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10章 影
気のせい
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ローゼリアに頬を打たれた次の日、何事もなかったかのように、オレは闘技場で隊員と模擬戦をしていた。
キィィン
「隊長、参りました」
隊員が負けを宣言して剣を下ろす。
「次、誰かいないか」
オレが次の相手を探していると、副隊長である義兄上が名乗りを上げた。
「ルーク様、久しぶりに、本気でやらないか?」
「何言ってんですか。オレ達が本気でやったら、どちらかが怪我をしますよ」
「まあまあ、怪我をしない程度にだよ」
義兄上はニヤニヤしながら剣を構えた。
まあ、剣は模擬剣だし、怪我をしても打撲くらいで済むだろう。
オレが斬りかかって行くと、義兄上は何でもないようにひょいと避ける。
避けながら、オレの隙を突いて斬り込んでくる。
「ルーク様、昨日はちゃんと眠れたか? メシ食ったか?」
オレの剣を受けつつ、義兄上は話しかける。
「眠れたし、食えましたよ。義兄上、余裕ですねっと!」
受けていた剣をなぎ払う。
「いやあ、ルーク様は強くなったからな。余裕はないんだけど…っ!」
オレが足払いを掛けようとしたが、難なく避けられる。
「あれの後だけど、今日は顔色もいいし動きもいいから、大丈夫なのかなと思ってさ」
高速で剣を打ち出すも、義兄上は全て剣で受け流す。
「あのおチビちゃん、いい子だな」
義兄上にそう言われ、ニーナのことだとすぐにわかった。
オレの剣に動揺が走る。
義兄上はそれを見て、斬り込んでくるかと思ったが、斬り込んでは来なかった。
では、オレから行こうと、走り込んで行くが、簡単にいなされる。
ニーナの名前を出されて、昨日のニーナを思い出した。
首を傾げる角度、表情、何気ないしぐさ。
何もかもがジーナとそっくりに見える。
オレを気遣い、明るく笑うところまで。
髪と瞳の色が同じなだけで、顔の作りも声も、まるで違うのに、時々ジーナを相手にしている錯覚に陥るほどだ。
オレが振り向くと、そこにある残像はニーナではなく、ジーナになるんだ。
オレが義兄上に剣を向けて振り下ろすと、義兄上はひょいと避けてオレの手を払った。
そして、オレの手からは簡単に剣が落ちて行った。
「……くっそ。義兄上、参りました」
「うむ。ルーク様、今日は集中力が散漫だったな」
かっかっか、と笑う義兄上。
集中力って、義兄上が話を振って逸らそうとしたんだろうが。
ヘトヘトになったオレと義兄上は、一旦ベンチに下がり、休憩を取ることにした。
二人並んでベンチに座り、用意されている冷たい水を飲む。
「おチビちゃん、ルーク様のこと心配してただろ」
自分があの様子を見せたくせに、いけしゃあしゃあと話す義兄上をジロリと睨む。
「当たり前でしょう。この国の未来がかかっているのに、オレと光の連携が取れていないことがわかったんですから、心配にもなるでしょう」
「うーん。あのおチビちゃんが心配するのは、そういうことじゃないと思うけどな」
そうかもしれない。
ニーナが心配するのは、国や自分の未来ではなく、オレのことかもしれない。
ニーナにジーナが重なる。
オレが考え込んだのを見て、義兄上は話題を変えた。
「そういえば、エマに送ってくれたお祝い、ありがとうな。エマ、すごく喜んでた」
「いえ、義姉上のお子さんです。オレがお祝いするのは当然です」
「特に、あのおくるみと揃いのハンカチは奥様仲間に羨ましがられたそうだ。レースに凝った刺繍が目立ったそうだぞ。しかも赤子と揃いだ」
ハンカチ……?
