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八章:越えられぬ壁

第57話 助太刀…?

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 ルジアの巨拳をすんでの所で見切ったクリスは、そのまま間合いを縮めて彼の顔面へ銃口を突き付ける。拳銃の引き金が動きかけた瞬間、ルジアはもう一方の手でそれを払いのけた。間一髪で放たれた弾頭はルジアの外殻を掠めて明後日の方向へと飛んで行ってしまう。隙を見出したルジアは拳によるラッシュを繰り出して反撃を行い、腹に重たい一撃を貰いながらもクリスは距離を取って最悪の事態を避けることに成功した。

 路上には先ほど払いのけられた拍子に落としてしまった拳銃が、街灯の光に晒されて鈍く光っている。クリスはすぐさま取りに行こうとするが、フィリップに立ち塞がられてしまった。零距離による爆炎をクリスの顔に浴びせ、腕に纏わせている炎を尖鋭状に形を変えたフィリップは、それを使って貫手を行った。炎が頭蓋骨を貫通し、炭の様に変貌した後頭部から火がチラついている。

 直後、クリスが彼の腕を掴んだ。握りしめた腕をそのまま違う方向へ動かした際、顔を貫通している炎によって顔を溶断されたものの、すぐに再生をさせた後にフィリップの顔面を一発殴り返す。鼻血や涙をぶちまけながら大きく吹きとばされた彼は、そのまま製鉄所の向かいにある空き地の仕切りを突き破って整備も碌にされてない泥だらけの地面を転がった。

「うおおおおおおあ!!」

 その頃、グレッグも他の精鋭たちを相手取り、いつもの穏やかで気弱な姿からは想像できない咆哮と鬼気迫った表情で暴れ回っていた。クリス同様、新型の外套を身に纏っている事により、多少の攻撃による苦痛は大幅に和らいでおり、怯むことなく反撃に繋げられたのである。恐ろしい膂力による踏み込みで瞬く間に攻め込み、大鎌が振るわれる。そして判断が遅れる者はたちまち餌食になってしまい、血しぶきで路上が赤く染まっていった。遠距離から攻撃しようにも、動体視力と反射神経までもが驚異的に向上しており、予備動作を察知されてしまう事で躱されるか、物陰に隠れられてしまう。そうなると次には散弾銃によるお返しが待っていた。

「しょうがねえか… !」

 再びクリスと相まみえていたルジアは、部下達が苦戦している姿をチラリと見てから呟き、すぐに行動を開始した。フィリップが立ち上がってクリスへ不意打ちを仕掛けたの見計らい、地面や建物へと手をかざす。集められた物質たちが人の姿を形成し、意志を持つかのようにその体を動かし始めた。ゴーレムと呼ばれるその生命体達は、生み出した者の命令に従う忠実な傀儡である。その一方で、彼らに供給する魔力の調整や維持にあたって繊細且つ慎重なコントロールが必要になるため、使用できるのは魔術師達の中でも大幅に限られてくる。

 生み出された数十体近いゴーレムたちに、脳内からルジアは指令を伝える。二手に分かれてクリスとグレッグを倒すための援護に回すという魂胆であった。すぐに命令を傍受したゴーレムたちは慣れない足取りで動き出して対処に当たり始める。

 新たに魔術師がグレッグによって殺されそうになるかという時、押し寄せてきたゴーレムたちがグレッグに組み付き、そのまま物量に任せて彼を押し倒した。得体の知れぬ生気の無い人形たちに戸惑ったグレッグだったが、散弾銃を掴んで一体を射撃によって吹き飛ばす。そのまま他の個体も銃で殴りつけてから飛び起き、地面に落ちていた大鎌の柄を掴んで一気に引き裂いた。しかし、彼らはへこたれることなく切断された部位を自らくっ付け直して襲い掛かって来る。魔術師達もそれに続けと運河の水を利用した人為的且つ局所的な洪水で溺れさせ、炎や岩、鎌鼬による遠距離攻撃で二人を苦しめ続ける。

 クリスもまた、かつての師と彼によって生み出されたゴーレム達の相手に追われていた。さらに、フィリップを始めとした他の魔術師達による遠距離からの攻撃にも気を配らねばならず、落ち着く暇さえ与えられない。とにかく物量で徹底的に攻め込み、疲弊による隙が生まれるのを待つという人海戦術であった。

 このままなら押し通れるかもしれないと、上空を飛びまわりながら突風や鎌鼬を繰り出し続けていた魔術師が高揚した時だった。少し離れた場所にある時計塔で何かが煌めいたような気がしたかと思うと、直後に額に衝撃が走る。何が起きたかも分からずに意識が消え、そのまま垂直に落下した。

 突如、頭上から援護をしてくれていた仲間が目の前に叩きつけられた事で、一瞬の混乱がルジアの部下達を取り巻いた。死んでいる魔術師の額には見事な風穴が空けられていたのである。

「え… ?」

 クリスと戦っていたフィリップが一部始終を目撃し、一瞬だけ手を止めた。瞬間、クリスは彼を掴んで自分の目の前に立たせる。すぐさま時計塔が位置する方角から飛んできた弾丸によって腹部を貫かれ、フィリップが悲鳴を上げた。一方で肉体強化薬の効果が切れかけていたグレッグはパニックになりつつあった周囲を見計らい、銃で周りのゴーレム達を吹き飛ばしながら物陰に飛び込んだ。疲労による辛さと同時にようやく援軍が来てくれた事に口角が上がってしまう。

「何だ…お前も連れて来たのかよ」
「…」

 自分と同じように奇襲をしたのかとルジアは取っ組み合いながらクリスに言ったが、それに対する答えは沈黙だった。クリスの中には味方からの援護と呼ぶには不可解な点があるという点が原因である。最初に墜落した魔術師の次に放たれた弾丸は、明らかに自分を狙っていた。不死身である自分ならば巻き添えにしても構わないという考えがあったのかもしれない。だが不死身である自分よりも、命が有限であるグレッグへ優先的に助太刀をしなければならない事ぐらい騎士団の人間であれば理解している筈である。

 クリスは目の前の敵に集中する一方で、最初に上空を飛んでいた風属性の使い手を殺したのは追跡を避けるのは勿論、周囲の気を引き付けるためのカモフラージュであり、狙撃手の狙いは自分なのではないかと推察を巡らせ続けていた。



 ―――クリス達が戦っている地点から離れた時計塔の内部、外の景色を一望できそうな機械室の窓は粉々に割られ、そこから小銃を構える女性の姿があった。眼帯を付けていない反対側の目を使って狙撃眼鏡を覗き込んでいる。ボルトを引いて排莢を行い、再び装填をした後に今度こそと取っ組み合いながら相手を殴りつけるクリスへと照準を合わせていく。

「動くな」

 声が聞こえた。そして自分の背中に何か冷たく、固い物を突き付けられている。

「手を放してから、そのまま頭の後ろで組んで。怪しい真似をすればすぐに撃つ」

 銃で狙われている事を悟り、眼帯の女性は手を放してから言われたとおりにした。すると後ろから膝裏に蹴りを入れられ、無理やりに跪かせられる。

「何者なのか、そして何が目的なのかを…五秒以内に答えて」

 シェリルは彼女の背中に狙いを定めながら機械的に言い放った。
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