上 下
180 / 255
18章 討伐

4

しおりを挟む
「さあ、剣に加護をつけてくれ」

そう言って、ルーク様は剣を差し出した。
訓練の時と違い、物々しい鎧と盾を身に纏って。

「……どうしても、わたしは連れて行っていただけないのですか?」
デイヴィス家別棟のリビングで、執事のフランクさんやサリーさんも心配そうにルーク様を見ていた。

今、ここに居るのはわたしの事情を知る使用人のお二人と、お兄様、ルーク様とわたしだけだ。
連れて行ってくださると言っても、他の人にバレる心配はない。
それでもルーク様は首を横に振る。

「何度言ったらわかるんだ。ニーナは連れて行けないよ」

助けを求めてお兄様とフランクさんたちに目を向けたけど、申し訳なさそうに目を伏せられてしまった。
この場に、わたしの味方は誰も居なかった。

「大丈夫だ。ニーナ、オレを信じてくれ。オレは決してニーナをひとりにしない」

ルーク様がわたしの両腕を掴み、わたしの顔を覗き込んだ。

「……はい」
もう、わたしはそう言うしかない。

わたしが一緒に討伐に行けない分、たくさんの加護をつけるように、剣に祈りを捧げる。
なるべくたくさんの魔力を、剣に注いだ。
そして、剣を仕舞うルーク様を再度つかまえる。

「ルーク様、せめてルーク様ご自身にも加護をつけさせてください」
「え、本人にも加護をつけるなんてできるのか!?」
「はい。多分、できます。そのまま、そこに立っていてください」

わたしはゆっくりと両手を胸の前で組む。

「あなたが無事に帰ってきますように……」
わたしが言葉を紡ぐと、魔力がルーク様を覆うのを感じた。

ふぅ。
まだ、あと少し魔力は残っている。

「お兄様も、ここに立ってください」
「えっ! オレ?」
お兄様の方に振り向くと、お兄様はビックリしたようにわたしを見ていた。

「当たり前じゃないですか。お兄様にも無事に帰ってきて欲しいんです」

おずおずとやってきたお兄様にも、お祈りを捧げる。
「お兄様が無事に帰ってきますように……」

わたしがお祈りを捧げると、お兄様はなんとも言えないような顔をして、ルーク様をチラリと見た。

「……義兄上。別に、妬いたりなんかしませんよ。ジーナの兄上なんだから」
「そうか?」

そして、2人ともしっかりと腰に剣をつけ、わたしとフランクさんたちに向き直る。

「フランク、サリー。本当なら討伐の日程は他に漏れないように口止めされている。討伐隊の中には、家族にすら言えずに討伐に出ると言っていた者もいるくらいだ。もし、市民に漏れたら王家から報奨金取り上げの上、厳罰に処すと通達があった」

フランクさんたちは、こくりと喉を鳴らす。

「そんな重荷をおまえたちに背負わせて悪いと思っている。だが、おまえたちなら決して外で口外しないと確信を持っているから、言うことができる。今日、オレたちは討伐に向かう。これは、訓練ではなく、本番だ」

フランクさんはさすがにベテラン執事だけあって、表情を崩さずに聞いているが、サリーさんは真っ青な顔で両手で口を覆った。

「おまえたちに告げたのは、頼みたいことがあったからだ」

一瞬、視線をわたしに向けたのを見て、フランクさんはにこりと笑った。

「ニーナのことでございますね」
「ああ。オレが不在の間、ニーナのことは頼む」
「かしこまりました。しかと心得ておりますので、ご心配なきように」
「頼んだぞ」
「ですが、そんなことにはならぬようお戻りください」
「……ああ。もちろん、帰ってくる」

お兄様が先に部屋を出て行ったのを見て、ルーク様は立ち止まる。
「フランク、サリー。おまえたちには世話になった。両親に懐けず、扱いづらかったオレの世話を投げ出さずによくやってくれた。感謝している」

フランクさんはにこりと笑ってサリーさんとならんでルーク様に頭を下げた。

「もったいないお言葉でございます。しかし、まだまだ手の掛かるルーク様のお世話をするつもりでございます。お戻りをお待ちしております」
「……うん」

そして、精一杯の魔力を使い、少しふらつくわたしをサリーさんが支えるようにして玄関までみんなで行く。

いつものように、ロビーに使用人が並ぶ。
使用人は、何回か屋敷から鎧を着て出て行く姿を見ているので、いつものことだと思って普通に礼を取っていく。

「いってらっしゃいませ」
「ああ」

玄関のドアが閉められ、わたしとフランクさんたち以外は、業務に戻っていく。
わたしたちは玄関の外に出て、待っている馬車の近くまでルーク様の背中を追った。

お兄様が馬車に乗り込むと、ルーク様も馬車の取手に手にした。
片足を馬車にかけ、その後一度動きが止まる。

何だろう?