「いや、確かにおくるみと言うやつはニーナの薦めで贈ったが、ハンカチですか?」
「ああ、揃いの生地で母子で使えるもので」
「そうですか。では、オレが気付かなかっただけで、おくるみとセットだったのかもしれませんね」
そう言ってオレはもう一度冷たい水を飲んだ。
「……ルーク様、うちの上の妹の名前を知っているか?」
義兄上はオレにわけのわからない質問をする。
「当たり前でしょう? エマ・ミラー。嫁いでからは、エマ・ターナーでしょう?」
「そうだよな。ところで、エマへの贈り物はどうやって送った?」
「一体、なんなんですか。ニーナの実家の商会で買ったものを、送りましたよ」
「ああ、おチビちゃんに送ってもらったのか」
「いえ、あいつは送るところには関係してませんよ。商会から一度ディヴイス家へ送ってもらい、そこからはフランクが全て手配してましたから。品物に何かありましたか?」
オレが義兄上の顔を覗き込むと、義兄上は腕を組んでベンチに寄り掛かった。
少し悩む素振りを見せてから、オレを振り返る。
「いや、なんでもない。さっきも言ったろ? 贈り物は素晴らしいもので、エマが喜んでたって。赤ん坊も3人目で、ルーク様に丁寧な手紙を書く余裕もないらしく、オレに走り書きの手紙でルーク様に先に口頭でお礼を言っておいてくれって書いてたほどだ」
義兄上はタオルで汗を拭うと立ち上がり、闘技場の中心に戻るようオレを促す。
オレが立ち上がった時、義兄上はオレを振り返らず、背中でオレに話しかけた。
「なあ、ルーク様。心のままに、行動してもいいんじゃないかな。多分、ルーク様が思っていることは正しい」
「義兄上……?」
オレの呼びかけに立ち止まることはなく、義兄上は他の隊士に声をかけて、また模擬戦を始めてしまった。
心のままに。
義兄上が言うそれは、何を指しているのだろう。
ニーナのことであると思ってしまうのは、多分気のせいだ。
そして、時おりニーナがジーナに見えてしまうのも、多分気のせいだ。
キィィン
「隊長、参りました」
隊員が負けを宣言して剣を下ろす。
「次、誰かいないか」
オレが次の相手を探していると、副隊長である義兄上が名乗りを上げた。
「ルーク様、久しぶりに、本気でやらないか?」
「何言ってんですか。オレ達が本気でやったら、どちらかが怪我をしますよ」
「まあまあ、怪我をしない程度にだよ」
義兄上はニヤニヤしながら剣を構えた。
まあ、剣は模擬剣だし、怪我をしても打撲くらいで済むだろう。
オレが斬りかかって行くと、義兄上は何でもないようにひょいと避ける。
避けながら、オレの隙を突いて斬り込んでくる。
「ルーク様、昨日はちゃんと眠れたか? メシ食ったか?」
オレの剣を受けつつ、義兄上は話しかける。
「眠れたし、食えましたよ。義兄上、余裕ですねっと!」
受けていた剣をなぎ払う。
「いやあ、ルーク様は強くなったからな。余裕はないんだけど…っ!」
オレが足払いを掛けようとしたが、難なく避けられる。
「あれの後だけど、今日は顔色もいいし動きもいいから、大丈夫なのかなと思ってさ」
高速で剣を打ち出すも、義兄上は全て剣で受け流す。
「あのおチビちゃん、いい子だな」
義兄上にそう言われ、ニーナのことだとすぐにわかった。
オレの剣に動揺が走る。
義兄上はそれを見て、斬り込んでくるかと思ったが、斬り込んでは来なかった。
では、オレから行こうと、走り込んで行くが、簡単にいなされる。
ニーナの名前を出されて、昨日のニーナを思い出した。
首を傾げる角度、表情、何気ないしぐさ。
何もかもがジーナとそっくりに見える。
オレを気遣い、明るく笑うところまで。
髪と瞳の色が同じなだけで、顔の作りも声も、まるで違うのに、時々ジーナを相手にしている錯覚に陥るほどだ。
