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六章:輸送作戦
第41話 奇妙な友好
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「名前は?」
「ジョ…ジョン」
「よし、ジョン。何で村を襲ったのか話してくれないか?」
クリスが名前を尋ねてみると、化け物は猛獣の唸りの様な声と共に、自身にジョンという名前がある事を明かした。よろしいとクリスは頷き、村に現れた理由を出来る限り優しい口調で尋ねてみる。ところがジョンはいきなり黙りこくってしまい、強面且つ醜悪な顔を俯かせてしまう。
「も、もしかして、言葉が難しかったかな ?ほ、ほら…何でここに来たのかを教えてくれれば良いんだよ」
意味が分からなかったのかもしれないと推測したグレッグは、質問の趣旨をより大雑把なものにして再度聞き返すが、それでもなかなか口を開かなかった。これは思っていたよりも深い事情があるのかもしれないと全員が考えていた時、ジョンの方から微かに声が聞こえる。
「チガウ…」
「…何が違うの?」
「ボ…ク…ワルイ…コト…シテナイ」
一言だけ聞こえた言葉の不可解さにメリッサが追及をしてみると、ジョンは突然身の潔白を訴えてくる。しかし、先程頭を潰された事を多少なりとも恨んでいたクリスは、もしかすれば本人が自覚してないだけなのかもしれないと考え、もう少し話を聞いてみる事にした。
「じゃあ何で村に来たんだ?」
クリスは少しだけ訝しげに聞き返した。するとグズっているかのように振る舞いながらジョンが静かに口を開く。
「マ…マ」
「えっと、ママ?」
「ママ…ニ…アイニ…キタ…」
その体躯に似合わない回答が彼の口から飛び出ると、その言葉の意味をどうにか噛み砕こうと全員が押し黙った。やがて、マーシェから貰ったキメラに関する情報に記されていた脳髄の移植という記録を改めて思い出し、悪寒が全員の背筋を撫でる。
「なあジョン…君、歳はいくつだ…?」
「エット…モウスグ…ナナ…サイ」
「…ねえジョン、私達ちょっと話し合いをしたいから待っててくれるかな?」
「エ…ワカッタ…」
クリスが試しに聞いてみた問いによって分かったのは、あのマーシェ・ベイカーという科学者は、想定していた以上に人としての良心や倫理観を持ち合わせている様な人物ではないという事実であった。メリッサはジョンを少し待たせてから、他の二人にもう耐えられないという風に首を横に振り、背を向けさせて愚痴をこぼし始める。
「…あの女、早いとこ絞首台に送った方が良いわよ。何しでかすか分かったもんじゃない」
「気持ちは分からんでも無いが、ひとまずは上の判断待ちだろ。ぶん殴るくらいなら許されるかもしれんがな」
「そ、その辺は後で本人と直接話そう…ほ、ほら。早くしないと彼も待ってるから…」
三人はジョンに背を向けて思い思いに語る。最終的に、このままヒートアップすると仕事どころではないと判断したグレッグの号令によって事情徴収は再開された。
「ま、待たせたねジョン…それじゃあ今まで何があったのかを話してくれないかな?」
「…オキタラ…コンナ…カラダ…ニ…ナッテタ…ガンバッテ…オウチ…アル…ムラニ…カエッタラ、ミンナ…ニゲテ…ママ、ミツケタ…ケド…シラナイ…オジサン…テッポウ…ウッテキテ…イタクテ…ウワアアアアアン!!」
グレッグが改めて事のいきさつを語って欲しいと質問した後、ジョンは渋々解放された後の事を語り出した。しかし、話している内に村の人々から受けた仕打ちを思い出し、感極まったのか悲痛な叫びを上げた。しかし涙など出るはずも無く、おまけに見た目と声質も相まって、咆哮と呼ぶ方が似合う悍ましさを醸し出していた。
「お、おい!分かった、辛かったんだな!」
「ウワアアアアアン!!ママアアアア!!」
必死に泣きさけぼうとするジョンをクリスが慌てて宥めた。それから暫くの間ぐずり続けたジョンを尻目に、クリスは二人へ向き直る。
「…どうしようか?」
「討伐するってわけにもいかないわよね…」
「な、なら本部に状況を伝えて指示を仰ごうか。今回に関しては、悪いようにはしないと思うけど」
