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六章:輸送作戦
第40話 悪気はなかった。
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枯れ木が目立つ林を抜け、乾いた土で覆われている道を歩き続けている内に炭鉱の入り口に通ずるレールを発見する。その近くにはトロッコや監視所もあったが、キメラと思われる化け物の襲撃以降は被害を恐れていた事から手付かずであった。
「乾いた血痕がある…この先と見て間違いないかもしれん」
標的の物と思われる血を発見したクリスは、後続の兵士やグレッグ達に伝える。村人たちも同行したがっていたが、得体の知れない生物が相手では何かあった際の無事を保証できないとして、今回ばかりは残ってもらう事となった。
「さて、乗り込んだ方が良いのか?」
灯りの無い炭鉱への入り口を面倒くさそうに見ながらクリスは言った。よく見れば点々と地面についた血痕は、入口である坑道に向いてまばらに伸びている。
「行かない事には始まらないでしょ?」
メリッサが肩を叩いて言った。ごもっともだとクリスは歩みを再開して懐中電灯を頼りに炭鉱へ突入する。他の者達は皆、彼の後に続いて武器を構えながら侵入した。要するに自分は肉の盾かとクリスは複雑な心持であったが、異変に気付くとすぐに腰のホルスターに手を伸ばし、いつでも拳銃を引き抜ける態勢に入った。
「…何かいるぞ」
クリスがそう言った直後であった。微かに、しかし野太い唸り声がその場にいた者達に警戒心を促させる。ジェスチャーで慎重に進むように指示をしたクリスは静かに拳銃を引き抜き、懐中電灯を声のした方へ向ける。僅かな光に照らし出されたのは、黄ばんだ目を持ち、歪な歯並びの牙をチラつかせる異形の素顔であった。思わず拳銃を向けたまま数歩後ずさり、その全体像を改めて拝見してしまう。背中や腕、脚が外殻に覆われ、それらは鉄鉱石のように薄汚れた煌めきを放っていた。坑道の都合からかしゃがんでいるようであったが、それでも決して小さくはない筈のクリスが見上げてしまうほどの巨体である。
「うわあああああ!」
兵士達も瞬く間に叫び、それに反応したのか化け物も叫んだ。思わずライフルの引き金を一人が引いてしまい、それに続いて瞬く間に火薬が炸裂する音が響き続ける。当の化け物はと言うと、急いで顔や腹を腕で隠し、頑強な皮膚で身を守り続ける。傷一つついていない有様であった。
「よせ!変に刺激をするな!」
クリスが止めさせた頃には遅く、パニックになったらしい化け物は近くにあった岩を掴む。まるでパンを毟るかのように岩が抉れた。
「ヤメ…テ!!」
「え、今こい――」
兵士達の制止に気を取られていたクリスが、耳に入った妙な声に対して、「今こいつ喋ったよな?」と言いかけた時にそれは起きた。化け物が岩を持った腕を振り下ろし、クリスの頭部目掛けて叩きつけたのである。頭に食らった衝撃によって前のめりになってしまったクリスは、そのまま頭部を岩石によって潰され、静かに出来上がっていく血溜まりの中で痙攣しながら地面に倒れ伏していた。
「ア!…ドウ…̪シヨ…」
「そ、そんな…うわああああ!!」
「ああ大丈夫だよ、たぶん」
一応手加減をしたつもりらしく、動かなくなったクリスを見て慌てる化け物や、早くも主力の一人が潰されてしまったと焦る兵士達だったが、グレッグは妙に落ち着いて周囲を諭した。彼の戦い方を見聞きしただけではない。ここ最近、実弾射撃の的として使えそうだという点から、歩いたり走ったりする彼を兵士に撃たせるという訓練や、毒ガスによって中毒になるとどうなるかを学ばせるため、一例として彼に実演してもらうといった教育現場におけるクリスの死亡を幾度となく見てきた。それによって既に大した問題ではないと覚え始めていたのである。無論、メリッサも同様であった。
