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一章:魔術師だった男
第2話 報復の果て
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結局、出発をすることになったのはメリッサの怪我の処置をした次の日の夕方となった。村から少し先に存在する駅から首都であるレングートへと特急に乗って向かう事になった際に予約が必要ではないかと彼女に尋ねた所、エイジス騎士団の権限によってすぐに手配をして貰えるという事だった。クリスは自分の家に関しては村の仲間達に任せ、「事の次第では手紙を送るから、その後は使いたいという者にでも明け渡してやってくれ」と伝言を残し、なけなしの金と着替え、二丁の銃、そして僅かな手製の銃弾を携え汽車に乗り込んだ。
クリスは寝台に荷物を放った後に食堂車へと向かい、近くのテーブルに腰を下ろす。階級や人種を問わず多様な振る舞いや身なりをした人々が車内を往来し、少々賑やかであった。少しすると、食堂車の入り口からメリッサが髪を縛りながら入って来るのを目にした。血で汚れた外套を脱いでおり、上をセーターに着替えていた。少し嬉しそうにクリスの目の前に座り、近くにいたウェイターにメニューを借りてからそれを眺めていた。
「本当に傷はもう良いのか?」
「ええ、もう見せたでしょ?全然平気」
メリッサは得意げに笑った。話を少し戻して家を出る前、傷の治療をすると言った彼女のためにクリスは引き出しから包帯などを取り出そうとしていたのだが、彼女はそれらの代わりに食事が欲しいと要求した。意味の分からないクリスは言われるがままチーズやパンを渡すと、彼女は腰に付けていた革製のポーチから楕円形の瓶を取り出した。紫色の濁った液体で満たされており、キャップを外すと土や腐った植物が混ざった様な吐き気を誘う匂いが微かに鼻を突く。味についても決して優れているものでは無い事が、飲み干した彼女のしかめっ面からも見て取れた。
「それは?」
「ポーション…おぇっ…」
クリスからの質問にメリッサはえずきそうになりながら答えて、口直しをするかのようにチーズやパンを口に運んだ。しばらくすると、肩や足に見られた傷が塞がっていき、彼女も少し元気になったらしかった。
「アレは一体どういう仕組みなんだ?」
食堂車にて、運ばれてきた食事に舌鼓を打ちながらクリスはポーションと名付けられている液体について尋ねた。
「服用することで肉体の治癒能力を暫くの間だけ高めてくれるの。ああやって食事で栄養を取りながら使うと効果的。味は、まあ…泥水啜ってた方がマシよね」
「…あまり想像はしたくないな」
そんな話をしている時、クリスは彼女がサーベルを傍らに置いているのが目に入った。
「危険物の持ち込みは禁止のはずだろ」
「そこもエイジス騎士団の特権。『ありとあらゆる任務に置いて武装の携行が必要であるという判断と許可がなされた場合、何者もこれを妨げる事は許されない』っていう法律がちゃんとあるの」
「…やりたい放題だな」
「だから騎士団でも権限を行使出来る人間は限られてる。それが”騎士”の称号を持っているエージェント達…勿論、私も含めて」
鞘を擦りながら説明をするメリッサに対して、クリスは興味深いそうに聞いていた。その後、寝台車へと戻った二人は仕度をしてから床に就く。
時刻が深夜二時を回った頃、クリスは妙な物音で目が覚めた。列車の屋根から聞こえるそれは一定のリズムで音が刻まれ、間違いなく何かが屋根にいると分かった。次の瞬間、クリスは魔術師の持つ共感覚によって強い魔力を付近で感じ取る。
「ほう…」
頭上を見上げながらクリスは呟き、メリッサを起こさないように部屋を出ていく。彼に背を向けて寝ていたメリッサはその不審な動きで目が覚めたが、その頃にはクリスの姿は無かった。一方でクリスは慌てふためいている車掌に事情を尋ねると、見張りが何者かに殺害されている事を知った。すぐに車掌に対して乗客を外に出さないようにしてくれと頼んでから、列車の屋根へと向かう。
