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第2章 精霊条約書
魔道竜(第2章、27)
しおりを挟む「は?? 人間じゃない??? どこからどう見ても人間だぞ?」
「父の顔も知らないし、素姓も聞かされたこともないの……不自然なぐらいにね。
おかしいでしょ? 自分の父がどんな人だったのか、何をしていた人なのか、まったく教えてもくれないのよ?
うっかりその話題に触れそうになると、あからさまに狸寝入りされたこともあるしね。たとえどんな人物であったとしても、私の父であることにかわりはないのに」
「…………」
おそらくまだ明かされてはいない何かがあるにせよ、真っ向から過去と向き合うティアヌの姿が痛々しい、そうセルティガは感じていた。
自らの触れられたくない部分、それに蓋をすることはとてもたやすいことだ。
それと向き合うティアヌの姿勢は、セルティガを瞠目たらしめた。
もしかしたら人間じゃないかもしれない、そう衝撃の告白をした勇気は天晴(あっぱれ)の一言につきる。
ヒクどころか、ティアヌという存在を認めているからこそ、特に線引きするような気持ちにはなれなかった。
人間じゃない?上等じゃねぇか。痛みを痛みと感じられる心があれば、動物だろうが精霊だろうが、ともにこの地上に生きる仲間だろう。
何が違うんだ?
肌の色?目の色?髪の色?言葉の違い?
なにも俺と何ら変わりがないじゃないか。
お前はいつものお前でいればそれでいい。
それでも正直、セルティガにはかけてやる適切な言葉がみつからなかった。
傲慢にも、甚だもってそれを引け目に感じる必要がどこにある?
そう言ってやりたいとも思う。
けれど、小さな体がますます小さく見え、開いた口が噤んでしまうのだ。
それはティアヌの、必死に今を懸命に生きようとするその姿勢がそうさせていたのかもしれない。
背負った深い悲しみと真っ向から向き合う一人の少女。
普段は小生意気で、口と腕の達者な小娘ふぜい……そう少なからず軽んじていたかもしれない。
それがどうしたことだ。小刻みに肩を震わせ、あの小さな肩に手をかけ、キツく抱きしめてやらねば、消えてしまいそうなほどに儚げ。愁いをおびた瞳が悲しみにたえかね、かすかにゆれている。
抱きしめようか、抱きよせようか。
ぎこちなく戸惑いがちにプルプルとティアヌの背後で指先をふるわせる。
もしここでキツく抱きしめたなら、この小生意気な少女を安堵させることができるかもしれない。
どこもかしこも、俺と何も変わらないんだぞ、と。
男と女は一対をなすもの、時に薄っぺらく感じられる言葉も、人肌から伝わる温もりは、人の心を揺り動かすほどの安らぎを与えられる。
手を伸ばしかけ、もはや引っ込みのつかない腕。
だがこの時、ティアヌがセルティガの顔を直視したことから、差し出しかけた腕を後ろ手に隠さざるをえなくなった。
「母はね、私がまだ幼いころ病で亡くなったの。その時にね、幼心に目に焼き付いてはなれない恐るべき光景を目の当たりにしたの」
「恐るべき光景?」
それは目を射るような強烈かつ、鮮烈な光景だった。
息をひきとると、瞬く間に母の亡骸は急速に干からびてしまったのだ。
まるで来世を夢見、未来永劫、器をとどめようとしたその繁栄の象徴、文明開化のいしずえのように。
「ミイラ?」
ここにいたって、セルティガははじめてそれと知る。
それで様子がおかしくなったのか、と。
知らなかったとはいえ、己の無神経さに憤りを感じずにはいられない。
「ホント子供って残酷よね……。母は起き上がっていつものように笑ってくれる、そう信じて疑わないんだから」
ティアヌの目の前で体内の水分を蒸発させゆく、かつてこの世の誰よりも大好きだった母。
もはや原形をとどめない骨と皮となり、変わり果ててしまった母の姿に、あの日の想いを重ねた。
『お母…さん?』
目を疑わずにはいられなかった。
母のベッドに横たわるもの、あれは本当に大好きな母なのか?
『お母…さん?』
お薬を飲めば治る、そう信じていた。
『お母さん……ほら、お薬だよ?』
母にすがり、泣き叫ぶことができずにいた。
『ねぇ…起きてってば……』
子供らしからぬ子供。泣けば何かが変わるわけでもない。
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『お母さん、起きて。ほら』
その時、ふいに抱きしめられた。
『ティアヌ、もうよしなさい』
『おじいちゃん? でも……でも……お母さんが……』
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くれぐれも後を頼みます、
そう告げるや、祖父の到着を待ちわび、逝くに逝けなかった母は、安らかに事切れた。
『お母さんはきっと元気になるもん』
すると祖父は、哀れなものでも見るような眼差しになる。
『ティアヌ、よく聞きなさい。お前には秘密にしていたことがある』
『秘密?』
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