人工天使とその代償

雨禍津 しう

文字の大きさ
上 下
10 / 11

第十

しおりを挟む





 思い出した。思い出して、理解した。

 この花園はあの研究施設だ。差し込む光も、遠くに見える冷たい岩壁も、記憶を辿れば自分が開放されたあの日と重なる。
 あんなにも美しかった花々が、急に恐ろしく見えた。

「……た」

 声が掠れる。

「……また、俺を」

 俺のこの旅を終わらせるため、どうしても来なくてはならなかった場所。こいつを殺すのに一番手っ取り早く、同じことを繰り返させないために破壊するには最も効果的な場所。同時に俺の育った監獄でもある、この場所。
 そこに、また俺を縛り付けようというのだろうか。

「また俺を使おうっていうのか!?お前の……お前の……!」

 気づけば掴みかかっていた。怒りに身を任せるのは簡単なことだった。今ならこいつを絞め殺すことができるだろうか。
 ……。
 ――は少し驚いたような顔をした。しかしすぐにそれは、ひどく落ち着いた笑みに代わる。それはまるで親が悪いことをした子供に向けるような、困った、しかし慈愛に満ちた表情で。そして気のせいか、少し悲しげに見えた。

「あなたを実験になど使いませんよ」

 声が響く。

「それに、あなたはどうも知らなかったようですが……研究は既に終わっています」

 ……嘘つきめ。

「そんなわけ無いだろう!だったらお前はなんのために、俺がここを逃げたあとも子どもたちをさらい続けていたんだ!」
 
「あなたは気づいたのではなかったのですか?あなたの追っていたものが偽物だったということに」

 薄々気づいていた。だが認めることを拒む自分がいた。ずっと偽物を追っていたのなら、この数年間は一体何だったのか。

 力が抜けたように、彼は手を下ろす。吹き下ろしが光の海をさわさわと波立たせる。

 再び――から差し出される手。俺はその手をとっていた。無意識ともいえるような、自分でも驚くくらい、自然にとっていた。
 ――がその手を引いたまま踵を返す。連れられて歩きはじめた、そのとき。ひときわ強い風が花びらを巻き上げながら、さっと吹いた。――の外套が広がる。その下があらわになる。窮屈そうにぎこちなくたたまれた、歪な、灰色の翼。陽の光を受けて白に輝く、翼。
 雨の昨夜は夢ではなかったのだ。またもこの人に救われた、そう感じると同時に、この翼のため何人もの子どもたちが犠牲になったのだと考えると吐き気がしてくる。

 そんなせめぎあいをよそに、――は歩いていく。そしてそれは果てまで広がるような白の花園のなか、突然姿をあらわした。
 形の整った石の群れ。間隔を開けて置かれ、ひとつひとつ丁寧に編まれた花輪がかけられているそれら。近づいてみてはっとした。
 全てに文字が掘られていたのだ。

 それは名前だった。

 ――が膝をついて手を合わせる。しかしその後ろ姿から――が何を思っているかを読み取ることはできなかった。ただ何かを思っているということだけは理解できた。
 これを、この墓地を見せたかったというのだろうか。

「……あなたがここを飛び立ったその日、ここは襲撃を受けましてね。その爆発に乗じて出ていったから知っているとは思いますが……。あの後すぐにここは閉鎖されたんですよ」

 ――が語りだす。

「襲撃者の手に資料が渡らないよう、守りきれないと判断したもの、重要度が低いものはすべて燃やし、これさえあればというごく僅かな情報だけを残して死守しました。……そうそう、ここは国からの命令で動いていたんですよ、ですから、研究の成果は命に変えても守り通せ、とね」

 ――がゆっくり立ち上がる。

「場所が割れてはもうここでの続行は不可能ですから、あるだけの文書と私の覚えていた限りを他の方に引き継いで、ここの役目は終わったというわけです」

 ――の手が俺の頭の上にぽんと置かれる。

「あなたたちには申し訳ないことをしましたね。国からというのもあれですが、私自身きっと楽しんでいる節もありましたから」




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹しか愛していない母親への仕返しに「わたくしはお母様が男に無理矢理に犯されてできた子」だと言ってやった。

ラララキヲ
ファンタジー
「貴女は次期当主なのだから」  そう言われて長女のアリーチェは育った。どれだけ寂しくてもどれだけツラくても、自分がこのエルカダ侯爵家を継がなければいけないのだからと我慢して頑張った。  長女と違って次女のルナリアは自由に育てられた。両親に愛され、勉強だって無理してしなくてもいいと甘やかされていた。  アリーチェはそれを羨ましいと思ったが、自分が長女で次期当主だから仕方がないと納得していて我慢した。  しかしアリーチェが18歳の時。  アリーチェの婚約者と恋仲になったルナリアを、両親は許し、二人を祝福しながら『次期当主をルナリアにする』と言い出したのだ。  それにはもうアリーチェは我慢ができなかった。  父は元々自分たち(子供)には無関心で、アリーチェに厳し過ぎる教育をしてきたのは母親だった。『次期当主だから』とあんなに言ってきた癖に、それを簡単に覆した母親をアリーチェは許せなかった。  そして両親はアリーチェを次期当主から下ろしておいて、アリーチェをルナリアの補佐に付けようとした。  そのどこまてもアリーチェの人格を否定する考え方にアリーチェの心は死んだ。  ──自分を愛してくれないならこちらもあなたたちを愛さない──  アリーチェは行動を起こした。  もうあなたたちに情はない。   ───── ◇これは『ざまぁ』の話です。 ◇テンプレ [妹贔屓母] ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング〔2位〕(4/19)☆ファンタジーランキング〔1位〕☆入り、ありがとうございます!!