「この列車で間違いないのか?」
「ハ、ハイ!」
「確実に乗っている筈です!」
その日の午後にクリスから逃げ出した二人の魔術師は、新たに自分達よりも格上である魔術師と共に列車の屋根に佇んでいた。その中級魔術師は苛立ちを隠さずに二人の下級魔術師に向かって確認を取る。直後、背後に気配を感じて振り返るとそこには標的の一人が仏頂面で立っていた。
「探し物は見つかったか?」
列車の屋根に飛び乗ったクリスは彼らを見てそう言った。
「自分から来てくれるとは…ミスター・ガーランド」
中級魔術師はそう言いながらポケットから金属製のライターを取り出した。
「クリス・ガーランドという名はかつて…全ての魔術師にとって憧れだった。他を寄せ付けぬ強さや気高い心を持ち、必ずや魔術師の再興を果たしてくれると…なのにあなたは、あの下等生物共に情けをかけ!大勢の同胞を死に追いやった!そして今度は、私の兄まで殺した…!」
「昼間殺した奴がそうか。じゃあ言っておくが、先に喧嘩を吹っ掛けてきたのはお前の兄貴だ。『死への覚悟無き者は戦場に立つべからず』、最近の魔術師はそんな事も教わらないのか?」
「…黙れええええええっ!!」
中級魔術師はいかに自分が失望し、恨んでいるのかを拳を震わせながら語ったが、クリスからの思わぬ反論に血が上った。ライターの火をつけて指先に火を纏わせると、まるで銃を構えるかのようにクリスへ向ける。次の瞬間、巨大な炎の塊が放たれるとクリスの体に直撃し爆発を引き起こした。後を追いかけて来たメリッサが屋根へ登った際に見たのは、上半身が黒く焼けあがって倒れている彼の姿であった。
「ハハ…ざまあみろ…!」
復讐を遂げたとぬか喜びをする魔術師達とは裏腹に、メリッサは彼らを憐れんだ。先程目撃した戦いで、この男の持つ恐ろしさを見た片鱗から来る確信が、彼女の中にその様な感情を湧き起こしたのである。
「…う」
微かな呻きと共にクリスの体が少し動いた。上半身が黒焦げになっている肉体でそのまま起き上っている内に皮膚や筋繊維が癒えていき、服以外は完全に元通りとなっていた。
「もう終わりか?」
その一言がクリスから飛び出ると、先程までの余裕が完全に消え失せた魔術師達は絶句した。メリッサも腰に携えていた鞘からサーベルを引き抜く。
「見張りが殺されてたって。魔術師の仕業らしいけど、十中八九こいつらね…ちょっと、まさか素手でやる気?」
「まあ、何とかなる…たぶん」
武器を握って臨戦態勢に入るメリッサはなぜかそのまま殴り合いを始めそうなクリスに思わず突っ込んだが、当のクリスは非常に楽観的な態度でそう言った。
「お前達は女をやれ、奴だけは俺が殺す!」
「ハッ!!」
クリスとメリッサが駆け出したの見てから中級魔術師は指示を飛ばして、今度は全身を炎に包んでから肉弾戦に持ち込むもうとする。一歩踏み出すたびに、列車の屋根には何かが焼けるような音が響いた。これほどの高熱であるならいかに不死身と言えど手が出せないと踏んでいたが、直後に見通しが甘かった事を知る。
クリスは肉や骨が焼け爛れる事を躊躇わずに殴りつけた。流石にマズいと火の玉や放射による遠距離からの攻撃も交えるが、一切怯むことなくこちらへ向かって来る。焼け爛れた体からは真っ赤な内臓や健康そうな骨が垣間見えたが、すぐに修復が行われ再び殴り返される。儀式により強靭な肉体を手に入れる事が出来る魔術師達ではあるが、クリスの持つそれは実直な鍛錬の効果も上乗せされ、明らかに突然変異とも言える怪力であった。
一方メリッサの相手をしていた下級魔術師達は彼女に成す術もなく翻弄されていた。エイジス騎士団が使用する装備に使われいてる素材は、クリスの弾丸と同じように魔法を浄化する効果のある銀が使用され、そこに複数の金属を組み合わせて作っている。これによって高い硬度を維持しつつも魔法を防ぎ、魔力によって保護している魔術師達の肉体にも大きな傷を負わせる事が出来るのである。最も戦うにあたっては接近しなければならないため、渡り合えるようにと彼ら自身も訓練とドーピングを行っている。
