上 下
22 / 115
四章:疾風の処刑人

第22話 厄日

しおりを挟む
 五日後、国の西部に位置する最大の港町であるウェイブロッドに訪れたクリスとシェリルは、待ち合わせの日になるまで暇を潰そうと情報収集を行う傍ら、酒場で昼食を取っていた。造船所から聞こえる雑多な作業の音や、仕事が遅れている事を伝える怒鳴り声を微かに聞きながら、クリスはフィッシュケーキをだらしなく食べていた。

「意外と美味いな」

 あまり良い思い出の無かった料理だったが、街の名物であると言われて仕方なくチーズ入りの物を頼んだ所、想像以上に食べやすかったせいでクリスは少し驚いてしまう。ワインをチビチビと口に運んでいたシェリルは興味深そうに彼を見た。

「何で嫌いだったの?」
「酔っぱらった癇癪持ちの知り合いに大好物だって奴がいてな。そいつの前で馬鹿にしたら割れた瓶持って襲い掛かってきやがった。まあ、軽いトラウマだよ」

 理由を聞いたシェリルに嘘か本当か分からない思い出話を語り、クリスは残りを食い尽くした。店を出てから少し周りを見ようと町を歩いている時、背後から少年にぶつかられてしまう。急ぐように去って行く少年に対して、「気を付けろよ」とクリスは言おうとしたが、ポケットが妙に軽くなっている事に気づいた。

「おい財布返せクソガキ!」

 スリだという事を理解し、怒号と共に迫るクリスから逃げようとする少年は、恐ろしい勢いで距離を詰めて来る彼に対して、猛獣への畏怖に近い感情を抱いた。咄嗟に建物の隙間など、大人では入れない様な抜け道を使って撒いた後に財布の中身を確認する。上々の成果であった。

「やった!当分の生活は問題ないや。これも…一応貰っとこうかな」

 少年は歓喜して、なぜか一緒に入ってたサーカスのチケットや金を仕舞ってから財布を泥に投げ捨てた。そして見つからない内に歩き出そうとした時、目の前にある路地の出口を誰かが塞いでいる事に気づく。マズいと感じ、すぐさま引き返そうとしたものの、背後から羽交い絞めにされてしまった。

「よぉ~ディック。忘れたわけじゃねえだろ?今月のノルマ、お前だけ払ってねえぜ?」

 辺りの不良を統括している親玉らしい男が現れ、動けなくなっている少年の前に立ち塞がりながら言った。

「こないだ払っただろ!」
「あれは先月の分だ。おい、ポケット探れ」

 親玉からのの合図で仲間達が探りを入れると、先程盗んだばかりの金やサーカスのチケットが現れる。

「待てよ!それは盗られると困るんだ!明日にはちゃんと金を用意するから!」

 それらを全部奪われたディックは慌てて返すように言うが、聞き入れてもらえるはずも無く泥に叩きつけられる。そんな無様な状態に陥ってる子供を鼻で笑いながらその場を後にしようとした親玉は、不意に背後から視線を感じた。

「いい歳して弱い者苛めか?」

 ニッコリ笑ったクリスが立っていた。外套に刻まれている騎士団の紋章を見たチンピラ達は、引きつった愛想笑いで機嫌を取ろうとしていたが、その光景を見たディックの脳内では唐突に悪知恵が舞い降りた。

「そいつらに脅されて盗んだんだ!」
「はあ!?デタラメ言ってんじゃねえぞ!」

 いきなりディックによって罪を擦り付けられた親玉が狼狽えながら吠える。

「ホントだよ!財布の中にあった物を全部渡した!そいつらが持ってる!」

 追い討ちをかけるようにディックが言うと、その場にいた者達は血の気が引いたようにぎこちない動きでクリスを見る。

「ポケットにある物を全部出せ」
「…はい」

 逃げたら殺すとでも言わんばかりの眼光で睨みつけながらクリスに言われると、すっかり縮こまっている親玉や彼の手下たちは恐る恐る持ち物を取り出した。

「このチケットは何だ?」
「た、たまたま貰いました…」
「見てみろ、俺がメモ代わりに使ってたんだよ。もっとマシな嘘をつけ」

 この期に及んで言い訳をしてくるチンピラ達に、汚い字で殴り書きされているチケットの裏側を見せながらクリスは反論する。結局一人ずつ殴られた後に退散させられてしまい、その場にはディックとクリスの二人だけとなった。

