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2章 気持ちを育む

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「ジーナ様、どうなさったの?」
奥へ奥へと足を進めるモニカ様から距離を取って、なるべく使用人の目の届くところにい居ようとするわたしに、モニカ様はもっと庭の奥へ行こうとする。

あと少し足を進めてしまうと、バラ園の木に隠れて誰からも見えなくなる。
「わたし、バラの花にあまりいい思い出がありませんの。トゲで痛い思いをしたんです。なので、ここでお話ししてもいいでしょうか?」
モニカ様は使用人たちがいる方へ視線を向けたが、それ以上は強制しなかった。

「そうね。ここならわたくし達の話も聞こえないし」
モニカ様はこちらに向き直り、にこやかに口を開けた。

「実は、ルーク様の婚約者の座を降りていただきたいの」
「え……」
この人は何を言っているんだろう。
ルーク様の婚約者は光の術者でないと務まらない。
だから、わたしが婚約しなければ、次は平民から光の術者を探すってデイヴィス侯爵様が言っていた。
モニカ様は光の魔法を持っていると言っていたけど、もしそれが本当なら、婚約を断った5人のうちの一人なのではないかしら。

「なぜですか? わたしはルーク様の婚約者を降りるつもりはありません」
わたしが毅然とした態度で断ると、モニカ様は笑顔のまま扇子をギリっと音がするくらい握った。
「子爵家風情が……。いいですか、わたくしはルーク様の婚約者候補でした。あなたより先にルーク様にお会いしたのです。わたくしが断ったから、あなたに話が回っただけのこと。わたくしが婚約を了承したら、あなたはお払い箱なのよ。それよりも前に、ご自分で辞退なさったらどうなの」

「モニカ様はお断りになったんですよね? なぜ今頃婚約を了承なさろうとするのですか?」
「あの時、わたくしは幼すぎたのです。ルーク様の見た目にびっくりしてしまっただけのこと。でも、今は、大人になりましたもの。どんなに醜いルーク様でも我慢できますわ」

勝ち誇ったように笑うモニカ様。
別にいい。わたしのことを子爵家風情と言うならそれは構わない。
だけど、モニカ様はわたしの導火線に火をつけてしまった。

「我慢できる? 我慢できるってどういうことですか? ルーク様は立派な方です。もし、わたしに何かあって婚約者の席が空席になっても、次に綺麗なご令嬢と婚約できるくらい素敵な方です。我慢して婚約していただかなくても大丈夫ですわ!」
「何を生意気な! いいから言う通りに婚約を解消しなさい」
「嫌です!」
「この、身分を考えない愚か者が!」

パシッと頬のあたりで空気がぶつかる音がする。

モニカ様がわたしを扇子で打ち付けたところで、エマお姉様が伯爵家の使用人を伴って助けに来てくれた。

「モニカ様、これは一体どういうことですの?」
エマお姉様は頬を打ち付けられたわたしをかばうように抱きしめて、モニカ様を睨んだ。
「エマ様、あなたの妹がわたくしに無礼な態度を取ったので、身分の上下と言うものを教えて差し上げただけですわ。気分を害しました。わたくしはここで失礼いたします」

モニカ様は謝りもしないで、その場を後にした。

「ジーナ、遅くなってごめんなさいね。頬を見せて。あぁ、赤く腫れて扇の角が当たったところが切れているわ」
エマお姉様は伯爵家の使用人にお母様を呼んでくるように言いつけて、わたしを医務室まで連れて行ってくれた。

医務室でそこに居た使用人に手当てを受けていると、血相を変えたお母様がやってきた。

伯爵家の使用人さんはわたしの頬に軟膏を塗ってガーゼをあててくれて、お母様に少しお話しをしてから医務室を出て行った。

お姉様がわたしの頬を痛ましげに見る。
「あぁ、かわいそうなジーナ。危なげな雰囲気だったから、急いで行ったのだけど、間に合わなくてごめんなさいね」
「いいえ。お姉様が来てくれなかったら、もっとひどいことになっていたかもしれません。助けてくれてありがとう」

これは本当にそう思う。
もし、お姉様に見えないところに行くなと言われていなければ、バラ園まで行っていた。
バラの木がたくさんあるところで、もし、突き飛ばされていたら、バラの刺が顔中を引っ掻き、頬に一筋の傷くらいでは済まなかっただろう。

お姉様が心配そうにわたしの頬を傷口を避けて撫でていると、医務室の人と話を終えたお母様が
こちらにやってきた。
「ジーナ、本当大丈夫? 浅い傷だから、光の魔術で治療するほどではないと言われたけれど」
「お母様、これくらいで光の魔法の治療を受けに行っていたら、我が家は破産してしまいます。別に傷が残ったって、わたしくらいの容姿なら、別に気にならないわ」
光の魔法は自分にはかけられない。だから、わたしが光の魔法で治療してもらおうとすると、教会に多額の寄付をしなければならない。
光の治療魔法は、たくさんの魔力を使うため、高額なのだ。
わたしがルーク様に施しているのは、婚約者だし、光の講習を受けているわけでもないので、お金はもらっていない。

「それにしても、フリーク様には困ったものだわ」
お母様がため息をつくと、エマお姉様も不思議そうにわたしを見た。
「そういえば、何の用があってジーナと二人きりになりたがったんですの? ジーナは何を言われたの?」
「よくわからないのですが、ルーク様との婚約を解消するように言われました。なんでも、モニカ様もルーク様の婚約者候補だったとかで、今ならルーク様の見た目を考えても、婚約できるとおっしゃっていました」
「まあ!」
お姉様はあきれた声を出す。

お母様も困ったような顔をした。
「実は、大人の方の茶話会にもフリーク侯爵夫人がいらっしゃって、珍しくわたくしの座っているテーブルにいらっしゃったの。そして、子爵家のように身分の高くないものが、デイヴィス侯爵嫡男の婚約者だなんて荷が重いでしょうから、代わりましょうとおっしゃったのよ」
「それで、お母様、まさか了承されたわけではありませんよね!?」
わたしは焦ってお母様に詰め寄る。
「まさか。国王様の前でも婚約のお話をしているのよ。わたしの一存だけではお返事できないわ」
「一存でなければ、解消したって言うの?」

目を見開いてお母様に詰め寄っているわたしを、お姉様が嗜める。
「ジーナ、お母様があなたの気持ちを無視する判断するわけがないでしょう。もちろん、あなたの意見も聞いての話に決まっているじゃない」
お姉様にそう言われて、お母様の顔を見ると、困ったように笑っていたが、お姉様の言葉に頷いてくれた。


とにかく、ルーク様と遊ぶ約束を断ってまで参加した茶話会は、最悪なものとなった。
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