魔法によって腕を岩の刃へと変えた二人の下級魔術師は、メリッサへタイミングを見計らいつつ攻撃をしていくが、彼女は柔軟な動きでそれを躱していく。そして攻撃をサーベルでいなした瞬間に反撃をしてダメージを与えていった。
「クソッ…このアマ!」
やけになった一人が猛進してきたが、メリッサは跳躍と共に彼の肩に手を付いてハンドスプリングを披露し、後ろへ回り込んだ。回り込まれた魔術師がしまったと思って振り返ろうとした頃には、彼の頭は体から切り離されていた。首は屋根に落ちると勢いのまま転がって行き、走る列車から落下して真夜中の虚空へと消えた。完全に怖気づいたもう一人の方はというと、待っている家族がいると言いながら命乞いを始めたが、間もなく同じようにして斬り殺された。
「終わったか」
片付いたメリッサが声のした方を見ると、抵抗できない程度に痛めつけられた中級魔術師がクリスに首根っこを掴まれて引き摺られていた。どうやらズボン以外はすべて燃やされてしまったらしく、クリスの逞しい体つきが露になっている。
「長い間ブランクだったみたいだけど思ってたより引き締まってるわね」
「木こりってのは良いもんだぜ。それよりこいつはどうする?」
クリスは彼女の前に中級魔術師を放りながら聞いた。起き上がろうとする魔術師に彼女はサーベルを向ける。
「その服、ブラザーフッドね?本当に私達だけが狙いだったの?」
「…ああ、そうだ」
「列車の見張りが死んでいたのは?」
「俺達だよ、他の連中に報せようとしてたんで殺してやった…命乞いはするつもりはない」
「…分かった」
体を起こした中級魔術師は跪いた状態で告白する。もう目的の達成は望めないと分かったのか、殺してくれとでも言うように天を仰いでいた。メリッサは物憂げな表情でサーベルを振る。鮮血が迸ると、魔術師はそのまま倒れて二度と動かなくなった。
「抵抗する意思のない敵を殺すのってあんまり良い気分しないのよね…」
サーベルの血を拭いながらメリッサはそう言った。
「抵抗してくれれば理由が出来るからな。罪悪感も薄れさせてくれる。一方的な攻撃なんて余程強い意志がない限り、進んでやる様な奴はいない」
「あなたが言うと凄い説得力ある」
「…うるさい。というかお前、戦えたんだな。あんな必死に助けを求めるんでてっきり——」
「これでも騎士よ、当たり前でしょ!?あれは…不意打ちを喰らっただけ!逃げるまでの間に四人は倒してたのよ!」
辛気臭い雰囲気を紛らわしたかったのか、二人はそうして騒ぎながら死体の処理に協力してもらうために車掌の元へと向かって行った。
――――事後処理や着替えなどをしている内に朝が来た。列車が音を立てて止まり、乗務員たちが下りる準備をするようにと乗客たちに促していた。二人も案内に従って駅の構内へと出ていく。エイジス騎士団の紋章が添えられた軍服を着ている兵士たちがチラホラと警備にあたっていた。
「…妙に物騒だな」
元魔術師という事もあってか、クリスはそんな事を気まずそうに言った。
「近頃の過激派の暴れっぷりのせいよ。魔術師が街に入る事そのものを嫌がっている人もいる」
「それじゃあ差別じゃないか?皆平等とか言って表向きはあんなにプロパガンダを流してるだろ」
「そ、そういう考えの人もいるってだけ。歓迎する人ばかりじゃないけど、魔術師の流入自体は拒んでないわ」
話をしながら二人は階段を下りていく。階段を下りた先で一度止められたが、メリッサが外套に付いている紋章を見せ、事情を説明すると快く通してくれた。出口を抜けた先に待っていたのは工場などの煙によって少々曇っている灰色の空の下、見渡す限りそびえ立っている高層建築物の数々、馬車や住人たちによって活気に溢れている整備された道路…まさしく文明の持つ英知の結晶である。