相談を持ち掛けたクリスに対して、メリッサは前提として殺して良いのかが分からないと悩んでいる様子であった。グレッグも本部にひとまず伝えるべきだとして、付近の騎士団の駐在所で状況を報告するという事で話にケリを付ける。
「クリス、本当に来ないの?」
「ああ、あいつの事を見ておく。勝手に移動されたり、暴れられても困るだろ」
「分かった。じゃあ、後で食事でも持っていく。交代は?」
「しなくて良い。一晩くらいなら問題ない」
一同が村へ戻ろうとした時、クリスは万が一のためにも残っているとメリッサに伝える。最初は心配していた彼女だったが、彼なら大丈夫かと考え直し、挨拶を交わした後にグレッグや兵士達の後を追いかけて行った。気が付けば空が鼠色に代わっており、徐々に雨が土に打ち付けられて、滲むように染みわたっていく。すぐに閑散とした空気を掻き消す湿気と、打ち付けられる雨水による轟音が辺りを囲んでいた。
「オジサン…ココニ…ノコルノ…?」
クリスが外の大雨の様子を見ながら拳銃の動作確認を行っていた時、近くに寄って来ていたジョンが恐る恐る尋ねた。
「ん?ああ…話し相手もいないんじゃ寂しいだろ。その代わり、勝手な事はするなよ」
確認が終わった装備を仕舞い直し、霧によって灰色にぼやけている外の景色を眺めながらクリスは言った。簡単に返事をしたジョンは、後ろで座ったまま同じように視線を外界に向ける。少しばかり勢いが弱まった雨であったが、時折眩い閃光と共に強烈な音が響き渡った。落雷である。
「ワア…!」
驚いたように感嘆の声を漏らしたジョンに、クリスは反応を示して後ろを振り返った。このような図体になっても意識や精神は子供のままなのだろう。怯えている様に外を見回していた。
「嫌いなのか?」
「ダイキライ」
「…俺は好きだ」
尋ねてきたクリスに対して、頭を押さえて音を聞きたくないとでも言うかのようにジョンは答える。不細工な見た目ではあるが、可愛げはあった。ふと見れば手のひらに傷跡があるのを目にしたクリスは、立ち上がって彼に近づいてから手のひらを見せるように言った。
「怪我か。そういえば銃で撃たれたと言ったな…貫通はしている。手に外殻が無かったのが幸いしたな。応急処置だけやっておくぞ、これを飲むんだ」
「オ…オイシイ…?」
「いや、凄く不味い」
「ヤダ、ノマナイ」
「でも怪我が治らないぞ。もしかしたら死んじゃうかも」
「…ガンバル」
手当をするためにポーションを飲ませようとするクリスだったが、美味しい物ではないと分かった途端にジョンは駄々をこねる。しかし、適当に脅かしてみれば思っていたより素直に聞き入れてくれた。口を開けて待つジョンにクリスはポーションを流し込み、味わったりせずに急いで飲み込むように指示すると、ジョンもそれに従ったが後味だけはごまかせなかったらしく、少しだけ悶えていた。
「ニガイ…クサイ!」
「『良薬口に苦し』だ。ほら、ご褒美にやるよ」
クリスは文句を垂れるジョンに言いながら、小さな箱に入っていた全てのチョコレートを口に放り込んでやった。こちらは気に入ったらしく、表情では読み取れないものの和やかな雰囲気で舌の上で溶けるチョコレートを楽しんでいる。ふと気になったクリスは残っていた欠片を摘まんで食べてみた。自分の知っていた頃の物とは違って、非常にまろやかな甘みがある事に少し驚きながらも、しばらくはジョンの様子を見続ける。
「ミテ…ケガ、ナオッテル !」
「良かったな」
それから少し時間が経ってから、傷が治った事にはしゃぐジョンを尻目にクリスは見張りを続けていた。日も落ちているのかすっかり暗くなっており、フクロウと思わしき鳴き声が時々近くの雑木林でこだましている。
「そろそろ寝た方が良いんじゃないか?」
差し入れに渡されたサンドイッチを齧りながら雑談をしていたクリスだったが、そろそろ時間が遅いという事もあってジョンに言った。ジョンは窮屈そうに体を動かして寝転がり、そのまま静かに目を閉じようとする。
「オジサン」
「ん ?」
「ケガ…アリガトウ」
「…気にするな」
そのまま寝息を立て始めたジョンに一度だけ目をやってから、クリスは改めて周囲の警戒に戻る。見た目がどうであれ、善意からの謝礼というものはやはり気持ちが良いものだと心の中で思いながら、ひたすらに本部からの報せを待ち続けた。
