上 下
130 / 255
13章 確信

8

しおりを挟む
「いやあ、何があったわけじゃないんだ。昨日からルーク様がイライラ不機嫌で、隊の空気も悪くてな。オレは、多分ニーナがいないからだろうとわかっていたけど、隊員たちは理由も分からずあまりの不機嫌さにビビってしまってな。それでも昨日は様子を見ていたんだ。それが今日は昼以降に、違う雰囲気になってな」

お兄様がこっそりと小さい声で、ドアの方を窺いながら話す。

「昨日はニーナの見送りがないからだろうと思っていたけど、今日はどうしたのかとルーク様に訳を聞いたら、ニーナの実家に使いを出したらしいんだよ。それが実家にニーナがいなかったと、使いの者が慌てて演習場まで報告にきたのが今日の午後。そこからのルーク様は真っ青な顔をして訓練にならなかった」
「えっ、」
「ニーナの行方がわからなくなったことで、酷く動揺していてな。時間が経つにつれて青い顔が白くなっていったところで、オレが見ていられずルーク様にニーナがうちに来ていることを伝えたんだ」

お兄様の言う、不機嫌なルーク様にもびっくりだけど、真っ青から白くなったルーク様にもびっくりだ。
わたし一人いなくなったくらいで。しかも、暇を出したのは自分なのに。

「そ、それでルーク様が迎えに?」
「そうだ。うちはまだ泊まっても平気だと言ったのだが、鬼気迫る勢いで迎えに来た。まぁ、ニーナの顔を見て安心したかったんだろうな」

お兄様は少し呆れたように笑った。

「……わかりました。素直に帰ります」

わたしが肯くと、お兄様は床に置いてあったわたしのボストンバックを手に持った。

「荷物はこれだけか?」
「あ、お兄様。少しお待ちください」

わたしは慌てて机に走り寄ると、そこに置いておいた小箱をお兄様に差し出した。

「これをお兄様からルーク様に渡してもらえませんか?」
「これは?」
「これは、ジーナがルーク様のためにハンカチを刺繍した時のものです。あれ、たくさん練習して、一番よく出来たものをお渡ししたんです。ここに来た時にお話ししましたが、わたしがお暇を出されたのは、ジーナのハンカチを直してしまったせいだから。ほんとは、不完全なものだから渡したくなかったんだけど、ジーナの手だけで出来たものはこれしかないから。だから」

箱をお兄様の手に押し付ける。

「だから、代わりにはならないけど渡してもらえませんか」

直してしまったハンカチは、もう元に戻らない。
せめてもの代わりに、未完成だけど、ジーナの手でのみ作られたハンカチを。

お兄様はわたしの勢いに一瞬驚いた顔をしたけれど、最後には微笑んで箱を受け取ってくれた。

「さぁ、ニーナ。ルーク様の所へ行こう」
「はい」

わたしはジーナの部屋を後にして、お兄様と一緒に階段を降りて、一階にある応接間へと向かった。

コンコンっと軽くノックをして、お兄様が応接間の扉を開けた。

「ルーク様、待たせたな」

二人で応接間に入って行くと、テーブルセットを挟み、ルーク様とお母様がお茶を飲んでいた。

お母様はにこやかにしていて、それに応えるようにルーク様も笑顔を浮かべているけど、ルーク様の目は笑っていなかった。

ルーク様はわたしの姿を確認すると、ソファから立ち上がる。
お兄様を目線で端に追いやり、わたしの隣に並ぶ。

「ミラー子爵夫人。我がディヴイス家の侍女がご迷惑をおかけした。このお詫びは後ほどと言うことで、連れて帰ってもいいだろうか」

言い方は丁寧でありながら、有無を言わせぬ圧力を出してルーク様が言う。

お母様はキョトンとわたしとルーク様を見た後で、コロコロと笑った。

「もちろんですわ。ですが、ルーク様。うちの愚息はどんなに責めても構いませんが、ニーナは怒らないでやってくださいませね。そして、きちんと話を聞いてあげてくださいまし」
「使用人の話を聞くのは、主人として当然です」

毅然として言うルーク様に、お母様とお兄様は苦笑いを浮かべる。

「では、ミラー子爵夫人。義兄上。うちのニーナが世話になった。このお礼は後日必ず」
「あー、いいって。うちもニーナが来てくれて明るくなったしな」

ルーク様はお兄様を無視してお母様に一礼し、わたしの背に手をやって、出口へと促した。

玄関を出ると、ディヴイス家の馬車が待っている。
御者が馬車の扉を開けると、ルーク様はさっさとわたしを馬車に乗せた。

お兄様が馬車にわたしの荷物を乗せると、ルーク様がお兄様に声をかける。

「義兄上。ミラー子爵家にはお礼をしますが、オレは怒ってますからね」
「なんでだよ」
「どうしてニーナが来ていることをオレに黙ってたんですか」
「別に使用人がどこに居ようが、ルーク様に報告する義務はないだろう?」
「いえ。オレはニーナの主人です。知っておく義務があります」
「ねぇよ! だいたい、ニーナには休暇を与えたんだろう? 休み中の使用人がどうしようと勝手じゃないか」
「休み中であっても、ディヴイス家の者という事実は変わりません」

