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10章 影
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「よお。珍しいな。こんなところで」
オリバーお兄様は店内に入ってきて、レジで何かを注文した後、わたしの向かいに腰を下ろした。
今日のお兄様は、いつも着ている討伐隊の隊服ではなく、少しデザインの違う制服を着ている。
「先日はルーク様に忘れ物を届けていただき、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ、手袋があるのとないのでは剣に違いが出るから助かった」
にこやかに挨拶をしたところで、さっきの店員さんがお兄様にコーヒーを持ってくる。
「お待たせしました」
店員さんはチラリとお兄様を見てにこりと笑う。
わたしの耳元に口を寄せて「さっきのクッキーのお相手?」と聞くので、「違います!」と思いっきり否定したら、店員さんは豪快に笑ってレジに戻って行った。
あの含んだ笑いは、絶対に誤解している……。
もぉっ!兄妹なんだってば!
お兄様が不思議そうな顔をしているので、「さっき恋が叶うクッキーをいただいたんですけど、オリバー様がそのお相手だと思われたんですよ」と教えてあげた。
「はは。オレがニーナの恋人になったら、ルーク様に殺されそうだな」
「はい。わたしなんかがオリバー様と恋仲になったら、めちゃくちゃ怒られそうです……」
ルーク様はお兄様をかなり慕っているみたいだし、わたしみたいに平民の侍女が恋人になったら、「どんな手を使って誑かしたんだ!」とか「この泥棒猫!」とか言われそう……。あ、泥棒猫はちょっと違うか。
「今、ニーナの考えてることと逆だぞ。オレが、ニーナを誑かしたって怒られるんだぞ?」
「え、なんでわたしが考えていたことがわかるんですか?」
「おまえ、顔に出やすいからな。昔から」
「えっ、顔に出てます?」
「あぁ、あと、少し考えてる時に口が動く」
「えーっ、知りませんでした!」
いやあ、そんなに自分が単純だと思わなかったよ。
気をつけよう。
顔を上げてお兄様を見ると、カントリー風の可愛いお店に似合わない服装と、鍛えられた身体がとてもアンマッチだった。
「オリバー様は、今日はお休みですか? それ、隊服ではないようですが、私服ですか?」
気になった事を聞いてみる。
「ん? ああ、これは騎士団の隊服だ。討伐が終わったら、騎士団に入るかもしれないから、討伐隊の方の休みの時は、騎士団の手伝いをしているんだ。討伐が終わったからと行って、いきなり騎士団に入隊すれば、元からいた隊士に不満がでるだろ? だから、今のうちから顔を売っているのさ。一応、籍も置いてもらっている。討伐隊には、そんな奴らが多いぞ」
そりゃ、爵位を持たない人や、貴族でも次男三男ならそうかも知れないけど……。
「オリバー様は嫡男ではありませんか。討伐が終われば、子爵位を継ぐのではないですか?」
わたしの言葉に、お兄様は困ったように笑い、コーヒーに口を付けた。
「……勝手をしているからな。本当なら、オレは今頃もう子爵位を継いで、子どもの一人でももうけていなくてはならない。それを36歳まで討伐隊にいることになるし、討伐が終わっても五体満足かどうかの保証はない。そんな状態で帰ってきて、いきなり子爵を継げるとも思わないから、今のうちに身の振り方は考えておこうと思ってな。父上は実際に帰ってきてから考えればいいと言うが、選択肢はいくつかキープしておいた方がいい」
本当なら、お兄様は婚約者と結婚して、子爵家を継いでいるはずだ。
少なくとも、ジーナが生きていた頃は、そのように動いていた。
お兄様は、きちんと領主になる勉強をしていたもの。
「オリバー様、ご結婚は……?」
「してないよ」
「婚約者様がいたではありませんか!」
「とっくに解消したよ。オレがまだ学生の時に。討伐隊に入ると決めた、あの時に」
……学生の頃?
もしかして、わたしが死んでしまったから、お兄様は討伐隊に入る事を決めたの?
わたしができない分、ルーク様を支えるために?
頭から血の気が引き、フォークを持つ手が震えてきた。
わたしのせいだ。
わたしが、ちゃんと気をつけて、ルーク様を生きて支えることができなかったからだ。
本当だったら、今頃お兄様は結婚して子爵家を継いで、もしかしたらもう子どもなんかもいて、討伐とは関係ない生活を送っていたはずだ。
その予定だった。
「あの、ミラー子爵様と、ミラー子爵夫人はお元気ですか?」
「もちろん。オレに何かあったら、エマの次男がミラー子爵を継ぐことになるが、まだ小さいので、彼が大きくなるまで元気でいて、子爵家を守ると意気込んでるよ」
よかった。
お父様とお母様は、お元気でいらっしゃるのだわ。
小さく息を吐くと、お兄様は、わたしの顔を覗き込んだ。
「今度はオレから質問してもいいか?」
お兄様から覗き込まれたその目を見て、わたしは嫌な予感がした。
この目は、見たことのある目だ。
「なぁ、本当にニーナは光魔法は使えないのか?」
その目は、ジーナが小さい頃、いたずらをしたのにしていないと嘘をついた時、本当のことを探るようにわたしを覗き込んだ目と、同じだった。
オリバーお兄様は店内に入ってきて、レジで何かを注文した後、わたしの向かいに腰を下ろした。
今日のお兄様は、いつも着ている討伐隊の隊服ではなく、少しデザインの違う制服を着ている。
「先日はルーク様に忘れ物を届けていただき、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ、手袋があるのとないのでは剣に違いが出るから助かった」
にこやかに挨拶をしたところで、さっきの店員さんがお兄様にコーヒーを持ってくる。
「お待たせしました」
店員さんはチラリとお兄様を見てにこりと笑う。
わたしの耳元に口を寄せて「さっきのクッキーのお相手?」と聞くので、「違います!」と思いっきり否定したら、店員さんは豪快に笑ってレジに戻って行った。
あの含んだ笑いは、絶対に誤解している……。
もぉっ!兄妹なんだってば!
