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7章 こぼれ落ちた運命は再び拾えるか?
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夜、わたしはルーク様が食べた後の食器をサリーさんから預かった。
「ぼっちゃまはもうお休みになるそうだから、急いでお支度を整えたいの。ニーナ、悪いけど食器を本館の調理室に戻しておいてくれる?」
「はい。大丈夫です。サリーさん、早く行ってください。ルーク様が、早くお休みになれますように」
「悪いわね。ローゼリア様とお会いになった日は、大抵こうなのよ。じゃ、お願いね」
サリーさんは食器の乗ったワゴンをわたしに渡すと、走ってルーク様のお部屋に向かった。
ワゴンの上を見ると、いつもはほとんど食べられている食事が、ほぼ手付かずで下げられていた。
ローゼリア様とお会いになった日は、いつもこうなのか……。
やっぱり、関係は悪化したままなのだろう。
カラカラと、タイヤの音をさせてワゴンを押す。
食事も喉を通らないくらい、嫌な思いをしているんだろうなぁ。
でも、もうわたしには何もできない。
ローゼリア様との婚約を邪魔することもできないし、光の加護で御守りすることもできない。
せめて、ルーク様が心穏やかにお過ごしになられるよう、お屋敷を綺麗にしよう。
よし! 明日からお掃除、もっとがんばるぞ! おー!
ワゴンから手を離し、握り拳を頭上に上げる。
「……何やってんだ?」
ゼンが訝しげにわたしに声をかけた。
いけない。もう調理場まで来てたんだわ。
「な、なんでもない。はい、ルーク様の食器をお届けに来ました」
ワゴンごとゼンに渡すと、ゼンは皿の上の様子を見てため息をついた。
「今日ほまた随分と派手に残したな。もしかして、今日は王女とのお茶会の日だったか?」
「そうみたい。ねぇ、いつも王女と会った日はご飯食べないの?」
ゼンはワゴンを押しながら調理場に入り、シンクの前に立って残された食事を捨てながら答えた。
「そうだな。だいたい、月に一回くらいはこんな日が来るから、多分いつも食わないんだろうな」
水を出してお皿を洗っていく。
「オレたち平民にはわかんないけど、嫌だったら婚約なんかしなければいいのに」
ゼンの呟きを聞いて、わたしもそう思った。
嫌だったら、婚約なんかしなければいいのに。
でも、それは何も知らない平民であるわたし達の言葉だ。
貴族であったジーナは、ニーナよりも身分について知っていた。
ジーナでもあったわたしは、婚約なんてしなければいいのに、とは言えなかった。
せめて、何かお慰めできることがあればいいけれど……。
やっぱり、お庭にお花を咲かせてもらおうかな。
庭師さんは、誰も見ない庭には花が可哀想だと言っていたけど、もしかしたらルーク様が見てくれるようになるかも知れないし、もし、ルーク様が見てくれなくても、わたしがたくさんお花を見ることにすればいいよね。
お花を見て、ルーク様の心が少しでも穏やかになればいいな……。
次の日、ルーク様はお休みの日だったようで、サリーさんが朝、のんびりしていた。
サリーさんがのんびりできる日は、サリーさんがわたしの分の仕事ものんびり引き受けてくれるので、必然的にわたしの仕事も減る。
いつもなら、わたしものんびりスローペースで仕事をするのだけど、今日はいつもよりも早いくらいのペースで仕事をして、お庭のお掃除にかける時間を多く取ることにした。
