222 / 255
21章 責任
王家の醜聞
しおりを挟む
それから2日経った。
わたくしの腕と顔の痛みは治ることはなかったが、ゆったりと大きなベッドで静養していると、少しは安らぐような気がする。
毎日光の術者が魔法を掛けにやってくるが、まだ魔法は発動していない。
どういうことなのだろう。
魔獣たちはまだ街を荒らしてはいないのだろうか……?
一度門を開けて魔獣を招き入れてしまえば、取り返しのつかないことになる。
そのため、要塞のように強固な門は閉じたまま、この街にも魔獣がいつ押し寄せてくるかわからない。
しかし、英雄が死んだのだ。
隊士の意気は失われているはず。
それなのに、まだ犠牲者が出ていないのはおかしい。
何か、何かわたくし達は、とんでもない思い違いをしているのではないだろうか。
ベッドの中から、うつらうつらしながら窓から入る陽光を眺めていると、バタバタと慌ただしい足音がした。
「ローゼリア! 大変だ! 討伐が成功していた!」
「お兄様…? しかし、合図の花火は上がりましたよね?」
わたくしはゆっくりと身を起こすと、人払いをした。
お兄様に続きお父様が部屋に入ると、部屋のドアを閉めて、わたくしたち3人だけの空間ができあがる。
「お兄様、どういうことなのですか?」
「謀られたのだ。我々は」
「謀られたとは……誰に」
「ルークだ」
わたくしは訳もわからず、お父様の方へと顔を向けると、お父様も厳しいお顔をしている。
「これを見ろ」
お兄様から渡されたのは、号外新聞だった。
“民を見捨てた王家“
“少年を殺すために御者に“
“魔獣発生の発端も王家“
見覚えのある文字に戦慄する。
「これは……」
「我々にも、どうしてここまで細かい情報が記者に漏れたのかはわからない。ただ、悔しいが正確に物事を把握しているのは間違いない」
ソファに腰掛けたお父様が、ため息と共に頭を抱えた。
「一刻も早く、秘密裏に王城へ帰らなければならん。こんなゴシップ記事は、デマであることを強調せねば」
「そうですな、父上。討伐が失敗したために郊外へ逃げたのではなく、討伐後処理をしていたことにして堂々と民の前に姿を現すべきです」
お父様とお兄様の話に、わたくしも口を挟む。
「しかし、何故ルークはわたくし達を騙そうなどと思ったのでしょうか」
「それは、俺にもわからん。民への反感心をあおり、クーデターでも起こそうとしていたのか……。だが、こんな記事はもみ消してくれる! 今まで通り、王家は安泰だ」
そうだ。
討伐が成功しても失敗しても、王家の生活は安泰なはず。
「お父様、ひとつお聞きしたいことが……」
「なんだ?」
「討伐が成功した場合、魔法はどうなるのでしょうか?」
魔法が使えなければ、わたくしの痛みは治らない。
それどころか、この醜い傷を一生背負うことになる。
「過去、討伐が成功した時も魔法は消えなかった。王家が力を入れずに訓練させた討伐隊が、ひとりも死者を出さないことなどなかったからな。魔物が死んでも魔獣が人々を食い殺し、次代の魔物が産まれるだけだった。考えられるのは、今回の討伐が本当にひとりも犠牲者が出ていないが為に、生贄がいなかったのではないかと考えられる」
お父様の言葉を聞き、お兄様が苛立ってベッドサイドの椅子に腰掛けた。
「まったく。いらんところで有能さを発揮するとは。ルークは無様に殺されて、ローゼリアを助けるのがおのれの役割であると理解していないのであろう」
「ならば、誰かが死ねば魔法は元に戻るのですね? それは、ルークではダメだと……?」
「左様。英雄は生贄にはならん」
「生贄がないと、魔法は使えないと、そういうことでしょうか?」
わたくしがそう言うと、お父様はひとつため息をついた。
「代々、王太子のみに話されることなのだが……」
お父様は魔法が生まれた当時の話をした。
わたくしは、号外に書かれた“魔獣発生の発端も王家“というのは、こういうことだったのかと納得した。
「それならば、また赤子を生贄に差し出せばいいだけのことでは?」
「ばかなことを言うな。当時の貧困に喘ぐ時代ならひとりやふたり、死んだとて当たり前のことだったが、この豊かな時代に生贄の儀式などしてみろ。下賤の者たちから反感を買うであろう」
「下賤の者たちなど、どうでもよいではないですか」
肝心なのは、わたくしのこの魔獣火傷が治るかどうかだ。
「豊かな民が武器を持って立ち上がってしまったら、どのような面倒なことになるか。そもそも、生贄の条件がわからん。平民の赤子でもいいならば簡単だが、貴族の赤子でないといけないとなると……」
「それならば、ディヴイス侯爵家に次男がおりましたわね? 王命で適当な令嬢と婚姻をさせて赤子を作らせましょう。ルークの不始末を盾にして従わせるのです。そうね。一人だけでは心許ないもの。正室と一緒に側室も娶らせましょう。そうすれば、一年も経たずに子も産まれるでしょう」
そうして、どこの令嬢を充てがうか話し合いをしていると、突然ドアをノックする音が聞こえた。
ドンドンドンドン!!