わたしがルーク様に近付くと、ルーク様は勢いよく振り返り、馬車の扉に隠れて、わたしを抱き寄せて、その腕に力を入れた。
苦しいくらいに抱きしめられ、ルーク様のお顔を見ようと顔を上げると、そのままルーク様の唇が降りてくる。

何度も、何度も、わたしにくちづけるルーク様。

馬車の扉の影に隠れて、ルーク様の胸に抱き込まれる。

「……ごめん、ニーナ」
「いえ……」
ふたりとも体を起こし、見つめ合う。

「じゃ、行ってくる」
「はい。お気をつけて」

最後にもう一度額にキスを残し、ルーク様は馬車に乗り込んだ。

わたしが馬車の扉を閉めようとすると、お兄様が苦笑いを浮かべているのが見える。

「いくら馬車の扉の影に隠れて屋敷の使用人や外まで見送りに来た執事たちから見えないと言っても、扉のこちら側にいるオレには丸見えだったんだけど。妹と上官の熱烈ラブシーンを見せられるこちらの身にもなってくれよ」
「……すみません。義兄上」

顔を赤くしているルーク様を見てから、わたしは扉を閉めた。

わたしが馬車から離れると、御者はムチを打ち、馬を走らせた。

わたしはもちろん、フランクさんもサリーさんも、馬車が小さくなって、見えなくなるまでその後ろ姿を見つめ続けた。



行ってらっしゃい、ルーク様。

討伐が成功することを、心よりお祈りいたします……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

運命の歯車が壊れるとき

和泉鷹央
恋愛
 戦争に行くから、君とは結婚できない。  恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。    他の投稿サイトでも掲載しております。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

記憶をなくしたあなたへ

ブラウン
恋愛
記憶をなくしたあなたへ。 私は誓約書通り、あなたとは会うことはありません。 あなたも誓約書通り私たちを探さないでください。 私には愛し合った記憶があるが、あなたにはないという事実。 もう一度信じることができるのか、愛せるのか。 2人の愛を紡いでいく。 本編は6話完結です。 それ以降は番外編で、カイルやその他の子供たちの状況などを投稿していきます

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

愛し子は自由のために、愛され妹の嘘を放置する

紅子
恋愛
あなたは私の連理の枝。今世こそは比翼の鳥となりましょう。 私は、女神様のお願いで、愛し子として転生した。でも、そのことを誰にも告げる気はない。可愛らしくも美しい双子の妹の影で、いない子と扱われても特別な何かにはならない。私を愛してくれる人とこの世界でささやかな幸せを築ければそれで満足だ。 その希望を打ち砕くことが起こるとき、私は全力でそれに抗うだろう。 完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

夫と親友が、私に隠れて抱き合っていました ~2人の幸せのため、黙って身を引こうと思います~

小倉みち
恋愛
 元侯爵令嬢のティアナは、幼馴染のジェフリーの元へ嫁ぎ、穏やかな日々を過ごしていた。  激しい恋愛関係の末に結婚したというわけではなかったが、それでもお互いに思いやりを持っていた。  貴族にありがちで平凡な、だけど幸せな生活。  しかし、その幸せは約1年で終わりを告げることとなる。  ティアナとジェフリーがパーティに参加したある日のこと。  ジェフリーとはぐれてしまったティアナは、彼を探しに中庭へと向かう。  ――そこで見たものは。  ジェフリーと自分の親友が、暗闇の中で抱き合っていた姿だった。 「……もう、この気持ちを抑えきれないわ」 「ティアナに悪いから」 「だけど、あなただってそうでしょう? 私、ずっと忘れられなかった」  そんな会話を聞いてしまったティアナは、頭が真っ白になった。  ショックだった。  ずっと信じてきた夫と親友の不貞。  しかし怒りより先に湧いてきたのは、彼らに幸せになってほしいという気持ち。  私さえいなければ。  私さえ身を引けば、私の大好きな2人はきっと幸せになれるはず。  ティアナは2人のため、黙って実家に帰ることにしたのだ。  だがお腹の中には既に、小さな命がいて――。

処理中です...