最低限の手入れはされているから、お掃除はそんなに大変じゃない。
さっと掃き掃除をしてから、わたしは花壇に苗を植えることにした。
冬に咲くデイジーと春に咲く藍微塵だ。
今朝、庭師さんのところに行って花を植えたいと話したら、庭に花を咲かせるのなら、自分がやると言われてしまったが、どうしても、わたしの手で咲かせたいと説得して、分けてもらった苗がこれなのだ。
どちらも小さくて可愛い花が咲くから、ルーク様が見てくれたら嬉しいし、わたしも可愛い花は大好き。
お仕着せの裾を少しまくって、花壇に腰を下ろして作業する。
庭師さんに聞いてきたように、丁寧に植えて、肥料もやってお水をやる。
ふう。
結構時間かかったなあ。
水場まで行き、手を洗う。
濡れちゃったついでに、次は噴水のお掃除をしようかな。
ゴミバサミとゴミ箱とタオルを持って、噴水の側まで来た。
キラキラと、水が太陽の光を浴びて光るところはあの頃と同じだが、周りの草木に活気がないせいか、あの頃より物悲しい感じがする。
でも……。
「お掃除がんばるぞ!」
わたしは腕をまくって、スカートの裾もまくった。
庭には誰も来ないから、少しくらい足が見えても大丈夫。
あの頃は貴族令嬢だったから、足を見せるのは良くないことだったけど、今は平民の侍女だ。
太ももくらいなら、見えたってどうってことない。
一応、もう秋で水が冷たいので、噴水には入らずにゴミバサミを伸ばして落ち葉などを拾ってみる。
うん。やっぱり、距離的に無理があるわ。
奥の方の落ち葉まで届かないので、わたしは諦めて靴を脱いで噴水に足を入れた。
おおー。冷たい。
でも、一生懸命働いて暑くなっていた体には気持ちいい。
わたしはちょっとだけ、水をバシャバシャさせてみた。
あの頃と同じように、水が光を弾いて、綺麗に光る。
わたしは久々の水遊びに夢中になって、思わずあの時と同じように、水をすくって頭上に投げた。
キラキラと水と光のシャワーが降り注ぐ。
綺麗なそれを、馬鹿みたいに口を開けて笑顔で見ていると、突然、大きな声が聞こえた。
「ジーナ!!」
振り返ると、大人の男の人がすぐ後ろに立っていた。
その人は、金色の髪に深い森のような緑色の瞳をした、とても綺麗な人だった。
「ぼっちゃまはもうお休みになるそうだから、急いでお支度を整えたいの。ニーナ、悪いけど食器を本館の調理室に戻しておいてくれる?」
「はい。大丈夫です。サリーさん、早く行ってください。ルーク様が、早くお休みになれますように」
「悪いわね。ローゼリア様とお会いになった日は、大抵こうなのよ。じゃ、お願いね」
サリーさんは食器の乗ったワゴンをわたしに渡すと、走ってルーク様のお部屋に向かった。
ワゴンの上を見ると、いつもはほとんど食べられている食事が、ほぼ手付かずで下げられていた。
ローゼリア様とお会いになった日は、いつもこうなのか……。
やっぱり、関係は悪化したままなのだろう。
カラカラと、タイヤの音をさせてワゴンを押す。
食事も喉を通らないくらい、嫌な思いをしているんだろうなぁ。
でも、もうわたしには何もできない。
ローゼリア様との婚約を邪魔することもできないし、光の加護で御守りすることもできない。
せめて、ルーク様が心穏やかにお過ごしになられるよう、お屋敷を綺麗にしよう。
よし! 明日からお掃除、もっとがんばるぞ! おー!