「まったく。これだから臨時雇いの者は……。なんだ? 入れ!」
お兄様の迷惑そうな声を同時に、侍従が転がるような勢いで部屋に入ってきた。
「へ、陛下っ! 殿下! 大変でございます。屋敷の周りを取り囲まれております」
「なんだと? 魔獣討伐は終わったのではないのか?」
お兄様が片眉を上げて侍従を睨みつける。
「ち、違います。魔獣ではございませんっ! 討伐隊副隊長と、裁判所の引き立て人、近衛以外の騎士団が、この屋敷を取り囲んでいるのでございます!!」
わたくしの腕と顔の痛みは治ることはなかったが、ゆったりと大きなベッドで静養していると、少しは安らぐような気がする。
毎日光の術者が魔法を掛けにやってくるが、まだ魔法は発動していない。
どういうことなのだろう。
魔獣たちはまだ街を荒らしてはいないのだろうか……?
一度門を開けて魔獣を招き入れてしまえば、取り返しのつかないことになる。
そのため、要塞のように強固な門は閉じたまま、この街にも魔獣がいつ押し寄せてくるかわからない。
しかし、英雄が死んだのだ。
隊士の意気は失われているはず。
それなのに、まだ犠牲者が出ていないのはおかしい。
何か、何かわたくし達は、とんでもない思い違いをしているのではないだろうか。
ベッドの中から、うつらうつらしながら窓から入る陽光を眺めていると、バタバタと慌ただしい足音がした。
「ローゼリア! 大変だ! 討伐が成功していた!」
「お兄様…? しかし、合図の花火は上がりましたよね?」
わたくしはゆっくりと身を起こすと、人払いをした。
お兄様に続きお父様が部屋に入ると、部屋のドアを閉めて、わたくしたち3人だけの空間ができあがる。
「お兄様、どういうことなのですか?」
「謀られたのだ。我々は」
「謀られたとは……誰に」
「ルークだ」
わたくしは訳もわからず、お父様の方へと顔を向けると、お父様も厳しいお顔をしている。
「これを見ろ」
お兄様から渡されたのは、号外新聞だった。
“民を見捨てた王家“
“少年を殺すために御者に“
“魔獣発生の発端も王家“
見覚えのある文字に戦慄する。
「これは……」
「我々にも、どうしてここまで細かい情報が記者に漏れたのかはわからない。ただ、悔しいが正確に物事を把握しているのは間違いない」
ソファに腰掛けたお父様が、ため息と共に頭を抱えた。
「一刻も早く、秘密裏に王城へ帰らなければならん。こんなゴシップ記事は、デマであることを強調せねば」
「そうですな、父上。討伐が失敗したために郊外へ逃げたのではなく、討伐後処理をしていたことにして堂々と民の前に姿を現すべきです」
お父様とお兄様の話に、わたくしも口を挟む。
「しかし、何故ルークはわたくし達を騙そうなどと思ったのでしょうか」
「それは、俺にもわからん。民への反感心をあおり、クーデターでも起こそうとしていたのか……。だが、こんな記事はもみ消してくれる! 今まで通り、王家は安泰だ」
そうだ。
討伐が成功しても失敗しても、王家の生活は安泰なはず。
「お父様、ひとつお聞きしたいことが……」
「なんだ?」
「討伐が成功した場合、魔法はどうなるのでしょうか?」
魔法が使えなければ、わたくしの痛みは治らない。
それどころか、この醜い傷を一生背負うことになる。
「過去、討伐が成功した時も魔法は消えなかった。王家が力を入れずに訓練させた討伐隊が、ひとりも死者を出さないことなどなかったからな。魔物が死んでも魔獣が人々を食い殺し、次代の魔物が産まれるだけだった。考えられるのは、今回の討伐が本当にひとりも犠牲者が出ていないが為に、生贄がいなかったのではないかと考えられる」
お父様の言葉を聞き、お兄様が苛立ってベッドサイドの椅子に腰掛けた。
「まったく。いらんところで有能さを発揮するとは。ルークは無様に殺されて、ローゼリアを助けるのがおのれの役割であると理解していないのであろう」
「ならば、誰かが死ねば魔法は元に戻るのですね? それは、ルークではダメだと……?」
「左様。英雄は生贄にはならん」
「生贄がないと、魔法は使えないと、そういうことでしょうか?」
わたくしがそう言うと、お父様はひとつため息をついた。
「代々、王太子のみに話されることなのだが……」
お父様は魔法が生まれた当時の話をした。
わたくしは、号外に書かれた“魔獣発生の発端も王家“というのは、こういうことだったのかと納得した。
「それならば、また赤子を生贄に差し出せばいいだけのことでは?」
「ばかなことを言うな。当時の貧困に喘ぐ時代ならひとりやふたり、死んだとて当たり前のことだったが、この豊かな時代に生贄の儀式などしてみろ。下賤の者たちから反感を買うであろう」
「下賤の者たちなど、どうでもよいではないですか」
肝心なのは、わたくしのこの魔獣火傷が治るかどうかだ。
