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5章 別れ
涙雨
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オレの末の妹、ジーナの葬儀は今日、密やかに行われることになっている。
今日は、朝からしとしとと雨が降っていた。
涙雨だ。
父さんも母さんも、一言も口をきかない。
家中で可愛がっていたジーナが死んだのだ。
我が家は火が消えたようだった。
そもそも、なんで魔獣が学園に現れたのか。
まだ魔物が動き出すには早過ぎる。
先代の討伐隊がおこなった森への結界は、まだ壊れていないはずだった。
12年前、結界の綻びから逃げ出した魔獣にルーク様が襲われた時に、結界は強化し、見張りを置く場所も増やされたはずだった。
オレはあの日、魔獣が現れた時は教室にいた。
騒ぎを聞きつけて、ちょうどその時、講師が短剣についての講義をしていたので、その短剣を奪って騒ぎの中心へ向かった。
二階の廊下を走っている途中で、窓の外にルーク様を見つけた。
こちらへ走っているようだった。
慌てて窓に寄り、開けて下を見ると、この校舎の下に一匹の魔獣がおり、一人の女生徒が対峙しているのが見えた。
「まさか、ジーナ?」
オレは短剣を握りしめたが、オレが下に行くよりこの剣をルーク様に渡した方が早い。
「ルーク様! 剣を使え!」
二階の窓から短剣を放ると、無事にルーク様の手に渡った。
しかし、ルーク様が魔獣を倒すのと、ジーナが魔獣に引き裂かれるのは同時だった。
ジーナの細い背中から、大量の赤が噴き出した。
ルーク様は倒れるジーナを抱きとめて、震えているようだった。
「先生、光の魔力持ちを今すぐ集めてくれ!」
オレは近くにいた教師にそう言い放ち、急いでジーナの元へ走った。
ジーナ、今行くからな。
そうして急いで行ったオレを、ジーナは待っていてくれなかった。
ザワザワと人が集まって来て、オレはその人たちをかき分けてジーナの元へ行くと、もう事切れたジーナがそこに居た。
エミリア女史が駆けつけ、光の魔法を使おうとするも、すでに回復されるべき命は、ジーナの中にない。
ルーク様は壊れたように、ジーナを抱きしめて慟哭する。
その顔は、最期にジーナが治したのか、あんなに気にしていた火傷の痕は消えていた。
ジーナ達から少し離れたところに、エマと同じ年の令嬢が冷たくなって倒れていた。
最近、ローゼリアと懇意にしていると噂のあった娘だ。
そちらの方に目を向けると、一枚のハンカチが落ちていた。
そちらの方に歩いて行き、見覚えのあるそれを拾うと、ジーナのものだった。
茶色く変色した血液らしき染みに、ある記憶が蘇る。
模擬剣が本物にすり替えられた日、ジーナはこのハンカチでルーク様の血を拭き取ったのではなかったろうか。
それがなぜ、今日ここにあるんだ。
ローゼリアと懇意にしていた令嬢。
ルークと婚約したがったローゼリア。
すり替えられた模擬剣。
英雄ルークの血のついたハンカチ。
興奮した状態の魔獣。
オレの頭の中で、バラバラだったパズルのピースが、音を立ててはまった。
涙雨はジーナの葬儀が終わっても、しとしとと降り続く。
埋葬の時間もやまないものだから、土を掘る人たちは少し大変そうだった。
オレたちの、可愛いジーナが冷たい土の中に入る。
ルーク様は土が掛けられていくそれを、何も写していないかのような虚な瞳で見つめていた。
土が全部を覆い隠し、その上に墓標が立てられる。
ジーナを大好きだった人たちが、ジーナを思って墓標に花を手向けて行く。
色とりどりの花で墓標がいっぱいになり、きっとジーナは喜んでいるだろう。
悲しみを堪えながら、葬儀に参列してくれた人たちが、名残惜しそうにしながらも、ひとり、またひとりと、墓標の前から去って行く。
最後に残ったのは、オレたち家族とルーク様だけだった。
ルーク様は、ジーナが土に埋められたあたりで、持っていた傘を手から離してしまい、そのまま雨に濡れている。
オレはルーク様に傘を差し掛けた。
「ルーク様、濡れたままここにいたんじゃ風邪をひく。そろそろ行こう」
オレが話しかけてもルーク様は何も反応しない。
まるで、死んでしまったのはジーナではなく、ルーク様なのではないかと思うほど、その目には感情は浮かんでおらず、顔色も悪かった。
ジーナが死んだ夜から、ほとんど眠れていないと、デイヴィス家のメイドが言っていた。
顔色も悪くなって当然だろう。
上の妹、エマもルーク様に声を掛ける。
「ルーク様、ルーク様が風邪をひいたら、ジーナも悲しみますわ。家に戻って、温かいココアを飲みましょう。ジーナの好きなココアを。ジーナの分も入れましょうね」
エマも泣きはらした赤い目をしている。
赤い目で、必死に笑顔を作っているが、ルーク様がそのエマの顔を見ることはなかった。