「一応言うが、許したわけじゃないからな。ところで財布はどこにある?」

 泥だらけになった彼を立ち上がらせて、クリスは財布本体の事が気がかりだと尋ねた。ディックが申し訳なさそうに指をさした先には、焦げ茶色の財布が水気のある泥に埋もれている。

「お前新品を…しかも高かったんだぞ…!」

 汚らしそうに財布を指でつまみながらクリスはディックに悪態をついた。数分後、遅れて到着したシェリルの目に写っていたのは、泥だらけになった財布を片手に怒り心頭で子供に説教をかますクリスの姿であった。

「何してるの…ってもしかてディック?」
「あ、シェリル姉ちゃん!」

 同僚の財布が盗まれた事をそっちのけでスリの少年とシェリルが和気藹々と話を始めた事を不思議に思っていたクリスだったが、いつもの仏頂面からは想像できないシェリルの嬉しそうな表情を見た事で、どうでも良くなりつつあった。

「一体どういう事なんだ?」
「…この町、私の故郷なの。真っ当な生き方はしてなかったけどね。で、この子はまあ…私の弟分」

 話に付いていけなくなったクリスが聞くと、シェリルが躊躇いがちに答えた。

「子供の頃からシェリル姉ちゃんに色々教えてもらったんだ!スリのコツとかピッキングとか!」
「ほう、それは大したもんだな」

 自慢げに話すディックの内容を聞いたクリスは、財布が泥まみれになったのは彼女のせいなのかと一瞬だけ恨めしそうにシェリルを見る。そして皮肉交じりにディックを褒めた。

「でも、何でこんな事を?ダグラスさんの仕事を手伝わなくて良かったの?」

 彼の父であるダグラスは漁師であり、本来なら彼もその作業を手伝っている筈だったのだが、なぜ盗みなどしているのかとシェリルが尋ねた。ディックは顔を暗くして二人を交互に見る。

「それなんだけど――」

 ディックが打ち明けようとした時、不意に周りが騒がしくなり始めた。三人で向かった広場には人だかりが出来ており、押しのけながら進んだ先には血を吐きながら倒れている二人の男女の亡骸があった。

「次から次へと…どうなってる?」

 次々に舞い込む災難のせいで肩の力を抜けない事に腹を立てるクリスであったが、シェリルに連れられて新たな事件の調査に乗り出す羽目となった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?

猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」 「え?なんて?」 私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。 彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。 私が聖女であることが、どれほど重要なことか。 聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。 ―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。 前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。

プライベート・スペクタル

点一
ファンタジー
【星】(スターズ)。それは山河を変えるほどの膂力、千里を駆ける脚力、そして異形の術や能力を有する超人・怪人達。 この物語はそんな連中のひどく…ひどく個人的な物語群。 その中の一部、『龍王』と呼ばれた一人の男に焦点を当てたお話。 (※基本 隔週土曜日に更新予定)

【本編完結】転生令嬢は自覚なしに無双する

ベル
ファンタジー
ふと目を開けると、私は7歳くらいの女の子の姿になっていた。 きらびやかな装飾が施された部屋に、ふかふかのベット。忠実な使用人に溺愛する両親と兄。 私は戸惑いながら鏡に映る顔に驚愕することになる。 この顔って、マルスティア伯爵令嬢の幼少期じゃない? 私さっきまで確か映画館にいたはずなんだけど、どうして見ていた映画の中の脇役になってしまっているの?! 映画化された漫画の物語の中に転生してしまった女の子が、実はとてつもない魔力を隠し持った裏ボスキャラであることを自覚しないまま、どんどん怪物を倒して無双していくお話。 設定はゆるいです

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

碓氷唯
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

落ちこぼれの烙印を押された少年、唯一無二のスキルを開花させ世界に裁きの鉄槌を!

酒井 曳野
ファンタジー
この世界ニードにはスキルと呼ばれる物がある。 スキルは、生まれた時に全員が神から授けられ 個人差はあるが5〜8歳で開花する。 そのスキルによって今後の人生が決まる。 しかし、極めて稀にスキルが開花しない者がいる。 世界はその者たちを、ドロップアウト(落ちこぼれ)と呼んで差別し、見下した。 カイアスもスキルは開花しなかった。 しかし、それは気付いていないだけだった。 遅咲きで開花したスキルは唯一無二の特異であり最強のもの!! それを使い、自分を蔑んだ世界に裁きを降す!

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

処理中です...