上 下
88 / 132
第2章 精霊条約書

魔道竜(第2章、37)

しおりを挟む


まばゆい光に目を焼かれ、セルティガの口から、うっ……と小さくうめき声がもれた。



暗闇に慣れすぎた瞳は、本来ならば瞬時に辺りの状況確認へとうつさねばならない肝心なところで判断を見誤った。



「ようこそ」



二人を出迎えたのは、思いのほか聞き覚えのある声だ。



続けざま、



「遅かったじゃない、待ちくたびれたわっ」



などと、待ち人を待ちわびていたかのようなセリフが広い空間に反響した。



「…………」



しかし相手のペースにのってやるいわれはない。



よって声の主を目視するまで放置。



そのままほの暗い穴からゆっくりと浮遊術で降下する。



先ほどのダメージを引きずっているセルティガは、ティアヌに寄り添いつつも、ただならぬ気配を感じとるや、腰に佩いた剣の柄頭をにぎり、自然と戦闘体勢のかまえをとる。



そこは流石魔剣士、高評価するにたる。


瞬時に魔剣士としてのスイッチがはいったということは、すなわちこの声の主は人ではない、ということだ。



並々ならぬ邪悪なる気。



この瞬間ティアヌは自らの仮説が立証されたことをさとった。



この反響する声は、どこかしらある人物の特徴と結びつく。


二度もこの声を聞けば、嫌でも確信にいたるというものだ。



それと同時にセイラの安否が気遣われる。



「あんまり驚かないのね…面白くないわ~」



「そうでもないわよ。あなたとこんな所で、待ち合わせの約束なんてした覚えはないんだけど?」



まわりの状況がのみこめるまでに視力が回復すると、遥か遠くでたたずむ、一人の女性の姿がおぼろげに確認できた。



あばら屋の女主人だ。



「面白いことを言う娘ね。約束する必要があって?」



クスクスと笑ってみせたが、恐ろしいことに表情とは裏腹に目はすわっている。



誰かの手の平でおどらされ、相手の描いたシナリオ通りに事が運ぶのは不愉快きわまりない。



知らず知らずのうちに、このあばら屋の女主人からの招待状をうけとり、この炎の聖域へと導かれ、足を踏み入れていた、という訳だ。



セルティガも相手の出方待ちを決め込み、それでも気をゆるめるような愚行はおかさない。



しかし時折荒い息をつくあたり幸先が悪い。



ティアヌは小さく「術をとくわよ」と呟くが、セルティガから何かしらの反応がかえってくることはなかった。




足先に地面の感覚が感じられたところで浮遊術をとく。



すぐさま辺りの様子をつぶさに見やる。



広いホール状にくりぬかれた空間。


退路の確保をはかるため、今おりてきたばかりの上空を見やれば、火山の噴火口だったらしく、退路としてはいまいち。



背後をチラ見すると、このホールへといたる別ルート、長い階段とその先にポッカリと口をあけた出入り口が。



どこで見落としたのだろう。チッ☆とティアヌの口から舌打ちがもれた。



しかしながら、考えようによっては、そのおかげで魔族の襲撃をあれ一度きりで回避できた。これは大変よろこばしいことだ。



再びゴキブリに憑依した魔族に襲われたなら帰心矢のごとし、一目散に逃げ出していたにちがいない。



結果論をのべると、善かれ悪しかれ、どの道ここへといたる。結果が良ければすべてよし……ってことにしておく。



「こっちへいらっしゃいな」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約破棄と領地追放?分かりました、わたしがいなくなった後はせいぜい頑張ってくださいな

カド
ファンタジー
生活の基本から領地経営まで、ほぼ全てを魔石の力に頼ってる世界 魔石の浄化には三日三晩の時間が必要で、この領地ではそれを全部貴族令嬢の主人公が一人でこなしていた 「で、そのわたしを婚約破棄で領地追放なんですね? それじゃ出ていくから、せいぜいこれからは魔石も頑張って作ってくださいね!」 小さい頃から搾取され続けてきた主人公は 追放=自由と気付く 塔から出た途端、暴走する力に悩まされながらも、幼い時にもらった助言を元に中央の大教会へと向かう 一方で愛玩され続けてきた妹は、今まで通り好きなだけ魔石を使用していくが…… ◇◇◇ 親による虐待、明確なきょうだい間での差別の描写があります (『嫌なら読むな』ではなく、『辛い気持ちになりそうな方は無理せず、もし読んで下さる場合はお気をつけて……!』の意味です) ◇◇◇ ようやく一区切りへの目処がついてきました 拙いお話ですがお付き合いいただければ幸いです

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

妹に出ていけと言われたので守護霊を全員引き連れて出ていきます

兎屋亀吉
恋愛
ヨナーク伯爵家の令嬢アリシアは幼い頃に顔に大怪我を負ってから、霊を視認し使役する能力を身に着けていた。顔の傷によって政略結婚の駒としては使えなくなってしまったアリシアは当然のように冷遇されたが、アリシアを守る守護霊の力によって生活はどんどん豊かになっていった。しかしそんなある日、アリシアの父アビゲイルが亡くなる。次に伯爵家当主となったのはアリシアの妹ミーシャのところに婿入りしていたケインという男。ミーシャとケインはアリシアのことを邪魔に思っており、アリシアは着の身着のままの状態で伯爵家から放り出されてしまう。そこからヨナーク伯爵家の没落が始まった。

処理中です...