しばらく見ない間にもこれほどまでに発展していたのかと、クリスは迷子にでもなったかのように周囲を見渡して驚愕した。それと同時に、これほどの物を作り上げてしまえる技術と豊かさを持った者達と対立し続けようとする過激派の魔術師達を少々阿保らしく感じた。
「改めてようこそ。この国の心臓部へ」
メリッサはクリスの方へ振り返り、そう言ってから彼を街へ案内していった。
クリスは寝台に荷物を放った後に食堂車へと向かい、近くのテーブルに腰を下ろす。階級や人種を問わず多様な振る舞いや身なりをした人々が車内を往来し、少々賑やかであった。少しすると、食堂車の入り口からメリッサが髪を縛りながら入って来るのを目にした。血で汚れた外套を脱いでおり、上をセーターに着替えていた。少し嬉しそうにクリスの目の前に座り、近くにいたウェイターにメニューを借りてからそれを眺めていた。
「本当に傷はもう良いのか?」
「ええ、もう見せたでしょ?全然平気」
メリッサは得意げに笑った。話を少し戻して家を出る前、傷の治療をすると言った彼女のためにクリスは引き出しから包帯などを取り出そうとしていたのだが、彼女はそれらの代わりに食事が欲しいと要求した。意味の分からないクリスは言われるがままチーズやパンを渡すと、彼女は腰に付けていた革製のポーチから楕円形の瓶を取り出した。紫色の濁った液体で満たされており、キャップを外すと土や腐った植物が混ざった様な吐き気を誘う匂いが微かに鼻を突く。味についても決して優れているものでは無い事が、飲み干した彼女のしかめっ面からも見て取れた。
「それは?」
「ポーション…おぇっ…」
クリスからの質問にメリッサはえずきそうになりながら答えて、口直しをするかのようにチーズやパンを口に運んだ。しばらくすると、肩や足に見られた傷が塞がっていき、彼女も少し元気になったらしかった。
「アレは一体どういう仕組みなんだ?」
食堂車にて、運ばれてきた食事に舌鼓を打ちながらクリスはポーションと名付けられている液体について尋ねた。
「服用することで肉体の治癒能力を暫くの間だけ高めてくれるの。ああやって食事で栄養を取りながら使うと効果的。味は、まあ…泥水啜ってた方がマシよね」
「…あまり想像はしたくないな」
そんな話をしている時、クリスは彼女がサーベルを傍らに置いているのが目に入った。
「危険物の持ち込みは禁止のはずだろ」
「そこもエイジス騎士団の特権。『ありとあらゆる任務に置いて武装の携行が必要であるという判断と許可がなされた場合、何者もこれを妨げる事は許されない』っていう法律がちゃんとあるの」
「…やりたい放題だな」
「だから騎士団でも権限を行使出来る人間は限られてる。それが”騎士”の称号を持っているエージェント達…勿論、私も含めて」
鞘を擦りながら説明をするメリッサに対して、クリスは興味深いそうに聞いていた。その後、寝台車へと戻った二人は仕度をしてから床に就く。
時刻が深夜二時を回った頃、クリスは妙な物音で目が覚めた。列車の屋根から聞こえるそれは一定のリズムで音が刻まれ、間違いなく何かが屋根にいると分かった。次の瞬間、クリスは魔術師の持つ共感覚によって強い魔力を付近で感じ取る。
「ほう…」
頭上を見上げながらクリスは呟き、メリッサを起こさないように部屋を出ていく。彼に背を向けて寝ていたメリッサはその不審な動きで目が覚めたが、その頃にはクリスの姿は無かった。一方でクリスは慌てふためいている車掌に事情を尋ねると、見張りが何者かに殺害されている事を知った。すぐに車掌に対して乗客を外に出さないようにしてくれと頼んでから、列車の屋根へと向かう。
「この列車で間違いないのか?」
「ハ、ハイ!」
「確実に乗っている筈です!」
その日の午後にクリスから逃げ出した二人の魔術師は、新たに自分達よりも格上である魔術師と共に列車の屋根に佇んでいた。その中級魔術師は苛立ちを隠さずに二人の下級魔術師に向かって確認を取る。直後、背後に気配を感じて振り返るとそこには標的の一人が仏頂面で立っていた。