少しすると、おぼつかない手つきでクリスが潰された頭に乗っかっている岩石を叩いた。どかして欲しいというサインだと分かり、グレッグが慌てて隙間を作ってやると、スイカの様に割れた頭と共にクリスが這い出て、フラフラな足取りで立ち上がった。
「おお…派手にやってくれたな…脳味噌が潰されたような気分だ」
「轢かれて死んだ動物みたいだったよ」
飛び出て破壊されたクリスの眼球や、頭蓋骨が復元されていく。やがて皮膚や頭髪の修復が終わるとクリスは酷く気分が悪そうに言った。グレッグがそれに後付けでどうでも良い感想を言った後、改めて怯えている化け物を見た。
「エ…?エ……?オジサン…バケモノ?」
「お前に言われたくねえよ」
困惑しながらも片言で尋ねる化け物に向かって、クリスは少し呆れがちに返した。
「言葉が分かるんだな。なら、とりあえず話をしないか?」
「コワイ…コト…イタイ…コト…シナイ?」
下手に暴れさせて炭鉱に被害が及ぶのもマズいとクリスは判断し、意思疎通が出来るのならとアプローチを試みる。しかし化け物は先程の攻撃を思い出しているのか、少々警戒気味であった。ふと後ろを見ると躊躇いがちな顔でメリッサが装備を外し始めている。
「ちょっと何を!?」
「このままじゃ実力行使になるでしょ?悪気は無さそうだし、出来る限りは安全に行きましょう。ただ、クリス。念のためにあなたが話をして」
「…まあ、そうなるよな」
戸惑うグレッグにメリッサが理由を伝えて同じようにして欲しいと頼んだ。あの攻撃を喰らったのが自分で幸運だったとクリスは心の中で皮肉を言い、メリッサの要望に仕方が無いと呟いてから銃や弾薬、ナイフに至るまですべてをその場に投げ捨てる。兵士達はその場からひとまず離れさせた。
「ほら見て。戦うつもりは無いから!」
「ホン…ト?」
「ああ。だから、ちゃんとお話しをしてくれるね?」
ひとまず危険そうなものは外して、三人は安全である事を両腕を広げてアピールした。最初こそ怪しげに見ていた化け物だったが、ようやく大丈夫そうだと分かったらしく、しゃがんだまま大きな音を立てて近づいて来る。少なくとも、メリッサやグレッグにとっては初めての経験となる化け物への事情徴収が始まろうとしていた。
「乾いた血痕がある…この先と見て間違いないかもしれん」
標的の物と思われる血を発見したクリスは、後続の兵士やグレッグ達に伝える。村人たちも同行したがっていたが、得体の知れない生物が相手では何かあった際の無事を保証できないとして、今回ばかりは残ってもらう事となった。
「さて、乗り込んだ方が良いのか?」
灯りの無い炭鉱への入り口を面倒くさそうに見ながらクリスは言った。よく見れば点々と地面についた血痕は、入口である坑道に向いてまばらに伸びている。
「行かない事には始まらないでしょ?」
メリッサが肩を叩いて言った。ごもっともだとクリスは歩みを再開して懐中電灯を頼りに炭鉱へ突入する。他の者達は皆、彼の後に続いて武器を構えながら侵入した。要するに自分は肉の盾かとクリスは複雑な心持であったが、異変に気付くとすぐに腰のホルスターに手を伸ばし、いつでも拳銃を引き抜ける態勢に入った。
「…何かいるぞ」
クリスがそう言った直後であった。微かに、しかし野太い唸り声がその場にいた者達に警戒心を促させる。ジェスチャーで慎重に進むように指示をしたクリスは静かに拳銃を引き抜き、懐中電灯を声のした方へ向ける。僅かな光に照らし出されたのは、黄ばんだ目を持ち、歪な歯並びの牙をチラつかせる異形の素顔であった。思わず拳銃を向けたまま数歩後ずさり、その全体像を改めて拝見してしまう。背中や腕、脚が外殻に覆われ、それらは鉄鉱石のように薄汚れた煌めきを放っていた。坑道の都合からかしゃがんでいるようであったが、それでも決して小さくはない筈のクリスが見上げてしまうほどの巨体である。
「うわあああああ!」