何も聞こえていないように、ただその場に立ち尽くすだけだった。
今日は、朝からしとしとと雨が降っていた。
涙雨だ。
父さんも母さんも、一言も口をきかない。
家中で可愛がっていたジーナが死んだのだ。
我が家は火が消えたようだった。
そもそも、なんで魔獣が学園に現れたのか。
まだ魔物が動き出すには早過ぎる。
先代の討伐隊がおこなった森への結界は、まだ壊れていないはずだった。
12年前、結界の綻びから逃げ出した魔獣にルーク様が襲われた時に、結界は強化し、見張りを置く場所も増やされたはずだった。
オレはあの日、魔獣が現れた時は教室にいた。
騒ぎを聞きつけて、ちょうどその時、講師が短剣についての講義をしていたので、その短剣を奪って騒ぎの中心へ向かった。
二階の廊下を走っている途中で、窓の外にルーク様を見つけた。
こちらへ走っているようだった。
慌てて窓に寄り、開けて下を見ると、この校舎の下に一匹の魔獣がおり、一人の女生徒が対峙しているのが見えた。
「まさか、ジーナ?」
オレは短剣を握りしめたが、オレが下に行くよりこの剣をルーク様に渡した方が早い。
「ルーク様! 剣を使え!」
二階の窓から短剣を放ると、無事にルーク様の手に渡った。
しかし、ルーク様が魔獣を倒すのと、ジーナが魔獣に引き裂かれるのは同時だった。
ジーナの細い背中から、大量の赤が噴き出した。
ルーク様は倒れるジーナを抱きとめて、震えているようだった。
「先生、光の魔力持ちを今すぐ集めてくれ!」
オレは近くにいた教師にそう言い放ち、急いでジーナの元へ走った。
ジーナ、今行くからな。
そうして急いで行ったオレを、ジーナは待っていてくれなかった。
ザワザワと人が集まって来て、オレはその人たちをかき分けてジーナの元へ行くと、もう事切れたジーナがそこに居た。
エミリア女史が駆けつけ、光の魔法を使おうとするも、すでに回復されるべき命は、ジーナの中にない。
ルーク様は壊れたように、ジーナを抱きしめて慟哭する。
その顔は、最期にジーナが治したのか、あんなに気にしていた火傷の痕は消えていた。
ジーナ達から少し離れたところに、エマと同じ年の令嬢が冷たくなって倒れていた。
最近、ローゼリアと懇意にしていると噂のあった娘だ。
そちらの方に目を向けると、一枚のハンカチが落ちていた。
そちらの方に歩いて行き、見覚えのあるそれを拾うと、ジーナのものだった。
茶色く変色した血液らしき染みに、ある記憶が蘇る。
模擬剣が本物にすり替えられた日、ジーナはこのハンカチでルーク様の血を拭き取ったのではなかったろうか。
それがなぜ、今日ここにあるんだ。
ローゼリアと懇意にしていた令嬢。
ルークと婚約したがったローゼリア。
すり替えられた模擬剣。
英雄ルークの血のついたハンカチ。
興奮した状態の魔獣。
オレの頭の中で、バラバラだったパズルのピースが、音を立ててはまった。
涙雨はジーナの葬儀が終わっても、しとしとと降り続く。
埋葬の時間もやまないものだから、土を掘る人たちは少し大変そうだった。
オレたちの、可愛いジーナが冷たい土の中に入る。
ルーク様は土が掛けられていくそれを、何も写していないかのような虚な瞳で見つめていた。
土が全部を覆い隠し、その上に墓標が立てられる。
ジーナを大好きだった人たちが、ジーナを思って墓標に花を手向けて行く。
色とりどりの花で墓標がいっぱいになり、きっとジーナは喜んでいるだろう。
悲しみを堪えながら、葬儀に参列してくれた人たちが、名残惜しそうにしながらも、ひとり、またひとりと、墓標の前から去って行く。
最後に残ったのは、オレたち家族とルーク様だけだった。
ルーク様は、ジーナが土に埋められたあたりで、持っていた傘を手から離してしまい、そのまま雨に濡れている。
オレはルーク様に傘を差し掛けた。
「ルーク様、濡れたままここにいたんじゃ風邪をひく。そろそろ行こう」
オレが話しかけてもルーク様は何も反応しない。
まるで、死んでしまったのはジーナではなく、ルーク様なのではないかと思うほど、その目には感情は浮かんでおらず、顔色も悪かった。
ジーナが死んだ夜から、ほとんど眠れていないと、デイヴィス家のメイドが言っていた。
顔色も悪くなって当然だろう。
上の妹、エマもルーク様に声を掛ける。
「ルーク様、ルーク様が風邪をひいたら、ジーナも悲しみますわ。家に戻って、温かいココアを飲みましょう。ジーナの好きなココアを。ジーナの分も入れましょうね」
エマも泣きはらした赤い目をしている。
赤い目で、必死に笑顔を作っているが、ルーク様がそのエマの顔を見ることはなかった。
何も聞こえていないように、ただその場に立ち尽くすだけだった。
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