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第2章 精霊条約書

魔道竜(第2章、33)

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ティアヌは壁に両手を押しつけられたまま、ジタバタともがくも岩のようにビクともしない。



見掛け倒しか、と思われた筋肉は、鍛練に鍛練をつみかさね、鋼のように強固、毎日かかさず剣をふるうだけあって、だてではないようだ。



決して心底嫌いな相手ではない。



嫌いではないが、無理矢理に唇を奪うなど、漢気を連呼する男子たるものが、そこのところはいかがなものか。



こうなれば非力な乙女には如何ともしがたい。



ティアヌは現実逃避するかのように瞳をかたく閉じる。



しかし、それがかえって妙な想像をかきたてる結果につながった。



なんだか…イラッとするわね……、セルティガのくせに。この私をこんなにも悩ませるなんて。



何様のつもりかしら。



俺様、とか言ったら即ハリたおしてやる。



抗議の罵声でもあびせてやろうかと口を開いた瞬間、



唇と唇が触れるか触れないかといった絶妙な間合いで、セルティガはカクンと膝をおる。



「ちょっ!?」



危うく壁に後頭部を激突させる寸でのところで、セルティガの胸ぐらをつかむ。



「ど、ど、ど、どうしちゃったわけ!?」



グェ…と聞いたような気もするが、あえて聞かなかったことにして、かまわず胸ぐらをしめあげる。



「返事ぐらいしなさい!」



胸ぐらをしめあげられ、返事をしようにもできないとは頭の片隅にもよぎらなかった。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



※本編の進行とはまったく関係のないバレンタインのお話しがつづきます。




★…★…★…★…★……★…★…★…★…★



この日は何ヵ月ぶりかの定期便の届く日だった。



長い航海ともなると食料などの物資がとだえるだけでダイレクトに死へ結びつく。



そんなわけで、個人宛の小包とともに、追跡魔法によって船が到着するや、海上にて積み荷がばらされたわけだ。



甲板は大量に積み荷がなだれこんだことで物資の山が築かれた。



「いや…今年も大量☆大量!」



なんともご満悦なセルティガは、これまで一度もみせたことがないような、満面の笑みをうかべている。



そのしまりのない顔のまま、色とりどりのラッピングに目をとめ、十文字で結ばれたリボンの一つをつまみあげた。



「一~つ、二~つ、三~つ………」



と声にだして数をよみあげる様は、いかにもといった感じで気色が悪いことこの上もない。



「おや…??今年はやや小ブリか。ドでかいチョコは、アレはアレで見るからに気持ちが重そうで、わずらわしかったりもする。
でもまぁ、小ブリとはいえ、わざわざ船にまで送りつけてくれるその真心にめんじるとしよう」



一体何様のつもり?


と、聞くとなしに聞こえた聞き捨てならないセリフに毒づきたいところである。



「船長?どうかされましたか??」



ティアヌはセルティガとは少し離れた場所でオーバンと今後の航路を綿密につめるため、積み荷をよせあつめた会議の席についていた。



セルティガはそんなティアヌに見せつけるかのように、甲板にてチョコをひろげたのだ。



「な、なんでもないわ。それで?」



「俺的にはこの地点じゃないかとにらんでいるのですが」



「そうね……。これだけ手掛かりもとぼしいとなると、めぼしい地点を洗いざらい片っ端からあたるっきゃないわよね」



「次、ここに行ってみますか」



「そうね、そうしてちょうだい」



「了解」



その時だった。



「三十二個!?   俺ってばすげぇ!去年より一個記録更新じゃねぇか」



ホクホクと紙袋をかかえるセルティガは、チョコを一通り数え終わると、少しもの足りなさそげにティアヌをみつめる。



「出せ」



それを聞くや、セルティガの目線とハタリと交差した。



「は?何を??  いつもながらヤブから棒ね」



「出せと言ったら決まっているだろうが」



「アンタの中だけではね」



「チョコだチョコ。その巾着に隠してあるんだろ?
  俺にはわかる。これだけもらったたくさんのチョコの一つにされるのはイヤッ、だろ?」



「鏡をみてからものを言いなさい。よくも恥ずかしげもなく、自らチョコを請求したもんだわ。
もうすぐ二十歳になろうっていう人が、チョコを請求するってどういうこと?
あぁ…イヤだ、アンタの顔が請求書用紙にみえてきたわ」



頭が痛い、そうこぼすとティアヌはオーバンに最後の指示をのこし、船室へ引き返そうとした。



「おい!ちょっとまて。俺の誇りは別のところにある。それに男子たるもの、チョコの数で漢気もあがるってもんだ」



チラリとふりかえり、



「あのね~、そんなにバレンタインだと騒ぐのはセルティガ、アンタだけかもしれないわ。
もしかしたらこの世から、バレンタインそのものを廃止したい人がいるかもしれないじゃない」



「俺にとってバレンタインは生きていくための糧、
チョコは人生をより楽しむための、いっぱいのビールだ」



「何をわけのわからないことを。そんなもので漢気が上がったり下がったりするなんて、株じゃあるまいし、ずいぶんお手軽な漢気ね」



「廃止なんかされてたまるものか!」



「セルティガ、アンタはチョコの重みをまったく理解していないわ。女の子の真心をなんだと思っているの!
女はね、愛するより愛された方が幸せなのよ。
男と女はもちろん根本から別物、だからこそ想いは言葉であわらし、言葉で足りない分は愛でおぎなう…としたもんじゃない?  それがバレンタインってものでしょう」



「お!?   ティアヌの口から思わぬ名言がとびだしたぞ」



「ホント失礼よね。言っておくけど、女心を理解しない奴にチョコのなんたるかを語る資格はないわ。
もちろん数を競ったり、値段が高いか安いか、サイズが大きいか小さいか…なんて考える愚かな奴も同罪よ」



「…………」



「一番大切なのは゛愛゛よ。そこに重みがあるかないか、一つ一つ噛みしめ、心してありがたくいただきなさい」



するとセルティガは、しおしおとしおれた。



「言われてみれば……そう…だな……」



仕方がないわね、そう呟くとティアヌは巾着の紐をとく。



「はい、これ」



「???」



「見ればわかるでしょ。三十三個目のチョコよ」



「い、いいのか?」



「ありがたく食べなさい」



「お、おぅ!」



セルティガは頬を朱にそめ、ティアヌから目線をそらす。



その時、オーバンがかけよってきた。



「船長!言い忘れてました」



「航路のこと?」



「いいえ。コレ、ありがとうございました」



オーバンがさしだした、コレ、をセルティガが確認した瞬間、何かが音をたてて崩れた。



「あら、誰かさんとは大違い。いいえ、どういたしまして」



オーバンを見送ると、セルティガは恐る恐るティアヌをチラ見する。



「まさか、船員全員にチョコを?」



「当たり前じゃない。言っておくけど、義理チョコじゃないわよ。感謝チョコ」



「か…感謝…チョコ?」



それを聞いて密かに思った。



来年は感謝チョコより愛のこもった想いをよせる相手から、本命チョコをゲットしてやる!!



「それはそうと。チョコを食べたらちゃんと歯をみがきなさいよ?」



俺はガキじゃねぇ、吐き捨てると、



「……たりめぇだ!」



来年のバレンタインを切実に待望される。



世の中、たくさんの愛が今この瞬間にも生まれ育っている。



それなのに二人のあいだには愛が生まれそこなった。



たかがチョコ。されどチョコにこめられた想いに気付けたとき、愛が生まれるのかもしれない。

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