「ジョ…ジョン」
「よし、ジョン。何で村を襲ったのか話してくれないか?」
クリスが名前を尋ねてみると、化け物は猛獣の唸りの様な声と共に、自身にジョンという名前がある事を明かした。よろしいとクリスは頷き、村に現れた理由を出来る限り優しい口調で尋ねてみる。ところがジョンはいきなり黙りこくってしまい、強面且つ醜悪な顔を俯かせてしまう。
「も、もしかして、言葉が難しかったかな ?ほ、ほら…何でここに来たのかを教えてくれれば良いんだよ」
意味が分からなかったのかもしれないと推測したグレッグは、質問の趣旨をより大雑把なものにして再度聞き返すが、それでもなかなか口を開かなかった。これは思っていたよりも深い事情があるのかもしれないと全員が考えていた時、ジョンの方から微かに声が聞こえる。
「チガウ…」
「…何が違うの?」
「ボ…ク…ワルイ…コト…シテナイ」
一言だけ聞こえた言葉の不可解さにメリッサが追及をしてみると、ジョンは突然身の潔白を訴えてくる。しかし、先程頭を潰された事を多少なりとも恨んでいたクリスは、もしかすれば本人が自覚してないだけなのかもしれないと考え、もう少し話を聞いてみる事にした。
「じゃあ何で村に来たんだ?」
クリスは少しだけ訝しげに聞き返した。するとグズっているかのように振る舞いながらジョンが静かに口を開く。
「マ…マ」
「えっと、ママ?」
「ママ…ニ…アイニ…キタ…」
その体躯に似合わない回答が彼の口から飛び出ると、その言葉の意味をどうにか噛み砕こうと全員が押し黙った。やがて、マーシェから貰ったキメラに関する情報に記されていた脳髄の移植という記録を改めて思い出し、悪寒が全員の背筋を撫でる。
「なあジョン…君、歳はいくつだ…?」
「エット…モウスグ…ナナ…サイ」
「…ねえジョン、私達ちょっと話し合いをしたいから待っててくれるかな?」
「エ…ワカッタ…」
クリスが試しに聞いてみた問いによって分かったのは、あのマーシェ・ベイカーという科学者は、想定していた以上に人としての良心や倫理観を持ち合わせている様な人物ではないという事実であった。メリッサはジョンを少し待たせてから、他の二人にもう耐えられないという風に首を横に振り、背を向けさせて愚痴をこぼし始める。
「…あの女、早いとこ絞首台に送った方が良いわよ。何しでかすか分かったもんじゃない」
「気持ちは分からんでも無いが、ひとまずは上の判断待ちだろ。ぶん殴るくらいなら許されるかもしれんがな」
「そ、その辺は後で本人と直接話そう…ほ、ほら。早くしないと彼も待ってるから…」
三人はジョンに背を向けて思い思いに語る。最終的に、このままヒートアップすると仕事どころではないと判断したグレッグの号令によって事情徴収は再開された。
「ま、待たせたねジョン…それじゃあ今まで何があったのかを話してくれないかな?」
「…オキタラ…コンナ…カラダ…ニ…ナッテタ…ガンバッテ…オウチ…アル…ムラニ…カエッタラ、ミンナ…ニゲテ…ママ、ミツケタ…ケド…シラナイ…オジサン…テッポウ…ウッテキテ…イタクテ…ウワアアアアアン!!」
グレッグが改めて事のいきさつを語って欲しいと質問した後、ジョンは渋々解放された後の事を語り出した。しかし、話している内に村の人々から受けた仕打ちを思い出し、感極まったのか悲痛な叫びを上げた。しかし涙など出るはずも無く、おまけに見た目と声質も相まって、咆哮と呼ぶ方が似合う悍ましさを醸し出していた。
「お、おい!分かった、辛かったんだな!」
「ウワアアアアアン!!ママアアアア!!」
必死に泣きさけぼうとするジョンをクリスが慌てて宥めた。それから暫くの間ぐずり続けたジョンを尻目に、クリスは二人へ向き直る。
「…どうしようか?」
「討伐するってわけにもいかないわよね…」
「な、なら本部に状況を伝えて指示を仰ごうか。今回に関しては、悪いようにはしないと思うけど」
相談を持ち掛けたクリスに対して、メリッサは前提として殺して良いのかが分からないと悩んでいる様子であった。グレッグも本部にひとまず伝えるべきだとして、付近の騎士団の駐在所で状況を報告するという事で話にケリを付ける。
