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九章:瓦解

第62話 慈悲は無い

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 自分が望む情報に近い人物。その言葉は、クリスにとって相手を敵と見定めるには十分すぎる自己紹介であった。

「情報というのは、シャドウ・スローンの事で良いんだな ?」
「ふふっ」

 クリスが確認を取ろうとするが、アンディは笑みを浮かべるだけであった。それが正解なのか、間違っているから馬鹿にしているだけなのかは分からないが、少なくとも賞金目当てに挑んでくる馬鹿者達とは何か違う雰囲気を放っている。

「どうでしょう ?教えてあげたいのは山々ですが、出来れば黙っていて欲しいと言われていますし…そうだ、代わりに彼に尋ねてください。私ほどでは無いですが色々と知っています」

 アンディは少し迷うような仕草でこちらを見ながら考えていたが、やがてトンプソンに聞いてくれと言い出した。さながらトカゲのしっぽ切りである。

「ま、待ってくださいコーマック様… !殺されてしまいます… !」
「話を通さないという事は、我々の助けは要らないと宣言した様なものです。好き勝手させてもらうが、困った時は助けてくれなどと…そこまでしてやれる程お人好しではありませんから」
「どうか、何卒お慈悲を――」
「ごちゃごちゃ言わずに頑張ってください。生き延びる事が出来た場合の処遇については考えておきます」

 あまりにも唐突に生贄として選ばれたトンプソンは必死に助けを求めるが、アンディは自業自得だと彼の発言を切り捨てた。

「それでは…後は勝手にどうぞ」

 再び立ち上がろうとしたアンディがそう喋った直後であった。クリスは逃走を許可した覚えはないと、問答無用で拳銃の引き金を引いた。足を狙った筈だったが、どういうわけか彼の姿は消え失せている。そして弾丸が貫いたのは、人の形をした液状の何かであった。

 その人型の何かは弾丸が触れた直後に形が崩れ、洪水の様に真紅の液体を辺りに飛び散らせる。むせ返る鉄臭さが、その液体の正体を教えてくれた。弾丸によって破壊されたソファや、床に作られた風穴を見たクリスは戸惑っていたが、突如として背後に気配を感じる。

「やめておいた方が良いです。あなたはともかく…他の方々は無事で済む保証が無い」

 先程自分達が昇って来た階段からアンディが姿を現しながら言った。ソファには大量の血液が滴っており、床も同じ色に染まっている。そこから鼻に入る残り香や、こちらを見る彼の瞳の色でクリスはようやく正体を悟った。

「…吸血鬼か… !」
「純血ではありませんが、正解です…では、また会えるといいですね」

 クリスが呟くと、アンディは少し訂正を加えながらその通りだと答える。入り口の縁に寄りかかりながらクリス達を見ている姿は不気味であり、先程の出来事もあってか手出しをするのが却って危険だという判断をイゾウとクリスの二人は下した。彼らに出来るのは、ようやく見つけた犯罪組織への手がかりをただただ見送るだけであった。

「…吸血鬼というのは本当か ?大昔に絶滅していたと聞いたが」
「伊達に長生きしてない。奴らの事は腐るほど見て来たさ…間違いない」

 二人は本当に吸血鬼なのかどうかと問答を繰り広げると、トンプソンの方へ静かに首を向ける。これから自分に何が起こるのかを悟った彼は、抵抗する事さえままならずに首根っこを捕まえられると、まずは一発殴り飛ばされた。吹き飛ばされた先にあった積み荷を覆う木箱が破壊され、銃火器や弾薬、怪しい小包の山が音を立てて床へ散らばっていく。

「シャドウ・スローンについて知っていることを言え」
「な、何で――」

 何でそんなものを知りたいんだと尋ねようとした瞬間、今度は蹴りがトンプソンに飛んできた。加減はしているらしく、頭蓋骨が砕けて中身が出るという事態には陥らなかったものの、鼻血や涙…唾液が混ざった何かを顔から垂れ流してうずくまっている。

「足りないか ?」
「わ…わがっだ!!言うよ !」

  冷酷に尋ねるクリスに対して、呂律の回らない口でトンプソンは叫んだ。無数の歯が折れて床に転がっている。一般的な医療の範疇で考えるならば、彼は二度とステーキにはあり付けないであろう事が分かった。

「シャドウ・スローンが犯罪を取り仕切っている組織だってのは知っている。今回の暴動を起こしたのも奴らか ?」
「ああ…そうだよ。俺だけじゃない。少なくともこの街に住んで、犯罪で飯を食ってる奴らは皆シャドウ・スローンの一員だ…今回も刑務所の暴動を皮切りに暴れろと言われたから武器も売った…あんたの事も聞いたぜ。懸賞金が掛かってるって」