はぁ~……。

お兄様は盛大にため息をついた。
わたしもいろいろと思うところがあるけど、なんとも口を挟める雰囲気ではない。

ルーク様が馬車に乗り込むのを見て、お兄様はおずおずと馬車の扉に手を掛けた。

「ルーク様に渡すものがあるんだけど」

そう言って、わたしがルーク様に渡すよう頼んだ小箱を取り出す。

ちょっと待って!
それここで渡す?
わたしの前で渡すのはやめてよ!

そう思っても口を出すことはできず、お兄様のお顔を見つめる。

「これは、ジーナがルーク様を思って刺した刺繍だよ」

お兄様の言葉に、ルーク様は目を見開いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

貴方の子どもじゃありません

初瀬 叶
恋愛
あぁ……どうしてこんなことになってしまったんだろう。 私は眠っている男性を起こさない様に、そっと寝台を降りた。 私が着ていたお仕着せは、乱暴に脱がされたせいでボタンは千切れ、エプロンも破れていた。 私は仕方なくそのお仕着せに袖を通すと、止められなくなったシャツの前を握りしめる様にした。 そして、部屋の扉にそっと手を掛ける。 ドアノブは回る。いつの間にか 鍵は開いていたみたいだ。 私は最後に後ろを振り返った。そこには裸で眠っている男性の胸が上下している事が確認出来る。深い眠りについている様だ。 外はまだ夜中。月明かりだけが差し込むこの部屋は薄暗い。男性の顔ははっきりとは確認出来なかった。 ※ 私の頭の中の異世界のお話です ※相変わらずのゆるゆるふわふわ設定です。ご了承下さい ※直接的な性描写等はありませんが、その行為を匂わせる言葉を使う場合があります。苦手な方はそっと閉じて下さると、自衛になるかと思います ※誤字脱字がちりばめられている可能性を否定出来ません。広い心で読んでいただけるとありがたいです

運命の歯車が壊れるとき

和泉鷹央
恋愛
 戦争に行くから、君とは結婚できない。  恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。    他の投稿サイトでも掲載しております。

記憶をなくしたあなたへ

ブラウン
恋愛
記憶をなくしたあなたへ。 私は誓約書通り、あなたとは会うことはありません。 あなたも誓約書通り私たちを探さないでください。 私には愛し合った記憶があるが、あなたにはないという事実。 もう一度信じることができるのか、愛せるのか。 2人の愛を紡いでいく。 本編は6話完結です。 それ以降は番外編で、カイルやその他の子供たちの状況などを投稿していきます

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

愛し子は自由のために、愛され妹の嘘を放置する

紅子
恋愛
あなたは私の連理の枝。今世こそは比翼の鳥となりましょう。 私は、女神様のお願いで、愛し子として転生した。でも、そのことを誰にも告げる気はない。可愛らしくも美しい双子の妹の影で、いない子と扱われても特別な何かにはならない。私を愛してくれる人とこの世界でささやかな幸せを築ければそれで満足だ。 その希望を打ち砕くことが起こるとき、私は全力でそれに抗うだろう。 完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

夫と親友が、私に隠れて抱き合っていました ~2人の幸せのため、黙って身を引こうと思います~

小倉みち
恋愛
 元侯爵令嬢のティアナは、幼馴染のジェフリーの元へ嫁ぎ、穏やかな日々を過ごしていた。  激しい恋愛関係の末に結婚したというわけではなかったが、それでもお互いに思いやりを持っていた。  貴族にありがちで平凡な、だけど幸せな生活。  しかし、その幸せは約1年で終わりを告げることとなる。  ティアナとジェフリーがパーティに参加したある日のこと。  ジェフリーとはぐれてしまったティアナは、彼を探しに中庭へと向かう。  ――そこで見たものは。  ジェフリーと自分の親友が、暗闇の中で抱き合っていた姿だった。 「……もう、この気持ちを抑えきれないわ」 「ティアナに悪いから」 「だけど、あなただってそうでしょう? 私、ずっと忘れられなかった」  そんな会話を聞いてしまったティアナは、頭が真っ白になった。  ショックだった。  ずっと信じてきた夫と親友の不貞。  しかし怒りより先に湧いてきたのは、彼らに幸せになってほしいという気持ち。  私さえいなければ。  私さえ身を引けば、私の大好きな2人はきっと幸せになれるはず。  ティアナは2人のため、黙って実家に帰ることにしたのだ。  だがお腹の中には既に、小さな命がいて――。

処理中です...