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13章 確信
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「いやあ、何があったわけじゃないんだ。昨日からルーク様がイライラ不機嫌で、隊の空気も悪くてな。オレは、多分ニーナがいないからだろうとわかっていたけど、隊員たちは理由も分からずあまりの不機嫌さにビビってしまってな。それでも昨日は様子を見ていたんだ。それが今日は昼以降に、違う雰囲気になってな」
お兄様がこっそりと小さい声で、ドアの方を窺いながら話す。
「昨日はニーナの見送りがないからだろうと思っていたけど、今日はどうしたのかとルーク様に訳を聞いたら、ニーナの実家に使いを出したらしいんだよ。それが実家にニーナがいなかったと、使いの者が慌てて演習場まで報告にきたのが今日の午後。そこからのルーク様は真っ青な顔をして訓練にならなかった」
「えっ、」
「ニーナの行方がわからなくなったことで、酷く動揺していてな。時間が経つにつれて青い顔が白くなっていったところで、オレが見ていられずルーク様にニーナがうちに来ていることを伝えたんだ」
お兄様の言う、不機嫌なルーク様にもびっくりだけど、真っ青から白くなったルーク様にもびっくりだ。
わたし一人いなくなったくらいで。しかも、暇を出したのは自分なのに。
「そ、それでルーク様が迎えに?」
「そうだ。うちはまだ泊まっても平気だと言ったのだが、鬼気迫る勢いで迎えに来た。まぁ、ニーナの顔を見て安心したかったんだろうな」
お兄様は少し呆れたように笑った。
「……わかりました。素直に帰ります」
わたしが肯くと、お兄様は床に置いてあったわたしのボストンバックを手に持った。
「荷物はこれだけか?」
「あ、お兄様。少しお待ちください」
わたしは慌てて机に走り寄ると、そこに置いておいた小箱をお兄様に差し出した。
「これをお兄様からルーク様に渡してもらえませんか?」
「これは?」
「これは、ジーナがルーク様のためにハンカチを刺繍した時のものです。あれ、たくさん練習して、一番よく出来たものをお渡ししたんです。ここに来た時にお話ししましたが、わたしがお暇を出されたのは、ジーナのハンカチを直してしまったせいだから。ほんとは、不完全なものだから渡したくなかったんだけど、ジーナの手だけで出来たものはこれしかないから。だから」
箱をお兄様の手に押し付ける。
「だから、代わりにはならないけど渡してもらえませんか」
直してしまったハンカチは、もう元に戻らない。
せめてもの代わりに、未完成だけど、ジーナの手でのみ作られたハンカチを。
お兄様はわたしの勢いに一瞬驚いた顔をしたけれど、最後には微笑んで箱を受け取ってくれた。
「さぁ、ニーナ。ルーク様の所へ行こう」
「はい」
わたしはジーナの部屋を後にして、お兄様と一緒に階段を降りて、一階にある応接間へと向かった。
コンコンっと軽くノックをして、お兄様が応接間の扉を開けた。
「ルーク様、待たせたな」
二人で応接間に入って行くと、テーブルセットを挟み、ルーク様とお母様がお茶を飲んでいた。
お母様はにこやかにしていて、それに応えるようにルーク様も笑顔を浮かべているけど、ルーク様の目は笑っていなかった。
ルーク様はわたしの姿を確認すると、ソファから立ち上がる。
お兄様を目線で端に追いやり、わたしの隣に並ぶ。
「ミラー子爵夫人。我がディヴイス家の侍女がご迷惑をおかけした。このお詫びは後ほどと言うことで、連れて帰ってもいいだろうか」
言い方は丁寧でありながら、有無を言わせぬ圧力を出してルーク様が言う。
お母様はキョトンとわたしとルーク様を見た後で、コロコロと笑った。
「もちろんですわ。ですが、ルーク様。うちの愚息はどんなに責めても構いませんが、ニーナは怒らないでやってくださいませね。そして、きちんと話を聞いてあげてくださいまし」
「使用人の話を聞くのは、主人として当然です」
毅然として言うルーク様に、お母様とお兄様は苦笑いを浮かべる。
「では、ミラー子爵夫人。義兄上。うちのニーナが世話になった。このお礼は後日必ず」
「あー、いいって。うちもニーナが来てくれて明るくなったしな」
ルーク様はお兄様を無視してお母様に一礼し、わたしの背に手をやって、出口へと促した。
玄関を出ると、ディヴイス家の馬車が待っている。
御者が馬車の扉を開けると、ルーク様はさっさとわたしを馬車に乗せた。
お兄様が馬車にわたしの荷物を乗せると、ルーク様がお兄様に声をかける。
「義兄上。ミラー子爵家にはお礼をしますが、オレは怒ってますからね」
「なんでだよ」
「どうしてニーナが来ていることをオレに黙ってたんですか」
「別に使用人がどこに居ようが、ルーク様に報告する義務はないだろう?」
「いえ。オレはニーナの主人です。知っておく義務があります」
「ねぇよ! だいたい、ニーナには休暇を与えたんだろう? 休み中の使用人がどうしようと勝手じゃないか」
「休み中であっても、ディヴイス家の者という事実は変わりません」
はぁ~……。
お兄様は盛大にため息をついた。
わたしもいろいろと思うところがあるけど、なんとも口を挟める雰囲気ではない。
ルーク様が馬車に乗り込むのを見て、お兄様はおずおずと馬車の扉に手を掛けた。
「ルーク様に渡すものがあるんだけど」
そう言って、わたしがルーク様に渡すよう頼んだ小箱を取り出す。
ちょっと待って!
それここで渡す?
わたしの前で渡すのはやめてよ!