「探し物は見つかったか?」
列車の屋根に飛び乗ったクリスは彼らを見てそう言った。
「自分から来てくれるとは…ミスター・ガーランド」
中級魔術師はそう言いながらポケットから金属製のライターを取り出した。
「クリス・ガーランドという名はかつて…全ての魔術師にとって憧れだった。他を寄せ付けぬ強さや気高い心を持ち、必ずや魔術師の再興を果たしてくれると…なのにあなたは、あの下等生物共に情けをかけ!大勢の同胞を死に追いやった!そして今度は、私の兄まで殺した…!」
「昼間殺した奴がそうか。じゃあ言っておくが、先に喧嘩を吹っ掛けてきたのはお前の兄貴だ。『死への覚悟無き者は戦場に立つべからず』、最近の魔術師はそんな事も教わらないのか?」
「…黙れええええええっ!!」
中級魔術師はいかに自分が失望し、恨んでいるのかを拳を震わせながら語ったが、クリスからの思わぬ反論に血が上った。ライターの火をつけて指先に火を纏わせると、まるで銃を構えるかのようにクリスへ向ける。次の瞬間、巨大な炎の塊が放たれるとクリスの体に直撃し爆発を引き起こした。後を追いかけて来たメリッサが屋根へ登った際に見たのは、上半身が黒く焼けあがって倒れている彼の姿であった。
「ハハ…ざまあみろ…!」
復讐を遂げたとぬか喜びをする魔術師達とは裏腹に、メリッサは彼らを憐れんだ。先程目撃した戦いで、この男の持つ恐ろしさを見た片鱗から来る確信が、彼女の中にその様な感情を湧き起こしたのである。
「…う」
微かな呻きと共にクリスの体が少し動いた。上半身が黒焦げになっている肉体でそのまま起き上っている内に皮膚や筋繊維が癒えていき、服以外は完全に元通りとなっていた。
「もう終わりか?」
その一言がクリスから飛び出ると、先程までの余裕が完全に消え失せた魔術師達は絶句した。メリッサも腰に携えていた鞘からサーベルを引き抜く。
「見張りが殺されてたって。魔術師の仕業らしいけど、十中八九こいつらね…ちょっと、まさか素手でやる気?」
「まあ、何とかなる…たぶん」
武器を握って臨戦態勢に入るメリッサはなぜかそのまま殴り合いを始めそうなクリスに思わず突っ込んだが、当のクリスは非常に楽観的な態度でそう言った。
「お前達は女をやれ、奴だけは俺が殺す!」
「ハッ!!」
クリスとメリッサが駆け出したの見てから中級魔術師は指示を飛ばして、今度は全身を炎に包んでから肉弾戦に持ち込むもうとする。一歩踏み出すたびに、列車の屋根には何かが焼けるような音が響いた。これほどの高熱であるならいかに不死身と言えど手が出せないと踏んでいたが、直後に見通しが甘かった事を知る。
クリスは肉や骨が焼け爛れる事を躊躇わずに殴りつけた。流石にマズいと火の玉や放射による遠距離からの攻撃も交えるが、一切怯むことなくこちらへ向かって来る。焼け爛れた体からは真っ赤な内臓や健康そうな骨が垣間見えたが、すぐに修復が行われ再び殴り返される。儀式により強靭な肉体を手に入れる事が出来る魔術師達ではあるが、クリスの持つそれは実直な鍛錬の効果も上乗せされ、明らかに突然変異とも言える怪力であった。
一方メリッサの相手をしていた下級魔術師達は彼女に成す術もなく翻弄されていた。エイジス騎士団が使用する装備に使われいてる素材は、クリスの弾丸と同じように魔法を浄化する効果のある銀が使用され、そこに複数の金属を組み合わせて作っている。これによって高い硬度を維持しつつも魔法を防ぎ、魔力によって保護している魔術師達の肉体にも大きな傷を負わせる事が出来るのである。最も戦うにあたっては接近しなければならないため、渡り合えるようにと彼ら自身も訓練とドーピングを行っている。
魔法によって腕を岩の刃へと変えた二人の下級魔術師は、メリッサへタイミングを見計らいつつ攻撃をしていくが、彼女は柔軟な動きでそれを躱していく。そして攻撃をサーベルでいなした瞬間に反撃をしてダメージを与えていった。
「クソッ…このアマ!」
やけになった一人が猛進してきたが、メリッサは跳躍と共に彼の肩に手を付いてハンドスプリングを披露し、後ろへ回り込んだ。回り込まれた魔術師がしまったと思って振り返ろうとした頃には、彼の頭は体から切り離されていた。首は屋根に落ちると勢いのまま転がって行き、走る列車から落下して真夜中の虚空へと消えた。完全に怖気づいたもう一人の方はというと、待っている家族がいると言いながら命乞いを始めたが、間もなく同じようにして斬り殺された。
「終わったか」
片付いたメリッサが声のした方を見ると、抵抗できない程度に痛めつけられた中級魔術師がクリスに首根っこを掴まれて引き摺られていた。どうやらズボン以外はすべて燃やされてしまったらしく、クリスの逞しい体つきが露になっている。
「長い間ブランクだったみたいだけど思ってたより引き締まってるわね」
「木こりってのは良いもんだぜ。それよりこいつはどうする?」
クリスは彼女の前に中級魔術師を放りながら聞いた。起き上がろうとする魔術師に彼女はサーベルを向ける。
「その服、ブラザーフッドね?本当に私達だけが狙いだったの?」
「…ああ、そうだ」
「列車の見張りが死んでいたのは?」
「俺達だよ、他の連中に報せようとしてたんで殺してやった…命乞いはするつもりはない」
「…分かった」
体を起こした中級魔術師は跪いた状態で告白する。もう目的の達成は望めないと分かったのか、殺してくれとでも言うように天を仰いでいた。メリッサは物憂げな表情でサーベルを振る。鮮血が迸ると、魔術師はそのまま倒れて二度と動かなくなった。
「抵抗する意思のない敵を殺すのってあんまり良い気分しないのよね…」
サーベルの血を拭いながらメリッサはそう言った。
「抵抗してくれれば理由が出来るからな。罪悪感も薄れさせてくれる。一方的な攻撃なんて余程強い意志がない限り、進んでやる様な奴はいない」
「あなたが言うと凄い説得力ある」
「…うるさい。というかお前、戦えたんだな。あんな必死に助けを求めるんでてっきり——」
「これでも騎士よ、当たり前でしょ!?あれは…不意打ちを喰らっただけ!逃げるまでの間に四人は倒してたのよ!」
辛気臭い雰囲気を紛らわしたかったのか、二人はそうして騒ぎながら死体の処理に協力してもらうために車掌の元へと向かって行った。
――――事後処理や着替えなどをしている内に朝が来た。列車が音を立てて止まり、乗務員たちが下りる準備をするようにと乗客たちに促していた。二人も案内に従って駅の構内へと出ていく。エイジス騎士団の紋章が添えられた軍服を着ている兵士たちがチラホラと警備にあたっていた。
「…妙に物騒だな」
元魔術師という事もあってか、クリスはそんな事を気まずそうに言った。
「近頃の過激派の暴れっぷりのせいよ。魔術師が街に入る事そのものを嫌がっている人もいる」
「それじゃあ差別じゃないか?皆平等とか言って表向きはあんなにプロパガンダを流してるだろ」
「そ、そういう考えの人もいるってだけ。歓迎する人ばかりじゃないけど、魔術師の流入自体は拒んでないわ」
話をしながら二人は階段を下りていく。階段を下りた先で一度止められたが、メリッサが外套に付いている紋章を見せ、事情を説明すると快く通してくれた。出口を抜けた先に待っていたのは工場などの煙によって少々曇っている灰色の空の下、見渡す限りそびえ立っている高層建築物の数々、馬車や住人たちによって活気に溢れている整備された道路…まさしく文明の持つ英知の結晶である。
しばらく見ない間にもこれほどまでに発展していたのかと、クリスは迷子にでもなったかのように周囲を見渡して驚愕した。それと同時に、これほどの物を作り上げてしまえる技術と豊かさを持った者達と対立し続けようとする過激派の魔術師達を少々阿保らしく感じた。
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