お兄様が不思議そうな顔をしているので、「さっき恋が叶うクッキーをいただいたんですけど、オリバー様がそのお相手だと思われたんですよ」と教えてあげた。
「はは。オレがニーナの恋人になったら、ルーク様に殺されそうだな」
「はい。わたしなんかがオリバー様と恋仲になったら、めちゃくちゃ怒られそうです……」
ルーク様はお兄様をかなり慕っているみたいだし、わたしみたいに平民の侍女が恋人になったら、「どんな手を使って誑かしたんだ!」とか「この泥棒猫!」とか言われそう……。あ、泥棒猫はちょっと違うか。
「今、ニーナの考えてることと逆だぞ。オレが、ニーナを誑かしたって怒られるんだぞ?」
「え、なんでわたしが考えていたことがわかるんですか?」
「おまえ、顔に出やすいからな。昔から」
「えっ、顔に出てます?」
「あぁ、あと、少し考えてる時に口が動く」
「えーっ、知りませんでした!」
いやあ、そんなに自分が単純だと思わなかったよ。
気をつけよう。
顔を上げてお兄様を見ると、カントリー風の可愛いお店に似合わない服装と、鍛えられた身体がとてもアンマッチだった。
「オリバー様は、今日はお休みですか? それ、隊服ではないようですが、私服ですか?」
気になった事を聞いてみる。
「ん? ああ、これは騎士団の隊服だ。討伐が終わったら、騎士団に入るかもしれないから、討伐隊の方の休みの時は、騎士団の手伝いをしているんだ。討伐が終わったからと行って、いきなり騎士団に入隊すれば、元からいた隊士に不満がでるだろ? だから、今のうちから顔を売っているのさ。一応、籍も置いてもらっている。討伐隊には、そんな奴らが多いぞ」
そりゃ、爵位を持たない人や、貴族でも次男三男ならそうかも知れないけど……。
「オリバー様は嫡男ではありませんか。討伐が終われば、子爵位を継ぐのではないですか?」
わたしの言葉に、お兄様は困ったように笑い、コーヒーに口を付けた。
「……勝手をしているからな。本当なら、オレは今頃もう子爵位を継いで、子どもの一人でももうけていなくてはならない。それを36歳まで討伐隊にいることになるし、討伐が終わっても五体満足かどうかの保証はない。そんな状態で帰ってきて、いきなり子爵を継げるとも思わないから、今のうちに身の振り方は考えておこうと思ってな。父上は実際に帰ってきてから考えればいいと言うが、選択肢はいくつかキープしておいた方がいい」
本当なら、お兄様は婚約者と結婚して、子爵家を継いでいるはずだ。
少なくとも、ジーナが生きていた頃は、そのように動いていた。
お兄様は、きちんと領主になる勉強をしていたもの。
「オリバー様、ご結婚は……?」
「してないよ」
「婚約者様がいたではありませんか!」
「とっくに解消したよ。オレがまだ学生の時に。討伐隊に入ると決めた、あの時に」
……学生の頃?
もしかして、わたしが死んでしまったから、お兄様は討伐隊に入る事を決めたの?
わたしができない分、ルーク様を支えるために?
頭から血の気が引き、フォークを持つ手が震えてきた。
わたしのせいだ。
わたしが、ちゃんと気をつけて、ルーク様を生きて支えることができなかったからだ。
本当だったら、今頃お兄様は結婚して子爵家を継いで、もしかしたらもう子どもなんかもいて、討伐とは関係ない生活を送っていたはずだ。
その予定だった。
「あの、ミラー子爵様と、ミラー子爵夫人はお元気ですか?」
「もちろん。オレに何かあったら、エマの次男がミラー子爵を継ぐことになるが、まだ小さいので、彼が大きくなるまで元気でいて、子爵家を守ると意気込んでるよ」
よかった。
お父様とお母様は、お元気でいらっしゃるのだわ。
小さく息を吐くと、お兄様は、わたしの顔を覗き込んだ。
「今度はオレから質問してもいいか?」
お兄様から覗き込まれたその目を見て、わたしは嫌な予感がした。
この目は、見たことのある目だ。
「なぁ、本当にニーナは光魔法は使えないのか?」
その目は、ジーナが小さい頃、いたずらをしたのにしていないと嘘をついた時、本当のことを探るようにわたしを覗き込んだ目と、同じだった。
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