上 下
118 / 255
12章 とまどい

7

しおりを挟む
その日も一生懸命にお仕事をしていく。

ルーク様の部屋のお掃除をしていると、ベッドの中に何かシーツではないものを見つけた。
取り出して見ると、いつか見たジーナの時に刺繍したハンカチだった。

これを握りしめておやすみになったのかしら……。随分と皺が寄っている。
刺繍部分もほつれてしまっているし、直してアイロンもかけておこう。

わたしはそっと、ハンカチをポケットに入れて次の作業に移った。

黙々と仕事をすると、お昼休みまであっという間。
いつものように、お昼を食べた後は別館の中庭で魔法の練習をしていると、お兄様が駆け足でこちらに向かって来るのが見えた。

「あら、お兄様。どうしたんです? そんなに急いで」
わたしはお兄様に話しかけながらも手を止めずに、噴水の水飛沫を標的として魔法をかける。

アロン様に指摘されてから、光の魔法の影響がありそうな木の枝は、練習に使うのをやめている。
落ちて来る水飛沫を狙って光の魔法をかけているのだ。
うまく光の魔法が集中してかかれば、その飛沫は一瞬光る。

「おまえ、随分と光の魔法がうまくなったな」

お兄様は光る水飛沫を見て、感心したようにそう言った。

「毎日練習していますもの。うまくならなきゃ泣いちゃいます。それより、お兄様はこんな時間にここにいていいんですか?」

まだ仕事中でしょ? というようにわたしが首を傾げると、お兄様は木陰に腰掛けるようにわたしを促した。

「ニーナに頼みがあってこっそり抜けて来たんだよ。あ、一応オレも昼休みだからな」

お兄様はそう言うと、わたしの隣に腰を下ろす。

「昨日、ルーク様と副隊長であるオレが王城に呼ばれて、国王と王太子と共に、軍会議に出たんだ。魔物の森を覆う結界が不安定になっていると、そこを見張る衛兵から連絡が国王に入ったらしい」
「えっ、結界が?」

魔物の森を覆う結界は、前の討伐の時に魔物を倒した後、光の術者が張ったものだ。
何十年も前のことだから、綻びはできるものの、教会に所属する光の術者が少しずつ貼り直して問題なく魔獣を封印できているはず。
ルーク様がお小さい頃、綻びから魔獣が出てきてしまってからは、より一層厳重にしているはずだ。
それが不安定ってどう言うことだろう……。

心配で眉を下げるわたしの頭をお兄様は撫でてくれる。

「大丈夫だ。すぐにどうこうと言うことではない。ただ、討伐隊が出るのが少し早くなるかもしれない。まあ、ルーク様自身が討伐を早めたいと言っていたから、それはもう決定なのだが……」

お兄様は、ふぅとため息をついた。

「ルーク様とローゼリア様の連携ですね?」

討伐隊の長、英雄であるルーク様が光の加護を得ずに戦いに出ることは、死を意味する。
そして、ルーク様が死ねばわたし達人間は悲惨な結末を迎えることになる。

「……そうだ。どうやっても、あの女とルーク様は相容れない。だからオレはこっそりと他の術者が祝福した剣をルーク様に渡してみた。ルーク様はうまく使えているものの、剣の威力は一般兵と変わらない。でも、それじゃダメなんだ。ルーク様は英雄として、自分の剣で最大限の加護を得なければならないんだ」

ルーク様が持つ剣に、ルーク様が信頼する光の術者が祝福を授ける。その剣でなければ
ルーク様の力が最大限に発揮されないのだ。
わたしは、光の魔法が最大限ルーク様を守ってくれることを祈って、日々光の魔法を練習しているけど……。