オレが振り向くと、そこにある残像はニーナではなく、ジーナになるんだ。
オレが義兄上に剣を向けて振り下ろすと、義兄上はひょいと避けてオレの手を払った。
そして、オレの手からは簡単に剣が落ちて行った。
「……くっそ。義兄上、参りました」
「うむ。ルーク様、今日は集中力が散漫だったな」
かっかっか、と笑う義兄上。
集中力って、義兄上が話を振って逸らそうとしたんだろうが。
ヘトヘトになったオレと義兄上は、一旦ベンチに下がり、休憩を取ることにした。
二人並んでベンチに座り、用意されている冷たい水を飲む。
「おチビちゃん、ルーク様のこと心配してただろ」
自分があの様子を見せたくせに、いけしゃあしゃあと話す義兄上をジロリと睨む。
「当たり前でしょう。この国の未来がかかっているのに、オレと光の連携が取れていないことがわかったんですから、心配にもなるでしょう」
「うーん。あのおチビちゃんが心配するのは、そういうことじゃないと思うけどな」
そうかもしれない。
ニーナが心配するのは、国や自分の未来ではなく、オレのことかもしれない。
ニーナにジーナが重なる。
オレが考え込んだのを見て、義兄上は話題を変えた。
「そういえば、エマに送ってくれたお祝い、ありがとうな。エマ、すごく喜んでた」
「いえ、義姉上のお子さんです。オレがお祝いするのは当然です」
「特に、あのおくるみと揃いのハンカチは奥様仲間に羨ましがられたそうだ。レースに凝った刺繍が目立ったそうだぞ。しかも赤子と揃いだ」
ハンカチ……?
「いや、確かにおくるみと言うやつはニーナの薦めで贈ったが、ハンカチですか?」
「ああ、揃いの生地で母子で使えるもので」
「そうですか。では、オレが気付かなかっただけで、おくるみとセットだったのかもしれませんね」
そう言ってオレはもう一度冷たい水を飲んだ。
「……ルーク様、うちの上の妹の名前を知っているか?」
義兄上はオレにわけのわからない質問をする。
「当たり前でしょう? エマ・ミラー。嫁いでからは、エマ・ターナーでしょう?」
「そうだよな。ところで、エマへの贈り物はどうやって送った?」
「一体、なんなんですか。ニーナの実家の商会で買ったものを、送りましたよ」
「ああ、おチビちゃんに送ってもらったのか」
「いえ、あいつは送るところには関係してませんよ。商会から一度ディヴイス家へ送ってもらい、そこからはフランクが全て手配してましたから。品物に何かありましたか?」
オレが義兄上の顔を覗き込むと、義兄上は腕を組んでベンチに寄り掛かった。
少し悩む素振りを見せてから、オレを振り返る。
「いや、なんでもない。さっきも言ったろ? 贈り物は素晴らしいもので、エマが喜んでたって。赤ん坊も3人目で、ルーク様に丁寧な手紙を書く余裕もないらしく、オレに走り書きの手紙でルーク様に先に口頭でお礼を言っておいてくれって書いてたほどだ」
義兄上はタオルで汗を拭うと立ち上がり、闘技場の中心に戻るようオレを促す。
オレが立ち上がった時、義兄上はオレを振り返らず、背中でオレに話しかけた。
「なあ、ルーク様。心のままに、行動してもいいんじゃないかな。多分、ルーク様が思っていることは正しい」
「義兄上……?」
オレの呼びかけに立ち止まることはなく、義兄上は他の隊士に声をかけて、また模擬戦を始めてしまった。
心のままに。
義兄上が言うそれは、何を指しているのだろう。
ニーナのことであると思ってしまうのは、多分気のせいだ。
そして、時おりニーナがジーナに見えてしまうのも、多分気のせいだ。
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