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七章:狂宴の始まり

第49話 マヌケしかいねえ

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 アルフォイブ監獄の前では、既に兵士達が突入の準備を進めつつあったものの、職員を含めた生存者の確認が済んでない事が仇となって、建物の包囲に留まっていた。手配された馬車から飛び降りたクリス達に、現場の指揮を執っているらしい兵士が敬礼をする。

「状況は ?」
「先程確認できた限りでは既に大勢の職員が殺され、ご丁寧に死体を吊るしあげたり磔にしてくれてますよ。それと人質を取っているという奴らの言い分からしてまだ生き残っている者達がいるようです。彼らまで見殺しにするような真似は出来ませんが、どこまで本当なのやら…」

 挨拶がてら質問をしてきたクリスに対して、現在監獄が置かれている状況をつらつらと語られた。

「要求は ?」
「どうやらこのまま立て籠もるつもりらしく、食料と水を要求してきました。いきなり逃走手段を寄越せとは言えないでしょうからね…ひとまずそれには応じるつもりですが、我々に考えがあります」

 立て籠もりを続ける囚人達による食糧の要求に応じる姿勢を見せていたらしい兵士が、突如としてクリス達に作戦があると申し出て来た。

「何だ ?」
「引き渡す分の食料は既にあるのですが、二つほど大きめの空き樽を用意したんです。ですから…その…」
「…これに入れって ?」

 食料のもとへ案内された二人が目にしたのは、転がっている樽であった。

「刑務所の中にも一応ではありますが食料の備蓄がある筈です。いきなり引き渡した物品を貪るという事もしないでしょう。バレずに建物の中に入り込めるかと」
「どうだか。こんな場所に賞味期限だのを気にする様な奴がいるとは思えんがな」
「というか…運んでる途中で中身を確認されたら全て終わるよ、これ」
「ですけど、あちこちに見張りがいるみたいですし…これ以外に侵入のしようが無いんです !お願いします !」

 明らかに無謀すぎる計画であった。流石に二つ返事では引き受けられない様子で渋る二人に、兵士は必死に頼み込んでくる。他の方法を思いついて欲しい所だったが、そうも言ってられない状況である事を思い出し、最終的に半ばヤケクソ気味で二人は作戦を承認した。

「…一応言っておくが、これを思いついてやらせたのはお前だ。俺達じゃない。万が一、人質が死んでも俺達に責任を取る義務はない。これで良いな ?」
「そこは…まあ、最悪の場合には上手く誤魔化しちゃいます」

 念のために確認をさせたクリスに対して、権力の闇を垣間見せながら兵士が答えた。どうなっても知らんぞと悪態をつきながら、クリスは酒の匂いが僅かに残っている樽の中へと体を収める。そしてその上から蓋をされて動き出すのを待った。

 暗さと臭さにしばらく耐えていると、自分の入っている樽が持ち上げられて、激しく揺さぶられながら移動しているのをクリスは感じた。やがて少々乱暴に置かれると、要求通りの物を持って来たと叫ぶ兵士の声がする。その声からしばらく経った後に、再び何者かによって担ぎ上げられて同じようにどこかへ運ばれているらしかった。

「しっかし間抜けな連中だぜ」

 声が聞こえた。荒々しさや人を小馬鹿にしたような喋り方…間違いなく騎士団の関係者ではない。どうやら侵入自体は出来ているようだった。

「全くだ。人質がいると本気で信じてやがる。もうとっくに全員お陀仏だってのによ」
「こんな簡単に手に入るならよお、いっそここに住んじまうか ?下手に逃げ出すより良い生活出来るかもしれねえぜ」
「ハハッ、そりゃいいや !」

 間抜けな連中。その言葉をお前らにそのまま返してやるとクリスは声には出さずに嘲笑った。やがて先ほど以上に樽が地面へ豪快に叩きつけられると、クリスは頭を打ったらしく、暗闇であるにもかかわらず目の前に火花が散った。痛みを堪えて必死に声を押し殺したまま、神経を研ぎ澄まして人の気配に探りをいれる。

