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第十
しおりを挟む思い出した。思い出して、理解した。
この花園はあの研究施設だ。差し込む光も、遠くに見える冷たい岩壁も、記憶を辿れば自分が開放されたあの日と重なる。
あんなにも美しかった花々が、急に恐ろしく見えた。
「……た」
声が掠れる。
「……また、俺を」
俺のこの旅を終わらせるため、どうしても来なくてはならなかった場所。こいつを殺すのに一番手っ取り早く、同じことを繰り返させないために破壊するには最も効果的な場所。同時に俺の育った監獄でもある、この場所。
そこに、また俺を縛り付けようというのだろうか。
「また俺を使おうっていうのか!?お前の……お前の……!」
気づけば掴みかかっていた。怒りに身を任せるのは簡単なことだった。今ならこいつを絞め殺すことができるだろうか。
……。
――は少し驚いたような顔をした。しかしすぐにそれは、ひどく落ち着いた笑みに代わる。それはまるで親が悪いことをした子供に向けるような、困った、しかし慈愛に満ちた表情で。そして気のせいか、少し悲しげに見えた。
「あなたを実験になど使いませんよ」
声が響く。
「それに、あなたはどうも知らなかったようですが……研究は既に終わっています」
……嘘つきめ。
「そんなわけ無いだろう!だったらお前はなんのために、俺がここを逃げたあとも子どもたちをさらい続けていたんだ!」
「あなたは気づいたのではなかったのですか?あなたの追っていたものが偽物だったということに」
薄々気づいていた。だが認めることを拒む自分がいた。ずっと偽物を追っていたのなら、この数年間は一体何だったのか。
力が抜けたように、彼は手を下ろす。吹き下ろしが光の海をさわさわと波立たせる。
再び――から差し出される手。俺はその手をとっていた。無意識ともいえるような、自分でも驚くくらい、自然にとっていた。
――がその手を引いたまま踵を返す。連れられて歩きはじめた、そのとき。ひときわ強い風が花びらを巻き上げながら、さっと吹いた。――の外套が広がる。その下があらわになる。窮屈そうにぎこちなくたたまれた、歪な、灰色の翼。陽の光を受けて白に輝く、翼。
雨の昨夜は夢ではなかったのだ。またもこの人に救われた、そう感じると同時に、この翼のため何人もの子どもたちが犠牲になったのだと考えると吐き気がしてくる。
そんなせめぎあいをよそに、――は歩いていく。そしてそれは果てまで広がるような白の花園のなか、突然姿をあらわした。
形の整った石の群れ。間隔を開けて置かれ、ひとつひとつ丁寧に編まれた花輪がかけられているそれら。近づいてみてはっとした。
全てに文字が掘られていたのだ。
それは名前だった。
――が膝をついて手を合わせる。しかしその後ろ姿から――が何を思っているかを読み取ることはできなかった。ただ何かを思っているということだけは理解できた。
これを、この墓地を見せたかったというのだろうか。
「……あなたがここを飛び立ったその日、ここは襲撃を受けましてね。その爆発に乗じて出ていったから知っているとは思いますが……。あの後すぐにここは閉鎖されたんですよ」
――が語りだす。
「襲撃者の手に資料が渡らないよう、守りきれないと判断したもの、重要度が低いものはすべて燃やし、これさえあればというごく僅かな情報だけを残して死守しました。……そうそう、ここは国からの命令で動いていたんですよ、ですから、研究の成果は命に変えても守り通せ、とね」
――がゆっくり立ち上がる。
「場所が割れてはもうここでの続行は不可能ですから、あるだけの文書と私の覚えていた限りを他の方に引き継いで、ここの役目は終わったというわけです」
――の手が俺の頭の上にぽんと置かれる。
「あなたたちには申し訳ないことをしましたね。国からというのもあれですが、私自身きっと楽しんでいる節もありましたから」
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