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第3章 精霊王

魔道竜(第3章、19)

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「ーーた、助けーーぅっーーぅぅーー」

男はマグマドンをおびき寄せるようにして海面を激しく叩く。

腕を上下に動かしていないと沈んでいく。

男は船乗りとしては致命的なカナヅチだった。

「たっ、助けてくれーー!!」

助けたくともどうすることもできない。まさに四面楚歌。

「待ってろっ、いま助けてやるから!」

一人の男気あふれる青年が船縁に手をかけるとガッと肩をつかまれる。

振り返ると物言う眼が、否、と告げていた。

「無理だ。どうやってマグマドンを回避して助けられるってんだ?」

「どうってそりゃ…………」

ひとたび海に身をおどらせればマグマドンの餌食になるのは必至。

男を助けるためには誰かが犠牲になって囮になるほかない。

故郷に残してきた家族。

帰りを待ちわびる愛しい女。

どれを天秤にかけてもどちらも大事。だがーー

ググッと唇をひき結び、断腸の想いで、溺れ、今にも沈みそうな仲間を悲痛げに見やる。

「一体どうしたら……」

ならば、目を背けることなく悲惨な最後を見届けることでしか、ともらうすべはない。

これまで苦楽をともにしてきた旅仲間。

最後の瞬間を見届けよう。

「ーーすまん」

ただ、ただ、男の冥福を祈るしかなかった。

ーーだが。

タタッと船縁へ駆け寄る足音が。

「さっきの水音はこれか!?」

覗き込みながら呪文の詠唱をはじめるセルティガ。

「待ってろ!」

「助けてくれ!!   俺は泳げなーーーー」

ぶくぶくと今にも沈みゆく。

セルティガの十八番である火竜玉ではマグマドンには傷一つつけられないだろうことは承知している。

しかしこのまま何もしないで黙って見守るなんて性分ではない。

水怪獣にもきかなかった火竜玉。

しかもこれほどのマグマドンを前に喉が嗄れるほど呪文を詠唱したところで焼け石に水。まったく意味がないだろうことも。

「火竜玉!」

剣先から小さな火の玉がはなたれる。

だが、マグマドンの背の一部分をパッと焼いただけで、鎧のような鱗ひとつ傷痕はない。

「化け物か」

チッ舌打つ。

「何か他に手は…………」

その時だった。

「これにつかまりなさい!」

ぽん、と海に投げ込まれる。

「な、なんだ??」

目を凝らして確認すれば、赤字に白の斑模様のドーナツ状のもの。

「浮き輪?」

男はそれに必死にしがみつく。

救命用の浮き輪。

誰がこの非常時に的確な判断を下し、投げ入れたのか?

一斉に甲板へと意識がむけられた。

「船長!?」

「そう慌てなさんな。何のための魔道士だと思っているの」

スッと手袋をはずす。

指にはめられた水を象った小さな指輪を抜き取り、それを海に放る。

ぽちゃんと小さくはねた水の王冠の中へ水へ帰化するように吸い込まれた。

「なっ!?  いいのか?  それ、水の精霊にもらったものだろ!」

セルティガは驚きのあまり叫んでいた。

それに呼応するようにマグマドンは巨体をくねらせる。

「ちょっと!!」

慌ててつかまれるものにしがみつく。

「す、すまん。だが」

セルティガは吸い込まれた海面を未練たらたらしく見つめる。すぐに飛び込みたいが、マグマドンの腹におさまるのは、といった心の内なる葛藤が見えるようだった。

そんなセルティガを目の端にうつしつつ、ティアヌは事も無げに手袋をはめなおす。

「いいのよ、これで」

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