そう思っても口を出すことはできず、お兄様のお顔を見つめる。
「これは、ジーナがルーク様を思って刺した刺繍だよ」
お兄様の言葉に、ルーク様は目を見開いた。
お兄様がこっそりと小さい声で、ドアの方を窺いながら話す。
「昨日はニーナの見送りがないからだろうと思っていたけど、今日はどうしたのかとルーク様に訳を聞いたら、ニーナの実家に使いを出したらしいんだよ。それが実家にニーナがいなかったと、使いの者が慌てて演習場まで報告にきたのが今日の午後。そこからのルーク様は真っ青な顔をして訓練にならなかった」
「えっ、」
「ニーナの行方がわからなくなったことで、酷く動揺していてな。時間が経つにつれて青い顔が白くなっていったところで、オレが見ていられずルーク様にニーナがうちに来ていることを伝えたんだ」
お兄様の言う、不機嫌なルーク様にもびっくりだけど、真っ青から白くなったルーク様にもびっくりだ。
わたし一人いなくなったくらいで。しかも、暇を出したのは自分なのに。
「そ、それでルーク様が迎えに?」
「そうだ。うちはまだ泊まっても平気だと言ったのだが、鬼気迫る勢いで迎えに来た。まぁ、ニーナの顔を見て安心したかったんだろうな」
お兄様は少し呆れたように笑った。
「……わかりました。素直に帰ります」
わたしが肯くと、お兄様は床に置いてあったわたしのボストンバックを手に持った。
「荷物はこれだけか?」
「あ、お兄様。少しお待ちください」
わたしは慌てて机に走り寄ると、そこに置いておいた小箱をお兄様に差し出した。
「これをお兄様からルーク様に渡してもらえませんか?」
「これは?」
「これは、ジーナがルーク様のためにハンカチを刺繍した時のものです。あれ、たくさん練習して、一番よく出来たものをお渡ししたんです。ここに来た時にお話ししましたが、わたしがお暇を出されたのは、ジーナのハンカチを直してしまったせいだから。ほんとは、不完全なものだから渡したくなかったんだけど、ジーナの手だけで出来たものはこれしかないから。だから」
箱をお兄様の手に押し付ける。
「だから、代わりにはならないけど渡してもらえませんか」
直してしまったハンカチは、もう元に戻らない。
せめてもの代わりに、未完成だけど、ジーナの手でのみ作られたハンカチを。
お兄様はわたしの勢いに一瞬驚いた顔をしたけれど、最後には微笑んで箱を受け取ってくれた。
「さぁ、ニーナ。ルーク様の所へ行こう」
「はい」
わたしはジーナの部屋を後にして、お兄様と一緒に階段を降りて、一階にある応接間へと向かった。
コンコンっと軽くノックをして、お兄様が応接間の扉を開けた。
「ルーク様、待たせたな」
二人で応接間に入って行くと、テーブルセットを挟み、ルーク様とお母様がお茶を飲んでいた。
お母様はにこやかにしていて、それに応えるようにルーク様も笑顔を浮かべているけど、ルーク様の目は笑っていなかった。
ルーク様はわたしの姿を確認すると、ソファから立ち上がる。
お兄様を目線で端に追いやり、わたしの隣に並ぶ。
「ミラー子爵夫人。我がディヴイス家の侍女がご迷惑をおかけした。このお詫びは後ほどと言うことで、連れて帰ってもいいだろうか」
言い方は丁寧でありながら、有無を言わせぬ圧力を出してルーク様が言う。
お母様はキョトンとわたしとルーク様を見た後で、コロコロと笑った。
「もちろんですわ。ですが、ルーク様。うちの愚息はどんなに責めても構いませんが、ニーナは怒らないでやってくださいませね。そして、きちんと話を聞いてあげてくださいまし」
「使用人の話を聞くのは、主人として当然です」
毅然として言うルーク様に、お母様とお兄様は苦笑いを浮かべる。
「では、ミラー子爵夫人。義兄上。うちのニーナが世話になった。このお礼は後日必ず」
「あー、いいって。うちもニーナが来てくれて明るくなったしな」
ルーク様はお兄様を無視してお母様に一礼し、わたしの背に手をやって、出口へと促した。
玄関を出ると、ディヴイス家の馬車が待っている。
御者が馬車の扉を開けると、ルーク様はさっさとわたしを馬車に乗せた。
お兄様が馬車にわたしの荷物を乗せると、ルーク様がお兄様に声をかける。
「義兄上。ミラー子爵家にはお礼をしますが、オレは怒ってますからね」
「なんでだよ」
「どうしてニーナが来ていることをオレに黙ってたんですか」
「別に使用人がどこに居ようが、ルーク様に報告する義務はないだろう?」
「いえ。オレはニーナの主人です。知っておく義務があります」
「ねぇよ! だいたい、ニーナには休暇を与えたんだろう? 休み中の使用人がどうしようと勝手じゃないか」
「休み中であっても、ディヴイス家の者という事実は変わりません」
はぁ~……。
お兄様は盛大にため息をついた。
わたしもいろいろと思うところがあるけど、なんとも口を挟める雰囲気ではない。
ルーク様が馬車に乗り込むのを見て、お兄様はおずおずと馬車の扉に手を掛けた。
「ルーク様に渡すものがあるんだけど」
そう言って、わたしがルーク様に渡すよう頼んだ小箱を取り出す。
ちょっと待って!
それここで渡す?
わたしの前で渡すのはやめてよ!
そう思っても口を出すことはできず、お兄様のお顔を見つめる。
「これは、ジーナがルーク様を思って刺した刺繍だよ」
お兄様の言葉に、ルーク様は目を見開いた。
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