「だから、ニーナ」

お兄様はわたしの目を見つめる。

「ルーク様の剣に、祝福を与えてくれないか?」
「……いつ?」
「今」

わたしは目を丸くした。
だって、今ってお兄様。

「まだ練習中ですよ?」
「それでもいいから」
「それに、わたしはまだ仕事中で、お邸を出られません」
「ここでかけてくれればいい」
「剣は?」

お兄様は徐に、自分の腰の剣を鞘から抜き出した。

「こっそりオレの剣とすり替えてきた。見つかったらエライことだから、今、この場でかけてくれ。すぐに持って帰る」

差し出されたそれを見ると、鞘の部分は討伐隊共有のものだが、柄の部分にはデイヴィス家の紋が入っていた。
剣は騎士の命と言える。
それをすり替えて持ち出したのがわかれば、お兄様はお咎めを受けるだろう。

まったく。
お兄様は無茶をするところとか、大胆なところとか、全然変わっていないんだから。

「わかりました。剣を胸の前で切先を天に向けてください」

お兄様は立ち上がり、わたしの言う通り、誓いを立てる時のように剣を胸に構えた。

うまくできるかな。
でも、わたしはルーク様のために戻ってきたんだ。
ルーク様を守りたい。

ルーク様に逢いたくて、ルーク様の側にいたくて戻ってきたんだ。

わたしは、ルーク様の光の術者。

「愛しきもののために祝福を……!」

ありったけの想いをこめて、剣に魔法をかける。

キラキラと光るそれは、わたしの想いを表しているようだった。

あなたに逢いたくて、あなたの力になりたくて、わたしは戻ってきたのだと。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

運命の歯車が壊れるとき

和泉鷹央
恋愛
 戦争に行くから、君とは結婚できない。  恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。    他の投稿サイトでも掲載しております。

記憶をなくしたあなたへ

ブラウン
恋愛
記憶をなくしたあなたへ。 私は誓約書通り、あなたとは会うことはありません。 あなたも誓約書通り私たちを探さないでください。 私には愛し合った記憶があるが、あなたにはないという事実。 もう一度信じることができるのか、愛せるのか。 2人の愛を紡いでいく。 本編は6話完結です。 それ以降は番外編で、カイルやその他の子供たちの状況などを投稿していきます

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

愛し子は自由のために、愛され妹の嘘を放置する

紅子
恋愛
あなたは私の連理の枝。今世こそは比翼の鳥となりましょう。 私は、女神様のお願いで、愛し子として転生した。でも、そのことを誰にも告げる気はない。可愛らしくも美しい双子の妹の影で、いない子と扱われても特別な何かにはならない。私を愛してくれる人とこの世界でささやかな幸せを築ければそれで満足だ。 その希望を打ち砕くことが起こるとき、私は全力でそれに抗うだろう。 完結済み。毎日00:00に更新予定です。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

夫と親友が、私に隠れて抱き合っていました ~2人の幸せのため、黙って身を引こうと思います~

小倉みち
恋愛
 元侯爵令嬢のティアナは、幼馴染のジェフリーの元へ嫁ぎ、穏やかな日々を過ごしていた。  激しい恋愛関係の末に結婚したというわけではなかったが、それでもお互いに思いやりを持っていた。  貴族にありがちで平凡な、だけど幸せな生活。  しかし、その幸せは約1年で終わりを告げることとなる。  ティアナとジェフリーがパーティに参加したある日のこと。  ジェフリーとはぐれてしまったティアナは、彼を探しに中庭へと向かう。  ――そこで見たものは。  ジェフリーと自分の親友が、暗闇の中で抱き合っていた姿だった。 「……もう、この気持ちを抑えきれないわ」 「ティアナに悪いから」 「だけど、あなただってそうでしょう? 私、ずっと忘れられなかった」  そんな会話を聞いてしまったティアナは、頭が真っ白になった。  ショックだった。  ずっと信じてきた夫と親友の不貞。  しかし怒りより先に湧いてきたのは、彼らに幸せになってほしいという気持ち。  私さえいなければ。  私さえ身を引けば、私の大好きな2人はきっと幸せになれるはず。  ティアナは2人のため、黙って実家に帰ることにしたのだ。  だがお腹の中には既に、小さな命がいて――。

処理中です...