「出てきて良いぞ」

 何とか樽を開けて外に出たクリスは、周囲に誰もいないのを確認してからシェリルが入ってるはずの樽を小突く。なぜか返事が無い。まさかと思って樽を横に倒してみれば、ようやく辛そうな表情と共にシェリルが樽をこじ開けて這い出て来た。

「いった~…」

 うっかり逆さ向きに置かれていたらしく、首と頭を擦りながら彼女は立ち上がった。辺りを見回してみれば一目でそこが食糧庫である事が分かった。少々埃っぽい棚や床に様々な積み荷が置かれ、既に開けられている箱の中には缶詰などが詰め込まれていた。

「問題はここから、かな」
「ああ。人質が既にいないとしても、立て籠もりを扇動してる奴がいる筈だ。真意を聞き出してやる」

 とりあえずは潜入できたところで、次の目的を二人で考えていたその時であった。こちらの部屋に近づく足音をすぐさま耳にした二人は、慌てて付近の荷物の陰に隠れる。間もなく二人の男女の囚人が入って来た。

「本当にあったの ?」
「マジだよ !確かにワインがあったんだって !」

 怪しまれてたわけではなく、ただ物色に来ただけの様子であった。しかしクリスは彼らを見ている内にある妙案を思いつく。シェリルの方を見ればどうやら同じことを考えていたらしく、「早く済ませよう」と指で指し示した。

「あったあった !見ろよ、俺達には固いパンだの薄味のスープだの寄越しやがってた癖に、こんな贅沢してやがった」
「うわ…久々に見たわ酒なんて」

 恍惚とした雰囲気で愛おしそうにワインを眺める二人の背後にクリス達は静かに忍び寄っていく。よほど夢中になっているのか、全く気が付いていない様子だった。

「せっかくだし、ここで飲んじゃわない ?」
「へへ…確かに一本ぐらいならバレね――」

 その言葉を最後に、二人の囚人は背後から凄まじい勢いで首を絞めつけられ、音を立てる事も無く意識を失った。そのまま部屋の見えない所まで二人を引き摺ったクリス達は、服を全て剥ぎ取って彼らの体を空き樽へとぶち込む。

 数分後、食糧庫から現れたのは拝借した縞模様の囚人服に身を纏っているクリスとシェリルであった。携行できそうな装備は服の下に隠しており、クリスに関しては顔が割れている可能性があるという事あり、帽子を怪しまれない程度で深くかぶった後に口元をスカーフ代わりに布切れで覆い隠している。一方でシェリルは隠し持っている武器とは別に煙草やワインを服の下で抱えながら目立たないように歩いていた。想定よりは少ないものの、囚人達があちこちで自由気ままにたむろしており、ここにいる者以外は暴動に乗じて脱走したのであろうとクリスは推測した。

「しっかし、このまま立て籠もってて大丈夫なのか ?だれか所長室行って聞いて来いよ」
「何か考えがあるんだろ。所長室を分捕ってるウィルってやつ、噂じゃシャドウ・スローンの関係者らしいぜ」
「マジか…じゃあ助けが来てくれるかもって事か ?」
「そのまま俺達スカウトされちゃったりしてな !」

 聞き耳を立てながら状況を把握していると、そのような話し声が聞こえて来た。主犯と思わしき者の居場所が分かった所で、二人は囚人たちの合間を縫って所長室へ向かい始める。道中では拷問の末に殺されたと思われる看守の死体を弄ぶ者達と遭遇するなど、様々な意味で吐き気を催す光景もあったが、何事も無く通り過ぎる事が出来た二人は、階段を昇って所長室のある階へと辿り着いた。

