。やがて手分けをして捜索する事が決まり、メリッサは新兵を連れて二階へ、残りの兵士達で会計室や受付、そしてクリスが金庫室と地下を捜索する事が決まった。

「何事も無ければ、この玄関で落ち合おう」
「了解、金塊あるからって盗まないでね ?」
「そこまでするほど生活に困ってねえよ」

 冗談交じりに会話を済ませた二人は、すぐに行動を開始した。金庫室に向かおうとしたクリスだったが、大理石の床が少し濡れている事に気づく。強盗の靴に付着していた雨水かもしれないと言えばそれまでだったが、それにしては量が多い。見上げてみれば受付の天井を覆っているガラスドームの一部が割れていた。

「…あそこから侵入してきたのか ?」

 縄や他の道具を使った痕跡が無い事を不思議に思いながら先へ進んでいくと、貸金庫に繋がる扉がいくつも点在し、奥には重厚な金庫扉が立ちはだかっている。既に少し開けられており、付近には職員と思われる男性が頭から血を流して横たわっていた。

「開けさせられた後に用済みになったか…撲殺だな」

 死体や辺りに残っている血痕から不穏な気配を感じたクリスは、迷った末に金庫扉を開けて奥深くへ進んで行く。妙な胸騒ぎがあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

唯一平民の悪役令嬢は吸血鬼な従者がお気に入りなのである。

彩世幻夜
ファンタジー
※ 2019年ファンタジー小説大賞 148 位! 読者の皆様、ありがとうございました! 裕福な商家の生まれながら身分は平民の悪役令嬢に転生したアンリが、ユニークスキル「クリエイト」を駆使してシナリオ改変に挑む、恋と冒険から始まる成り上がりの物語。 ※2019年10月23日 完結

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

亡命者の竜の国の皇子は年上脳筋女子に逆らえない

胡蝶花れん
ファンタジー
 レイリアは、幼い頃に誘拐され殺されそうになったところを、老齢の冒険者ヴァンと同じく冒険者のギードに助けられた。  それからヴァンの元に引き取られ、すくすくと成長したレイリアは、育ての親であるヴァンと同じく生業を冒険者として生活していた。  そんなレイリアには、特殊な『祝福』という稀有な能力があった。『祝福』の能力は個々に異なり、レイリアの場合は呪いを無効化することができる『解呪』だった。  ある日、レイリアは森で魔物に襲われそうになっていた、幼い男の子のアレクを助けた。話を聞けば自分と似た境遇の幼いアレク。レイリアは自分がヴァンにしてもらったように、アレクを匿う決心をし、アレクと共に鍛えるべく鍛錬する日々を送っていた。  そんな中、今まで音沙汰なかったレイリアの実家から帰還要請があり、『殺そうとしていたくせにどういうこと?』決別するべく、帰還することになったが・・・ ※竜の要素は後半です。 ※月水金更新!

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

チートな転生幼女の無双生活 ~そこまで言うなら無双してあげようじゃないか~

ふゆ
ファンタジー
 私は死んだ。  はずだったんだけど、 「君は時空の帯から落ちてしまったんだ」  神様たちのミスでみんなと同じような輪廻転生ができなくなり、特別に記憶を持ったまま転生させてもらえることになった私、シエル。  なんと幼女になっちゃいました。  まだ転生もしないうちに神様と友達になるし、転生直後から神獣が付いたりと、チート万歳!  エーレスと呼ばれるこの世界で、シエルはどう生きるのか? *不定期更新になります *誤字脱字、ストーリー案があればぜひコメントしてください! *ところどころほのぼのしてます( ^ω^ ) *小説家になろう様にも投稿させていただいています

本当の仲間ではないと勇者パーティから追放されたので、銀髪ケモミミ美少女と異世界でスローライフします。

なつめ猫
ファンタジー
田中一馬は、40歳のIT会社の社員として働いていた。 しかし、異世界ガルドランドに魔王を倒す勇者として召喚されてしまい容姿が17歳まで若返ってしまう。 探しにきた兵士に連れられ王城で、同郷の人間とパーティを組むことになる。 だが【勇者】の称号を持っていなかった一馬は、お荷物扱いにされてしまう。 ――ただアイテムボックスのスキルを持っていた事もあり勇者パーティの荷物持ちでパーティに参加することになるが……。 Sランク冒険者となった事で、田中一馬は仲間に殺されかける。 Sランク冒険者に与えられるアイテムボックスの袋。 それを手に入れるまで田中一馬は利用されていたのだった。 失意の内に意識を失った一馬の脳裏に ――チュートリアルが完了しました。 と、いうシステムメッセージが流れる。 それは、田中一馬が40歳まで独身のまま人生の半分を注ぎこんで鍛え上げたアルドガルド・オンラインの最強セーブデータを手に入れた瞬間であった!

処理中です...