 ある程度落ち着きを取り戻したのか、トンプソンはクリスの問いに渋々答えていく。

「さっきの野郎は何だ ?」
「アンディ・マルガレータ・コーマック…秘書で、忠実な護衛だよ…俺達にとってのボスに仕えている」

 只物では無さそうな気迫を持っていたとはいえ、あんな奴を右腕に据えているとはよっぽどのモノ好きらしい。クリスはトンプソンからの返答に頷きながらそう考えていた。

「なあ、ギャッツ・ニコール・ドラグノフという男に付いて知っているか ?」
「…」

 ギャッツという男の名前がクリスによって出た時、トンプソンの顔が恐怖で引きつった。すぐに答えてくれるものかと思いきや、黙ったまま一言さえも発しようとはしない。

「どうした ?」
「言えない…それだけは…」

 不思議に思ったクリスの問いに、すぐさまトンプソンは怖気づいた静かな声で返す。だが、理由はどうあれ素直に白状しなかった事が彼の過ちだったと言える。寝そべっていたトンプソンの脚部に目をやったクリスは、すぐさま彼の足首を踏みつけた。強烈な振動と木が叩かれた様な音が響き渡り、間髪を入れずにつんざく様な悲鳴があがる。

「今壊したのは右足首…答えないのなら、さらに続ける。まともな飯が食えないだけじゃない。車椅子で一生を過ごさせてやっても良いんだぜ。ギャッツってのはどこにいる ?」
「分からないいぃ !会う時に呼び出すのは必ず向こうで…場所も毎回違うんだ !本当に何も知らない !金のために契約を結んだだけなんだよお… !」

 クリスは答えなければこのまま下半身を破壊していくと脅し、流石にそれだけは耐えられなかったトンプソンはすぐさま答える。しかし肝心の居場所については本当に何も知らない様子だった。

「…居場所を知ってそうな奴は他にいるか ?」
「そ、それなら…クロードだ !ガトゥーシ・クロード…シャドウ・スローンの資金やらの管理は全部あいつがやっている…金融街を縄張りにしているし、きっと会えるはずだ !」
「…よし」

 新しい情報を吐いたトンプソンは、痛みを堪えて恐る恐るクリスを見た。クリスも一言呟いて離れると、装置を起動して通信を開始する。

「ガーランドだ。街の暴徒達に武器を流していたらしい男を確保した。場所は―――」

 簡易的な報告を開始した時だった。突発的且つ刹那に声が上がったかと思うと、何かが倒れるような鈍い音が床に響く。嫌な予感がしたクリスが装置を切ってから振り向いた先には、血を流して崩れ落ちるトンプソンと横たわる彼を見下ろすイゾウの姿があった。刀についている血痕から何があったかは容易に予測が出来る。

「何やってるんだ… ?」

 騎士団に所属して以来、初めてだと思える程にクリスは動揺していた。

「見ての通りだろ。始末した」
「他に情報を持っていた可能性だってある。今殺す必要は無かっただろ ?」

 何の不都合があるのかとイゾウは躊躇いなく答え、クリスはそれに対してやりすぎでは無いのかという疑問をぶつける。僅かばかりの嫌悪感が言葉に滲み出ていた。

「まだ裏社会にいた頃…俺が足を洗えと警告してやったにもかかわらず、このバカは腐った商売を続けていたんだ。情けを掛けてやったのに、昔の様に犠牲者を生み出し続けようとしている…殺されて当然の男だ」
「そんな独断が――」
「部外者のお前には分からんだろう」

 イゾウがあくまで自分の判断に基づいている事を告げる。当然の如く、クリスはそれを糾弾したが当の本人は口調を強めて言い返して来た。僅かに声が震えている。そのまま肩をぶつけながら立ち去るイゾウを、クリスは慌てて追跡をする。

「すまん、さっきの話だが…やっぱり無かった事にしてくれ」

 通信を使って報告をし、走った事でひとまず彼に追い付けた。そして再び下水道に繋がる階段へ向かおうとするイゾウを、大声で呼んでみる。

「おい、待てよ !」

 その呼びかけに一度だけ足を止めたイゾウだったが、再び何事も無かった様に歩き出して下水道へと消えていった。念のために建物を調べておきたいと感じたクリスは、下水道への出口から背を向けて上の階へ戻っていく。

「喋るつもりは無いが気持ちは察しろって ?…俺の事をエスパーとでも思ってるのか、あの根暗剣士」

 道中にて、クリスは面倒くさそうに愚痴を漏らしながら先を急いだ。
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