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21章 責任

風の動く場所

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時は少し戻り、花火の上がる前のこと。


オレは衛生兵から借り受けた馬に乗り、ルーク様と妹のニーナに下山した後の花火の打ち上げを任せて、討伐塔へと向かっていた。

早く、早く花火が上がる前に討伐塔に着かなければ。

衛生兵から馬を借りている以上、負傷兵が居ればその対応もしなければならない。
一刻の猶予もない状況だ。

周りに注意しながら馬を走らせると、一頭の魔獣と戦っている隊士を見つけた。
オレは馬を降りて隊士を背に庇った。

剣に手をかけたまま、魔獣と睨み合う。
まだだ。
まだ剣は抜けない。

「おまえ一人か? 動くのは2人1組と決められているはずだが」

息を切らした隊士は剣の重さに腕を下ろした。

「わたしのバディは怪我をして運ばれて行きました。わたしも山を降りる途中でしたが、一頭残っていたコイツに襲われて……」
「よし、わかった。コイツはオレがなんとかする。気をつけて下山するように」

オレは隊士にそう言うと、手に力を入れてスラリと剣を抜いた。

その瞬間、魔獣の唸り声が大きくなる。

オレは風の魔法を利用して、剣先をあおる。
その剣についたが、先に飛ぶように。

魔獣はその魔法に釣られて走り出す。

オレは馬に飛び乗って、討伐塔に向かった。

側から見たそれは、逃げ出した魔獣をオレが追っているように見えただろう。

風をうまく操り、魔獣を討伐塔まで誘導する。

途中途中で見かける隊士に、もうすぐ合図が出る。あと一息だ、と声をかけながら走っていく。



オレは、ローゼリアあの女が敗戦の合図が出たらこの地を捨てて逃げることを知っていた。

討伐塔やこの辺りは何度もルーク様と下見に来ている。
だが、オレはルーク様がここに足を運んだ回数の倍はここに来ている。

ローゼリアが素直に討伐に協力するわけがない。
何かないかと、目を皿のようにして何度もここへ足を運んだ。

討伐が終われば、ローゼリアはルーク様の功績を我がもののように振る舞うだろう。
英雄という運命を背負って生きてきたルーク様の全てを、あの女が自分の功績として勲章のように身につけようとしている。

オレはそれが許せなかった。

何か一泡吹かせることはできないかと、考えていた。
例えば、王族以外の民の命などその辺に落ちているチリと同じにしか思っていないところを、国民に見せることはできないかと。

どこかに新聞記者でも潜り込ませておけないだろうか。
きっと、あの女は討伐の最中でさえ、豪華な食事とワインを口にするだろう。光の討伐隊を戦いの前面に出して。

いや、ダメだ。
討伐という危険の中に、一般市民である新聞記者を連れてくる訳にはいかない。

昔絵本で読んだ、遠くのものも見通せる水晶でもあれば仕掛けておくのに、オレたちにとっての魔法とは実生活に基づいたものでしかなく、そんな夢のような機能はない。

何度も足を運ぶうちに、ローゼリアが待機する予定の部屋に違和感を覚えた。

風が……。

締め切った部屋の中で少し空気が動いているのを感じる。

そう狭くない部屋の壁から冷気が逃げてきていた。

そっと指で壁をなぞっていく。
ゆっくりと壁沿いに歩いていくと、本棚と壁の間に空気の揺れを感じる。

本棚の本を一段ずつ取り去っていくと、一冊だけ取り出せない本にぶちあたった。

引いても本棚から抜けないそれを、右へとずらす。
すると、本棚全体が動き、そこからは階段が現れた。

抜け道……。

まあ、王家がかかわる建物だ。
万が一の時のために抜け道くらいはあるだろう。

オレは本棚を元に戻そうとして手を止める。

そして、部屋にあったランプを手に取り、その奥に続く階段を降りて行った。

4階分くらいの階段を降りると、細い通路があった。
ランプを持ち上げて奥を見るが、かなり長い通路のようだ。

細いと言っても、人が3人ほど並んで歩けるくらいの通路だ。
それなりに高さもあり、ゆうゆうと歩いて行ける。

これでは、賊から逃げるのには不便だろう。
数人に追われて囲まれたら、武を重んじない王族などひとたまりもないはずだ。

奥へ奥へと歩いていくと、通路の途中に馬のついていない馬車が停まっていた。
とても小さな馬車で、人ひとり乗るだけの大きさしかない。
しかし、その馬車はこの通路にピッタリのサイズで、この通路はこの馬車のために作られたようだった。

そっと触れてみるが埃もかぶっていない。

「新しい……」

この馬車が何を意味するのか、それはこの抜け道の先に答えがあった。














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