ワゴンから手を離し、握り拳を頭上に上げる。
「……何やってんだ?」
ゼンが訝しげにわたしに声をかけた。
いけない。もう調理場まで来てたんだわ。
「な、なんでもない。はい、ルーク様の食器をお届けに来ました」
ワゴンごとゼンに渡すと、ゼンは皿の上の様子を見てため息をついた。
「今日ほまた随分と派手に残したな。もしかして、今日は王女とのお茶会の日だったか?」
「そうみたい。ねぇ、いつも王女と会った日はご飯食べないの?」
ゼンはワゴンを押しながら調理場に入り、シンクの前に立って残された食事を捨てながら答えた。
「そうだな。だいたい、月に一回くらいはこんな日が来るから、多分いつも食わないんだろうな」
水を出してお皿を洗っていく。
「オレたち平民にはわかんないけど、嫌だったら婚約なんかしなければいいのに」
ゼンの呟きを聞いて、わたしもそう思った。
嫌だったら、婚約なんかしなければいいのに。
でも、それは何も知らない平民であるわたし達の言葉だ。
貴族であったジーナは、ニーナよりも身分について知っていた。
ジーナでもあったわたしは、婚約なんてしなければいいのに、とは言えなかった。
せめて、何かお慰めできることがあればいいけれど……。
やっぱり、お庭にお花を咲かせてもらおうかな。
庭師さんは、誰も見ない庭には花が可哀想だと言っていたけど、もしかしたらルーク様が見てくれるようになるかも知れないし、もし、ルーク様が見てくれなくても、わたしがたくさんお花を見ることにすればいいよね。
お花を見て、ルーク様の心が少しでも穏やかになればいいな……。
次の日、ルーク様はお休みの日だったようで、サリーさんが朝、のんびりしていた。
サリーさんがのんびりできる日は、サリーさんがわたしの分の仕事ものんびり引き受けてくれるので、必然的にわたしの仕事も減る。
いつもなら、わたしものんびりスローペースで仕事をするのだけど、今日はいつもよりも早いくらいのペースで仕事をして、お庭のお掃除にかける時間を多く取ることにした。
最低限の手入れはされているから、お掃除はそんなに大変じゃない。
さっと掃き掃除をしてから、わたしは花壇に苗を植えることにした。
冬に咲くデイジーと春に咲く藍微塵だ。
今朝、庭師さんのところに行って花を植えたいと話したら、庭に花を咲かせるのなら、自分がやると言われてしまったが、どうしても、わたしの手で咲かせたいと説得して、分けてもらった苗がこれなのだ。
どちらも小さくて可愛い花が咲くから、ルーク様が見てくれたら嬉しいし、わたしも可愛い花は大好き。
お仕着せの裾を少しまくって、花壇に腰を下ろして作業する。
庭師さんに聞いてきたように、丁寧に植えて、肥料もやってお水をやる。
ふう。
結構時間かかったなあ。
水場まで行き、手を洗う。
濡れちゃったついでに、次は噴水のお掃除をしようかな。
ゴミバサミとゴミ箱とタオルを持って、噴水の側まで来た。
キラキラと、水が太陽の光を浴びて光るところはあの頃と同じだが、周りの草木に活気がないせいか、あの頃より物悲しい感じがする。
でも……。
「お掃除がんばるぞ!」
わたしは腕をまくって、スカートの裾もまくった。
庭には誰も来ないから、少しくらい足が見えても大丈夫。
あの頃は貴族令嬢だったから、足を見せるのは良くないことだったけど、今は平民の侍女だ。
太ももくらいなら、見えたってどうってことない。
一応、もう秋で水が冷たいので、噴水には入らずにゴミバサミを伸ばして落ち葉などを拾ってみる。
うん。やっぱり、距離的に無理があるわ。
奥の方の落ち葉まで届かないので、わたしは諦めて靴を脱いで噴水に足を入れた。
おおー。冷たい。
でも、一生懸命働いて暑くなっていた体には気持ちいい。
わたしはちょっとだけ、水をバシャバシャさせてみた。
あの頃と同じように、水が光を弾いて、綺麗に光る。
わたしは久々の水遊びに夢中になって、思わずあの時と同じように、水をすくって頭上に投げた。
キラキラと水と光のシャワーが降り注ぐ。
綺麗なそれを、馬鹿みたいに口を開けて笑顔で見ていると、突然、大きな声が聞こえた。
「ジーナ!!」
振り返ると、大人の男の人がすぐ後ろに立っていた。
その人は、金色の髪に深い森のような緑色の瞳をした、とても綺麗な人だった。
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