兵士達も瞬く間に叫び、それに反応したのか化け物も叫んだ。思わずライフルの引き金を一人が引いてしまい、それに続いて瞬く間に火薬が炸裂する音が響き続ける。当の化け物はと言うと、急いで顔や腹を腕で隠し、頑強な皮膚で身を守り続ける。傷一つついていない有様であった。
「よせ!変に刺激をするな!」
クリスが止めさせた頃には遅く、パニックになったらしい化け物は近くにあった岩を掴む。まるでパンを毟るかのように岩が抉れた。
「ヤメ…テ!!」
「え、今こい――」
兵士達の制止に気を取られていたクリスが、耳に入った妙な声に対して、「今こいつ喋ったよな?」と言いかけた時にそれは起きた。化け物が岩を持った腕を振り下ろし、クリスの頭部目掛けて叩きつけたのである。頭に食らった衝撃によって前のめりになってしまったクリスは、そのまま頭部を岩石によって潰され、静かに出来上がっていく血溜まりの中で痙攣しながら地面に倒れ伏していた。
「ア!…ドウ…̪シヨ…」
「そ、そんな…うわああああ!!」
「ああ大丈夫だよ、たぶん」
一応手加減をしたつもりらしく、動かなくなったクリスを見て慌てる化け物や、早くも主力の一人が潰されてしまったと焦る兵士達だったが、グレッグは妙に落ち着いて周囲を諭した。彼の戦い方を見聞きしただけではない。ここ最近、実弾射撃の的として使えそうだという点から、歩いたり走ったりする彼を兵士に撃たせるという訓練や、毒ガスによって中毒になるとどうなるかを学ばせるため、一例として彼に実演してもらうといった教育現場におけるクリスの死亡を幾度となく見てきた。それによって既に大した問題ではないと覚え始めていたのである。無論、メリッサも同様であった。
少しすると、おぼつかない手つきでクリスが潰された頭に乗っかっている岩石を叩いた。どかして欲しいというサインだと分かり、グレッグが慌てて隙間を作ってやると、スイカの様に割れた頭と共にクリスが這い出て、フラフラな足取りで立ち上がった。
「おお…派手にやってくれたな…脳味噌が潰されたような気分だ」
「轢かれて死んだ動物みたいだったよ」
飛び出て破壊されたクリスの眼球や、頭蓋骨が復元されていく。やがて皮膚や頭髪の修復が終わるとクリスは酷く気分が悪そうに言った。グレッグがそれに後付けでどうでも良い感想を言った後、改めて怯えている化け物を見た。
「エ…?エ……?オジサン…バケモノ?」
「お前に言われたくねえよ」
困惑しながらも片言で尋ねる化け物に向かって、クリスは少し呆れがちに返した。
「言葉が分かるんだな。なら、とりあえず話をしないか?」
「コワイ…コト…イタイ…コト…シナイ?」
下手に暴れさせて炭鉱に被害が及ぶのもマズいとクリスは判断し、意思疎通が出来るのならとアプローチを試みる。しかし化け物は先程の攻撃を思い出しているのか、少々警戒気味であった。ふと後ろを見ると躊躇いがちな顔でメリッサが装備を外し始めている。
「ちょっと何を!?」
「このままじゃ実力行使になるでしょ?悪気は無さそうだし、出来る限りは安全に行きましょう。ただ、クリス。念のためにあなたが話をして」
「…まあ、そうなるよな」
戸惑うグレッグにメリッサが理由を伝えて同じようにして欲しいと頼んだ。あの攻撃を喰らったのが自分で幸運だったとクリスは心の中で皮肉を言い、メリッサの要望に仕方が無いと呟いてから銃や弾薬、ナイフに至るまですべてをその場に投げ捨てる。兵士達はその場からひとまず離れさせた。
「ほら見て。戦うつもりは無いから!」
「ホン…ト?」
「ああ。だから、ちゃんとお話しをしてくれるね?」
ひとまず危険そうなものは外して、三人は安全である事を両腕を広げてアピールした。最初こそ怪しげに見ていた化け物だったが、ようやく大丈夫そうだと分かったらしく、しゃがんだまま大きな音を立てて近づいて来る。少なくとも、メリッサやグレッグにとっては初めての経験となる化け物への事情徴収が始まろうとしていた。
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