「おい、止まれ。何の用があって来た ?」

 所長室まですぐそこという廊下にて、大柄な男が道を陣取っている。先程の話が本当ならおおよそウィルという男の同胞か何かだと考えられた。

「固い事言わないで。こんなチャンス滅多にないし、たまたま見つけた戦利品でもお礼に渡したくなった。誰かに奪われる前にね…ほら、あなたにもある」

 シェリルがすぐにズボンから煙草を取り出して渡すと、男はそれを受け取って真っすぐ行けば良いと伝えて廊下の端にどいてくれた。そのまま先に進み、少し清潔感の漂う所長室のドアを開けると、死体の隣で椅子に座っている男がいた。クリスはすぐに、間違いなくあの日の列車で見た男だと確信する。

「何だお前ら ?というか、そっちの男。何で口元に布なんか巻いてる ?」
「彼は私の兄。看守たちの悪ふざけで…昔、舌を切り落とされた。あんまり人には見せたくないって言うから仕方なく」

 シェリルがこれまた大層な演技で嘘っぱちな経歴を語ると、ウィルは同情的な顔をし始めた。人間、身内や同類だと分かった相手には途端に甘くなるものである。

「それは失言だったな。悪かったよ」
「牢屋から出られる日なんてもう諦めてたし、食糧庫で面白い物を見つけたからお礼代わりに持って来た。誰かが先に盗る前に渡しておきたくて」
「ワインか !一足早い祝杯になっちまうな」

 嬉しそうにボトルを手に取ってウィルは席に戻ると、シェリルが念のために調理場から持ってきておいた栓抜きを使ってそれを開けた。芳醇な葡萄の香りを胸に吸い込んだ後に、大喜びで喉に流し込む。

「でも、凄いね。たった一人でこんな暴動を引き起こせるなんて。皆あんたの噂してたよ」
「厳密に言えば俺だけじゃねえがな。ま、ようは現場監督ってとこだ…此処だけの話、ちょっとしたコネがあるんだよ。シャドウ・スローンと」

 久々の酒に酔いしれ、機嫌が良くなったのかウィルは二人に話を始めた。乗せやすい馬鹿で助かったと二人は思いながら、感心する様な反応と共に彼の話を聞き続ける。

「本当にあったんだ。シャドウ・スローンって」
「ああ。ま…俺も前までは下っ端みたいなもんだったがよ。今回監獄送りにされた事が伝わったらしくって重大な仕事を任されたってわけだ。ここでとにかく暴れてエイジス騎士団の連中を引き付け、戦力を割いておけってさ。終われば囚人共も含めて色んな仕事の世話してくれるんだと !」

 勝ち誇っているのか分からないが、止めどなくウィルは自慢げに語り続ける。こんな口の軽い男を信用する様な組織であれば、今日まで残っている筈はないとクリスは睨んだ。さしずめ都合の良い囮であり、目的は脱走の手助けなどではなく騎士団の現戦力を弱体化させる事にあるのだと容易に想像が出来る。ウィルは何やら適当な戯言を喋りながら窓の外を見続けていた。

「いやあ、しかしこうも上手く行くとは !騎士団の奴ら、手遅れになった頃には泡吹いて倒れるだろうぜ !こんな所へ俺をぶち込みやがった天罰ってやつだなあ、おい !」
「取調室で同じことが言えるか見ものだな」
「へ… ?」

 顔を真っ赤にしながら高揚を隠さずに大声で罵倒していた時、背後から出来る事なら忘れていたかった聞き覚えのある声がした。恐る恐る振り返った先には口元を隠していた布を取り、満面の笑みで「久しぶりだな」と挨拶をしてくるクリスが立っていた。

 それからすぐに、シェリルが所長室の窓から放った信号弾によって兵士達が突入を敢行した。三十分もしない内に武力によって鎮圧された監獄から、着替え終わったクリス達が出て来る。そして共に連れていたウィルを兵士達に預けた。顔のあちこちが腫れあがっており、一瞬だけ目がどこにあるかさえも分からない程であった。そんな彼を尻目にして二人は一休みしたかったのだが、問題が山積みである事を伝えるために本部へと急いで戻った。
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