ペットたちと一緒に異世界へ転生!?魔法を覚えて、皆とのんびり過ごしたい。

千晶もーこ
ファンタジー
疲労で亡くなってしまった和菓。 気付いたら、異世界に転生していた。 なんと、そこには前世で飼っていた犬、猫、インコもいた!? 物語のような魔法も覚えたいけど、一番は皆で楽しくのんびり過ごすのが目標です! ※この話は小説家になろう様へも掲載しています

【二章開始】『事務員はいらない』と実家からも騎士団からも追放された書記は『命名』で生み出した最強家族とのんびり暮らしたい

斑目 ごたく
ファンタジー
 「この騎士団に、事務員はいらない。ユーリ、お前はクビだ」リグリア王国最強の騎士団と呼ばれた黒葬騎士団。そこで自らのスキル「書記」を生かして事務仕事に勤しんでいたユーリは、そう言われ騎士団を追放される。  さらに彼は「四大貴族」と呼ばれるほどの名門貴族であった実家からも勘当されたのだった。  失意のまま乗合馬車に飛び乗ったユーリが辿り着いたのは、最果ての街キッパゲルラ。  彼はそこで自らのスキル「書記」を生かすことで、無自覚なまま成功を手にする。  そして彼のスキル「書記」には、新たな能力「命名」が目覚めていた。  彼はその能力「命名」で二人の獣耳美少女、「ネロ」と「プティ」を生み出す。  そして彼女達が見つけ出した伝説の聖剣「エクスカリバー」を「命名」したユーリはその三人の家族と共に賑やかに暮らしていく。    やがて事務員としての仕事欲しさから領主に雇われた彼は、大好きな事務仕事に全力に勤しんでいた。それがとんでもない騒動を巻き起こすとは知らずに。  これは事務仕事が大好きな余りそのチートスキルで無自覚に無双するユーリと、彼が生み出した最強の家族が世界を「書き換えて」いく物語。  火・木・土曜日20:10、定期更新中。  この作品は「小説家になろう」様にも投稿されています。

THE NEW GATE

風波しのぎ
ファンタジー
 ダンジョン【異界の門】。その最深部でシンは戦っていた。デスゲームと化したVRMMO【THE NEW GATE(ザ・ニューゲート)】の最後の敵と。激しい戦いに勝利し、囚われていたプレイヤー達を解放したシン。しかし、安心したのも束の間突如ダンジョンの最奥に設置されていた扉が開き、シンは意識を失う。目覚めたとき、シンの目の前に広がっていたのは本物の【THE NEW GATE】の世界だった。

幸子ばあさんの異世界ご飯

雨夜りょう
ファンタジー
「幸子さん、異世界に行ってはくれませんか」 伏見幸子、享年88歳。家族に見守られ天寿を全うしたはずだったのに、目の前の男は突然異世界に行けというではないか。 食文化を発展させてほしいと懇願され、幸子は異世界に行くことを決意する。

【完結】魔力・魔法が無いと家族に虐げられてきた俺は殺して殺して強くなります

ルナ
ファンタジー
「見てくれ父上!俺の立派な炎魔法!」 「お母様、私の氷魔法。綺麗でしょ?」 「僕らのも見てくださいよ〜」 「ほら、鮮やかな風と雷の調和です」 『それに比べて"キョウ・お兄さん"は…』 代々から強い魔力の血筋だと恐れられていたクライス家の五兄弟。 兄と姉、そして二人の弟は立派な魔道士になれたというのに、次男のキョウだけは魔法が一切使えなかった。 家族に蔑まれる毎日 与えられるストレスとプレッシャー そして遂に… 「これが…俺の…能力…素晴らしい!」 悲劇を生んだあの日。 俺は力を理解した。 9/12作品名それっぽく変更 前作品名『亡骸からの餞戦士』

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

婚約破棄……そちらの方が新しい聖女……ですか。ところで殿下、その方は聖女検定をお持ちで?

Ryo-k
ファンタジー
「アイリス・フローリア! 貴様との婚約を破棄する!」 私の婚約者のレオナルド・シュワルツ王太子殿下から、突然婚約破棄されてしまいました。 さらには隣の男爵令嬢が新しい聖女……ですか。 ところでその男爵令嬢……聖女検定はお持ちで?

処理中です...