「豊かな民が武器を持って立ち上がってしまったら、どのような面倒なことになるか。そもそも、生贄の条件がわからん。平民の赤子でもいいならば簡単だが、貴族の赤子でないといけないとなると……」
「それならば、ディヴイス侯爵家に次男がおりましたわね? 王命で適当な令嬢と婚姻をさせて赤子を作らせましょう。ルークの不始末を盾にして従わせるのです。そうね。一人だけでは心許ないもの。正室と一緒に側室も娶らせましょう。そうすれば、一年も経たずに子も産まれるでしょう」
そうして、どこの令嬢を充てがうか話し合いをしていると、突然ドアをノックする音が聞こえた。
ドンドンドンドン!!
「まったく。これだから臨時雇いの者は……。なんだ? 入れ!」
お兄様の迷惑そうな声を同時に、侍従が転がるような勢いで部屋に入ってきた。
「へ、陛下っ! 殿下! 大変でございます。屋敷の周りを取り囲まれております」
「なんだと? 魔獣討伐は終わったのではないのか?」
お兄様が片眉を上げて侍従を睨みつける。
「ち、違います。魔獣ではございませんっ! 討伐隊副隊長と、裁判所の引き立て人、近衛以外の騎士団が、この屋敷を取り囲んでいるのでございます!!」
1
お気に入りに追加
261
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
記憶をなくしたあなたへ
ブラウン
恋愛
記憶をなくしたあなたへ。
私は誓約書通り、あなたとは会うことはありません。
あなたも誓約書通り私たちを探さないでください。
私には愛し合った記憶があるが、あなたにはないという事実。
もう一度信じることができるのか、愛せるのか。
2人の愛を紡いでいく。
本編は6話完結です。
それ以降は番外編で、カイルやその他の子供たちの状況などを投稿していきます
運命の歯車が壊れるとき
和泉鷹央
恋愛
戦争に行くから、君とは結婚できない。
恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。
他の投稿サイトでも掲載しております。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
愛し子は自由のために、愛され妹の嘘を放置する
紅子
恋愛
あなたは私の連理の枝。今世こそは比翼の鳥となりましょう。
私は、女神様のお願いで、愛し子として転生した。でも、そのことを誰にも告げる気はない。可愛らしくも美しい双子の妹の影で、いない子と扱われても特別な何かにはならない。私を愛してくれる人とこの世界でささやかな幸せを築ければそれで満足だ。
その希望を打ち砕くことが起こるとき、私は全力でそれに抗うだろう。
完結済み。毎日00:00に更新予定です。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
悪役令嬢?いま忙しいので後でやります
みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった!
しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢?
私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。
夫と親友が、私に隠れて抱き合っていました ~2人の幸せのため、黙って身を引こうと思います~
小倉みち
恋愛
元侯爵令嬢のティアナは、幼馴染のジェフリーの元へ嫁ぎ、穏やかな日々を過ごしていた。
激しい恋愛関係の末に結婚したというわけではなかったが、それでもお互いに思いやりを持っていた。
貴族にありがちで平凡な、だけど幸せな生活。
しかし、その幸せは約1年で終わりを告げることとなる。
ティアナとジェフリーがパーティに参加したある日のこと。
ジェフリーとはぐれてしまったティアナは、彼を探しに中庭へと向かう。
――そこで見たものは。
ジェフリーと自分の親友が、暗闇の中で抱き合っていた姿だった。
「……もう、この気持ちを抑えきれないわ」
「ティアナに悪いから」
「だけど、あなただってそうでしょう? 私、ずっと忘れられなかった」
そんな会話を聞いてしまったティアナは、頭が真っ白になった。
ショックだった。
ずっと信じてきた夫と親友の不貞。
しかし怒りより先に湧いてきたのは、彼らに幸せになってほしいという気持ち。
私さえいなければ。
私さえ身を引けば、私の大好きな2人はきっと幸せになれるはず。
ティアナは2人のため、黙って実家に帰ることにしたのだ。
だがお腹の中には既に、小さな命がいて――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる