甘い夢を見ていたい

春子

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東海岸 〜束の間の安息〜

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逃走車を廃棄し、偽名の一つで買った車で移動している。
運転は交代制。ナオは、運転免許がないし、運転をした事がないから、免除。
「偽名っていくつ、持ってんの?」 
「生きていく分に必要な分だけ。案外世の中、身分を買うのは、手間取らない。金さえあればね。」
如月に聞かれて答える。
「君、成人してるの?」
「これでもしてるよ。割と童顔で実年齢に見られたことないけどね。酒・タバコ、オッケーな年齢。この中だと最年長だよ。」
あ。如月さんは別だよと笑う。
「変装すれば、いくらかは、騙せるし、動ける。追っ手からも逃げられるしね。素顔を知るのは、極少数だけど。」
田舎道をずっと走っている。
後ろの方では、就寝している三人が並んで寝てる様が、平和ボケに見えて笑える。
「こんなふうになって、後悔してる?」
「え?」
「ストリート・ギャングの取材がまさかの巻き込まれで、世界的ギャングに目をつけられて、命の逃避行。まあ、危ない取材をするわけだから、ハイリスクも当然、考えたよね?ボディーガードが常に自分を助けてくれるとは限らないとかさ。」
「それって、ヘンリック刑事への抗議?」
「ヘンリック刑事ならまだクレイブ刑事の方が役立つよ。ヘンリック刑事は、サツの組織犬だからね。他のストリート・ギャングもそうだけど、意外と見返りかもしくは、密接な関係がない刑事が近づいたらね。警戒する上に画策する。あいつは、子供だとナメてる。だから、ナオは誘拐される羽目になるし、上から詰問に遭うんだよ。ざまあない。言えないだろうね。自分のミスで、一般人は誘拐され、派手な抗争になったんだってね。だから、次、取材するなら、目を肥やしたほうがいい。例えば、せめて、クレイブ刑事かもしくは、クレイブ刑事の上司、マルタ警部とかね。あの二人は熟知してる。」
ヘンリック刑事は、当初、案内役件護衛だったが、役に立たなかった。
「如月さんはご家族いるの?恋人とか。」
「へ?いや…いるけど、何で。」
「恋人いるの?どんな人?」
「N国にいるけど。普通の人だよ。」 
「写真ないの?ジャーナリストだからカメラあるでしょ?撮らないの?」
「えー。」
N国にいる彼女は、平々凡々な女性で普通のOLさんだ。
「付き合って何年?」
「5年…。」
「長いね。ラブラブ?」
「フツーだよ。」
「ふーん。じゃあ、その恋人さんのためにも五体満足で帰んないとね。」
「君はいないの…?恋人とか家族とか。」
意趣返しと言うわけではないが、聞いてみた。
「いない。」 
「家族は?」 
「…父は既に他界してる。母はわからない。生死不明。多分生きてるんじゃないかな。」
「あっ。ごめん。」
「別に大丈夫。気にしないでいいよ。…N国だとアニメとか小説とか盛んだよね。ラノベだっけ、あれ好きなの。読みやすいし、面白い。あと漫画。断然、漫画は、N国限ると思うわ。こっちのは、ヒーロー色が強いから。言葉を忘れないようによく読むし、気分転換によく読むよ。」
「えっ。意外。」 
「それ、どういう意味。あー…なんだっけ。腐女子ってゆうんだっけ?BL好きな女の子。私、好きなんだよね。漫画だと素敵な絵が描いてあるし、ストーリーも中々いいよね。小説も好きなのがあってさ。名作の夜は鳴いてって言うBL小説知らない?アニメにもなったらしいよ。群像劇なんだけどさ。青春の。いいお話なんだよ。ただ、ちょっと頂けないのは、最後、主人公が思ってる恋人がさ、不慮の事故で死んじゃうんだよね。腐っていた主人公を支えた健気な恋人が亡くなってね。その後、自暴自棄になりつつ、周りのフォローもあって再度、奮起するって話なんだけどさ。恋人亡くなったら、バッドエンドじゃん。人によっては悲恋でいいねって人もいたけど、あれは納得出来なかったわ。ハッピーエンドが良いよね。何で作り物の世界でもハードを味わなきゃいけないんだって思ったよ。」
バックミラー越しにゴソゴソ動いてるのが見える。
「あとは、例えば、改心して、同じ世界で生きようと思った人の足を引っ張るヌケサク共は、心のなかで、マシンガン、ぶっ放してるわ。現実ならそう出来るけど、架空じゃあ、精々、愚痴を言うぐらい。」 
「現実的にマシンガン放ったら駄目じゃない?」
「ノーバッドエンド。ノーメリーバッドエンドなんだよね。ハッピーエンドが一番いいわ。誰が見ても大団円。ご都合主義万歳。」
景色が一面、畑に変わっている。絵葉書になるぐらいに美しい緑の絨毯みたいだ。
「ハッピーエンドが好きな理由にね。親が関わってるんだよね。」
「親?」
「父は、本当に優しくて、穏やかな人だった。身体が弱いのを除けば、欠点があまり無い人で、父は、子どもが、欲しくて、何かを残せることが嬉しかったの。元々、身体も弱くて、子供が出来るか、わからなかったけど、まあ、娘が、できた訳さ。それが私なんだけど。それはそれは、大層喜んでね。男親って娘が生まれたら、甘くなるって言うじゃない。そんな感じで。怒られたこと、一度もなかった。でもね。あまりにも溺愛しすぎた。愛する人との子供だから、当然なんだけどね。でも母はそうじゃなかった。母の一番は父であり、女が強かった。間近で、他の女を可愛がる父を見て、嫉妬を募らせた。父は困惑して、なぜ、娘を愛してやらないと、詰ったの。」
母は私を一度もまともに見ることはなかった。
父は、一度も、娘の世話を手を抜くことはなかった。益々、拗れていった。決定的だったのは、父が死ぬ間際。
「父は怒っちゃって。母に遺言を遺さなかった。それが母を狂わせた。葬儀を終わらせて、親戚もいなくなってから、母は次第に壊れていった。でも、ある日、母が仲直りしようって言ってくれて、嬉しかったの。今思えば、怪しかったのに、子供は単純だから、素直に言われた通りにしてたら、誘拐されて、あっという間にこの現状だよ。母は愛に生きて失ったの。怒りより、哀れに思った。折角、両思いになって、結婚して、子まで成したのに、バッドエンドを迎えたなんて。私なら嫌だと思ったんだよね。」
父は単純に娘を可愛がり、母は、自分が一番で無くなることが、死ぬほど、恐ろしかったのだ。
「ここから笑い話なんだけど、母の呪いなのか、私、同性によく嫌われるの。何か出てんのかな。立て続けに起きるから、苦手なんだよね。だから、これから向かうクララ・エバンズもちょっと会うの、怖いわ。敵ならね。殲滅すりゃあいいんだけども。」
「ちょいちょい重たい話を出す割に、軽く言うね。」
「ナオが泣いてるから、慰めてあげて。」
「お前が泣かしたんだろ。泣くなよ。」
「感受性豊かだな。コイツ。」
ナオが涙を流してくれるのをバックミラー越しに見て、笑った。とても清々しく思ったのは、綺麗に泣いてくれる人がいるからだろう。
「でもちょっと、楽しみになって来たな。全部終わったら、如月さんの恋人を見に行きたいな。みんなでN国にね。」
鼻歌を歌う。
「夢がまた増えたわ。」
風が気持ちいい。
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