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第2章 精霊条約書
魔道竜(第2章、11)
しおりを挟む「その前に」
そう前おきをし、ティアヌは松明の炎を見つめる。
何やら物憂げな表情をうかべ、
「今はヒントにとどめておく。というのも…気になることがあるのよ」
「気になること?」
「とにかく!質問攻めはなし。ヒントねヒント。ちょっと考えればわかることよ。もしもよ?」
「ん?」
「セルティガ、あなたに愛しぬいた女性がいるとする。そして…そんな彼女を、誰にもとられたくない、誰にもやるものか! そう思ったとする。
で、そんな時、一人の男として…セルティガなら、どうする?」
「俺か? そうだな、俺なら状況によっては、どんな手段も厭(いと)わなそうなもんだが」
わからん! そうわめき散らす。
「そんな場面になってみないことには!」
吐き捨てるようにがなってみせたセルティガは次の瞬間、男としての顔をのぞかせた。
いつにない精悍な顔つき。おそらく彼なりに大真面目に答えてくれたのだろう。
それは情熱的な愛情からはおおよそ程遠いものではあるが、そんな風に愛されてもみたい、そんな乙女チックな妄想をいだかせるには十分だった。
きっと阿呆が先行するセルティガも、心に決めた大切な人ができたなら、その人だけを愛しぬく、そんな一途な愛し方をするのだろう。
浮気は男のかいしょう、などと寝言をほざく輩と同族の男性とは相容れぬ真面目さが感じられた。
「そうね。男女間の愛において、やはり相思相愛がのぞましいわ。けれど、それはあくまで理想論。理想どおりうまくいかないことは世の常、ある意味、奇跡よ。惹かれあう男女が結ばれるって。そうは思わない?」
「ん? まぁ…そうかもしれんが……」
言葉をにごし、ふとセルティガは哀れみの目でティアヌを見つめる。
さも、魔法に一生を捧げ、これまで一度も彼に恵まれたことがないんだな、そう甚だしく失礼にも、あからさまに言いたげだ。
「何よその目、同情ならケッコウよ。両想いが奇跡なんて言う奴にかぎって、そう言いたいんでしょ?
けど、おあいにくさま。人生いろいろあるものよ。
それはさておき、さっきセルティガ、゛どんな手段も厭わない゛、そう言ったわよね?それこそが答えよ」
「………どんな手段も厭わない、それが答え?」
そう呟き、見る見るうちにセルティガの表情が曇って行く。
「……まさか?」
「そのまさか」
セルティガの表情は、まさに目から鱗がポロリ…とはがれおちたかのようだ。
「なぜ俺は、そのことに気がつけなかった?」
彼女の話しの矛盾点。もしハンスが黒幕なら、情にながされ彼女を助けることはあったとしても、絶対にただ帰したりはしなかったはずだ。
「セイラの身が危ないわ」
少なくとも、あの時点でまったく疑う余地がなかったわけではない。結果、嘘をみぬけず、状況判断を見誤った、そういうことだ。
常に正しい判断をくだすことは不可能なことだ。
正しくあろうとすれば尚のこと、最良なる策も精彩を欠くことだってある。
あばら屋にセイラ一人を残し、邪蛇の呪いにおびえる彼女を守ったつもりになっていた。
ティアヌはこれまでをふりかえり、手持ちの情報を三つにまとめてみる。
第一に、邪蛇の儀式の完了を迎えるのは満願の時、つまり漂着した小瓶を開封した時点から数え、最低三ヵ月から半年は要する。
第二に、ハンスの願いどおり、いまだ独身をつらぬく彼女。
ハンスが次に望むことといえば、自分だけの恋人、もしくは妻だろう。
そのためにはどんな手段も厭わないハンスが次に手を打つとしたなら……最後のニエを邪蛇に捧げる。
ハンスの背後で助力をおしまない人物。これが一番厄介だ。
第三、それは今はセルティガにも語れない。
ティアヌとしては、第三の説がイチ押しではあるが、いまいちそれを証拠づけるだけの根拠にかけている。
「ちょっと待て! セイラの身が危ないってどういうことだ!? かなりマズい状況ってことか?」
「……そのようね。私の責任よ、全責任は私にあるわ」
力なく小さな肩をおとしたティアヌ。
それを見たセルティガは嘆息をもらした。
「少なくとも、お前に落ち度はない。聡いセイラにだって見抜けなかった、だろう? 違うか? 誰にも見抜けなかった。なら誰の責任でもない」
セルティガはそう言ったけれど、ティアヌにとって慰めの言葉いがいの、なにものでもなかった。
あの時、すぐに引き返していれば、こんな最悪の事態だけは避けられていたはずだ。
「チッ!」
先を急いでいたからとはいえ、痛恨のミスだ。
あの違和感。常なら正常な判断をくだせていただろう。
人命に関わるとなれば、見過ごした、ではすまされない。
そう。あれは………
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