「クリス、本当に来ないの?」
「ああ、あいつの事を見ておく。勝手に移動されたり、暴れられても困るだろ」
「分かった。じゃあ、後で食事でも持っていく。交代は?」
「しなくて良い。一晩くらいなら問題ない」
一同が村へ戻ろうとした時、クリスは万が一のためにも残っているとメリッサに伝える。最初は心配していた彼女だったが、彼なら大丈夫かと考え直し、挨拶を交わした後にグレッグや兵士達の後を追いかけて行った。気が付けば空が鼠色に代わっており、徐々に雨が土に打ち付けられて、滲むように染みわたっていく。すぐに閑散とした空気を掻き消す湿気と、打ち付けられる雨水による轟音が辺りを囲んでいた。
「オジサン…ココニ…ノコルノ…?」
クリスが外の大雨の様子を見ながら拳銃の動作確認を行っていた時、近くに寄って来ていたジョンが恐る恐る尋ねた。
「ん?ああ…話し相手もいないんじゃ寂しいだろ。その代わり、勝手な事はするなよ」
確認が終わった装備を仕舞い直し、霧によって灰色にぼやけている外の景色を眺めながらクリスは言った。簡単に返事をしたジョンは、後ろで座ったまま同じように視線を外界に向ける。少しばかり勢いが弱まった雨であったが、時折眩い閃光と共に強烈な音が響き渡った。落雷である。
「ワア…!」
驚いたように感嘆の声を漏らしたジョンに、クリスは反応を示して後ろを振り返った。このような図体になっても意識や精神は子供のままなのだろう。怯えている様に外を見回していた。
「嫌いなのか?」
「ダイキライ」
「…俺は好きだ」
尋ねてきたクリスに対して、頭を押さえて音を聞きたくないとでも言うかのようにジョンは答える。不細工な見た目ではあるが、可愛げはあった。ふと見れば手のひらに傷跡があるのを目にしたクリスは、立ち上がって彼に近づいてから手のひらを見せるように言った。
「怪我か。そういえば銃で撃たれたと言ったな…貫通はしている。手に外殻が無かったのが幸いしたな。応急処置だけやっておくぞ、これを飲むんだ」
「オ…オイシイ…?」
「いや、凄く不味い」
「ヤダ、ノマナイ」
「でも怪我が治らないぞ。もしかしたら死んじゃうかも」
「…ガンバル」
手当をするためにポーションを飲ませようとするクリスだったが、美味しい物ではないと分かった途端にジョンは駄々をこねる。しかし、適当に脅かしてみれば思っていたより素直に聞き入れてくれた。口を開けて待つジョンにクリスはポーションを流し込み、味わったりせずに急いで飲み込むように指示すると、ジョンもそれに従ったが後味だけはごまかせなかったらしく、少しだけ悶えていた。
「ニガイ…クサイ!」
「『良薬口に苦し』だ。ほら、ご褒美にやるよ」
クリスは文句を垂れるジョンに言いながら、小さな箱に入っていた全てのチョコレートを口に放り込んでやった。こちらは気に入ったらしく、表情では読み取れないものの和やかな雰囲気で舌の上で溶けるチョコレートを楽しんでいる。ふと気になったクリスは残っていた欠片を摘まんで食べてみた。自分の知っていた頃の物とは違って、非常にまろやかな甘みがある事に少し驚きながらも、しばらくはジョンの様子を見続ける。
「ミテ…ケガ、ナオッテル !」
「良かったな」
それから少し時間が経ってから、傷が治った事にはしゃぐジョンを尻目にクリスは見張りを続けていた。日も落ちているのかすっかり暗くなっており、フクロウと思わしき鳴き声が時々近くの雑木林でこだましている。
「そろそろ寝た方が良いんじゃないか?」
差し入れに渡されたサンドイッチを齧りながら雑談をしていたクリスだったが、そろそろ時間が遅いという事もあってジョンに言った。ジョンは窮屈そうに体を動かして寝転がり、そのまま静かに目を閉じようとする。
「オジサン」
「ん ?」
「ケガ…アリガトウ」
「…気にするな」
そのまま寝息を立て始めたジョンに一度だけ目をやってから、クリスは改めて周囲の警戒に戻る。見た目がどうであれ、善意からの謝礼というものはやはり気持ちが良いものだと心の中で思いながら、ひたすらに本部からの報せを待ち続けた。
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